週刊琴線4月29日号+Japan Benefit

今週の琴線

Royal Wedding
Japan Disaster Benefit(3April/Brixton Academy)

上記の2つ、トピックとしては時間的にずいぶん隔たりがありますが・・・今月はコーチェラに行ったこともあり、しかもその前&後に終わらせないといけない仕事もいくつかあって、ブログ向けに、何か書いている余裕がまったくありませんでした。

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ともあれ、昨日はウィリアムとケイトの結婚式が滞りなく執り行われた模様。「模様」というのは、翌日の新聞でもろもろのロイヤル・ウェディング・レポートをまとめて読んだだけで、式の模様は当日は完全にスルーしていたから。全世界で最高2億人がテレビで見守るであろう・・・と事前に報じられていたビッグ・イベントだし、民放ITVなんて、朝6時(!)から特番で対応。最近だとワールド・カップ以来の報道フィーヴァーかもしれないし、別に無視するつもりもない(無視しようとしても、英国旗だのなんだの、どうしたって目に入ってくる)。朝起きた時も、外の様子を見て、「予報では雨だったけど、曇り程度で済んで良かったのう」とは思った。

しかし、コーヒーを飲みながらメールのチェックだのなんだのの朝の儀礼を済ませ、さて今日は何をしよう、買ったのにまだ聴けていないレコードを聴こうか、それとも、友達と飲みに行くべきか等々ぼんやり考えていたところ、突如電話が鳴った。最後の原稿はもう送ったし・・・それとも、何か内容に問題があったのかしら?キャー!と慌てて受けると、母親からのコールだった。もしや、また大きな地震でも?とビビったのだが(=パラノイア気味かもしれないですな)、開口一番元気な声で「見てる~~?」と聞かれて、我に返った。時計を見やると、11時半近く。どうやら、もう式は始まっているらしい。

●自「いや、見てませんが」
●母「えっ?!なんで?」
●自「んー・・・テレビ持ってないから」
まる母「アラ、そうなの・・・」
(双方しばし沈黙)
●自「後で新聞か、ネットで見るよ。YouTubeに動画アップされるだろうし」
●母「そう(いささかがっかりした様子)」
短い近況報告を交わして通話は終わったが、反応の鈍い娘ですみません、と後から申し訳なく感じた。日本でも、大々的に中継・放映されてたんでしょうね。

母は、こういう大きなイベントや集団セレモニーの際は、リアル・タイムで体験しておきたい~ちゃんとフォローして盛り上がろう!という気風のある人で、ヴァイタリティにあふれた、いい意味で感動屋さんである。そんな母にとって、王族の結婚という明るい祝い事=国家行事並みのビッグ・イベントに対する冷めたリアクションは、理解しにくかったのだろう――しかもそれが我が娘の反応であれば、余計に「なんで分からないの?(ノリが悪いわねぇ)」と怪訝に感じたはずだ。
わざわざ国際電話をかけてきてくれたのも、世界中の視線が集まるイベントがまさに行われている地に暮らす娘と、その興奮を共有し、空間を越えて一緒に盛り上がりたかったから、という面はあったと思う。そこで、自分の関心の薄さの理由をとくとくと説明することもできた。というか、実際そうしようか・・・とも一瞬思ったのだが、歴史・社会・政治他、様々なファクターが絡んでいることもあり、長くて複雑、クソ面白くもない生真面目な講義めいた説明~反論調になるのは明らかだったので、諦めた。
自分が熱烈な共和国主義者というわけではないにせよ、イギリス国内から見た英王室像と、国外から見たそれとは、どうしたって違ってくる(それは英王室に限った話ではなく、たとえば海外メディアでの日本に関する報道を読んでいて、「ちょっと違うんですけど~」「え?」と思わされることがあるように、その土地に暮らす人間と、外から覗き込む人間とでは、おのずと視点が異なるもの)。ともあれ、電話で話すようなネタではない。

