週刊琴線1月14日&21日合併号

今週の琴線:
Cigarettes
Michel Roux’s Service(BBC)
War against mice

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今回は合併号。先週から仕事の追い込みがかかり、ブログを書いてる余裕なしでした・・・次の波もそろそろ迫って来るんで、その前につらつらと。

リンプ・ビズキットは、(ウェス・ボーランドを除くと)別に好きでも何でもありません。ただ、最近手巻き煙草を始めたので、その気分にこの曲はジャストにハマるのだ。Rollin’ Rollin’ Rollin’ Rollin’・・・と、煙草を巻きながら頭の中でモッシュしているわけです(してないって)。というわけで、以下のパートは非喫煙者はすっ飛ばしていただいた方がよいかも?読んでも、恐らく退屈だと思われます。にしてもこのPV、たかが10年ちょい前なのに、すごくアナクロに写るんですけど。

イギリスでは、手巻き煙草がかなり普及している。お付き合いで吸う、いわゆる社交スモーカー、あるいは自宅でたまに吸う・・・という程度の人達には手巻き派が多いし、パブに行っても、喫煙セクションで巻き巻きしている輩をよく見かける。それはまあ、ジョイントを吸う人間の人口が多いって背景もあるんだろうけど、もうひとつの要因は安さ。
イギリスは煙草が高い、というのはよく知られた話じゃないかと思うが、マルボロ・ライトを例にとると、ロンドンでは1パック6ポンド30~7ポンド+アルファ(イギリスは、店によって小売値段が微妙に違うのです)。レートの変動はあるとはいえ、日本円に換算すると800円以上になるだろうか。5ポンドも出せば、そこそこに飲めるデイリー・ユーズなワインが買えるこの国で、酒以上に贅沢品である。

あと、不健康/病気の源は敵!ということで、国家的に嫌煙風潮が高まっているのも、重税の理由のひとつだろう。スコットランドに続き、イギリスで屋内公共エリア(レストラン、パブ含む。もちろんコンサート中もダメだよん)での全面禁煙条例が敷かれたのも、この世相の変化の結果ではないか?と。まあ、煙でいっぱいの締め切られた空間というのは自分も苦手だし、煙草片手にギグ会場をうろつくバカに灰を落とされたり、服を焼かれたことは何度もあったので、屋内喫煙禁止は基本的には賛成。
ともあれ、こういうスモーカーにタフな状況の数々に、ギブアップして禁煙した人もいたし、しょせん煙になってポワンと消えるものへの投資としては、バカバカしいほど高い。おかげで、友達や知人がたまに日本から来る時、「お土産何がいい~?日本食?お菓子?本?」と色々親切に聞かれるのだが、ぶっちゃけ、一番切実に持ってきて欲しいのは免税煙草のみ。色気もロマンもへちまもない話ですが。

それに引き換え、巻き煙草は煙草葉の小パック、フィルター、ローリング・ペーパーの3つを買っても、5ポンドでお釣りが来る。フィルターは102個入っていてかなりもつし、ペーパーは50枚入り。肝心の煙草葉も、1本に詰める量で若干差が出るとはいえ、3日間は続くのでかなり経済的だ。あとまあ、いちいちマニュアルで巻かないと吸えないので、即吸えるレディ・メイドの紙巻よりも、1本を消費する、トータルの滞空時間は長くなる。手巻き煙草は燃えるスピードが速いので、あまりこの説に説得力はないかも、だが。

ともあれ、年が明けたのを機に、手巻きメインに切り替えることにしてみた。若い友達がいずれも手巻きなので、それを眺めていてインスパイアされた、というのもある。あと、父親のスコットランド旅行に同行した際、昔軍人で今は5つ星ホテルのドア・マンというおっちゃんが、とてもスマートに手巻きを吸っていて、「いいな」と感じたのも、記憶のどこかに引っ掛かっていて作用した。
おっちゃんはややショーン・コネリー似のハンサム爺で、上質なキルトの正装&胸にヘザーの枝を飾り、毎朝玄関にしゃきっと立っていた。煙草を吸いに外に出たら、「おはようございます。どうぞ」と、エレガントに1本差し出してくれた。使い込まれたシガレット・ケースには、異様に折り目よく、きれいに巻かれた手巻き煙草が並んでいる。お返しに自分の煙草を勧めたところ、おっちゃんいわく「手巻きの方が混ぜ物がなくて、葉の味が楽しめる」とのことで、丁重に断られた。毎晩、自宅で静かに明日の煙草を巻いているのだろうか。そういう一種の余裕も、なかなかいい感じだな。

