<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	xmlns:georss="http://www.georss.org/georss" xmlns:geo="http://www.w3.org/2003/01/geo/wgs84_pos#" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/"
	>

<channel>
	<title>Mariko Sakamoto&#039;s Blog</title>
	<atom:link href="http://bluetelephone.wordpress.com/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://bluetelephone.wordpress.com</link>
	<description>Transmissions from a pop life.</description>
	<lastBuildDate>Thu, 16 Feb 2012 11:06:50 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.com/</generator>
<cloud domain='bluetelephone.wordpress.com' port='80' path='/?rsscloud=notify' registerProcedure='' protocol='http-post' />
<image>
		<url>http://s2.wp.com/i/buttonw-com.png</url>
		<title>Mariko Sakamoto&#039;s Blog</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com</link>
	</image>
	<atom:link rel="search" type="application/opensearchdescription+xml" href="http://bluetelephone.wordpress.com/osd.xml" title="Mariko Sakamoto&#039;s Blog" />
	<atom:link rel='hub' href='http://bluetelephone.wordpress.com/?pushpress=hub'/>
		<item>
		<title>The Chemical Brothers:Don&#8217;t Think</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/15/the-chemical-brothersdont-think/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/15/the-chemical-brothersdont-think/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Feb 2012 14:13:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[film]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>
		<category><![CDATA[Chemical Brothers]]></category>
		<category><![CDATA[Don't Think movie]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=852</guid>
		<description><![CDATA[::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 去年の11月22日付けのポストでケミカル•ブラザーズのコンサート映画 「Don’t Think」のティーザー映像をアップしましたが、その縁もあって、２月３日に行われたロンドン：BFIでの同作上映会に行って来た。 コンサート映画〜ロッキュメンタリーが増える一方の昨今とはいえ、「ひと味違う映像体験」として好評を博している本作、ワールド•プレミアは１月に世界各国の映画館で開催済み。自分が参加したこの上映会はロンドンにおける２回目の上映だったと思うが、トム＆エドが家族連れで観に来ていたのはもちろん、スクリーニングの前には監督であるアダム•スミス（国富論ではないですよ）を迎えての「オレの映像キャリア紹介」トーク、終映後には観客も含めたQ&#38;Aも行われ、なかなか楽しかったです。 ご存知の方も多いと思うが、この映画の概要は昨年のフジ•ロックでのケミカルのグリーン•ステージでのヘッドライン•ショウを捉えた、というもの。昨今のコンサート映画の多くはレジデンス•ショウ、すなわち同じ会場で行われる複数のライヴを収録し、音質やパフォーマンスの良さを基準に編集する…というスタイルだと思う（なんで、２日連続でメンバーが同じ衣装だった！なんて目撃体験もあります：もちろんちゃんと洗濯してるんでしょうけど）。 その意味で、１夜のイベントを丸ごと収録＝いわば一発勝負〜しかもフェスという不確定要素の多いシチュエーション（天候はもちろん、場に慣れてないとカメラ•クルーも大変だろう）を選んだ「Don’t Think」のプロダクションは、良く言えばオールド•スクールでオーガニック、悪く言えばリスキーな賭けを孕んでいたと思う。 しかし、監督アダム•スミス本人による映像遍歴トーク（監督作の各種クリップもプレゼンされました）で興味深かったのが、たとえ結果である映像そのものはモダンに見えても、その背後にある手法や発想そのものは意外とアナログであるところ。ギークな童顔にだまされがちだが、この人のキャリアはAcid Jazz勢＝サンダルズ（！）のライヴ•ヴィジュアル制作から始まったそうで、実は年季が入ってる。その当時のライヴ映像がちょっと披露されたのだけど、60〜70年代のリキッド•ライト•ショウ（ヴェルヴェット•アンダーグラウンド＆ニコのファーストの裏ジャケ、あるいはジャニス•ジョプリンやデッドのライヴ映像をイメージください）を使ったサイケなヴィジュアルは、ぱっと見90年代の映像とは思えなかった。ダンス•ミュージック（アシッド•ハウス他）って、やっぱ当時のイギリスの若者にとっては新たなサイケデリアだったのだなあ…なんて考えたりもしたが、それはともかく、サンダルズの音をこちらで： ケミカル•ブラザーズのライヴ•ヴィジュアルやビデオを手がける一方、アダム•スミスはザ•ストリーツのプロモ•ビデオ他を通じ、物語性のある映像にも挑戦していく。最近ではチャンネル４のドラマ「Skins」、BBC「Dr.Who」なども何話か担当しているそうで、いずれ長編映画に向かうのかもしれない。 音楽ビデオやコマーシャルから映画へのシフトってのは、もちろん今に始まった話ではない（ミシェル•ゴンドリー、ジョナサン•グレイザー、スパイク•ジョーンズ、マーク•ロマネク等）。でも、アダム•スミスのこのトークを聞いていて、プロモ上がりのクリエイターの強みというのは映像面でのテクニックの多さ•引き出しの多さ、それらをミックスするセンスにあるのだなと実感。 本人も「映像のからくりを説明しちゃうと夢がないけど」と何度か苦笑していたけど、たとえば以下のビデオの２分50秒あたりで登場するドットでできた「顔」。これをこのトーク•セッションで実演版を見せてくれたのだけど、黒ずくめ•顔も黒く塗った役者の顔に豆電球（あるいは蛍光テープ）をびっしり貼り付け、闇の中でそのダンスや表情を撮影したものがベースになっている、とのこと。単純な発想だけど、CGっぽい雰囲気はちゃんと出ている。 他にもストップ•モーション／超高速撮影、磁気に反応する液剤を利用したパターン作りなどが種明かしされたが、アイデアそのものは新しくなくてもそれらの使い方や組み合わせ次第でまだまだ面白いことはできる、ということだろう。そこに、「手で生み出すライヴ」へのこだわり〜無機質に陥らない体温を伴ったダンス•ミュージック〜親しみやすさとエッジが共存する音楽性に象徴される、ケミカル•ブラザーズの感性とのシンクロを感じもした。 肝心の映画は、ケミカル•ブラザーズの音楽とライヴの特質を活かしつつ場の雰囲気を巧みに捉え、と同時に一風変わった味わいも織り込んだ、シネマ•ヴェリテとシュールな映像詩の間に位置するような内容になっている。 サウンドと映像の融和ぶりは申し分なく、さすがケミカルのライヴ映像制作を18年担当してきた監督だけのことはあって、ライヴ•ヴィジュアルの生でのアドリブやライティングの効果も含め、ショウの魅力を遺憾なく捉えている。こういう比較も手前味噌かもしれないが、自分の書いた文章は自分で通津浦々まで承知しているように、アダム•スミスにとってもあれらのヴィジュアルはすべて彼の掌中にあるのだろう。 とはいえもっともユニークなのはカメラの視点で、トムの手元のアップとかステージ上方から捉えたふたりの様子といったプロなアングルも含まれるものの、多くはオーディエンスの目線と同じ高さに置かれている。ゆえに視界が人の頭の壁で遮られたりもするし、ライヴの盛り上がりを（ステージではなく）それを観ている観客の興奮した表情や驚き顔で代弁させる、音楽は続いているのにカメラはふらふら場外に移動…など、意外な展開も。要するに、カメラがステージ＆パフォーマーに縛られていないのだ。 ケミカル•ブラザーズに対してはいささか失礼な書き方になるかもしれないけど、この思い切った演出が可能だったのは、ロック系のコンサート映画ではどうしたって無視できない「リード•シンガーの表情」とか「泣けるMC」、「ギタリスト／ドラマーの見せ場」というスター要素〜キャラ幻想が彼らには薄いからだろう（中にはそういうファンもいるかもだが、ケミカルのライヴでふたりの動きだけ最初から最後まで追ってる…なんて人は、かなり稀だと思う）。 そんないわば音楽／主体としての匿名性を逆手にとることで、この作品は通常のコンサート映画とはまた異なる「疑似体験」感覚を生み出している。他の上映会同様、このスクリーニングでもラスト近くになって最前列のお客達が立ち上がり踊り始めたんだけど、実際の拍手やかけ声なのかあるいは映画の中の音声なのか、聞き分けがつかない混沌が生まれた。 あと、これはフジ体験者だから余計そう感じるのかもしれないが、「ライヴってこうだよね〜」というリアルな感覚／臨場感が伝わってきたし、ナショナル•フィルム•シアターの快適なシートに身を沈めて観ているにも拘らず、長靴と雨合羽のフェスの肌感覚すらよみがえってきたのは面白かった（でも、立ち上がって踊りはしませんでした。後ろの席の人達に迷惑なんで）。ここまでやるんだったらいっそ３Dにしても良かったのでは？と思うが（ライヴ部はともかく、大きくフィーチャーされているヴィジュアル映像は部分的に「飛び出す」と面白い気がする）、それだと現時点ではかなり制作予算が必要になるのだろう。 オーディエンス•サイドからのマルチなショットというのは、ビースティ•ボーイズ「Awesome; I…Shot That!」等でも既に使われているアイデアだったりする。が、あちらがYouTube映像あるいはブートレグの味を基調に据えていたのに対し、「Don’t Think」はプロによるショットなので印象は異なる。 また、このライヴ体験がひとりの観客の視点に基づいたものであることも徐々に示唆されていき、そこから作品は一時的に「フェス」という異空間にさまよいこんだ女性の一夜の幻想（軽い悪夢？）とでもいうべきゆるいシークエンスにすり替わっていく。 パレス•オブ•ワンダーの模様や屋台エリアも挿入されるこのくだりには「外人の目に映る異国日本のフェスのエキゾチックさ」とでも言うべきノリもあって、正直ちょっとこそばゆくもある。そうした「わー、これ何？」的な覗き見〜好奇心主体の解釈は他にもいくつか見受けられるが、あくまでライトなユーモアのスパイスとして機能しているので、そんなに気にならなかった。 ともあれ、この作品は日本じゃないと成り立ちにくかっただろう。監督アダム•スミスも上映後のQ＆Aで認めていたが、フジのオーディエンスの理解と協力ぶり（「カメラに目線を合わせないで、ノリ続けてください」のメッセージを皆がちゃんと守ってくれたそう）がまずひとつ。これがたとえばイギリスのフェスだったら、すぐにカメラにキッズが群がる／目立とうとする／かっこつけ始める／カメラマンに話しかける、あるいは「何撮ってるんだ？」とドやされる／絡まれるのが関の山だろう。 もうひとつ称えられていたのが、オーディエンスの反応の素直さ•真剣さ。これはまあ、そうした印象を強める場面をバランスよく配した編集の賜物って面も大きいとは思う。が、エピックにビルド•アップするサウンドに合わせ「ウォ〜〜〜」と盛り上がっていく若者、キメのブレイク•ダウンにがっつり揺れてみせるオーディエンス、不気味なピエロの映像に顔を引きつらせるファン…と、音に合わせてエモーショナルなアップ•ダウンをはじけさせる日本の観客のイノセンスは、自分の目にすらまぶしく映った。 ライヴ•ミュージックを体験する行為が、ややもすると「酒を飲んで友達と騒ぐための場」に陥りがちなスレたフェス客（あるいはライヴ客）に慣れっこのイギリス人にしてみたら、このフジの様子はそれこそ「アンビリーバブル！」な光景だったんじゃないだろうか。 それを、あくまでシニカルに、「ベテランでもはや英国内では定番〜〝カッティング•エッジ〟とは言えない今のケミカルだが、まだまだこんなに忠実なファンがいる」という側面を外に向けて強調するためのギミック、と捉えることも可能だろう。