そういえば、昔から母には、「お前はヘソ曲がりだ」「素直じゃない」「天邪鬼」とたまに注意されたものだった。別に、意識して他人と違うことをやろうだとか、あえて流れに逆らおうとしているわけではない。そういう、確固としたポリシーだのアンチな姿勢すら持ち合わせてないので、そう言われるたびに戸惑った。
しかし、たとえば本当に興味を抱けないもの、価値を見出せないもの、心を動かされないものに対しては、それらがどんなに多くの人間に支持されていても、話題になっていても、感心したり、好きなフリをすることができない。それだとさすがに社交~人間関係に亀裂が生じることもあるので、たまにフリをしてみることもある。けれど、親しい人にはすぐにバレるので、どうも顔に出やすいらしい。
正直といえば聞こえはいいけれど、言い換えれば、それは融通がきかない/頑固、もっと悪く言えば自分勝手/我がままってことでもあり、母にしてみれば、「こんな調子で、この子供は社会に適応できるのだろうか?」と心配だったのだろう――嘘も方便ではないけれど、時には長いものに軽く巻かれるのも、生きていく上でのテクニックのひとつなわけで。別に減るもんじゃなし、「おめでとう」と言うくらいは、どうってことないのかもしれない。しかし、ぶっちゃけウィリアムもケイトも自分の知り合いではないので、そんな赤の他人に「おめでとう」と心から発するような熱は、やはり生まれてこないのだ。

英マスコミも、何ページにもわたる成婚グラフ特集を組んで、式進行の細かいレポートや経済効果の分析はもちろん、英王室の衰えぬ人気ぶりをたたえていた。その一方で、今回の式を30年前と比較して、色んな意味で「お伽噺のプリンセス」という幻想――ダイアナの死はもちろん、素人がメディアを手にした今の時代、たとえ相手が王室でも報道規制はしにくいわけで――が成り立ちにくく、様々な問題が圧力釜の中でくすぶってもいる2010年代、世論も①めでたい!と盛り上がる者と、②無視or無関心or静観する者とのまっぷたつに分かれた・・・という論もあった。
たとえば、今回のロイヤル・ウェディングに際して、ストリート・パーティー(=市民が地元で行う手弁当の祝賀パーティー)の開催許可申請の数は、英全土で5500にのぼったそう。自治体の許可を得なくてもOKなレベルのパーティー(=裏庭でのバーベキューetc)も含めれば、結構な数だと思う。しかし、今自分が暮らしている南ロンドンの一角では、これといったイベントは見かけなかった。午後に飲みに出かけたのだが、パブの常連達はいつも通りで、公休日で連休が長くなって嬉しい!以外は、さして変化なし。
コスモポリタンなロンドン、しかも労働党の強いエリアだけに、反応はこんな程度のものなのか・・・と思っていたところ、家の近くのJerk Chicken屋(カリビアン料理の店)が、夕方になって突如サウンド・システムを店の外に引っ張り出して、大音量で通りにレゲエを流し始めた。成婚と、果たして関係あるのかないのか・・・?と訝しく思って店内の様子を覗き込んだところ、ユニオン・ジャック旗が店の壁にベタベタ貼られていたので、満更無関係でもなさそう。単なる便乗商法とも言えるが。

ともあれ、色々書いてみて、要は自分が皮肉屋でやぶにらみで知られ、ポジティヴな中にもつい悲観が混じってしまうイギリス人っぽくなってきたってことか?!とも感じます。くわばらくわばら・・・・・・。

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チャリティ・コンピやシングルの発売、大小様々な規模のベネフィット・コンサートが今も各地で続いているが、イギリスにおいてかなり早く開催決定し、話題を呼んだのが、リアム・ギャラガーの音頭とりで企画されたJapan Disaster Benefitだろう。会場はおなじみブリクストン・アカデミー、最年長&ブリットポップの総帥:ポール・ウェラーをスピリチュアルな旗頭に、ビーディ・アイ、プライマル・スクリーム、リチャード・アシュクロフト、グレアム・コクソン、ザ・コーラルと、90年代ブリットポップ組を中心とするラインナップは、色んな意味で「壮観」だった。

主旨(=日本支援)には賛同できるんだけど、実質(=音楽として好きかどうか)が伴わないからなぁ~というノリで、自分の音楽好きな友人達は、残念ながら誰もこのコンサートには行かなかった(彼らは、その後開催されたATPが企画したジャパン・ベネフィット・コンサートでLFOに揺さぶられてましたが)。が、そんな風に、こっちの一部の音楽ファンからは「干上がり気味」「面白くない」と揶揄されかねないこの顔ぶれが、90~00年代にかけて日英間を往復し、UKロック、あるいはブリットポップというジャンルを定着させる大きな役割を果たしたのは事実だと思う。
世界有数の成熟した音楽マーケットのひとつである日本は、イギリスにとって、昔からアメリカ、そして欧州に次ぐ重要な「顧客」だった。なんでそうなのか?は、ここでは細かく分析しない。が、たとえばの話、一部のUKアーティストが①英国内における売り上げに次いで、高いセールス数を誇るのが日本、②アメリカではクロスオーバーできずに鳴かず飛ばずでも、英日では安定したサポーターがいる、③英国内ではそこそこなのに、日本でそれ以上の人気を誇る・・・なんてケースは、さして特例ではないと思う。