まずは、必要なアイテムを揃えることからスタート。煙草葉は、スコットランドのおっちゃんが吸っていたゴールデン・ヴァージニアからトライするとして、フィルターはスワンというブランドが一般的。あまり味にこだわらない、要するに根深い煙草中毒者なので、どこでもいつでも買える品、という現実性が一番のポイントである。
とはいえ、昔は赤マルボロ、そこからKOOLじゃなくちゃダメ、とか、ゴロワーズの青だ、とかこだわっていた。が、イギリスで売ってないんですよねー、KOOL!味は一番好きなんだけど、メンソール人気が低いこの国では、まったく見かけない。ゴロワーズ同様、気障でゲイなエリア(ソーホー)にまで出向かないと、手に入らない。面倒くさい。
かといって、オアシスでおなじみのB&Hとか英庶民の煙草=シルク・カットは、咽喉にきつすぎてNG。結局、確実にどこでも売っていて、無難なマルボロ・ライトに落ち着いている。それって、モーターヘッドのレミーが話していた「俺がジャック・ダニエルズを飲むのは、世界のどこに行ってもほぼ同じクオリティが保たれている、安定した酒だから」という話と、ちょっと似ている? 日本のマルボロの方が、ちょっときついとは感じるけど、それはたしなむ場所の風土や空気、水の違いも作用しているのだろう。同じことは、たとえばウィスキーやコーヒー、紅茶なんかにも当てはまるが。

それはともかく。手巻きアイテムの中でもっとも迷わされたのが、ローリング・ペーパー。英市場をほぼ独占しているブランドがリズラで、サイズや紙の重さ、端をカット/未カットなど、7、8種類はあってどれに手を出せばいいか困ったが、こういう時に役に立つのがインターネット。軽いリサーチの末に、ポピュラーな緑、そして白をチョイス。白は、塩素フリー紙です。
そのリサーチでリズラの歴史をちょっと学ぶことになったのだけど、ブランドの始まりは18世紀=フランスの、ラクロワ家なる家族のファミリー・ビジネスだったんだとか(RIZLA+というブランド名にも、ラクロワのLAに、+=十字架:クロワのシンボルが残ってます)。ナポレオンに巻紙商として認められ、それまで本のページを引っちゃぶいて煙草を巻いていた(!)兵士達に紙を支給していき、有名になっていったそう。
リズラにまつわる音楽ネタでは、ニック・ドレイクが一番有名だろう。ファーストのタイトル「Five Leaves left」は、ティッシュ式に引き出すリズラのパックの中に入っていた、「残りあと5枚」の警告サインにちなんだもの。今は「残り10枚」に切り替えられている。もっと近いところでは、ザ・ストリーツのヴィジュアルや歌詞にもよく登場していますね。どっちもまあ、煙草というよりも、むしろハッパな人達ですが。

アイテムが揃ったところで、ここしばらく巻き巻きしております。指先が器用ではないので、自分は確実にへたくそだろうな~と思っていたけど、案の定、Art of Rollingを究めるのは長い道のりになりそう。成功作は、5本に1本くらいの割合である。葉の量の按配が難しい&フィルターの据わりが悪い。でもまあ、こういうのは慣れなので。いつか、立ったまま、テーブルを使わずに巻けるようになる日も来るだろう。
ちなみに、巻くのが下手な人のためには、巻き上げネジ式の専用機械もあります・・・な~んて書いているが、結局は、巻きを究める云々ではなく、がっつり禁煙すれば話は済むのである。「禁煙」と1年の誓いを立てる人もいるわけだし。が、豆腐のように意思がもろい人間なので、このせこい減煙策がファースト・ステップ。しかし、このぶん、煙草天国日本にいる時には、ものすごい反動のせいで吸いまくる予感が・・・いいのか悪いのか。

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気分転換に観た「Service」という番組に、結構ハマっている。内容は、過去10年ほどでイギリスのカルチャー・ランドスケープを変えた?とも言われる、リアリティ番組の一種。一般人から候補者を募り、ある課題に向けて1~2ヶ月に渡ってプロが彼らを鍛え、ジャッジしていくことで、最終的に勝者が選ばれる・・・という、勝ち抜き型のセミ・ドキュメンタリーものである。

たとえば「X Factor」なら、その課題は歌であり、シンガー/パフォーマーとしての特訓・成長の過程は逐一カメラに収められ、勝者にはプロ・デビューが約束される。「Dancing On Ice」や「Strictly Ballroom」のように、有名人がフィギュア・スケートや社交ダンスにトライする、という形式もそのバリエーションと言えるだろう。
「Big Brother」は、バスルームからベッドまで、24時間至るところでカメラが回っている隔離された家で、赤の他人達とハウス・シェアするのが課題。様々なマインド・ゲームの果てに生じるストレスや対立、各人のパフォーマンスを視聴者がジャッジし、ひとり、またひとりと「嫌われ者」が脱落していき、最後まで残った人間は賞金をもらえる仕組み。同様のフォーマットで、舞台をオーストラリアのジャングルに移し、候補者を素人ではなく有名人にして、彼らを「虫食い」他のゲームでいたぶる・・・というコンセプトが「I’m A Celebrity,Get Me Out Of Here」というわけで、手を変え品を変え、まあ色んなバリエーションが跋扈しているわけです。

