Material blues

昔から物拾いに抵抗はない方で、モノにあふれたアーバンな都会:ロンドンで、その傾向にますます拍車がかかった気がする。もちろん何でも拾うわけではなく、気に入った物しか自分の家には招ばない。失くした人が非常に困るであろう貴重品や金目のもの、また落とし主が分かりそうなシチュエーション(公共の場、駅etc)であれば、然るべきところに届ける。
こういう行為は、人によっては「他人の手に触れたものなんてイヤ~」と抵抗もあるものらしい。引越し先で、ソファーの後ろに埃まみれの指環を発見してそのまま指に嵌めてしまったとか、冬の朝に、溶けた雪と泥が凍りついたマフラーを道端で見つけ、かわいいから洗って使っているよ・・・と話をしたら、友達に「嘘!」と退かれたこともあった。市民からの寄付品を売る、英各種慈善団体が経営するボランティア・リサイクル店=チャリティ・ショップに行くと、靴下や女性の下着まで売っている。さすがにそれはノー・サンキューだけど、いわゆる「ヴィンテージ哲学」みたいなこだわりがあるわけではなく、ピンとくれば、新品だろうが中古だろうがさして気にしない、という話。

チャリティ・ショップにはお世話になっていて、レコードや古本など、たまに掘り出し物が見つかる。中でもポピュラーなOxfamは、高値の品物(寄付品の値付けは各店舗のスタッフに任されている)をコレクター向けに売るウェブサイトまで運営していて、立派。古本や音楽を専門に扱うOxfam Booksという支店もあって、この間行ったコベントリー店はこぎれいな店構えな上に古本のセレクション(コミック・セクションはかなり本格的)も悪くなく、なかなか楽しかった。
逆に、着なくなった服や雑誌の付録CDやDVDなど、たまに寄付もする。根気のある人間はオークションや売買サイトを通じてユーズドとして売るのかもしれないし、コミュニティ・ベースのリサイクル/交換ウェブサイトも増えている。使える状態であれば、不要品をゴミとして処分する前にチャンスを探りたい、という思いは多くの人間が抱いているのだろう。

しかし、それすら面倒という人もいて、彼らは自宅の外や集合住宅の共通スペースだのにモノを置き去りにして、「Take Free!」の札を残していく。以前住んでいたアパートはすごくて、誰かの引越しともなると衣類や靴、書籍類はもちろん、食器、椅子に電気スタンド、小ぶりな安物家具まで棄てられていた。基本的にジャンクとはいえ、捨てる神あれば拾う神ありということで、朝に不要品の山を見かけても、夕方までにはあらかた消えていたものだった。しかし、一度パック入りの卵が1ダース置いてあったのに出くわした時は驚いた。いくら白くいじらしい卵たちに「持ち帰ってよ~」とせがまれても、さすがにこれは、誰もタッチしなかった。
今暮らしているエリアでは、これまでに本棚、CD棚、折りたたみ椅子などを拾ってきた(ちゃんと、処分品なのかどうかをその家の人に確認した上ですが)。端が欠けてる、塗装が剥げてる、足がフラつくという程度なら、全然OKである。また、改装の終わった家ではしっかりした合板やレンガも捨ててあって、これは人気。見かけても、あっという間になくなっている。そんなわけで、通りにスキップ(廃材・ゴミ処分用の巨大な鉄の箱)を見かけると、つい何かサルベージできる物がないか?とチェックする癖がついたのだから、我ながら恐ろしい。

いちばん頻繁に出くわすのは古本やVHS。大抵、段ボール箱に詰められて、家の外、通りに面したフェンスの上に置かれている。たまに「1冊50ペンス、児童向けの本は20ペンス」なんて札と、お金を入れる皿がそばに置かれてるケースもあるけど、大抵は「お持ち帰り自由」。通行人の目に留まり、新たな持ち主が見つかればラッキー、見つからなければ捨てられるのだろう。そういう箱は見かけるたびにチェックはするものの、中身はもう見飽きた10~20年前のヒット映画だったり、通勤用の安いペーパーバックとかベストセラー、女性向けロマンス小説、古いけど作者の名前さえ聞いたことがない本など、箸にも棒にも引っかからないものが多い。大きい箱なのでワクワクして覗いても、時間の無駄に終わる。そもそもタダなんだから、期待する方が間違いなんだけど。
しかし、先月散歩していて出くわした箱からの収穫が、上記の写真。すべて同じ箱に入っていて、かつての持ち主さんは興味や趣向が自分のそれと近いようだし、特にドアーズ本はちょうど読もうと思っていたところなので、ラッキーだった。ごくたま~に、こういう運にめぐり合う時があるから、サルベージはやめられない♪とニコニコしながら家路に着いたのだが、狭くてモノが溢れかえっている部屋という寒い現実を前にして、我に返った。
実はいちばん高くつく空間そして時間を無駄にして、モノにしがみつくクセが抜けないのは、問題である。そもそも、本気で持っていたいものなんて、実はそんなに多くないはずなのだから。手に取れる「実物」がないとなかなか納得できない、この頭の古めかしい配線~具象傾向は厄介である。やはり、そろそろ本気でiTunesやデジタル書籍を導入・活用する時期なのかもしれない・・・。

広告

Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
カテゴリー: uncategorized パーマリンク