実際の枚数までは知らないが、日本における人気に、彼らもかなりの恩恵をこうむってきたのだろうし、極東の彼方に存在する忠誠心の高いファンに対する愛着、あるいは絆も、そのぶん大きくなる。そんな、「身に沁みた」経験を過去に持つことができたブリットポップ組――CDが売れず、全世界対応/360°型で最大限に収益を伸ばす=ミュージシャン側のアクティヴな参与も必須である現在に較べれば、たとえ音楽を生む苦労は同じだとしても、その売り方&流通方式&プロモ・ルートが限定されていた90年代の方が、まだ気楽だったんじゃないかと思う――が、大地震におびえて逃げ惑う人々、災害の爪跡、あるいは津波に無残に押し流される家屋の映像他に晒されて、直感的に「何かしなければ!」と思い立つ=日本とのコネクションをヴィヴィッドに感じるのは、自分の視点からすれば、ある意味「当然のリアクションでは」というもの。
おごった書き方になるかもしれないが、このイベントが発表された時、真っ先に浮かんだのは「あー、良かった(イギリス人に失望しなくて済んだわい)」というもの。仕事柄、イギリスの業界人とはよく顔をあわせるのだが、誰もが口を揃えて日本シンパぶりを表明してくれる。メディア人に対するリップ・サービスとして割り引くべき、とは承知しているけれど、日本のホスピタリティ=「お客様は神様です」型のおもてなしの心と礼儀、作品/プロダクトの質やアーティストに対するケアは、大抵のイギリス人にとっては「Amazing!」なのだと思う。それを堅苦しく感じる人もいるだろうが、大切に扱われてイヤな気がする人間は、あまりいないだろう。
それは、日本のファンの熱心さや愛情表現、レコード会社の厚遇に対する評価に限らず、インタヴューの場でも感じる。洞察の深さ、あるいは作品の理解度に対して「日本メディアの取材は、やはり素晴らしい」と返されたことは多々あるし(自分が質問を作った取材を自慢しているわけではなく、純粋にマウス・ピース=通訳として関わった取材でも、よく質問を褒められます)、それは、伝統的に下準備・リサーチ・解釈力に長けた日本のマスコミが培ってきた定評であり信頼であり、長所なんだと思う。

かといって、日本震災への支援は、彼らの義務でもなんでもない。自然災害(地震、津波、竜巻、旱魃・・・)は戦災で苦しむ人々は他にも世界各地に存在するし、未開発の地における飢餓問題や住環境の改善はもちろん、イギリス国内に目を移してみても、貧富の格差によって社会の網目から落ちた人々、ホームレス、ガンやエイズを始めとする医療研究・開発基金、社会的弱者(身体障害者、老人、子供、女性)への慈善寄付、自然環境保護や動物チャリティまで、手を差し伸べる対象はいくらだってある(実際、このコンサート開催のちょっと前まで、イギリスではRed Nose Dayという国をあげての毎年恒例大チャリティ・イベントが行われ、多くの寄付が寄せられていた)。
ただ、今まで「日本好き」「日本はいいね」と言ってきたベテラン~中堅のUKアーティスト達が、その国が未曾有の惨事を経験している、という事実を目の当たりにして何もしないのは――自分には奇異にすら映った。トゥイッターやブログであーだこーだ言ってるだけでいいのでしょうか?みたいな。いやぁ、大きな余計なお世話ですが。
誰かに身銭を切らせるだけのインパクトって、その人間自身がどれだけ対象に親近感を抱いているかはもちろん、それこそもう、本能レベルでの反応から生まれるんじゃないか?と思う。それを、たとえば今回のような事態において、日本人に会ったこともなく、ましてや日本にさほど興味もない/日本に行ったこともない民間人の中に求めるのは、なかなか難しい。しかし、ミュージシャンやバンドのように世界各地を訪れ、異国の風土や人間と触れ合うことが可能な立場にいる人間は、そうしたイマジネーションのギャップを埋め、「彼ら」と「我々」の見えない繋がりを喚起する一助になることができるはず。
その意味で、本イベントを思い立ったリアムの、(言い方はちょっと悪いかもしれないが)動物的な反応の速さと号令&召集ぶりは、現代におけるチャリティのありかたや矛盾、大義名分を掲げることの危険性、そこにつきまとう偽善性云々を考え「うーん」と躊躇するのではなく――そこをきちんと検証するのも、重要なプロセスではあるけれど――個人の倫理とカンに即して実行に移すこと、結果を出すことの大事さを感じさせてくれた。