これらリアリティ番組はこっちではおおむね人気が高いのだが、そのぶんスキャンダルも多い。「X Factor」のやらせや電話投票の総計数操作、「Big Brother」での人種差別発言やいじめ疑惑、住人達の無礼講(カメラ回ってるのに、まじにセックスしちゃった人達とか)への抗議はすごかった。が、そうしたスキャンダルですら、製作者側は「番組の宣伝の一部」と見越した上でやっているのだろう。
というのも、対象や状況を誠実にドキュメントしているだけでは、案外とドラマは生まれなかったりするから。そして、ブラウン管の前の人間達は、波風が立たないとチャンネルを切り替えてしまう。「Truman Show」みたいなものでしょうか。なわけで、平穏を淡々と映すよりは、リスキーでもなんでも、とにかく話題になったが勝ち。リアリティ番組人気に寄りかかる他メディアも、それらを取り上げ騒ぎ、関心をあおり続ける。
もちろん、リアリティ番組の中で流された涙やこぼれた笑いには、本物のそれも含まれているのだろう。が、最終的には編集され、モンタージュされた映像作品=ショウなわけで、そうやって目に見えるものに移し変えられた、あるいは要約された時点で、現実との誤差はどうしたって生じる。もちろん、動物やネイチャー界を長時間かけて追った、ちゃんとしたドキュメンタリーについては、アッテンボローの国:英BBCは伝統的にいい仕事をしているけれど。

しかし、人間を相手にした、現代人や世相、社会の記録とも言えるリアリティ番組(だから、「ドキュメンタリー」ではなく「リアリティTV」という名称なんだろうが)に対しては、どうしてもシニカルに構えてしまうのだ。今のように、リアリティ番組を観て育ってきた人間が増えてきた時代は、特にそう。カメラを惹きつけるパフォーマンスのルールが、もう、彼らの感性の中にばっちり刷り込まれている、というか。
先述した「Big Brother」での本番セックス騒動なんかも、色恋沙汰はカメラの格好の標的(=要は覗き屋、出歯亀ですからね、安全なテレビ桟敷で「見ている」だけの視聴者は)というのがバレているからこそ、「別にいいじゃん観られたって、ひとつやふたつ、減るもんじゃないし」と割り切った感性の発現じゃあないか?と。

んなわけで、仕事のために観ておかなければ、と必要に迫られた時以外は、こうした一連のリアリティ番組は積極的に回避してきた。「X Factor」に至っては、マジにもう、お涙頂戴、ありがちな展開の連続、アメリカ型の誇張されたエモーション・・・と、その何もかもがみえみえで嫌いだったりする。のだが、そうしたもろもろを承知の上でも、「Apprentice」、「Dragon’s Den」といった職業がネタのリアリティ番組は、たまに見てしまう。
「Apprentice」は、裸一貫でリッチ&サクセスを獲得したベンチャー企業家アラン・シュガーが主役で、未来のヤンエグを夢見る若者達を募り、彼らの才覚をテストしながら、次なるApprentice=徒弟を見出していく、という筋書き。お眼鏡にかなった人材には、彼の会社での雇用が待っている。
「Dragon’s Den」は、日本風に言えば「虎の穴」?素人の各候補者が、ベテラン・ビジネスマンの待ち受ける虎の穴に乗り込み、オリジナルな発明や新たなビジネス・アイデア~ヴェンチャーのプレゼンを行い、そのアイデアを買われた場合、4名の審判員(すべてプロの企業家)の中から、そのアイデア実現のため出資を申し出る人間が出てくる仕組み。逆に言えば、現実性のないプレゼンは、隅々まで突っ込まれ、ボロクソに批判される。

「それにしたって〝やらせ〟じゃないの~?」と言われたらそれまで。しかし、歌だのパフォーマーといった、判断材料/ジャッジメントの枠がゆるい、価値観次第でどうにでも転がるテーマ――たとえば、歌は下手でもキャラとルックスで大衆に愛されちゃう人とか、逆に、ルックスも何もあったもんじゃないけど、音楽的才能はあるので「すごい!」と思われる人とか――に較べれば、「起業」「ビジネス精神」は、数値データに換算しやすいマネーが絡むので、いくぶんリアルだろう。視聴者の支持が高くても、課題達成の結果がNGであれば退場、あるいはさようなら~と相成る。
まあ、そうした「結果」そのものが改ざんされている可能性もゼロではない。けど、仮にもその筋の第一人者のひとり、あるいはプロと目されている人達が審判役を務め、自分の会社なり、自分の資本を投資するのが前提なので、彼らも荒唐無稽&ナンセンスなチョイスはしないだろう・・・と。
「X Factor」のサイモン・カウウェルも、勝者を自分のレーベルからデビューさせるから同じじゃん?という話だが、売れないと、すぐに契約切ってお払い箱です。それにまあ、ショウビズ界の場合、イギリスには呆れるほど受け皿がある。バラエティ番組出演、ゴシップ雑誌、タブロイドでの暴露話、スキャンダル(この手のリークも、大抵お金が動く)、最後はドサ回りと、落ち目になっても、それなりに何かネタになれば、拾う神がいるのである。吸い尽くし、吸い尽くされる仕組みですな。