だが、フジ客に限らず、日本のフェス／ライヴ客の中に全般的にある（と自分は思う）、ミュージシャンと彼ら／彼女らの作る音楽に対するリスペクト〜そしてライヴを満喫し素晴らしい体験にすべく心底盛り上がろうとするピュアな姿勢というのは、美徳に他ならない。 その姿勢は、大昔には「日本のお客は礼儀正しくおとなしい」「いちいち指図しないと騒いでくれない」などといった安易な通説にもつながっていたと思う。が、盛り上がるところではバンバン暴れ、聴かせる曲ではじっくり聴き入り喝采で締めくくる昨今の日本のオーディエンスの察しのよさ／心地よさ――それは、アーティストがその曲なりショウで描こうとしているコンテクストを理解し、その状況に合わせて振る舞う「知性」が存在してるってことでもあるだろう――は、音楽をプレイする側にとっては、（たとえ最初は慣れなくて驚いても）最終的にはとても気持ちいいものじゃないだろうか。そんな美しい交感の情景を映像に残してくれたという意味でも「Don’t Think」はレアな作品だし、ケミカル好きはもちろん、フジ•ファンにも体験してほしいなと思った。 蛇足ですが：もうひとつ感じたのが、たとえばイギリスのフェスで撮影すると例の「旗」が多く、ステージ•ヴィジュアルと音の連携がキモのこの作品には大きな障害になっていただろうし、その意味でも英国外のフェスで撮影、というのはポイントだったのかもしれない。グラストンベリーなんかでおなじみであろうあの旗は、遠目には絵になるけども、実際に目の前で振られると「ぎゃーっ、バンドが見えない！」とか不快そのものだったりする（肩車ギャルも同様：どうぞ１曲で終わりにしてくださいね）。フェス•カルチャーはどんどん発展し各地に伝播するものだけど、どうか、この旗ふり慣習だけはイギリスだけに留まってほしいものです。 にしても、イギリスのメディアではいまだにフジ•ロックの開催地を正確に把握していない人が多く、ちょっとびっくり。「富士山のふもとで」ってのが一番多くて一般的な勘違いなんだけど、今回「東京のフェス」って表記を見かけたのには大いに笑いました。<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=852&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/15/the-chemical-brothersdont-think/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2012/02/2012chems.jpg" medium="image">
			<media:title type="html">2012chems</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>This Is England 88/The Ballad of Mott The Hoople/Talking Heads Chronology</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/08/this-is-england-88the-ballad-of-mott-the-hoopletalking-heads-chronology/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/08/this-is-england-88the-ballad-of-mott-the-hoopletalking-heads-chronology/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 07:21:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[film]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>
		<category><![CDATA[TV]]></category>
		<category><![CDATA[ballad of mott the hoople]]></category>
		<category><![CDATA[talking heads chronology]]></category>
		<category><![CDATA[this is england]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=838</guid>
		<description><![CDATA[去年の暮れが比較的雨が多く過ごしやすい暖冬だったせいか、2012年に入って「寒」がブイーンとキック•インしてきたロンドン。基本的にいちばん寒いのは１〜２月な国なので驚きではないし、澄んだ冬の大気は好きではある。が、ここ数日は夜出かけても、駅も大通りも恐ろしく人通りが少なくてびっくり。みなさん、家に閉じこもり気味みたいですね。当方も久々に暖房オールデイ全開状態だったりします。乾燥が苦手でセントラル•ヒーティングは極力避けてるんだけど、気温が氷点下＆雪まで降っちゃ厳しいっす。 そんな消極的＆レイジーなおこもり状態のよき友がDVD鑑賞やテレビで、今回は暮れから年始にかけて観た①This Is England 88、②The Ballad of Mott The Hoople、そして③Talking Heads Chronologyの３題について。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 「This is England 88」は、このブログ他でも過去に取り上げたことのあるシェーン•メドウズ監督（「Dead Man’s Shoes」、「Somers Town」他）原案によるTVドラマ•シリーズの最新作になる。スキンズの青春群像を中心に、80年代イギリスの社会•世相を描いたシェーン•メドウズの自伝的要素の強い映画「This Is England」（2006年）が第１弾で、その好評ぶり＆ファンからのラヴ•コール――主役のショーン（＝トーマス•タルグース）を筆頭に、スキンヘッズ集団のアンサンブル•キャストが素晴らしい――に応える形で、後日談としてまずは「TIE86」が2010年に発表された。 「TIE88」はその続編にあたり、英お茶の間でのオン•エアは昨年のクリスマス•シーズンだった。続く「TIE90」の制作＆発表は今年を予定している…と既に発表されているが、自らの青春期という多感で波乱に満ちたピリオドと時代背景、体験に焦点を絞ってドラマ化したシリーズだけに、「大人時代」「中年時代」といった具合に引き延ばしてえんえん続けるつもりはないらしく、シェーン•メドウズ当人は「TIE90」がこのシリーズのラストだと公言してもいる。 　　　　　　　　　　　 !!!!!!!SPOILER ALERT!!!!!!!!! Enter at your own risk…というわけで、ストーリーを知りたくない方は、以下は飛ばしてくださいませ 今回もおおむね好評を博した本シリーズだけど、中には「憂鬱な気分にさせられるドラマ（勘弁してくれよ〜）」という批判的な評もあった。なるほど、メイン•モチーフには階級社会、マネー主義と個人の抑圧、シングル•マザーの苦しみといった普遍的で社会派な視点が多く含まれており（イコール、そのエッセンスは20年以上経った現在とシンクロしている、とも言える）、イギリスにおける伝統的な「クリスマスTV」（＝クイズ、有名人を並べたトーク•ショウ、ライトなエンタメ、シットコムのクリスマス•エピソード他、ファミリーのお祭り気分を盛り上げる気楽に楽しめる内容）からはほど遠い。 とはいえ、映画「TIE」も「TIE86」もエンディングはとことん重い悲劇だったわけで、その後日談がノー•プロブレム！万事順調！から始まるはずもない。シェーン•メドウズ個人の世界観が、根底は荒涼としているってのもあるかもしれない。けど、このシリーズの基本はペシミズム＆リアリズムにあると思うし、そんな灰色な背景だからこそ、蛍の燐光のようにぽっと灯るユーモアのスポットが活きてもくる。その、いわばケン•ローチあるいはマイク•リー型とも言える作劇／思想を「古くさい」「社会派ドラマのステレオタイプ」とクサすのは簡単だろうが、こぎれいに整った都会でスマートに生きてる人間がすべてではない複雑な英現代社会において、そういう物言いは、時に勝ち組側のナイーヴな高慢とも映るだろう。 「TIE88」において、悲愴•苦悩•葛藤のすべてを負わされるのが、ヴィッキー•マクルーア演じるロルになる。前シリーズ最終話で地獄の苦しみを味わった彼女だが、焼かれた後にも生き続ける限り、そこには火傷の長く、後を引く痛みが待ち構えている…とでもいうのだろうか。自身のアクションの結果（＝妊娠＆出産）、そして自身ではコントロールできない外的要因〜トラウマから発したダメージの双方を、たったひとりで担う彼女の姿が全話を通じて描かれる。 その意味で、「TIE88」の主役はロルだった、と言えると思う。もちろん、ショーンの成長ぶり〜少年から青年へ移行する通過儀礼も、随所に泣き笑いのミニ地雷を仕掛けてはいる。が、ここでのショーンは演劇学校に通い始めていて、それまで彼がつるんでいた「はみ出し者の集団／ギャング達」とは異なる世界に接したことで、内面も徐々に変化。なじみのGFであるスメル（ロザムンド•ハンソン）と早くも倦怠期カップル（笑）な関係に陥り、そのドン詰まりな状況に収まりきれないショーンは演劇学校で出会ったミドル•クラスのアート系少女との浮気に走ることになる。 シェーン•メドウズ本人の分身とも言えるだけに、トーマス•タルグースを通じて忌憚なく描かれる、ホルモンのアップダウンに左右されっぱなしのある時期の男の子の生態は、みっともない＆情けない。監督との間に信頼関係がなければ、普通の役者だったらあまり歓迎しない役回りだろう。けど、そうした若い男のリアリティを低レベルなお色気ギャグに転化する、あるいはクリシェに含めてごまかすこともなくありていに提示するところは好感が持てた。 そもそも「TIE88」の実質的な主役がショーンではなかったのも、トーマス•タルグースが実年齢でもうじき20歳という半端な時期にさしかかっていたからでは？とも。この人は童顔なんでまだ見た目10代でも通じるとはいえ、子供のかわいらしさとも、あるいは成年男性の定まった顔にも達していない、今の時点での彼のどっちつかずな表情は絵になりにくくもある。その、肉体的にも精神的にも迷いがあってもやもやしている感じを、無理に取り繕うことなく描くドラマあるいは映画って、ありそうでなかなかないと思うのだ。 にしても、スメルみたいな根が素直でいい子をああいう形で裏切るショーンを観ていて、「男って奴はまったく…」と思わずにいられなかった。同性として共感するのはもちろんだけど、スメル役のロザムンド•ハンソンはなかなか稀なバイ•プレイヤー女優＆天然のコメディエンヌで、このシリーズを追うごとに自分的なポイントが高まっているのも大きいだろう。今後、そのユニークな風貌と独特なシラケ声が、テレビだけではなく映画などにも伸びていくといいんだけどな。リッキー•ジャーヴェイスの「Extras」に続くシットコム「Life’s Too Short」でも彼女の個性が光っていたので、そのクリップを以下に。 &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/08/this-is-england-88the-ballad-of-mott-the-hoopletalking-heads-chronology/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=838&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/08/this-is-england-88the-ballad-of-mott-the-hoopletalking-heads-chronology/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>I&#8217;ll Be Your Mirror Japan:第一弾ラインナップ発表だよ〜</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/02/ill-be-your-mirror-japan%e7%ac%ac%e4%b8%80%e5%bc%be%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%83%e3%83%97%e7%99%ba%e8%a1%a8%e3%81%a0%e3%82%88%e3%80%9c/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/02/ill-be-your-mirror-japan%e7%ac%ac%e4%b8%80%e5%bc%be%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%83%e3%83%97%e7%99%ba%e8%a1%a8%e3%81%a0%e3%82%88%e3%80%9c/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 11:23:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[music]]></category>
		<category><![CDATA[jim o rourke]]></category>
		<category><![CDATA[jon spencer blues explosion]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=832</guid>