予定会場時刻の1時間ほど前に、ブリクストンに到着。すでに入場待ちの長蛇の列ができていて、大半はイギリス人ながら、英在住とおぼしき日本の音楽ファンもかなりの数混じっている。その模様を撮影しているテレビ・クルーに、日本からの取材陣やカメラマンも入り口近くに待機している。開場時間が迫った頃には、ヴェニューの中からモダン着物姿の日本人ギャルが3人登場し、募金バケツを手に人々の間を回り始める。メディア・スタントとしてはステレオタイプな異国趣味で、その光景には、ぶっちゃけ赤面してしまった――が、もっとも肝心な義捐金という成果を出すためには、こういう自分のシニシズムは、ケバブとフライド・チキンの脂を吸い込んだブリクストンの街路にうっちゃってしまうのが一番である。
中に入ると、まずはバルコニーから提げられた大きな日の丸の旗が目につく。「日本ガンバレ」のメッセージが寄せ書きされていて、正面のマーチャン売り場では記念ポスターやTシャツも販売されている。開催告知から2週間弱で、よくこれだけ用意したもんだ、と感心。しかし、6時間近いマラソン・ギグになる&背の高い男性ファンが多いクラウドなので、見やすい位置を確保すべく、ドリンクも買わずにそそくさと場内に入る。
計6アクトが出演、ロンドンのオルタナ・ロック局の(いまや)老舗=X-FMが独占生中継&ネット他を通じて募金をつのっていただけあって、ステージ進行はかなりスムーズだった。トップ・バッターのザ・コーラルは、まだ半分くらいしか入っていない場内にも関わらず、1曲目「Goodbye」からソリッドな熱演で聴かせてくれた。英ガレージ・サイケのお手本のような痺れるギター・サウンドといい、中間の圧巻なジャム部といい、ほんとにいいバンドであります。分かってらっしゃる。
持ち時間は30分程度ということもあり、「1000Years」「She’s Coming Around」といった人気曲で固めたセットはシンプル&ダイレクト。ロックンロール・コンボとしての秀逸なグルーヴが光った「Jacqueline」から、そのまま「Ticket To Ride」のカヴァーに流れる展開も抜群で、早くも場内にプチ合唱が巻き起こった。彼らはポール・ウェラーに声をかけられて参加することになったそうで、「主幹」じゃないことを意識してか、MCもほとんどなし。ちなみに、ベネフィットということで、たとえばライヴの合間に震災の映像が上映されるとか、「DONATE」のメッセージが連呼されるといったことは一切なく(たまに登場するX-FMのパーソナリティが、放送用に募金のための番号/アドレス案内はしてましたが)、既にこのイベントの主旨に賛同し、大枚はたいてこのギグ・チケットの形で貢献したオーディエンスに対し、それに見合うだけのエンターテインメントを提供しよう・・・という点にフォーカスしているのは、さっぱりしていて良いなと思った。