ともかく。この「Service」という番組は、文字通りサーヴィス業が主役。素人候補者8人を集め、8週間かけ、未経験の彼らをプロのウェイター/ウェイトレスへと叩き上げて養成する、という設定である。試験にはパリのミシュラン・レストランでの給仕体験も含まれているそうで、番組の最後には晴れて2名が選ばれ、フード&ワイン・アカデミーでの奨学金を与えられる。

料理番組は基本的に好きで、好き好き:Nigel Slaterのレシピ番組とか、「MasterChef」(料理人が腕を競い合う。「料理の鉄人」ですね、要は)なんかも、再放送があるとたまに観る。「へー、こんな食材の組み合わせがあるんだ」「ここがこの料理のポイントか」という調子で、インスピレーション~参考にもなるし。
あと、Nigella Lawsonの番組みたく、明らかにFood Pornなプログラムは、キャンプでフェティッシュ、ある意味シュールで、毎回爆笑できる。男性視聴者は、レシピ云々よりももう、英MILFの典型:ナイジェラのスイカ級巨乳のゆっさゆさな揺れと、思わせぶりな仕草の数々(クリームをぺろっと舐める、肉団子を丸める)を拝みたくてチャンネル合わせてるんだろうな~。料理とエロなファンタジーの融合。近いし、分かりやすい。
なので、この「Service」も、どんなもんじゃろ~?とチェックしてみたのだけど、リアリティ番組をあまり観てこなかっただけに、逆に、そのフォーマットのキモにまんまとハマった感じである。キモというのは、端的に言えば、「醜いアヒルの子が、いかに白鳥になるか」の成長&変身の古典的な物語である。

候補者は19歳~24歳で、人生のスキルを身に付けるチャンス!と英全土から応募してきた若者達。出身地もバックグラウンドも異なるが、8人のうち9割がワーキング・クラス。大卒はうち2人だけで、参加者のほとんどが失業OR求職中、あるいは、将来的に何をしたいか決め手がなくて迷い中、との悩みを抱えている。大卒の女の子にしても、派遣社員仕事ばかり・・・というわけで、この番組でステップ・アップを、という動機は皆同じ。ポテンシャルを秘めた、でも、今はまだ醜いアヒルの子、という構図になります。

で、醜いアヒルの子達が羽を伸ばし、もがきながら大きくなっていく様が描かれていくんだけど、1名を除いて給仕やケータリング業の経験がほぼ皆無な集団だけに、結構無茶。この番組の教師&審判役はミシェル・ルー(Le Gavrocheの二代目オーナー)で、「君達はこのレベルのレストランでの仕事を目指すのだよ」と、意欲向上を狙って連れて行った高級レストランでも、子供達は「フォイ・・・グラってなんすか?」>「フォアグラ。アヒルの肝臓だよ。フランスの珍味」>「(一口食べて)不味!食えん!」なノリだし、「プロセッコ?プロシュート?」「アンチョビ?やだー、試食したくない!毛が生えてるっ!(いや、小骨だって)」とトンチンカン。
そこで、「あー、豚に真珠」と笑う・・・ことはなくて、今のイギリスの普通の若い子って、こうだよな、と素直に思った。フォアグラを知らなくたって、プロセッコとプロシュートの区別がつかなくたって、日常生活に支障なく生きていけるわけで。で、そういった、単純に経験不足&無知&環境の違いから生まれてしまうハンデに対して、いち早く敏感に反応し、反発するのが、タフなバックグラウンドを抱えた子であるのが、興味深かった。

この番組でもっともきつい状況にいるのは、①2歳児を抱えた、福祉手当で生活している南ロンドン暮らしのシングル・マザー、②不良時代にASBO(=反社会行為。ストリートの落書き、暴力行為、恫喝、軽犯罪など、「迷惑行為」を繰り返す未成年をマークするためのシステム)を食らい、改心して仕事を探しているものの、過去2年職にあぶれたままの男の子、のふたりだろう。

たとえば、①の女の子は、訓練の冒頭で「洗練された服装で来なさい」と注文されたにも関わらず、トラッシーな鋲打ちの5インチ近い白ハイヒールを履いて再三教室に現れ、講師からダメ出し。即座にブーたれて、訓練場から飛び出してしまう(この娘はとても背が低いので、そこをカバーするため、ハイヒールを履く癖が無意識についてるんだと思う。テレビだから!と気張っているんだろうが、厨房ではハイヒールは邪魔なだけっす)。
ワインのテイスティング訓練の場面では、「今に、キャヴェルネ、ピノ・ノワール等々、それぞれのワインの個性が分かるようになるよ」と諭されても、「ギリギリの生活手当てで子供を育てて生きてる自分に、ワインなんて高いもん買えないのっ!」と猛反発。
②の男の子は、北部リーズの出身。首都ロンドンのチャラさが不快、気に入らん・・・っていうのはなんとなく根底にあるようで、トレーニング中に、ロンドン出身者=都会もんの軽いノリを持つ参加者達にからかわれ、はやしたてられたた瞬間、まじギレ。この子は、チェーン・レストランでの実地訓練中にトラブルが発生、現場の険悪なムードにいたたまれなくなり、キッチンに即避難してしまう場面もあった。