		<description><![CDATA[というわけで、クリエイティブマンさんから告知を。ジムの「ユリイカ」、コデインは観たいですなぁ。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: I&#8217;ll Be Your Mirror JAPAN　４月１４•１５日 ジム・オルークが名盤『ユリイカ』再現ライヴ、 そしてジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンがヘッドライナーに決定! 本日 I&#8217;ll Be Your Mirror 2012 の待望のラインナップを発表します。 初日のキュレーターは ATP、そして 2 日目はジム・オルークがキュレーターを務めます。ジムはあの名盤 『ユリイカ』を 12 人編成でスペシャルパフォーマンスを披露してくれる予定です。さらに追加アーティスト、 DJ なども発表されますのでご期待ください。 4.14 sat curated by ATP THE JON SPENCER BLUES EXPLOSION CODEINE THE MAGIC BAND THE &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/02/ill-be-your-mirror-japan%e7%ac%ac%e4%b8%80%e5%bc%be%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%83%e3%83%97%e7%99%ba%e8%a1%a8%e3%81%a0%e3%82%88%e3%80%9c/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=832&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/02/02/ill-be-your-mirror-japan%e7%ac%ac%e4%b8%80%e5%bc%be%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%83%e3%83%97%e7%99%ba%e8%a1%a8%e3%81%a0%e3%82%88%e3%80%9c/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>Sherlock-Series2 (BBC)</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/01/22/sherlock-series2-bbc/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/01/22/sherlock-series2-bbc/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 11:39:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[TV]]></category>
		<category><![CDATA[bbc]]></category>
		<category><![CDATA[sherlock]]></category>
		<category><![CDATA[spoiler]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=818</guid>
		<description><![CDATA[ほぼ何もせずダラダラしたクリスマス〜年明けでしたが（例年通り、とも言う）、そんな寝ぼけた頭に期待＆興奮の電流をガツンと走らせてくれたのが元旦からスタートしたBBC「Sherlock」シリーズ２（計３話）！今さら説明するまでもない＆過去の映画化／テレビ•ドラマ化は数知れず（最近だとガイ•リッチーとロバート•ダウニー•ジュニア版もありますね）なコナン•ドイルの探偵小説の古典を、舞台を現代のロンドンに移し替えてハイパーにモダナイズした人気ドラマであります。 日本でもシリーズ１はNHKで昨年放映されたそうですが、その第１弾が最終的には英アカデミー（BAFTA）で最優秀テレビ•ドラマ部門を受賞するなど好評を博したこともあり、テレビ／ラジオ番組表雑誌「Radio Times」表紙を飾るなど、今回は前宣伝も打ち出しもかなり派手だった。 さすがにクリスマス•プレミアの特等席を射止めるには至らなかったけど、１月１日から３週連続でゴールデン枠放映決定というのは期待感と評判の高さの現れだろう。イギリスはもちろんアメリカ他英語圏国でも話題になっていて、この第２シリーズは１話ごとにネット•メディアやブログの各所にレヴューが飛び交うプチ•フィーヴァーぶり。シリーズ２最終話放映の翌朝、軽くネットをさらっただけでも関連ニュース／トピックが既に300本近くアップされていて、シャーロック•ラヴはますます募っているようです。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::!!!!!! SPOILER ALERT !!!!!!!::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: と、ここまで書いたところで「ネタバレ警報」発しておきま〜す。いずれ日本でも放映されるでしょうし、それまでドキドキワクワクを完全にキープしておきたい／我慢強く待ちたいとお考えの方は――そうやって「寝かせて待つ」だけの価値のあるシリーズであることは保証します――ここから先は禁区かと。読むかどうかはAt your own riskということで、ご了承ください。楽しみを台無しにされたくないという向きには「第１シリーズを上回る内容：おみごとモファット＆ゲイティス」という感想結論だけで留めておきます。 ただ、自分自身は映画やドラマの「ネタバレ」にそれほど過敏ではなかったりする。先回りして筋の展開をチェックしたり（特にテレビ•ドラマのDVDボックス•セットとか）、事前レヴューを読むのは好きだったりする。知人には「なんで先に結末を知りたがるの？　バカじゃない？！」と不思議がられるんだけど、面白い何かに出くわすと基本的に待ちきれないタイプの人間みたいですな。今の時代に市井のノイズ〜人々の声（トウィートやブログのコメントといったレベルも含む）を完全にシャットアウトするのは楽ではないし、どこかで偶然筋書きを知ってしまう‥‥なんてことはままある。 それにレヴューというのはしょせん「書き言葉」であって、その文章を書いた人間の感性＝すなわちフィルター次第で表現や解釈は違ってもくる。そもそも言葉にしたって、ひとつの単語＝概念が読み手に与えるイメージや連想は、完全に「同じ」ってことはありえない。普遍的な単語、たとえば「青」をとっても、人々がとっさに脳内にイメージする「青」のトーンはコバルト•ブルーから群青まで、十人十色なわけで。 言い換えれば、自分以外の人間が書いた／感じた何かを鵜吞みにするのは無理、ということ。そう考えれば、たとえドラマや映画のあらすじを前もって知ったからといって「楽しみが台無しにされた、バカヤロー」と怒り狂う必要もないんじゃないかと思っている‥…でもまあ、これまたたぶん強引な持論であって、誰もが賛同する考え方ではないだろう。故に警報を発するわけです（ネットのマナーって言うのでしょうかね）。 ただ、実際に観てみないと映像や演出、監督／脚本家の意図を自分なりに咀嚼•解釈することはできないだろうし、白とも黒ともつかない微妙な場面やキャラのインタラクションをどう捉えるかも、受け手の読み方は案外違うもの。見返すことで台詞やニュアンス他の細部のひねりやダブル•ミーニングに「ああ！」と気づかされることだってあるわけで。 その意味で、「Sherlock」というシリーズは①古典的なドラマの魅力＆力学（演技、脚本、役者力）をベースに据えつつ、②ネット世代の重箱の隅をつつきたがる感覚やゲーム族にも対応できる細かいトラップをたっぷり配置と、とても周到に考え抜かれ、制作された実にモダンなTVドラマでもある。それにまあ、自分がブログで何か喚いたくらいで面白さが半減するような、濃い鑑賞に耐えないようなちゃちな作品だったら、そもそも取り上げないっすよ。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: さてさて。今回のシャーロック３話のベースになったのは、それぞれ「ボヘミアの醜聞」（「A Scandal in Belgravia」）、「バスカヴィル家の犬」（「The Hounds of Baskerville」）、そして「最後の事件」（「The Reichenbach Fall」）。いずれも知名度の高い大関〜横綱級のホームズ譚ばかりで、原作のエッセンスを残しつついかに「現代」に翻案し直すか？という点だけでも興味をそそられる。 シャーロッキアンではないので、細かい蘊蓄•分析（このシリーズには、メインの原作以外にも色んなホームズ•ネタがちりばめられていたりする）はそちらにお任せする。が、それぞれのストーリーのアイコニックな要素、すなわち「ボヘミア」の女傑アイリーン•アドラー、「バスカヴィル」の魔犬の謎＆イギリスの田舎の不気味さ、「最後の事件」のホームズ対モリアーティの図式といった大骨子こそ守っているものの、ストーリーの大胆な飛躍や思い切った変奏、現代風の翻案やひねりがこれでもかと盛り込まれていて今回も実に痛快。 シリーズの共同制作者／プロデューサーであり脚本も手がけ、シャーロックの兄：マイクロフトを演じる俳優／作家マーク•ゲイティスは大のホームズ狂だそうで、彼のマニアならではの造詣の深さとディテールへのこだわり、過去のホームズ映画＆テレビの知識〜ファン達の諸説への目配せなど、愛情がひしひし伝わってくる。 ご存知の方も多いと思うが、そのマーク•ゲイティスともうひとりの原案＆制作者：スティーヴン•モファット（この人もホームズの熱狂的ファン）は、共にBBCの人気カルト•ドラマ「Dr. Who」でも活躍中のクリエイター。「Dr. Who」は1963年からスタートしたSFシリーズで、オタッキーなイギリス人達に支持されてきた。UKポップ•ミュージック界ともまんざら無縁ではなくて、たとえばマンサンのポール•ドレイパーがファンを自認したり、KLFことタイム•ローズがテーマ音楽をパロッたりもしております。 あと、これも忘れちゃいけませんね。 その「Dr. Who」が、16年ぶりにぐっと若返ったドクターとギャル系アシスタントとを従えて大々的にお色直しを果たし、お茶の間に戻って来たのは2005年。これだけギャップの空いたTVリメイク〜ブランド復活もなかなか多くないと思うが、マニア内だけにとどまらないワイドなアピールの原動力になったのが、10代目ドクターを演じたデイヴィッド•テナントのチャームだろう（その前に９代目：クリストファー•エクルストンも一瞬存在しますが、生真面目すぎて演技を見ているのが辛くなる俳優なのであまり好みではありません）。 このスコットランド人俳優は過去のドクター達に較べて遥かに若く線が細く、一般的に考えても今風の甘い美男（でも、この人は自他共に認めるフー•マニアだそうで、その意味でもまさに「当たり役」）。コンバースで走り回るADHD気味のギークな姿には「コドモ男」の無邪気さがいっぱいで、「Dr. Who」にはさほど興味のない自分ですら――特撮がチャチで興ざめしちゃうのと、子供ファン層への配慮か、ストーリーや描写がお手柔らかなのがネック――テナント観たさの一心でチャンネルを合わせたもんです。 で、「Sherlock」のスタッフ達がやってるのも、根本のところでは「Dr. Who」の再興と同じ。そのエッセンスが何かと言えば、①過去のアイデア／フォーマットを現代社会に巧妙に移し替えること、そして②主役に（おたく男を「かっこいい」と納得させ、それと同時に女性にも同じくらいアピールするハンサムで演技の上手い）カリスマ役者を持ってくること。いまや音楽にしてもそうだと思うけど、360°マーケティング、すなわちアクセス•ポイント／切り口トピックが多ければ多いほどマス•アピールも強まるわけで、その意味で②における逸材ベネディクト•カンバーバッチの抜擢は、そもそもカルトな対象に新たなファンを開拓する＝門戸を広げるという意味で効果大だったと思う。 ものすご〜く大雑把な意見と思われるのは承知な上で書くと、SFやアクション、ホラーといったジャンルはロック•ミュージックに少し似ていて、伝統的に男性が（作り手／受け手の双方で）大多数を占めている。自分はそうしたジャンルが好きなので矛盾した話かもしれないが、たとえば映画デートで「〝エクスペンダブルズ〟観ようよ！」と提案する女性はおそらくあまり多くない、というのが現実ではないかと（愛好家同士のカップルは別ですが）。 &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2012/01/22/sherlock-series2-bbc/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=818&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2012/01/22/sherlock-series2-bbc/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>My Favourites-2011 edition</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/30/my-favourites-2011-edition/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/30/my-favourites-2011-edition/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 13:49:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[music]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=789</guid>