続いて登場したグレアム・コクソンも、モッド・ファーザーの招集令ではせ参じた(?)ひとり。結果的に「ブリットポップ大会」めいたノリになったこの晩のラインナップだが、そこで誰かがブラーをレペゼンするのは大事だったと思うし、グレアム――デーモンとアレックスに較べれば、ギャラガー兄弟の間でも彼の評価は高い――に白羽の矢が当たったのは当然のこと。で、昨今のソロ作の傾向から、「今夜はもしかしてひとりアコギで登場か?」とも思っていたのだが、フル・バンドを従えてのノイジー&はっちゃけなモードで、披露された楽曲もほぼ「Happiness In Magazines」以降、それもシングル曲に絞られていた。
しかし、同時に新曲も結構プレイしたので、観客のノリが中盤でガクッと落ちたのはいなめない・・・。グレアム好きとしては嬉しかったが(新曲群は、フガジとスウェル・マップスが出会ったような、ラフ・エッジでカオティックなパンク調でした★)、このギグのオーディエンスのおそらく9割はオアシス~ビーディ・アイ・ファン。かつイベント性の高い場でもあるので、アーティストとしての本音より、やはりいかに場の盛り上がりを持続させるかがポイントだろう。それでも、ラストは「Can’t Look At Your Skin」、「Freakin’ Out」のワン・ツー・パンチでスカッと決めてくれたので、安心しました。

続いて、ターゲット・マークをあしらったバスドラがステージに搬入される。あら?ポール・ウェラー、もう登場するらしい。ファンもすぐに察知し、おなじみ「ウェー・ラァ、ウェー・ラァ・・・」のコールが場内のそこここに生まれる。「22Dreams」あたりで再びロック・モードを奪還したとされるポールだが、いやー、気迫はマジすごかったっす!銀狐を思わせる髪、日焼けした精悍な肌。スマートなたたずまいが老若男ファンの憧れであるのは想像に難くないし、それだけではなく、恐らく、この晩いちばんパフォーマーとして熱かったのが彼だと思う。53歳近くでこの勢い。若者も、もうちょっとがんばらないとね。
半端ない音の厚みとソリッドさで叩きつけた1曲目「Peacock Suit」だけで、場内の空気は一気にヒート・アップ。バンドの熟練度が高いのはもちろん、眉間にシワよりまくり、みなぎりまくりの歌いっぷりで、しょっぱなから全開である――がしかし、この曲は個人的にポール・ギャグの定番ネタでもあるので(=サビの「Peacock suite…」のエモいコーラスを、「Peacock soup…」に替えて歌う)、つい吹き出してしまった。すんません。

息つく間も与えず、3曲目に早くも「Start!」。タイトなビートの跳躍に往年のファン達も湧きかえり、返す刀で「Changing Man」。ビールの雨が頭上を飛び交い始め、一体となって揺れ始めたオーディエンスに、更なる興奮を注入したのがまたもジャムの「The Eton Rifles」。エリート御用達の名門イートン校出身の現英首相:デイヴィッド・キャメロンをクサすごときこの曲は、バンドの出す爆音に負けじと大合唱が返され、すさまじい盛り上がりだった。
「Fast Car」のパンクな勢い、思いのこもった「Wake Up The Nation」、「22Dreams」でのサイケデリックな音の万華鏡。レッド・ゾーンなエネルギーと多彩なサウンドとのバランスは見事だったし、今夜の主宰者であるビーディ・アイへの感謝の念と日本へのサポートを簡潔に呼びかけた後、ステレオフォニックスのケリー・ジョーンズを招きいれ、「Come Together」のジャムに突入。この晩2曲目のビートルズだが、シチュエーションにぴったり&盛り上がり必至なトラックであるのはもちろん、日本人のビートルズ好きを承知しているUKミュージシャンならではかな、とも感じた。ポールの太く男性的なヴォーカルと、嬉しそうにエレキを弾きまくるケリーの塩辛い声にリードされ、この晩の最初のピークとも言える大合唱が巻き起こった。

