Swans@KOKO,28Oct2010


アメリカに続き、遂に欧州に上陸した再編成Swansツアー。マイケル・ジラのAngels of Lightおよびソロは体験済みだったが、スワンズを生で観るのは、もちろんこれが初めてだ。1989年に、笹塚の胡散臭いバーでひっそり行われた「スワンズ・ライヴの直輸入ビデオ上映会」に行き、我々以外は無人に等しい店内で、ビール片手にまんじりともせずブラウン管を見守ったのが関の山である。ひ孫くらいの世代のビデオで、画質も何もあったものじゃなかった。

ポスト・パンク/オルタナといった80~90年代バンドの再結成・ツアーは昨今の大トレンドなわけだが、マイケル・ジラ自身はスワンズ再結成を長らく否定してきたし、AOLで新たなフィールドを切り開いてもいる。死した白鳥を、今なぜ?との思いは確かによぎった。しかし、ジラ先生いわく現AOLでの音楽的編成に制約を感じており、また、骨を揺さぶる爆音に身を任せる快感も恋しくなっていた時期だったらしい。が、それをAOLでやるのは主旨が違う・・・というわけで、スワンズという「媒介」を13年ぶりに呼び覚ますことになった模様。
ビッグなギャラという面も完全にゼロではないだろうし、インダストリアルはもちろん、ここ数年スラッジやドゥーム・メタルの始祖として新たに評価されてきたカルト=スワンズを、今の世代にきちんとコネクトしたいという思いも多少はあったと思う。しかし、マイケル・ジラの独歩ぶり――自らレーベルYoung Godを運営し、スワンズ作品の再発や他アクトのリリース、ツアーもオーガナイズしている――を考えるに、これは音楽ありきの再編成。彼が今やりたい音楽を生み出す場として、スワンズが理にかなっていた、ということだと思う。
とどのつまり、オリジナル・メンバーはマイケル・ジラだけなわけだし、スワンズは彼の領分。ファンが楽しみにしていたジャーボーやロリ・モシマンといった「スワンズ卒業生」は今回参加せず、古株はノーマン・ウェストバーグ(G)のみ。残るメンバーは後期スワンズやAOL他のプロジェクトで絡んできた面々であり、その意味でも、過去をそのままリヴァイヴ/トレースする展開ではなく、マイケル・ジラという継続し動き続ける音楽天体の一部として、この復活を位置づけた方がいいのだろう。

今年始めにスワンズ再生がアナウンスされ、続いてツアー、そしてニュー・アルバムのリリースが報じられた。そのレコーディング資金に充てるべく、マイケル・ジラはスワンズ新作の前にソロ・アコースティック・アルバムをネットで販売し、かくして12年ぶりの新作「My Father Will Guide Me Up a Rope to the Sky」が到着。そこから約1ヶ月(ライヴのチケットを買ってからはほぼ半年である)、生スワンズ初体験と相成った。

会場のKOKOは、フロアの上方を半円形の座席が囲む、劇場型のヴェニュー。前座から観たかったので早めに到着、ステージ前に接近しようとすれば可能・・・だったのだが、耳へのダメージが怖くて、二階バルコニーへ移動する。ステージが余り高くない会場なので、フロアにいるとまともに何も見えないのはもちろん、(本当の話かどうかは知らないが)80年代当時は音がでか過ぎて、吐く客もいたという伝説でならしたバンドである。用心に越したことは無い。
場内を占める大半は、さすがに30代以上とおぼしきおっさん&オバハン年配客――なのだが、やはりどこかしら、「普通の中年」じゃない雰囲気を漂わせているのは、気のせいか?また、「この子達が物心ついた頃にはスワンズは存在しなかったであろう」、そう察せられる世代のいたいけなヤング客(=SUN O)))のツアー・パーカを着た連中とかね)、もちらほら混じっている。

もうひとつ面白かったのが、客層の国際色の豊かさ。今のロンドンは極めてコスモポリタンなので、ライヴ会場で異国語を耳にするのは別に珍しくもない(そう書いている、自分がそもそも外人である)とはいえ、この晩は欧州人とアメリカ人率が高かった。顔立ちの違いや小耳に挟む会話のアクセントはもちろん、近くに立っていて、時間待ちの間に軽く雑談を交わした連中にしても、フランス人&ポーランド人。そのフランス人男性は、前の週に筆者が行ったLowest Form Of Music(エレクトロ~ノイズ~フリー・ミュージックのフェス。日本からインキャパシタンツ、非常階段も出演しました)にも来ていたというから、いやはや世界は広いようで狭い。
その彼は来年日本旅行を予定しているそうで「東京でいいレコード屋を教えてくれ」と尋ねられ、つーか、あんたがどんな音楽が好きなのかよう分からんし、CDでいいのかヴァイナルが目当てなのかにも拠るよ・・・と困りつつ、とりあえず明大前:モダーン・ミュージックを推薦しておきました。