		<description><![CDATA[●●●Favourite records 2011●●● いつもポストが迷宮のようにぐねぐね長いので、今回はトウィッター風の簡潔な「一口レヴュー」にトライしてみようかと‥‥トウィッターやったことないですが。 その前に前口上： 今年も色んな音楽がリリースされ、多くの新人がデビューし、様々な音に出会うことができた。メニーサンクス。けれど、選択肢やアウトレットの増加に比例して自分の趣味•興味が広がってもいいはずなのに、現実は案外そうでもない気がする。むしろ、自分のもともと好きなタイプの音楽／構えずとも「入ってくる」音に強く反応＝ルーツに逆行する傾向に振れている、という。 耳が老化した証拠だろうし、リスナーとして保守化しているのかな‥‥と不安にもなる（２０１２年はとりあえず「マジー•スター再結成とダーティ•スリーの久々の新作が楽しみ」なんて考えてるのも、我ながら古いっすよねえ〜）。が、あくせくとトレンドやニュー•ハイプに飛びつくよりも――そのオン•タイムなスリルは、それはそれで楽しいものですが――、繰り返し聴けて長く付き合える作品との出会いを丁寧に言祝ぎたい、というのが昨今の率直な心情でもある。 ランキングはもともと得意ではないので基本はアルファベット順のリストで、最初にあげる３枚以外は、それぞれ異なる魅力と引きがあって甲乙つけがたい好作品群。計３７枚、「ベスト４０あるいは５０」といった具合に切りのいい数になっていないのはみっともないが、それは聴いた新作の数＝分母が決して大きくないからなので悪しからず。未聴の過去の作品にもまだいくらでも発見の余地がある脇の甘いリスナーなので、新作にばかりかまけてはいられない、ということで。 ともあれ。トップにあげた３枚は、自分にとっての今年のダントツ作品にして、これからもえんえんと立ち戻り、聴き返すレコードになると信じている（去年のこの３枚に当たるのがギル•スコット—ヘロン、ビーチ•ハウス、 ジョアンナ•ニューサム。次点はスフィアン•スティーヴンス、スワンズ、フライング•ロータス、 エイヴィ•バッファロー 、ヒア•ウィー•ゴー•マジック、イェーセイヤー、 ヴァンパイア•ウィークエンド）。ケイト•ブッシュ、ポール•サイモンやトム•ウェイツら、高い評価を集めているベテラン達の作品を聴く余裕がなかったのは、心残りでもある。 ：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：： ●PJ Harvey/Let England Shake(Island) 年頭リリースながら多くの英メディアが年間ベストに選出、胸を撫で下ろした。彼らもまんざら腐ってないらしい。戦争を多彩なアングルと話法を援用して描いているが、大局的には繰り返される人災と悠久な自然の対比が残る。「英国」に限定されない普遍性を音楽と言葉の双方で達成した名作。 ●Bill Callahan/Apocalypse(Drag City) 近年のビルの作品はいずれもビタースウィートな生の機微にふれる名人芸の域に達しているけれど、本作の枯淡な味わいは格別。しみる１枚とは、まさにこのアルバムだろう。「Letters To Emma Bowlcut」も抜群。 ●Gillian Welch/The Harrow&#38;The Harvest(Acony) 久しぶりに帰還した天才による、待った甲斐のある力作。ストイックな音数にかかわらず、音楽として孕む豊かさと完成度は他の追随を許さない。「もっと！」とねだりたくもなるが、時間をかけて一滴一滴落ちてきた音楽をこうして待つのもまた喜びなのだ‥‥と感じさせる１枚。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ●Ryan Adams/Ashes and Fire(Pax Am) 多作なこの人の「名曲」は色んな作品にちらばり気味でもあるのだが、シンガー•ソングライターとしての原点を再確認するごとき本「カムバック」作は、フォーカスの絞れた楽曲揃い。洗練されたバックのスタイリングと秀逸なレコーディングにもうならされる。 ●Arbouretum/The Gathering(Thrill &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/30/my-favourites-2011-edition/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=789&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/30/my-favourites-2011-edition/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>週刊琴線12月23日号</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/23/%e9%80%b1%e5%88%8a%e7%90%b4%e7%b7%9a12%e6%9c%8823%e6%97%a5%e5%8f%b7/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/23/%e9%80%b1%e5%88%8a%e7%90%b4%e7%b7%9a12%e6%9c%8823%e6%97%a5%e5%8f%b7/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 23 Dec 2011 19:04:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[book]]></category>
		<category><![CDATA[film]]></category>
		<category><![CDATA[hall of dudes]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>
		<category><![CDATA[TV]]></category>
		<category><![CDATA[uncategorized]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=755</guid>
		<description><![CDATA[去年はアップし損ねた年間の「My Favourite Records」は次回のポストに回すとして、今回は今年最後の雑感をもろもろ。 郵便配達人が来ても、もうクリスマス・カードは混じらなくなってきた。イギリス人は気が早いというのか、１２月の第１週くらいからカードを発送し始める。元旦に年賀状の束をチェックする感覚がしみついている日本人からすると「フライングし過ぎ？」と指差し注意したくもなるが、クリスマス期の郵送ラッシュはすごいので、そこに巻き込まれて遅れる･･･という間抜けな展開よりはマシということなのだろう。 カードと言えば、近所にカード＆ギフト雑貨のお店が新しくオープンして、今年はそこでクリスマス・カードを買った（と言っても、送る相手は数えるほどしかいませんが）。店構えは小さく商品も厳選されたものしか置かれていないが、バイヤーのセンスはレトロとポップがいい感じに混じっていて悪くない。高価すぎて買うのは到底無理だが、ちょっとだけ扱っているアンティーク家具も６０年代の事務机やステンレスのファイル・キャビネットなど、シンプルなフォルムがかなり素敵である。 文房具や雑貨に対する愛情／こだわりという点で、日本人の感覚は世界的に見てもかなり上位に位置するのではないか？と思う。別に自分の趣味がいいと言うつもりはないし、基本的には消費財なので安いありきたりなアイテムでＯＫなのだが、ノートやペン、メモ帳、封筒といった程度の品物ですら、デザインや使い心地、色調が自分のクライテリアにマッチしないと使えない。その基準も歳月を重ねるごとにゆるゆる変化しているのだが、昨今で言えばノートやメモ帳は基本的にリング・バインド／切り取りのミシン目がついているものが優先。インクが裏写りする薄い紙も、あるいは無骨に厚過ぎるのもＮＧ（罫線の幅も重要ポイントです）。ペン先はフェルト・ティップがベスト･･･とかなんとか、自分以外は誰もまったく気にしない些細なディテールにいちいちつまづいてしまうのは、国産から輸入品まで異様に雑貨類が豊富なモノ天国の日本に生まれ、東急ハンズやロフト、ソニー・プラザetcにスポイルされてきた呪いなのかもしれない。 そもそも、イギリスには「街角の文房具店」みたいな存在が少ない。ClairefontaineやRhodia、Europaあたりを普通に扱ってるレベルの文具チェーン（Paperchase、Rymans）は大きい町や繁華街にしか出店していないので、普段使いとしては①ニュース・エージェント（こっちで言う、まあコンビニ）、②スーパー・マーケット、③WHSmith（基本は雑誌・新聞のキオスク・チェーンだが、書籍、タバコ、菓子、文具なども販売）が主なオプション。いずれも、BICといった定番メーカーの定番品を除くとロクなものは見つからないＯＲ大雑把で粗雑な作りの安物ばかりで、アンテナはピクリとも反応しない。カード類にしても気が遠くなるくらいNaffでファンシーなものが多く、２００種くらい並んだ中で１枚「かろうじて及第」に出くわせば御の字である。 んなわけで近頃はノートやペン類は通販のバルク買い傾向なのだが（＝使い終わるごとにいちいち新しいのを買うのが好きなのでまとめ買いは基本的に苦手ではあるが、そこは我慢）、だからと言ってイギリス人が文具や雑貨にこだわらないのか？と言えば、もちろんそんなことはないだろう。高級文具や雑貨には興味がないのでまったく知りませんが、「英王室御用達のペン・メーカー」「老舗紙問屋のこだわりの一品」だのは、掘ればいくらでもあるのだと思う。古い国だもんね～。ただ、先にも書いたように、自分にとっての文房具や雑貨はステータス・シンボルでも、あるいは見せびらかすためのファッション・アイテムでもなんでもないので、学生仕様あるいは事務使いの実用性がある安価なマス・プロ商品で、かつ出しゃばり過ぎない個性がちょっとある～ついニコッとしてしまうユーモアがさりげなく漂っている、というのが理想。 こう書いていて、先だって我慢できずに買った「Saul Bass:A Life in Film&#38;Design」が頭に浮かんだ。むちゃ重くてむちゃデカい、いわゆるコーヒー・テーブル本なんだけど、ソール・バスの多岐にわたる仕事をまとめた美しい内容、ページを繰っているだけでもかな～り幸せな気分になれるのは保証します。ソール・バスは映画仕事を通じてその名前を意識したクチだが（ヒッチコックとのコラボがもっとも有名かと）、この本を通じて、商業デザインも素晴らしいのを再確認。それはまあ、マス・プロ商品のパワー＝デザインのメディア・パワーと普及力を無意識のうちに吸収して育った世代ならではの感覚なのかもしれないけど、ハイ・ブロウで占有的な何かよりも、普遍的にアピールする／でも何かエッジも備えたポップが自分は好きらしい。アンディ・ウォーホルの子供なのか、要は。 アメリカやドイツ製の安い文房具や北欧系の洗練が基本的に好きなのも、商業デザインの「機能と美の融合」が根底にあるからかもしれない。かと言って、MUJIこと無印良品は「日本的」に気を回し過ぎたミニマリズムがエソスとしてあるだけに、ダイナミズムや遊び心・アホさが欠如していて、使い勝手や素材感はともかく、そんなに好みではない（でも、今年フジ・ロックで取材した際に質問表を書きつけた当方の無印製メモ帳を見とめたジェフ・トゥーディーに「MUJI、俺も好きだよ」と誉められた時は、心の奥底で「ありがとう無印良品～～～！」と叫びました）。要は、高級でシックなハイ・エンドとベタベタごてごてした大衆性の間をいく、ニッチな「ナイスに洗練されたデザイン＆リーズナブルな」文房具・雑貨が少ないってことなのかもしれない、イギリス。 故にクリスマス・カードやプレゼント、来年の手帳といったアイテムを買う年末のこの時期は毎年あちこち動き回ることになって面倒なのだが（Libertyは大好きなんだけど、あそこで何もかも買い揃えられるほど裕福ではありません）、徒歩の距離にちょっと気の利いたカード＆ギフト店が登場したのは助かった――とはいえ、開店からまだ２、３ヶ月しか経っていないのに、早くもこのお店の先行きを危ぶんでもいる。 自分の暮らすエリアは、若いファミリーがまだ手を出せる地価なだけに徐々に中流ノリの波が押し寄せているとはいえ、基本的にはラフで庶民的な町。北ロンドン、たとえばイズリントンあたりならまだしも、３ポンドも出して手作りプリントのスマートなカードだのを買う人はあまり多くなさそうである。この界隈で最近オープンしたお店で、しかしこじゃれたデリやカフェといった飲食系はしっかり繁盛しているのを考えるに、開店のタイミングも悪かったのだろうな（不況になると、衣食住の優先順位は食＞住＞衣になるものなので）。志と感性は好きなお店だし、他にこういうショップもないエリアなのでがんばってほしいが、正直あまり賑わってはいない。デンホルム・エリオットにちょい似の店長さんの表情に、心なしか苦悩の陰りがにじむ気もする今日この頃でございます。 