思うに、こうした瞬間湯沸し型の反応って、長年培われてきた一種の防御本能/反射神経。批判、あるいは問題をネガティヴに受け止め、それを「自分の存在を否定された」くらいに拡大解釈してしまう。頭より先に手が出るというか、責めが発されると、どうせ悪いのは自分だ、と引っかぶって逃げてしまう、とも言える。
批判されるのは誰しもイヤなものだけど、彼らへのダメージは、こっちが想像する以上に大きいようである。なぜかと考えれば、それは、社会的にタフな立場にいる人達というのは、その苦境に居残り続け、立身出世などしないようにと、周囲の手によって自信の芽を摘み取られるシステムが存在するからでは・・・?と思う。
彼らが、たとえば経済的・社会ステータス的に上流な人々から「こんなことも知らないのか君は」「田舎モン」とバカにされ、それに対してムキになり、自爆・・・という図は容易に想像がつく。そうやって下層勢の自信を蹴倒し続けることで、アッパー・クラス、あるいはミドル・クラスは、自分達の特権、領域を維持し続けようとするものなので。
しかし、実は同じくらい怖いのが、同レベル人からのプレッシャーだったりする。「分をわきまえろ」「自分らみたいな連中には無理」「目を覚ませ」――賢明なアドバイスも含まれているのだろうが、どこかしら、夢や大志、自負心を潰し、足を引っ張ろうとする、コンプレックスから発した嫉妬みたいなものも混ざっていそう。その意味で、ワーキング・クラスの人々には取り払う足枷、抜け出すべきシステムが多い。夢を応援し、育む環境も皆無ではないにせよ、環境や慣習は根強いのだ。

こういう切ない図式を、見事に切り取った英映画として「Billy Liar」をお薦めしておきます。

階級やバックグラウンドの違いも興味深いけど、この番組でもうひとつ面白いのが、男女の行動の差。スタート時の候補生は男4/女4の構成なのだが、女同志は割りとすぐ連帯意識を育んでサポート・システムを作り上げ、「お母さん役」を率先して担う子も出てくる。男性陣は、それに較べると固く、打ち解けることなく、互いのテリトリーを探り合っている感じ。チーム・ワークを優先する女性の感覚と、ゲームの勝ち負けが念頭から離れない、(まだ父親にはなっていない)ソルジャー型な若い男性の差が見えるようだ。
その図式にひねりを加えているのが、候補者のひとりである、ゲイ・ガイ(ゲイとは明言されていないが、喋り方、仕草他、明らかにオネエである)。この人はレストランでの職務経験はもちろん、唯一ケータリング専門学校にも通ったことがあり、普通に考えれば、チーム全体をリードしていく役割である。が、「いちいち初歩を教えられるのはごめんだわ!」とばかりにカリキュラムは無視、レッスンはもちろんフランス人講師を鼻でせせら笑う調子。女以上にビッチーで高慢、かつママゴト意識が抜けない彼は、第2話で、実地訓練現場のカフェ・オーナーを怒らせた挙句、番組から追放の憂き目にあった。

サーヴィス業=目下の者のやる仕事、隷属という潜在的な劣等感ゆえに、それを克服するフロントとして、彼は「ビッチなジョーク」「皮肉」「自嘲」「ピエロ役」を使っているのだろう。それもまた、自信のなさの現れだなあ・・・と思うと悲しいし(かなり鬱陶しいキャラではあるが、同情はする)、本人は「自分はサーヴィス産業にぴったりの人間、対人関係の仕事向き」と自己評価していた割には、他人をもてなし、エンターテインすることへの、恥みたいなものがあるらしい。
イギリスのサーヴィス業全般のレベルがなかなか向上しないのも、この長年の恥の蓄積ゆえではないだろうか。人間を相手にするサーヴィス仕事って、人間に対する興味や愛情が根本にないと成り立たないと思う。もちろん、マジに嫌な人間や不快で気難しい相手もいるので、楽ではない。が、それを、くだらない、かっこ悪いとシニカルに捉えてしまったら、おしまいだろう。それに、イギリスの、特にウェイター/ウェイトレスは、軽んじられる上に賃金もチップ制なので、やる気も誇りも育たないやね。

しかし、同じ企画の番組が日本でも成り立つか?と考えてみて、無理かな・・・と思った。というのも、参加者はいずれも自己主張が強く、なかなか自分を曲げない。言われたことに耳を貸さない、授業中もあからさまに退屈そう・・・なんて光景はザラで、何かを学ぶトレーニングという状況にあってすら、「自分が正しい」「自分は自分」という欧州型個人主義の姿勢。もしも自分が、こんなクソ生意気で甘やかされた、自己中な生徒のクラスを抱えた教師だったら、確実に1時限でアウトである。
が、逆に言えば、集団行動が得意で、言われたことを素直に聞いて学ぶ、また、怒りやフラストは内に抑え込むタイプの多い日本では、なかなか生まれないカラフルでにぎやかな光景でもあるだろう。結局はそのバランスだと思うが(「Me-ism」=度を越えて伸びたピノキオの鼻を折られると、その人間はすぐパニックに陥る。集団主義に落ち着きすぎると、号令を発せられないと動けない人間になっていく)、テレビでは、カラフルな方が絵になる。