オープニングは、Young Godからも作品をリリースしているギター奏者:James Blackshaw。最新作ではピアノに挑戦していたが、この晩はシンプルなアコースティック・ソロ・パフォーマンスだった。ロビー・バショー、ジャック・ローズといったフォーク・インストの流れを汲むこの人の弾き出す音色は、いつ聴いても端整、かつ流麗。30分ほどの短いセットではあったが、瞑想的~スペクトラルな基本トーンを軸に据えつつ、エモーショナルな演奏とタイトなアレンジから、素晴らしいラーガを織り成してくれた。

この手のライヴは大体9:30にメイン登場~アンコールも含めて約2時間演奏のパターンなのだが、スワンズ開演は10:00。引っ張ります。

お客の熱気もむんむんになってきたところで、まずパーカッション/ヴィブラフォン他担当のThorが静かに現れる。チューブラー・ベルを細かく叩きつつ、最新作からの必殺曲:「No Words/No Thoughts」のプレリュードが厳かに流れ始める。コンサート・・・というより黒魔術ミサの開始という雰囲気だし、Shearwaterのメンバーとしてもおなじみのこのマルチ・プレイヤー、大工でもあるという逞しい体躯は、まさにスカンジナビアの異教神(1曲目を演奏し終えた頃には既に汗だくで、Tシャツ脱ぎ捨てて上半身裸になってました)。そんな彼が一心にチャイムに立ち向かう姿は、一種日本の和太鼓奏者を思わせるものがあった。
音源とは異なり、チャイムのソロが5分以上続いたところでドラムス/パーカッションのPhil Puleoがそこに加わり、グルーヴの波がゆっくりせり上がってくる。このドラム・キットがものすごくて、バスドラが床だけではなく右手にも置かれている。足ではなく腕であれを叩くのは、想像するだけでもう、筋肉痛が起きそうだ。
残る3人(ギター、ベース、コンソール・スティール・ギター)とマイケル・ジラ(茶のシャツに茶のズボン、ワーク・ブーツ姿)が現れ、チューニング開始。ステージ袖には、いつの間にかトロンボーンとトランペットのホーン3人が控えている。Christoph Hahnのスティール・ギターがバグパイプを思わせる奇妙に歪んだ音色を添える中、ギター・チームはドラムを囲むフォーメイションをとる。マイケル・ジラはぐっと身を低め、上体を前後左右に揺らしながら、徐々にトランス状態に入っていく(前列にはカメラを手にしたファンが詰め掛けていたが、焚かれるフラッシュが邪魔なのだろう、何度か彼らを制止し蹴散らしていた)。

来るか、来るか・・・とタイミングを推し量り、こちらの握り締めた拳もぎゅっと白くなってきたところで、来ました!全員一丸となってのマッシヴな音塊がドドォーンと湧き上がる。足元から根こそがれるというか、飛行機のジェット噴射、離陸音並みのノイズである。ロンドン公演の数日前:バーミンガムでのSupersonic Festival Festivalでスワンズを観て来た知人も「とにかく音量がすごい、3時間耳鳴り」と話していたが、MBVの白光死ね死ねノイズと異なるのは、音の網目が逃げ場なく、みっちり張り巡らされている点。ギターにガリガリやすられ、打楽器に打ち転がされ、ホーンのアフリカ象な鼻息に吹き飛ばされる。蟻地獄に身動きもとれず飲み込まれるような、懲罰の爆音だ。
その極めてタイトで重圧感に満ちたバンド・アンサンブルに対し、しかしマイケル・ジラの声は一歩たりとて退かない。彼の歌い方は歌唱というより祈祷、あるいは念仏に近いモノトナスなもの。しかし、深くよく通るその声は、色やトーン、ニュアンスに揺れることなく、たとえばモノリスや御影石、ブラック・ホールのように音の洪水の中に屹立する。しかしコーダは他の音をすべて止め、ヴォーカルのみ。静まり返った場内を、跪いたマイケル・ジラの絶叫がえんえんとエコーしていった。