ローカル・ネタが長くなったので、以下は思いついたまま、ここ最近で心に残った日常の情景をランダムにピック＆サクサク進めます： ：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：：： ●来英していた友達のリピート・リクエストで、久々にランチしに行ったSt John Wine&#38;Bread。んー、相変わらずどれも美味しかったですぅぅ。自分的なハイライトは、コールラビのサラダ（薄切りカブみたいなコールラビとセリっぽい香味野菜：Chervilをレモン・ドレッシング＆ケイパーで和えたさっぱり感がナイス）、ニシン系の小魚（Sprat）の燻製と紫キャベツのピクルス。大好きなデザートのシャーベット（この日は林檎。でもレモンが一番美味）とウォッカもナイスだったし、パンも、もちろん最高。 ●「ルパン三世：カリオストロの城」。英語吹き替え版を友達がゲットしたので久々に観たんだけど、ストーリー・演出・作画、そのどれをとっても自分の頭の中に保存されていたイメージ――普遍的なアクション・アニメのひとつの頂点――との認識を壊されることがなくて、思わず感涙。っていうか、ほんとルパン好きなんですよね～。緑スーツ＆第１シリーズは、夕方の再放送を何度も観たクチなのです。イギリスってホームズの国だからなのか、アルセーヌ・ルパンは知名度がゼロに等しいのも発見だった。ホームズ、ルパン、少年探偵団を読み漁った人間としては、ちょっと意外。 ともあれ。「お姫様救済」の古典にひねりを加えたストーリー、無声映画やマルクス兄弟のスラップスティックで「動きとスピード」に満ちたギャグ、ホームズ＋ルパンな探偵小説味、００７に代表される６０～７０年代のスパイ映画あるいはカー・アクション映画のムード（車や銃のディテールもナイス）といったカリオストロの無国籍ぶりと高いクオリティは、宮崎駿と言えば「My Neighbor Totoro（となりのトトロ）」、「Spirited Away（千と千尋の神隠し）」あたりがもっとも知られているイギリス人達の間でも絶賛だった。 その反応はとても嬉しかったんだけど、アメリカ人声優の吹き替えはルパンと切っても切れない存在である山田康雄の絶妙な軽さ＆ユーモアを再現できてなくて（次元や銭形、クラリスはまあまあだった）、そこだけは切なかった。「この声優はクリント・イーストウッドも当たり役」と説明しようと思ったけど、そもそもクリントと山田康雄の声って全然似てないので、かえって話がややこしくなりそうなので諦めた。｢コナン｣と言いたいところだけど、次はやっぱり「ナウシカ」かな？ ●日本語版の名吹き替えと言えば、モンティ・パイソン。YouTubeに多数のスケッチがアップされているのでヒマな時に見返していまだに笑ってるんですが（スペイン異端審問やデニス・ムーアと、登場スケッチをまとめて観れるのは便利）、パイソン後にエリック・アイドルが作ったRutland Weekend Televisionもアップされていて感動。ＲＷＴは、いまだ権利関係がややこしいらしく（？）ＤＶＤ化されていないのです。中でも一番ウケた、「ナンセンス早口（Gibberish）」を。逆回転しゃべりとか、エリック・アイドルって言葉芸の超人だね。 ●パイソンズ～ＲＴＷを観たくなったのは、ＲＷＴでも活躍したニール・イネスがいたボンゾ・ドッグ・バンドのヴィヴィアン・スタンシャルの伝記「Ginger Geezer」を読んでいたせいでもある。ヒットはそれほど多くないボンゾズながら、大衆音楽やジャズ、ロックンロールを混ぜこぜにし、ダダやシュルレアリズム（メンバーはアート学生）をぶち込んだ爆発的なライヴは、当時のイギリスにおいては異色中の異色。そのぶっ飛んだセンスとアナーキーさは、ヒッピー・ジェネレーションを通り越して、むしろパンク～アート・ロック世代と共鳴していたのかもしれない（後にダムドのシングルに客演したことも）。 エリック・クラプトン、ビートルズ、キース・ムーン、スティーヴ・ウィンウッドと言った面々からも愛されたヴィヴィアンの、６０～７０年代ブリティッシュ・ロック・シーンに残した唯一無二な彩りと影響とがよく分かる本なので、英ロック好きはチェックしていただきたいです。にしても、ヴィヴィアン・スタンシャルが最後まで格闘し続けた、内なる陰と陽＝壮絶な自己破壊志向（アルコール＆ドラッグ依存）と等身大以上の知性とキャラ（彼のエキセントリックでキャンプな英国味は、現在スティーヴン・フライやジャーヴィス・コッカーに引き継がれております）とは、読んでいて辛くなります。 ●ＲＷＴと言えば、ＲＷＴにゲスト出演したことがあり、パイソンズ「Life of Brian」のプロデューサーでもあったジョージ・ハリスンのバイオ映画「Living in The Material World」も観た。ディラン、ストーンズと音楽映画づいているスコセッシが、いよいよビートルズを取り上げた作品です。ジョージの未亡人オリヴィアが全面的に協力、レアなアーカイヴ映像やプライヴェート・フィルム、ポール、リンゴ他関係者インタヴューも多数盛り込まれているのでビートルズ・ファンは必見だと思う･･･が、３時間３０分近い大ヴォリュームのほぼ半分がビートルズ時代のジョージに割かれていたために、ソロ期の描写が駆け足気味だったのには若干不満が残った。お世辞にもビートルズの「マニアックなファン」とは言えない自分ですら、前半のストーリーや逸話は本、映画他、色んな形で何度も触れてきた。それくらい、ファブ・フォーは幾度も語られ、論じられ、描かれてきたとも言える。そうした要素を丁寧に浚い直すことで、ジョージのスターダムや現代的な物質文化の否定～精神世界への傾倒という背景／過程を浮き立たせるのが狙いだったのかもしれないが、個人的にはもっと後半を充実させてほしかったなあ、と。 &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/23/%e9%80%b1%e5%88%8a%e7%90%b4%e7%b7%9a12%e6%9c%8823%e6%97%a5%e5%8f%b7/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=755&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/23/%e9%80%b1%e5%88%8a%e7%90%b4%e7%b7%9a12%e6%9c%8823%e6%97%a5%e5%8f%b7/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>Lawrence of Belgravia/25October2011@LFF:NFT2</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/11/lawrence-of-belgravia25october2011lffnft2/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/11/lawrence-of-belgravia25october2011lffnft2/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 11 Dec 2011 18:07:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[film]]></category>
		<category><![CDATA[hall of dudes]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=740</guid>
		<description><![CDATA[久々に映画の話です。秋以降観たい映画が相次いで公開されているのだけど、自宅ＤＶＤ鑑賞の楽さがチラつき、テレンス・マリックの「The Tree Of Life」（最高！）を除くと、ほとんど逃している。 と言いつつ、London Film Festival＝ロンドン映画祭だけはなんとかキープした。出品作の多くが一般公開前～来年公開予定作品なので、一足早く話題作を体験するにはいい機会だし（と言っても、既に他国映画祭でプレミア済みの作品も多いけど）、毎年ラインナップが発表されるたびリスティングをチェックしている。 今年は絞りに絞って――外国映画や短編など、観たい上映に全部通ったらかなり懐に痛いので――マイケル・ファスベンダーとスティーヴ・マックイーンが「Hunger」に続き再び顔を合わせた「Shame」、パオロ・ソレンティーノの新作にして初の英語作品「This Must Be The Place」を狙った･･･んだけど、どっちも人気でチケットはすぐに完売！　もっとも、どちらも確実に一般公開されるレベルの作品なので、あまり拘泥はしなかった。そこらへんはライヴのチケットとはちょっと訳が違います。 「Shame」は、ここ何年かで「病気」としての認識が定着した感もあるセックス中毒の男性が主人公の作品。エロやサイコロジー、病理ネタなど、そもそも窃視者のメディアである映画とは切っても切れないエクスプロイテーションが全般的に好きというのもあるけど、ポイントとしてはぶっちゃけ、マイケル・ファスベンダーが大きい。このドイツ／アイルランド系の俳優、画面を通して無責任に鑑賞し、何も考えずに愛でる対象――ペットやアイドルに近い？――と言う意味では、ここ最近でもっともグッとくる人。 様々な賞を受けているし、作家系の監督とも幅広く仕事しているので、演技力もお墨付きなのだろう。が、自分にしてみればこの人の顔と身体と動きとを見れれば満足なので、どんな内容の作品でも、実は構わなかったりする。 彼を認知した「Hunger」では、すさまじい減量といわゆる「役者冥利につきる」型の熱演、歴史と実在人物を描くストーリーの重さとが煙幕になって見えにくかったものの、現代劇「Fish Tank」で演じてみせたまったく異なるキャラ――モラルに欠ける、根本的に弱く、身勝手でシンパシーを抱きづらい、しかしだからこそリアルな男――に、彼のセックス・シンボルとしてのポテンシャルを感じた。女性監督アンドレア・アーノルドの作品だけあって、ヘテロ女性の欲望やファンタジーが、マイケル・ファスベンダーを通してストレートに画面に焼き付けられていた、とも言えるかな？　川で魚を捕まえるシークエンスとか、頻繁に登場するマイケルの上腕とその筋肉とか、ツボをつかれる瞬間は多数。男性監督の撮った作品とは、やはり視線や美学がちょっと違う気がする。 ･･･なーんて書くと、男性諸氏は「女の執着、暑苦しそ～！」と引くかもしれない。けど、ゲイ監督のカメラが少年／青年／男性を追う時のネトッとしたエロさやフェティシズムに較べれば、女性の目線なんてまだサバサバしたもの。結局のところ女性というのは、「あるがまま」よりも「理想」を追いかける生き物だと思うので、映像もちょっとファッション雑誌のフォトシュートっぽい（と言っても、「Fish Tank」のストーリーそのものは激辛いですが）。とはいえ、伝統的に数が少ない商業系の女性映画監督の少なさ、プロデューサーから脚本から何から男性陣に牛耳られた（音楽業界以上にコンサバな）映画界の現状を考えれば、こういう視線が存在するのは大事だと思う。 ファスベンダーは、以降タランティーノ（「Inglourious Basterds」）、「Sin Nombre」が素晴らしかったキャリー・フクナガによる古典「Jane Eyre」への挑戦、来年公開のフロイトとユング絡みの話題作「A Dangerous Method」ではクローネンバーグ･･･と、各所から引っ張りだこだったりする。メジャーとアート・ハウス・シネマのギャップを埋められる存在という意味でも、コスチュームも現代もこなせる意味でも、また文句なしの美丈夫という意味でも、この人に８０～９０年代のダニエル・デイ－ルイス、あるいはジェレミー・アイアンズの後継者、との任を負わせたくもなるわけです。 そのあくまで個人的で過剰な期待は、「（彼が出ているなら）どんな内容の作品でも構わない」という点にも露わかもしれない（ダニエルもジェレミーも、彼らがキャスティングされてるだけで「その映画、観たい！」と思わされたもの）。何だかんだ言って観ちゃったもんな、「X-Men:First Class」。ＳＦは昔から好きなジャンルで、近年再興されたＤＣやマーヴェルのアメコミ映画はひいきな俳優（クリスチャン・ベール、ロバート・ダウニー・ジュニア、エドワード・ノートンetc）も混じるので結構マメに観てる方だけど、「～First Class」、その手の映画の中では自分的なランキングは三流だった。 それでも、マイケル・ファスベンダー（マグネト）とジェームス・マケヴォイ（プロフェッサー・エックス）のホモエロティックすれすれの友情を眺めるだけでも２時間以上の尺を耐えられたし（エックスが車椅子生活を強いられる負傷を負う、ラスト近くの浜辺のシーンの会話とか、もー爆笑しっぱなし）、成長株：ニコラス・ホルトのフリーク混じった美貌も堪能。タイプキャストをばっくり打ち破ってケヴィン・ベーコンが悪役だったのも、「Iron Man」でのジェフ・ブリッジスばりにナイスなひねりだった。 「～First Class」は既に公開済みの「X Men」シリーズの序章という設定。続編が頭打ちなら、その前（＝ヒーロー／アンチ・ヒーローのオリジンを探る）を･･･という、ハリウッドの悪あがきとも受け取れるけど、ウォルヴァリン：ヒュー・ジャックマンの顔が基本的に苦手なので（でも、「The Prestige」での彼は悪くなかった）、実は「X Men」フランチャイズの前作群は観ていない。でも、パトリック・スチュワートとイアン・マッケレンが脳裏にチラつかずに済んだのは、逆に良かったかも？ そういや、ちょっと前に英メディアで「どっちがホット？対決」としてマイケル・ファスベンダーとライアン・ゴズリングが俎上に上がっていた（その結果は僅差でゴズリング勝ち）。どちらもここ数年でめきめき頭角を現してきた、2010～2012年にかけて出演作も多数の主役級俳優なので、なるほど納得。