先に書いた自信の欠如&劣等感に悩む難儀なふたりは、出だしこそ荒れ模様だったものの、チャンスを与えられ、評価されたことにより、逆に大きく伸びている。こうしたタイプの人達は、自分達自身が辛く厳しい立場にいるだけに、同じ境遇=助けを求めている人間を、すぐに嗅ぎ取れる。要は、他者への共感度が高いのだ。故に、「水が欲しい」「デザートのメニューは?」と迷うレストラン客の要望を、すぐに察し、救いの手を差し伸べられる。それは、この番組が標榜するサーヴィス業の基本である。
また、課題をこなすごとにお客から「ありがとう」と声をかけられる喜びを受け、自信を身に付けている面々も、徐々に個性を打ち出し、内面から輝きだしていて泣けるぜ・・・って、こういう風に応援を促す共感・感情移入を生むっていうのが、まさにリアリティ番組のキモであり、人気の秘訣なのだろう。
お~、ミイラ取りのつもりが、ミイラ取り。けど、この番組も完全には信じていません。最初に「醜いアヒルの子」って書いたけど、候補者は全員、それぞれにグッド・ルッキングなんだもん。明らかに、オーディションの時点でテレビ映りの良さ&表現力豊かな人間を基準に、ふるいにかけてると思います。

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さて・・・。いい加減冗談のようにもなっているが、いつも何かしらのトラブルが起きている我がフラット、当面の問題はネズミ禍である。最悪。笑うに笑えないよー、もう。

イギリスは、ゴキブリは見かけないが(基本的に寒くて乾燥してるんで、あまり繁殖できないらしい。まあ、イギリスも温暖化で気候が変わってきたんで、数年後には蔓延してるかもしれないけど)、その代わりに家ネズミ=Mouseは多い。通りや地下鉄の線路でよく見かけるRat=ドブネズミほどサイズは大きくはないが、それだけに、隙間や穴があれば、どこからでも忍び込んでくる。

去年の時点で、存在は感知していた。このフラットは築が古いので、まあ、当然だろう。が、寒くなり、暖を求めて彼らが屋内を行動の中心に移すようになり、ここ数ヶ月で活動が一気に活発化してきた。一番分かりやすい彼らの「存在証明」が、落し物=すなわちフン。最初はゴミ?焦げたパン屑?と思っていたが、いつも台所の同じようなエリアに見かけるので、イギリス人に見せたところ、一発で「ネズミ」とのお答え。ガーン!見た目&サイズは、クミンとかキャラウェイ・シードを黒くしたもの、と言っていい。
ネットで探ると、フンだけではなくマーキングでおしっこもしているらしく、その場で大清掃と相成った。屋外はもちろん、排水溝なんかも通ってやって来る彼らは、黴菌の運び人でもある。雑食で、ゴミでもなんでも食べる彼らの落し物・・・そんなものが、まかり間違って自分の食べ物に紛れ込んでくるのは、うひょー!まっぴらごめんである。あと、電気コードを齧るのが好き、というのも怖い。彼らは常に歯がムズムズしているらしく、噛むのは習性なんだそう。おかげで電気事故、なんてケースもあるらしい。

食品や残り物を外に出しっぱなしにしないとか、色々とやってみた。が、流し台に残った水を飲みに来るらしく、朝に落し物が見つかることしばしば。しかも、敵は非常に運動神経が良い&器用なようで、ここまでは届かないだろう・・・と思っていた冷蔵庫の上にまで、背面を伝ってリーチ。ここに置き忘れていたシリアルの残りが荒らされていたのを発見した時は、さすがに驚いた。つーか、途方に暮れました。

どうしよう?と手をこまねいていたためか、ネズミはどんどん図に乗り始め、遂にはメインの活動アワーである深夜のみならず、まだこっちが起きている時間帯にまで出没するようになった。体長6~7センチで、こっちに向かってくることはない。が、動きの素早さと、カサコソ音がして、「ここ?」「あそこか?」と惑ううちに、一瞬姿が見えたり、とにかくもう、心臓に悪い。あと、静まり返った深夜に仕事している時、流し台の下からキィキィ啼かれたり、カリカリ何か齧る音が聞こえるのも、非常に気になる。
このままだと軽ノイローゼになりかねないので、策を検討すると同時に、音や目撃、落し物から、ネズミの行動エリアを特定することにした。決定的だったのは、ある晩、あまりにカサコソうるさいので、「おんどりゃ~!」とばかりに照明を向けたところ(光はちょっと苦手らしく、一瞬おとなしくなる)、冷蔵庫と壁の隙間から伸びたコンセントを伝い、冷蔵庫の背後にささーっと逃げていく姿を目撃した時だった。