「Thank You,Children!」の微笑を誘う挨拶で終わった、この1曲目で約20分。「音源とライヴはまったく別物」という姿勢は変わっておらず、いずれも10分近くにストレッチされ、翻案されたライヴ・ヴァージョン(スワンズはライヴ音源も多数リリースしている)が続く。「Your Property」では80年代を出自とする彼ららしいゴシック&崇高なノイズがのたうち、前半でもっとも盛り上がった&誰もが絶賛していた「Sex God Sex」で、極めつけのハンマー・グルーヴ&サウンドが炸裂。横っ面ビンタはられまくり。
だが、自分にとってのハイライトは続く「Jim」。スワンズのように様々な音楽的要素を取り込んだバンドにしては珍しい、古典的なブルース・ベース~マーダー・バラッド調のシンプルな曲ではあるけれど、その陰々滅々と粘っこいリフのビルド・アップから、カタルシスに満ちたフリーキー・ノイズの交錯するクライマックスになだれ込む様は圧巻。インプロや各プレイヤーの呼吸を大事にしつつ、見事なコントラストからドラマを引き出すマイケル・ジラのアレンジャーとしての能力はすごい。

続くインスト曲も素晴らしく、①ジラ+ラップ・スティール、②ベース+ギター+ドラムス、③ホーン隊とグループが3手に分かれ、それぞれが微妙にズレたリズム/グルーヴで応酬しながら無限大に広がる波紋~やがてサイクロンのごとき音場へと発展していき、再び飲み込まれる。基本的にスローで重い、タールのくっついた靴底を引き剥がしながら進むような楽曲の多い中、ドライヴがあってダイナミズムに満ちたこの曲は、ライヴの流れのいいアクセントでもあった。
ここまでで約1時間、絶え間ない音の来襲と緊張で凝った肩に、後半とどめを刺したのがマリオ・バーヴァばりにおどろおどろしいムードたっぷりだった「I Crawled」。ジラ先生の慟哭の背後で薄く鳴るThorのピアニカも不気味な荒涼を醸しているし、昔ながらのファンの反応も激しい。歌詞の罰当たりっぷりと相まって、スワンズの暗黒が底なしに口を開けた感じだった。そこから、フィナーレは「Eden Prison」他、最新作からこれまた屈強なボディ・ブローの連打である。

常にテンションはマックス、音は日常から完全に離脱。文字通りフィジカルな演奏を2時間、バンド側も最後は精魂尽き果てているようだった(とはいえ、ノーマン・ウェストバーグだけは最初から最後までニヒルで超然とした佇まい――とても失礼な言い方になるが、犯罪者っぽい見た目なのだ――を貫いていて、刺青だらけの細い腕も含め、それはそれでおっかなかった)。が、それ以上に困憊していたのはこっちだ。
AOLからリアルタイムで聴き始めたクチである筆者にとって、80~90年代当時の彼らのライヴとこのギグとを較べるべくもない。「あれでも音量が足りん」「凶暴性が足りない」と感じる長年のファンもいるのかもしれない。しかし、ひとつ思ったのは、スワンズという集団にとって、パフォーマンスはエンターテインメントではなく儀式であり、祭礼だ、という点。

もっとも、それはファン(礼賛者)とバンド(偶像/アイドル)との間の、ファナティックで宗教的な結びつき・・・ではない。むしろ、パフォーマーと楽器、音楽は導管~触媒と化し、司祭マイケル・ジラの導きで、集まった我々の中から何かが揺さぶり起こされる、というか。モダンでクリーンな文明社会の中に生きているつもりでも、案外こうしたプライマルな感覚というのは、まだ我々のDNAのどこかに残っているのかも?そういう、普段抑えられている何かが解き放たれたからこそ、この晩のライヴは聴体験としてはヘヴィで過酷であっても、大きなカタルシスをもたらしてくれたのだ。
だが、Angels of Light=光の天使というのは、堕天使ルシファーのことだと思うし、白鳥にしても、見た目は優美で荘厳とはいえ、人間や動物に襲い掛かったり、気性は獰猛だったりする。そんな明暗、狂気と美、コインの裏表を操るマイケル・ジラの導きに従うのは、危険も伴うものだ、ってことで。

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Mariko Sakamoto について

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