ライアン・ゴズリングは「Half Nelson」、「Blue Valentine」までしか観ていなくて、「Drive」未見なんですけど、この人も出演作のチョイスがナイスで気になるアクターです･･･もっとも、彼の顔そのものはあまり好みではなかったりする。ニコラス・ケイジばりに長すぎ＆唇が薄すぎで、要素が顔の中心に集中しているのも、うーん。この系統の顔なら、エドワード・ノートンの方が好き。 ただ、全体としてスタイリッシュで「雰囲気」のある人ではあると思うし、ピンナップ／フォトジェニックというより、自分にとっては画面で動き、喋るところを観る方が遥かに魅力的な人なので、実は映画俳優の王道なのかも？？　声がイマイチなマイケル・ファスベンダー（アイルランド訛りの役柄とか、聞いてて苦笑してしまう）に較べて、ライアンの方が耳にいい質感で響きが心地いいのは確かなので、自分にとっての両者の対決はまだ様子見。ライアンが肉体派のアクション映画で主役を張り、マイケルがヒップスターなインディ映画あるいはコメディで才能を証明するまで待ちます――どっちも、別にオブセッシヴに追っているぞっこん好きな俳優ではないので、あくまで余興ですけども。 「This Must &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/11/lawrence-of-belgravia25october2011lffnft2/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=740&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/11/lawrence-of-belgravia25october2011lffnft2/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>Ryan Adams/27October2011@Union Chapel</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/06/ryan-adams27october2011union-chapel/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/06/ryan-adams27october2011union-chapel/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 09:52:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[music]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=736</guid>
		<description><![CDATA[＊＊＊＊＊以下のライヴ評は先月ロッキング•オンのブログに掲載されたものと同内容です。ちなみに、このショウは写真撮影禁止だったのでライヴ•スナップはありません。残念ながら、悪しからず〜＊＊＊＊＊ 街路を彩るハロウィーン・デコレーションも、心なしかくすんで見える秋雨の宵。しかし、新作『アッシェズ＆ファイア』を携えての今夜のショウの会場：ユニオン・チャペルの前には、しのつく雨をものともせず、開場待ちのファン達が長い長い列を作っている。北ロンドンにある英国ゴシック様式が美しいこのチャペルは、雰囲気はもちろん音響が良いため、数多くのアコースティック・ライヴに場を提供してきた。スパークルホース、スモッグ、マーク・コズレク、ジェフ・トウィーディー他、この会場で心に残る素晴らしいライヴを数々観てきたが、こんなに長い入場の列を見たのは初めてだ。 が、それもそのはずである。耳の病気を理由に、ライアン・アダムスがカーディナルズ解散、そしてライヴ活動からの一時撤退を表明したのは2009年春だった。2000年のソロ1作目から、その時点でフル・アルバムだけでも12枚を発表。所属レコード・レーベルですら持て余す多作ぶりな上に、ワイルドなロックンロール・ライフが喧伝され、しかも緘口令を敷けないアウトサイダーである彼のソロ曲線は、傍目には乱気流に入ったかのように見えた。生来の自己破壊的な資質も加えれば、その休息～スロー・ダウンは必然でもあっただろう。充電期間を経て、ライヴ・カムバックとなった６月のロンドン公演も大成功を収めた。ほぼ軒並み高い評価を受けている『アッシェズ＆ファイア』のリリース後初となるこの晩のショウに、常以上に熱い期待が寄せられるのも納得である。 ドーム型の天蓋の下、ステンド・グラスを頭上にいただくステージにはピアノ、スツール、マイク・スタンドが設置されているのみ。赤・白・黄と照明もベーシックで、二階席の観覧サークルに並ぶロウソクのほのかな灯りを除くと、木製のベンチに腰掛けたオーディエンスは闇に包まれている。予定では９時開始だったが、「今夜のパフォーマンスの性質を鑑みて、携帯電話のスウィッチはお切りください／写真もご遠慮ください」の場内放送が流れ、８時45分には喝采の中、ソング・ブックのフォルダを手にライアン登場。開演が予定より遅れるのは慣れっことはいえ、早まるというのは珍しい。 ジャケットを椅子の背にかけ、ダース・ベイダーのプリントＴシャツ姿のライアンがスツールに落ち着くと、場内は水を打ったように静まり返る。１曲目は〝Oh My Sweet Carolina〟で、静かでドラマチックな縁取りを廃したその透明な響きに、軽いショックを受ける。たとえば『ナッシュヴィル・スカイライン』や『血の轍』のボブ・ディランを思わせるこの曲のトーンは、もともと穏やかではある。が、明らかに出音量を１、２レベル下げたデリケートな歌とプレイに、ライアンの耳の状況を思いやらずにいられないのだ。と同時に、アコースティック・ギターと声だけのそぎ落とした演奏が、パフォーマーとしての力量と成熟を明確に伝え、優雅なメロディ＆美声を一段と冴えたものにしていたのもまた事実。ジャーニー・マンの悲しみを宿す♪May You One Day Carry Me Home…のリフレインが浸透すると共に、「ライアン新章開始」の思いもまた、心に焼き付けられた。 セットの前半は、旧作からも取り混ぜつつ、『アッシェズ』曲を中心に進んでいった。子守唄のように揺らす〝Ashes&#38;Fire〟の安らかさ。控えめだった歌唱も、ギターの深い響きに息を呑む４曲目〝Dirty Rain〟のソウルフルなシャウトから通常値を刻み出したし、〝Invisible Riverside〟のブルージィな風が吹くモノローグといい、痺れるほど完璧な出来ばえだ。タウンズ・ヴァン・ザントの域に達した、と言っても過言ではない。一方で、昔ながらのファン達を歓喜させる名曲も惜しみなく披露されていく。この晩、『アッシェズ』曲と並んでもっとも多くプレイされた『ハートブレイカー』からの〝My Winding Wheel〟は、歌声だけで長いハイウェイと車窓を飛び去る景色を脳裏に描き出してしまう、ライアンの天与の表現力で魅了。他の曲でも何度かその感慨に襲われたが、ギター（あるいはピアノ）の弾き語りという余白が多いプレイ・スタイルにも拘らず、ひなびたオルガン、スネアのさざなみ、コーラスなど、「そこにない音」までこんな風に耳に喚起させるシンガー・ソングライターは、なかなか多くないだろう。 ソリッドな演奏がストライクを次々に決めていき、全身を耳にして聴きほれるオーディエンスも、１曲終わるごとに割れんばかりの喝采を送っている。しかしライアンのジョーク混じりな客席とのやりとりは健在で、うっかり四文字言葉を吐いて「神様、ごめんなさい」と教会に謝ったり、シュールな空想を語って笑わせ、曲をリクエストするファンをからかう等々、彼の天然なチャームがなごやかな雰囲気を生み出してみせる。この人の過去のライヴでは、たとえばオーディエンスからの野次で険悪な空気が生まれたり、無愛想さと皮肉がきつすぎたり、ライヴの途中で突如ステージ袖に引っ込んでしまうなど、「どう転ぶか予測がつかない」ハラハラものの不確定要素が常にあった。こんなに安心してショウを楽しめるのは、もしかしたら初めてかもしれない。 その新たな安定感が、単調なライヴに繋がることはなかった。本人も「スロー・テンポな曲ばっかりだね」と苦笑混じりに認めていたように、普遍的なソウル・サーチングに基づくアコースティック楽曲が中心のセットではあった。しかし、ハーモニカで鋭く切り裂く〝Firecracker〟、〝Crossed Out Name〟、〝English Girls Approximately〟等、ロックンロールでアーシーなグルーヴ感は随所にスリルを与えていた。かと思えば、ピアノを伴っての〝Sylvia Plath〟、〝New York,New York〟にはローラ・ニーロやキャロル・キングらシティ派ソングライターのセンシティヴな洗練、そしてクラシック音楽への理解がにじみ･･･と、「カントリー」「フォーク」を軸に、柔軟な感性と間口の広さはアメリカン・ポップ～ロックの諸相にリーチしていく。ルーツ・ロック、オルタナ、フォーク、更にはメタル・アルバムと、ライアン・アダムスの多作ぶり・様々な作風に、聴き手は翻弄すらされてきた。しかし、不断のクリエイティヴィティの核にある、彼のソングライター／琴線に触れるメロディ・メイカーとしての確固たる資質と才覚が、今夜ほどナチュラルに、明瞭に響いた時はなかったと思う。 歓声もひときわ大きかったウィスキータウンの３曲で本編を締めくくり、２時間のソング・マラソンを淀みなく、パーフェクトに走り抜けたライアンに、熱狂的なスタンディング・オベイションの雨が注がれる。リクエストに応えての〝Dear Chicago〟、ピュア・フォークなギターのピッキングがあまりに繊細だった〝Halloween〟と、アンコールも観客の興奮を抑えるどころか、「もっと！」の思いにますます油を注いでいく。住宅街のど真ん中に位置する会場ゆえ、終演時間（既に11時近い）をリマインドされるものの、「でも、あと１曲だけ、ね？」とスタッフをなだめすかし、来ました～～っ！エンディングは〝Come Pick Me Up〟。これを聴かないと収まりがつかない･･･というほど個人的に好きな曲のひとつなのはもちろん、ある意味ライアンの世界観が凝縮されたシグネチャー・ソングでもあり、それにふさわしいエモーショナルな熱唱には心がわなないた。 「今夜は来てくれてありがとう。僕にとっても本当に大きな意味のあるショウだよ」の丁寧な挨拶とお辞儀＆合掌ポーズを繰り返した後、ソング・ブックのフォルダを小脇に抱え、ライアンは去った。夜の街路にこぼれ出した観客達の興奮冷めやらぬ表情、そして耳に飛び込んでくる「とんでもなかった！」「すごい」の声を聞くまでもない――『アッシェズ』に響くシンプリシティ、そして自明の美は、「ひとりぼっち」の振り出しに戻ることでライアンが得た恵みだった。それは、バンドの解散や闘病、レコード会社との決別など、痛みも伴うものではあった。だが、灰燼からフェニックスが再生するように、クリーンに刷新された視野とフォーカスは、この人が本気を出した時の光に更なる輝きを与えていた。名作『ハートブレイカー』から11年、ひとつのサイクルを終え、彼が新たな季節に踏み出したのを確信させてくれるライヴだった。この絶好のタイミングでぜひ、来日公演が実現することを切に願う。 Setlist 1.Oh My Sweet Carolina&#8230;HEARTBREAKER 2.Ashes&#38;Fire…Ashes&#38;Fire &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/06/ryan-adams27october2011union-chapel/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=736&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/12/06/ryan-adams27october2011union-chapel/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>Tusk Festival@The Cluny,Star&amp;Shadow Cinema in Newcastle-Upon-Tyne,7-9Oct/2011:Day3</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/29/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day3/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/29/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day3/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Nov 2011 13:06:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[music]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=723</guid>