メインの侵入ルートを掴んだところで、お次は退治法である。これまたネット頼みで調べることになったが、穴や隙間をすべて塞ぐのはとても大変だし、プロの害虫駆除会社に頼むのもお金がかかる。「誰か教えて!」式のQ&Aサイトをチェックしたところ、いやー、皆さんも苦労してるようで、色んなアイデアが提供されておりました。

まずは「ペットに狩人」オプション=猫を飼えば問題解決、という説。このバリエーションに、ヘビも効果抜群だよ!というコメントがあってびっくりしたが、それ以上に驚いたのがフクロウ案・・・。飼わないって、フクロウ。ともあれペット可な家屋ではないので、これは無理である(本当は、猫を飼いたいんですけどね)。
お次は、「苦手なもの」。これはいわゆる虫除けみたいなもので、ネズミの嫌いな匂いを使い、室内に寄せ付けないようにする、というのが目標。穏やか、かつオーガニックな感じですね。ペパーミントやクローブが効き目があるとのことだけど、ハーブの小袋をまめに交換しないといけないし、侵入路のすべてをマークするのは不可能。このモダンなヴァージョンとして、ネズミの嫌いな超音波を発するマシンというのもあるのだが、効き目の評価はあまり芳しくない。

続いて、「罠」。これには①生け捕り②処刑の二通りあり、たとえネズミでも、思いやりは必要です・・・という心優しい人はHumaneな①、いや、しょせん害獣だから容赦なし!というXTRMNTR型が②に向かう。①は、生け捕るのは確かに理想的なのだが、その次に、ネズミを解放するというプロセスが待っている。庭に放したくらいじゃ舞い戻ってくるので、少なくとも1マイル(1.5キロ以上)離れた場所に放してやる必要があるらしい。それに、じかに触らなくても済むとはいえ、ネズミが中でうごめいている罠の箱を持ち歩くなんて、気持ち悪。ダメだ・・・。

②では、ネズミ捕りとネズミ毒がよく出てくる。ネズミ捕りは、例の、古典的なバネ式のやつ。漫画とかではチーズがよく餌として出てくるけど、あれは一種の神話らしく、餌にレコメンされているのはパン、シリアル、ピーナツ・バター、油脂などだ。ともあれ、バネに潰されたネズミの死骸なんて絶対に見たくないので、これはパス。

毒に関しては、下手に使って毒をそこらに振りまかれても困るし、何より、壁の間とかまで移動したところで死なれると、死骸処理ができない。なんでも死臭がひどいそうで、そこにウジなんぞが湧くと、更なる害虫被害が生じる。ネズミ捕りと毒を組み合わせたタイプの商品もあるが、うーん・・・どうも、口の端から泡を吹きながら悶絶して死んでいくネズミの地獄絵が浮かんでしまい(いや、実際の図は知らんが)、躊躇してしまう。

毒の一種として、自家製劇薬が紹介されていたのはえぐかった。小麦粉と砂糖、重炭酸ソーダ(人によってはパラフィン粉)、すなわち膨らし粉を混ぜたものを置いておく→小麦が好物なネズミが、粉を食べる→後になって咽喉が渇いて水を飲むと、お腹の中で砂糖と膨らし粉が反応し、胃の膨張でお陀仏、というもの。想像するのもイヤだが、どうやって死を確認できるのかも、ナゾである。
日本のゴキブリホイホイ式に当たる、Glue Traps(糊の罠)というのもある。餌につられ、ネバネバのシートにくっついて動けなくなる、というタイプですね。しかし、これは使用経験のある知人いわく、もがきまくって苦しんだ(半死に近い)ネズミを目の当たりにするのと、messyで処理するのがきつい、とのこと。あと、力の強いネズミだと、ネバネバを振り払って逃げてしまうそうなので、これもどうも、決め手に欠ける気が。

・・・なんてまあ、今までなじみのなかった世界だけに、色々面白いもんやのう~とついついリサーチにはまっていたのだが、そんな時に、これまで目撃したことのなかったエリア=安全圏と信じていた室内の片隅を、ネズミが疾走していく姿が目に入った。ものの3秒のことだったが、確実に2匹、見た。遊んでいる子供なのか、はたまたじゃれるカポーなのか・・・とにかく追いかけっこに興じているようで、走るだけではなく、キィキィ啼きながら、跳ねまくりである。
それはまあ、楽しげで、見方によっては愛らしい、とすら言える姿ではあった。が、日々バラまかれているであろう黴菌、それに伴う台所の徹底清掃、そしてかすかな音にも「もしや」と反応するくらい過敏になり、夜中の物音にマジ不眠気味だった自分にとっては、これはもう・・・カピーン!とガラスに亀裂が走った感じ。最後のボタンが押されちゃいましたね。宣戦布告。殺生はいやだが、死んでもらいます。

ボウイの「Diamond Dogs」のイントロが頭の中に響いてきます。
♪This ain’t rock’n’roll…This is genocide!!