		<description><![CDATA[:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: またもホステルで睡眠妨害に遭い、日曜なのに早起きしてしまう。安いから仕方ないとはいえ、ホステル内の食堂のコーヒーは不味いので外に出るしかない。ロンドンはともかく、イギリスの地方都市で日曜朝早くから開いている飲食店は決して多くないので、コーヒー＆朝食難民と化してあちこち歩き回ることになった。しかし、徒歩でも充分把握できるサイズ／凝縮された街なのでそんなに苦にはならないし、ニューキャッスル中心部の土地勘が多少は掴めた。また、大ショッピング・モールがやたらと多い中でも健闘している個人経営のお店やレコード店、ローカル・マーケットを覗けたのは楽しかった。 この日はまず、The Cluny 2で行われた音楽トーク・イベントから。ひとつは「The Public Interest:Getting your music to your audience,as an artist and /or label」と題されたパネル・ディスカッションで、雑誌ワイアーのスタッフを司会に、アラン・ビショップ他アーティスト、インディ・レーベルのスタッフらがデジタル時代の音楽ディストリビューションのあり方について語り合った。 違法ダウンロードやリークによってメディアの存在意義が大きく変化した点とその是非など、実際にレーベル業に携わっている人々の生の声を聞くのは興味深かったが（いやー、音楽ライター業なんて、あと数年でマジ寿命かもしれませんな：汗）、最大の論点は作品を生み出したアーティストにいかに適正に対価を支払うか、の点。これはワイアーの興味深いリレー連載「Collateral Damage」でも続いている論議なのだけど、デジタル・ミュージックの普及で世界津々浦々にまで音源を届けられるようになったと同時に、ＭＰ３ブログやファイル・シェアリングはアーティスト側の利益（フィジカルの売り上げ他）を損なう結果になってもいる――その前提のもと、いかにクリアかつフェアに（中間業者をなるべく排除して）作り手と受け手を繋ぐか、というトピックだった。 現在進行形の議論なのでここで解決案が出るわけではないが、たとえば大手デジタル・ミュージック・ストアにしてもレーベル側から見れば流通の透明性は徹底していないとのことで、ちょっとびっくりした。自分はいまだにフィジカル派なのでその手のアウトレットを使用したことはないとはいえ、多くの人にとってデジタル・ミュージック・ライフが簡便で快適で合理的なものなのであろうことは理解している。実際、パネリストのひとりであるレーベル・オーナーは「デジタルに一本化したい。アナログを出すのすら無駄じゃないかと思う」と発言していたくらいで（アナログ好きが多いだけに、場内からは一斉にブーイングの声が上がったが）、制作コストや流通・販売の手間を考えると、小さなジャンル専科型レーベルにとっては死活問題なのも伺えた。 とはいえ、単純に好みのレベルにまで話を引き戻すと、自分はかなりギリギリまでフィジカルにしがみつくタイプだと思うし、「誰かがきちんとお金を払って買うはず」という思いのもとにプレスされたいい作品については、アナログなりＣＤで買うように務めている（これは主にマイナーなインディ作品についての話で、メジャーのミリオン・セラー・アルバムやヒット曲なんかはSpotifyで済ませてますが）。かといって、別に「インディであればすべてグレイト！」とは思っていない。ただ、何かが一箇所に集中し、市場を操作できるほどビッグで強力な存在になり、そこから発生したモノポリー状態に隷属するような形で、文化なり社会なりが均質化するのが、どうにも性に合わないだけなのだと思う。 ともあれ、なかなか面白い討論会だった。このテーマと多少被る話として、先月のジョン・ピール・デイに際してピート・タウンゼントが持論を披露していたので、そちらのリンクもどーぞ。 続いて、リース・チャタムによる講演。前日プレイされた「Guitar Trio」を軸に、７０年代末のニューヨーク・ダウンタウン・アート・シーンであの作品がいかにして生まれたか、その背景を現代音楽の諸学派の歴史をざっくり遡りつつ検証していく、という内容である。アカデミックな音楽教育を受けた人だけあって口調は非常に流麗かつ上品だし、実際に楽曲サンプルの数々（モーツァルト、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ライヒ、テリー・ライリーetc）をパソコンで随時再生しつつのスタイルで、テクニカルな説明にしても分かりやすい。こうしたレクチャーは、かなりやってきたのだろう。 調律師として様々なミュージシャンと交流・師事するところから始まり、ラ・モンテ・ヤング、フィリップ・グラスらともコラボしてきたリース・チャタムは、７６年のラモーンズのギグで、生まれて初めてロック・コンサートを体験。その、クラシックやアカデミアからは想像しがたいミニマルな構成とシンプリシティ、エネルギーに感銘を受け、「Guitar Trio」を書くに至った･･･というのは、サーストン・ムーア＆バイロン・コーリーの素敵な共著本「No Wave」にも出てくる話ではあるのだけど、当人の口からじかに聞くのは、やはり楽しい。また、まだ賃貸料も安く、若いアーティストでも広いロフト（＝創作スペース）を借りることが可能だった当時のニューヨーク・ダウンタウン状況と、別ジャンルのアーティストが互いに助け合い、作品を発表／観賞し合い、イベントやライヴを企画していったコミュナルな空気も「生き証人」の語り口からヴィヴィッドに伝わってきた。 中でもいちばん面白かったのが、ミニマリズム、あるいはセリアリズムの現代的な解釈の好例として、リース・チャタムがスリープの「Dopesmoker」、そしてＳＵＮＮ　Ｏ）））をレコメンしていた点。クラシック音楽、あるいはいわゆる２０世紀音楽は自分にとってはまだまだ未開の領域＝航海図のないまま手探りな状態。そういう自分にも「ああ！」と分かるヒントを与えてもらうと、励みになるわけです。 Star&#38;Shadow Cinemaに会場を移し、最終日のライヴ。連日の寝不足と飲酒がたたって夕方にはグロッキー、パブでぐうぐう居眠りするほど不甲斐なかったのだが、復調したところでHiss Golden Messengerを観る。アパラチアン・フォークをベースにしたソロ・シンガーで、ティム・ハーディンやクリス・クリストファーソンを思わせるオールド・スクールなメロディの簡素かつスピリチュアルな美で聴かせつつ、見た目若いのに（たぶん２０代後半）アコギのプレイといいヴォーカルの表現力といい、胸にぐっと迫ってきて、アメリカからたまに登場する「完成した」シンガー・ソングライターに、久々に出会った感じ。ライヴの後、速攻で彼のアルバムをマーチャン・エリアで購入と相成った。 偏見かもしれないけども、アコギ１本のＳＳＷは山ほどいるのに、今のイギリスからこういう説得力を備えた若いシンガーって、なかなか出てこない。トレンドやマーケティングに支配されてるからなのかなぁ？　基本的には期待してるんですけどね。 続いてのJessica Rylanは、スルーして後悔。ビート・ボックスやループを使ったひとりパフォーマンスはポップさとアヴァンな才気が入り混じるご機嫌な内容だったらしく、観た知人が全員口を揃えて「良かった！」と評していました。ふにゅ～ん。しかし気を取り直して、お次はいよいよ今フェスのスペシャル・サプライズ＝BOC。（アラン・）ビショップ、（ビル・）オーカット、（クリス・）コルサノの３者の頭文字をとった、いわゆる「スーパー・セッション」であります。 アラン・ビショップ（ベース）もビル・オーカットもアコースティックではなくエレクトリックに持ち替え、ステージぎりぎりまで詰め寄った観客をのけぞらせんばかりの勢いで、ねじまがった爆音ジャンク・ロックをブチかまし始める。誰ともなくリードになるリフやコード、ポイントになる旋律を繰り返し始め、そこにビートや他のリフが混じってひとつのジャムが展開・成長していくのだが、フリー・スタイルはお手の物の猛者な３人だけに、緊張感といい押し／引きのバランスといいビルド・アップといい、マジ最高！ コルサノちゃんは興奮で頬を紅潮させての熱演だし、ビル・オーカットもビッグなアクションで弾きまくり。アラン・ビショップも笑顔を浮かべていて、近くに立っていた観客から手渡されたビールを口に含み、ブハーッとオーディエンスの頭上に吹きかける（たぶん、機嫌がいい証拠だろう）。バキバキのハードコア・パンク、ツェッペリン的なブルーズ味のヘヴィ・ロック、そして遂にはコルトレーンの「Ascention」を思わせるコズミックに乱反射するノイズ・ジャムへなだれこんでいき、握手を交わす３者に向け、満場一致の大喝采が巻き起こった。昨日のリース・チャタムにも匹敵する、ブリリアントなショウだった。 その感動の勢いに勇気付けられ（？）、ライヴ後にマーチャン卓に陣取っていたアラン・ビショップにようやく接近。目的は大好きなサン・シティ・ガールズの「Funeral Mariachi」をアナログ（こっちのレコード店での販売価格よりも遥かに良心的な値段でした）で買うことだったのだけど、熱心なファンとの会話が途切れたところでショウを楽しみました！と話しかけたところ、笑顔が返ってきた。一見おっかなそうな人は、実際はやさしい人だよ、とのまさに知人の助言どおり。BOCのショウについて少し話したのだが、事前に打ち合わせ無しの完全にスポンティニアスなインプロだったとのことで、アラン・ビショップも楽しんだそう。ぜひ、この３人でまた顔を合わせて一緒にプレイしてくださいねと伝え、レコードを買ってその場を後にした。 オーラスは、ベルリンを拠点に活動するヒプナゴギック・ポップの旗手：Hype &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/29/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day3/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=723&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/29/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day3/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_talk.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_talk</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_boc1.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_boc1</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_hype3.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_hype3</media:title>
		</media:content>
	</item>
		<item>
		<title>Tusk Festival@The Cluny,Star&amp;Shadow Cinema in Newcastle-Upon-Tyne,7-9Oct/2011:Day2</title>
		<link>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/26/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day2/</link>
		<comments>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/26/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day2/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Nov 2011 14:57:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Mariko Sakamoto</dc:creator>
				<category><![CDATA[music]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://bluetelephone.wordpress.com/?p=699</guid>