んなわけで、今すぐ手を打たねば!という悲壮な気分に駆られ、「これなら自分でも使えそう」とメドをつけていた、Rat Zapperなるマシンをアマゾンで購入。今まで無料配送しか使ったことがなかったが、今回は1日たりとて待てん!と大枚50ポンドはたく大奮発、翌日必着デリバリーで注文する勢いである。

このザッパーは、ZAP(=撃ち殺す/電子レンジのチン/ピュッ!)という言葉の意味からもイメージが湧くと思うが、いわばネズミの電気椅子。片側が開いた長方形の箱で、箱の奥に餌を置き、つられて中に入ってきたネズミが餌の手前の金属板の床にリーチした瞬間、高電流がビリッと走って即死、というシナリオである。乾電池作動式で、機械が作動すると箱の上にあるランプが点滅、引っ掛かったのが分かる仕組みで、死骸の処理は、箱からスライドしてしかるべきところへ、というもの。
商品が到着し、説明書を読みながら設置。説明文そのものも笑えるし(「Miceに較べてRatsはちょっとおりこうなので、餌の設置には一ひねり加えましょう」とか)箱にはユーモラスなネズミのイラストが書いてあって、妙にポップな感じ・・・なのは、アメリカ製品だからだろうか。そもそも、商品の名前がフランク・ザッパみたいなのも、笑えるよな。そういや、「Hot Rats」ってアルバムもあることだし。
ともあれ、一刻も早く結果を知りたいので、真剣に設置。初夜の記念すべき餌は、手近にあった小麦トルティーリャを砕いたものである。朝に結果が出たらいいな・・・と床に入ったところ、聞きなれない「ブー」という低い電子音がハミング。どうやら、これは装置が反応した音らしい。それで少しリラックスできたようで、そのままよく眠れた。

気持悪いと思いつつ、こわごわ翌朝中を覗くと、見事不発。ガーン・・・頼みの綱だったのに!と一気に落ち込んだが、50ポンドの元を取るまでは諦めないぞ、と餌を変えて再トライ。Chip Sticksという、揚げたイモ・スナックを使ってみる。そしたら、見事翌朝、1匹引っ掛かって、成仏しておりました。あまり、苦しまなかったことを祈ります。

経過報告としては、その後1日おきくらいにネズミが捕まっております・・・というか、殺してます。これまでのボディ・カウントは3。餌は、なんでもない白パン(食パンとか、バゲット)が一番打率が高い。シリアルは奥の手としてキープしておくとして、ビスケットは意外に効かなかったな。にしても、驚いたのはNo.2の死だった。
ネズミは基本的に夜行性らしく、深夜から明け方にかけての動きが活発。特に、朝4~5時頃がアクティヴだったりする。で、犠牲第2号の場合は、そろそろ明け方で目が覚めてきた・・・という頃に例の「ブー」という電子ブザーが耳に入り、ああ、何か引っ掛かったらしい~と夢うつつでウトウトしていると、再びブザー音。それも、なんだか「ブブッ、ブー、ブブブブゥゥ・・・」という調子で、混沌としている。

あれはなんだったんだ?と朝になって装置を見ると、奥にしまっておいたパン屑が、箱の外にこぼれ出しているではないか。おお~、ネズミの奴、電極にタッチすることなく、餌を外まで引っ張り出す術を早くも身に付けたか!とビビったのだが、箱の中には、お陀仏のネズミちゃんの硬直したボディがひとつ、横たわっていた。
推察するに、①最初に犠牲になったネズミ(=最初のブザー音)の屍を文字通り〝踏み越え〟、②パン屑にリーチし、外まで引っ張り出した他のネズミがいた(=二度目の、妙なブザー)、ということだと思う。電極盤のセンサーは重さも感知するだろうが、死骸が障壁になり、2匹目までは討ち取れなかったんじゃないか?と。

それに気づいたのは、死骸を処理した時に、最初に死んだネズミよりも、犠牲者の毛皮に焦げ跡が多かったから。それはたぶん、死後に再び、(不要な)電撃ショックを食らった証ではないだろうか。いやはや、自己保存/サヴァイヴァルのためのスキルって、同志の死も厭わない、その屍も非情に踏みにじらない覚悟じゃないと、続かないものなんだな~・・・なんて書いているうちに、某編集者のメールにあった、「坂本さん、最近のブログ、音楽にあんまり関係なくないですか?」との指摘が思い出された。
その通りだし、このポストはネズミに終始している。もっと音楽ネタも書かないとね・・・。でも、音楽に関する文章というのを、ここに書くブログ・エントリーのように、気ままにカジュアルに書くのは、自分にとっては楽ではない。それを楽にできる人も知っているし、それこそ、Twitterでサクサク~っとアルバム評できちゃう人もいるわけで、すごい才能=作品の把握力だなあ!と感心はするのだけど、同じ芸当(パフォーマンス)を自分がやれるか?と問われたら、たぶん答えはNOなのだ。まあ、実際にトライしてみたら、案外やれちゃうのかもしれないけどね。

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Mariko Sakamoto について

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