		<description><![CDATA[:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ２日目は、午後１時から夕方までStar&#38;Shadow Cinemaでライヴ、６時半以降はThe Clunyに会場を移して･･･という構成。前日レポでも触れたが、スター＆シャドウ・シネマはメイン会場のザ・クルニーから歩いて５分ほどのところにあるインディ映画館。余談になるけども、そのＡ地点とＢ地点の５分ほどの距離に他にパブが２軒もあるのは、さすが酒好きなニューキャッスルというか。でも、２会場ともそんなに広くないので、人いきれに疲れたり、あるいは時間つぶしにこれらのパブはもってこいだった。スター＆シャドウの蓮向かいにあるパブは生ＤＪも入れていて、がんばってました。 この映画館には初めて行ったのだけど、アートハウス／アングラ／アーカイヴ作品を中心にしたプログラムはなかなか個性的で、ニッチを突いてる＆アート系映画館／名画座に足繁く通っていた学生時代を思い起こし、懐かしい気分にもなった。建物は、恐らく昔は倉庫だったのを改装した感じで、コンクリの床に白壁とシンプルそのもの。「映画館」と称しているものの、ライヴ・コンサートやトーク・イベント、テーマ上映など企画は多彩で、ゆえに固定シートはなし。恐らく通常はパイプ椅子でも並べて映画を上映しているのだろう。入り口からすぐのエリアはラウンジも兼ねていて、いくつか置かれた中古のソファにトークや休憩したいクチがたむろっている。奥のトイレの手前に自転車スタンドがあって、たまにサイクル組がすい～と横切っていくレイドバックぶりもいい。 とはいえ、一番感銘を受けたのが、このシネマの運営は１００％ボランティアで成り立っている点。リスト・バンドをチェックする入り口のおっちゃんも道理でのんびりしてるし（２日目以降は、ほぼ顔パス：笑）、バーのスタッフも老若男女混じっているわけです（普通は、店の顔とも言えるバー・スタッフは若くて見栄えのいいヤングが重宝されます）。そうでもなくてはこんな風にポリシーのある会場を切り盛りするのは難しいとも言えるけど、有志の人々が集まればこういうこともできるのだな、と感じてちょっと感動した。 この日の一番手は午後１時１５分～、地元ニューキャッスル出身のBong。知人のひとりが昨年バーミンガムのSupersonicでもこのバンドを観ていて、強くお薦めされたので観ることにした。ハッパ他を吸うガラス製のパイプっていうバンド名からも察しがつくと思うが、ばきばきにドゥームでサイケなストーナー・ロック（メンバーはもちろん全員ごっつい長髪）で、タールのようにねばつくリフの海には思いっきり飲み込まれる。しかし、のしかかるギターの重みを跳ね返して熾烈なドラムがキック・インするたびにエピックなカタルシス、そして新たな波動を契機に音が広がっていく様はド迫力の美しさで、約３０分／１曲のセットを堪能。ブラック・サバス～スリープやＳＵＮＮ　Ｏ）））あたりが好きな人にはたまらないサウンドではないかと思います。 すっかりテンションが上がったところで、Chris Corsano&#38;Dennis Tyfus。近年のインプロ～前衛界でももっとも忙しいパーカッショニストのひとりではないか？とよく感じるほど引っ張りだこのクリス・コルサノは、本フェスでライヴを熱心に見守る姿を初日から何度も目撃した。出演者としてだけではなく、いちオーディエンスとしてもこのフェスを満喫しているようですな～。ちなみに、Tuskで他に見かけたミュージシャンは、①マキシモ・パークのポール・スミスと②来年リリースの新作が楽しみ！なフィールド・ミュージックのデイヴィッドのサンダーランド組。そういやポール・スミスはＡＴＰでもしょっちゅう見かける音楽好きさんなのだが、今回もいつもと同じ格好（＝フードつきパーカ＋ジャケット＋ハイカットのトレーナー＋帽子）だったのが笑えた。あれは、彼にとっての「定番フェス・ルック」なのかもしれない。 話をライヴに戻して――セッティングは、デニス・タイファスがカセット・デッキ２台を操ってバック・トラックやノイズを編んでいき、そこにコルサノのドラムス／パーカッション・インプロが絡むというもの。ノイズ混じりのアトモスフェリックなサウンドがループしコラージュされる中、導入部は通常のドラム・キットを使ったジャズ的ビートで、トライアングルの繊細な羽ばたきやスネアがきらきら瞬く。しかし、コルサノの足元に置かれた「お道具袋」（？）の中からは、優に１０本以上詰まったスティック／バチ類、板切れ、各種ベル、口にくわえたチューブを使ってのエフェクト、ヴァイオリンの弦といった秘密道具が次々に引っ張り出される。 手腕はもちろん足、肘など、マッサージ師のように全身を使って叩き、こすり、ひっかき、振り回し、揺らし･･･と、豊かな音色のさざめきをシームレスに、しかも精確に繋げていくその様にオーディエンスも息を呑み、約２０分の即興セット、終演と共に喝采の嵐が寄せられた。彼の演奏をこんなに間近で観たのは初めての自分（これまでは他バンドとの共演やコラボがほとんどで、割とオーソドックスなロックよりの演奏だった）も、スポーツ選手を思わせるただただワンダフルな反射神経が生み出す、千手観音も真っ青なその動きに見とれてしまいました――とまあ、それはデニスの使った（いくつものテープのうちのひとつだが）サウンドに日本の念仏を思わせるものが混じっていて、かつ、コルサノの潔癖な坊主頭という絵が混じった、強引な連想ですけども。 にしても、コルサノのスキンヘッドはきれいである。彼は、演奏ぶりがワイルド、かつ異形人が氾濫するインプロ界にいるので見落とされがちだが、なにげに唇も赤々として肌は雪花石膏の英国的美青年だったりする。知人の女性も、このパフォーマンスを観終えて真っ先に「彼は･･･ムフフ！（＝要チェックね）」と意味深なリアクション笑顔を浮かべていたくらいだ。しかし、よく考えると、紫の袈裟に木魚というよりも、むしろバチカンとかカトリックの世界に置きたい人かもしれないな。 くだらないボウズ談義はそれくらいにして、続いたのはChris Forsyth&#38;The Paranoid Cat Band、そしてJohn Duncan。前者はうるわしいメロディとギターで聴かせるユニットで、後者は屋台状態でエレクトロ機材を並べ、ささやくように繊細なミュージック・コンクレートを構築･･･とまあ、やや杜撰な書き方になってしまってすみません。が、それはこの日のマイ・ハイライトその①が、彼らの後に登場するRhys Chatham performing “Guitar Trio”だったから、その１点に尽きる。期待を裏切らない――というか、それを遥かに上回る最高なパフォーマンスで、恐らく多くの人間が、このフェスのベスト・アクトに上げるショウだったと思う。 来年６０歳を迎えるリース・チャタムは、アメリカ現代音楽／ミニマリスト／前衛コンポーザーとして知られるベテラン。ラ・モンテ・ヤングに師事し、トニー・コンラッドらとも交流しつつ６０～７０年代ニューヨークのダウンタウン・アート～ノイズ～ノー・ウェイヴ・シーンで活躍、伝説のThe Kitchenの音楽監督を務めたこともある。今回演奏されるエレクトリック・ギターのためのシンフォニー＝「Guitar Trio」は７７年に発表された彼の代表作で、彼の組織したギター・アンサンブルには、これまでグレン・ブランカやサーストン・ムーアらも参加してきた。 タイトルは「トリオ」ながら、本コンポジションのパフォーマンスは近年６人以上のギター・プレイヤーを中心に編成されている。このTuske Festivalヴァージョンは、リース・チャタム本人を筆頭に、ビル・オーカットやジョン・ダンカンといった他の出演者達、そして地元から招集された若いギタリスト達から成る計９人。そこにベース１名とドラムスが加わった大所帯は壮観だし、舞台が狭いのでギタリストの半数はあふれてフロアの端に降り立つ形で、大きな半円が形作られる。 全員がポジションに着いたところで、つば広の黒い伝道師帽から豊かな白髪をのぞかせ、黒スーツにベスト＋白いシャツというシックないでたちのリース・チャタムが入場（〝フォンズ〟ことヘンリー・ウィンクラーを、もっと上品にした感じでしょうか）。軽いコンポジションの説明に続き、いよいよ演奏開始。全ギタリストにそれぞれ１つの音符／コードが割り当てられている仕組みで（１本１本チューニングも違うと思う）、リース・チャタムが先陣を切ってリフを弾き始め、やがてひとり、またひとり･･･とキューを与えられたプレイヤーが加わり、重なり合った音から異なるハーモニーが立ち上がる。その音感は確実にソニック・ユースに通じるもので、さすが師匠筋っす。 考えれば単純な発想なのだけど、建築の設計図、あるいは星図を思わせるその均整のとれた構成と理性は、聴いているだけで浄化される。と同時に、リース・チャタムが時に指差しで、時に目線でそれぞれのギタリストを絶え間なく指揮者のように操作（音量を上げる／テンポのアップダウン／オン・オフの切り替え）することで、楽曲全体はダイナミックかつエモーショナルに隆起し、サン・ラ・アルケストラばりのコズミックなトランス感が広がっていった。演奏する側にとっては大変だろうが、３０分どころか１時間聴いていたいくらい、陶酔のジャムだった。 全員がＦ＃を弾くというコンセプトの２曲目に続き、ラストは「Louie Louie」でおなじみのコードをアレンジしたトラック。ここでの主導はリズム隊で、彼らのダイナミックなグルーヴにのり、プレイヤー全員が思い思いに弾くことで生まれるズレやアクシデンタルな和音／不協和音がほとばしる。その只中で、ジャケットも脱ぎ捨て、半ば放心した表情でフロアに跪いたままリース・チャタムは同じリフをえんえんとストロークし続け、他のギタリストを激しく煽り、勇壮な音の翼で「彼方」へ連れて行ってくれた。 ３０年以上前に生まれたアイデアとは信じがたいくらいタイムレスな響きだったし、毎回異なる個性のプレイヤーと異なるエレキの組み合わせが生まれる＝どのパフォーマンスも微妙に違う結果になるため、新たな生命が注ぎこまれているとも言える――と感動したのだが、たとえばクラシックやジャズでは、古典のバリエーションという発想はむしろ普通。コンポジションよりもプレイヤーやパーソナリティに重きが置かれ、イメージや声も全体の一部を成すロックとは違うなあ、と興味深くもあった。 夕方以降の後半戦は、トリのアラン・ビショップがハイライトその②だったので、近くのレバノン料理店まで抜け出してご飯を食べたり（周囲にあまり外食店のないエリアだけに賑わっていたけど、観察するとテーブルの７割はTusk参加者だった：笑。隣のテーブルは偶然にもマキシモ・ポール一行だったが、連れが全員女性だったのは、さすがロック・スターという感じ？？）、軽く流しながら観ていった。Purling Hissは割りとオーソドックスなガレージ・ロック・トリオで、悪くはないが特に新鮮味はなし。Natural Snow Buildingsはギター２本とエレクトロニクスのミニマル・ノイズ・ユニットで、その名に恥じない霜柱のように繊細なサウンドだった。ヴォーカルが入る曲に、デーモン＆ナオミを思わせる風懐な表情があったのもなかなか良い。 いよいよAlvarius Bことアラン・ビショップの登場。ＵＳアート・パンク界のエアー・ポケット：サン・シティ・ガールズの元メンバーであり、グローバル・ポップの秘境を掘り保存するアーキヴィスト／考古学ぶりで昨今つとに注目度が上昇中のSublime Frequencies（ビョークも先ごろファンであることを表明してましたね）創設者でもある人で、アンダーグラウンドにおけるリスペクトの高さは集客にも現れている。 &#8230; <a href="http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/26/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day2/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a><img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=bluetelephone.wordpress.com&amp;blog=15806125&amp;post=699&amp;subd=bluetelephone&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
		<wfw:commentRss>http://bluetelephone.wordpress.com/2011/11/26/tusk-festivalthe-clunystarshadow-cinema-in-newcastle-upon-tyne7-9oct2011day2/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	
		<media:content url="http://1.gravatar.com/avatar/353e2835f84df809481ede75e2c5e568?s=96&#38;d=http%3A%2F%2F1.gravatar.com%2Favatar%2Fad516503a11cd5ca435acc9bb6523536%3Fs%3D96&#38;r=G" medium="image">
			<media:title type="html">bluetelephone</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_venue.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_venue</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_bong.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_bong</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_corsano1.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_corsano1</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_rhys1.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_rhys1</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_rhys2.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_rhys2</media:title>
		</media:content>

		<media:content url="http://bluetelephone.files.wordpress.com/2011/11/tusk_bishop1.jpeg" medium="image">
			<media:title type="html">tusk_bishop1</media:title>
		</media:content>
	</item>
	</channel>
</rss>