とまあ、しこしこメモをとりつつ観戦していたのだが、隣に立っていたおねーちゃんから「何やってんの~?なんでメモとってるのぉ?」と尋ねられ、軽くおしゃべり。この人は、なんとこのギグのためにはるばるスコットランド:アバディーンから飛んできたオアシス狂で、弟だの恋人だのその友人だの、大集団で見に来ていた。日本の音楽ライターで、新聞の仕事で来てるんです・・・と説明すると、その場の知人全員に紹介され(笑)、「オアシスって日本ですごく人気あんでしょ?」「あなたの家族は大丈夫だった?」「オレ、日本でもオアシス観たことあるよ!君は行った?」等々、質問攻めである。気のせいか、クールなロンドン人に較べると、スコットランド人とかアイリッシュ、英北部人の方が、気軽に話しかけてくるケースが多いですな。
彼女は筋金入りのオアシス~ビーディ・アイ好きで、弟に至ってはプリティ・グリーンで全身固めているくらいだった(高いのに)。スコットランド人のマイ知人の中で、オアシス好きはひとりもいないので、ちょっとびっくりさせられた。ちなみに、彼らはBEの現行英欧ツアーでも、グラスゴーはもちろん、アムステルダムのショウまで観に行ったという。自「どうだったの、アムスのショウは?」彼女「んー、リアムが酔っ払ってたと思うし、声が出てなかった。ベストじゃなかったな」自「今夜は誰が一番楽しみ?」彼女「ビーディ・アイ。あともう、ケリー・ジョーンズッ!最高!」。
この気さくな、しかも既に相当にメーターが上がっている集団につられる形で、近くに立っていたおっさんファンとも話すことに。おっさんはポール・ウェラーの一番最近のツアーTシャツを着込んでいて、気合充分である。自「やっぱ、今夜のこれまでのところは、ポールが最高?」おっさん「うん!てか、マジにすごかったよ~、今夜のポールは。君もそう思うでしょ?」自「同意っす。他にお目当ては?」おっさん「リチャード・アシュクロフト。ビーディ・アイもね。で、君はこのライヴをレヴューするんだって?」自「はい。イギリス人がどれだけ酔っ払ってたか、レポりま~す」おっさん「(苦笑)」

ケリーのソロ・セットは、アコギを伴っただけのさらっと短い内容ながら、「Local Boy~」、「Maybe Tomorrow」、「Dakota」と、お客が喜ぶ人気曲に凝縮されていて好評だった。音楽的な好き嫌いはあるだろうが、この人がロッド・スチュワート系のホワイト・ソウルを継ぐ「歌える」シンガーであるのは疑問の余地がないし、弾き語りの簡素なバッキングにも関わらず、声の説得力とメロディの親近性でシンガロングを引き出してみせたのには、感心させられた。と同時に、フットボールのテラスを想起させるそのシンガロングに囲まれているうち、彼(=ステレオフォニックス)の大ファンである、マンチェスター・ユナイテッドのジャガイモこと:ルーニーが思い浮かんだ――というのはあながち間違いではなくて、夜が更けていくにつれて、この晩のノリは、フットボール試合のマッチョで酒気混じり、エモーショナルなそれに近づいていったのだった。

その意味で、続いて登場したプライマル・スクリームは、ちょっと割を食ったかもしれない。イギリス国内においても好き/嫌いが分かれるバンドだし、音楽的には評価・リスペクトされていても、「愛されているバンド」という感覚は、正直、これまであまり感じたことがない。言い換えると、プライマルを「自分が世界で一番好きなバンド!」と明言する人は、実はあまりいないんじゃないか?と。興味深いバンドだし、センスは大いに買うのだが、上から4、5番目あたりには顔を出しても、1位に選ばれるだけの「サムシング」に欠けるなあというイメージが、どうもついて回るのだ。バンド側が抱える根本的なニヒリズムも、影響してるのかもしれんが。
9時を回り、場内の酔いも2巡目から3巡目にさしかかりつつあるタチの悪いタイミングだったこともあり、ひねりの効いた音楽IQの高いプライマルのロケンローは、やや空振りだった。もっとも、ほんのちょっと前にこの会場で単独公演を行ったばかりの彼ら、バンドとしてのノリは上々(マニは家族の不幸で欠席だったが、代打で登場したグレン・マトロックはばっちりハマってました)。しかし、ビールで酔っ払った、ある意味何も考えずに、仲間と腕組んでいいメロを腹の底から大声で合唱したいタイプのイギリス人客――ボン・ジョビのファンと、本質的にはさして差がない――を前に1曲目=「Accelerator」をプレイしても、あまり効果はないだろう。あちゃー。この間にトイレに行ったり、あるいはドリンクを補充しにバーに向かう人が多かったのも、なかなか切ない光景でありました。
ともあれ、2曲目の「Movin’ On Up」で盛り返してほっとしたし、「Loaded」のビッグなビートに、さすがの場内も揺れ始めた。ここからは、予想どおり「Screamadelica:Live」でのアンコール篇と同じ展開で、「Country Girl」(>バカ受け)、シメは手拍子の渦に包まれた「Rocks」。もともとランブルではっちゃけたロックンロールだけど、心なしか、この晩の演奏は八方やぶれで、ヤケなノリさえ感じた。「結局、大半のリスナーが聴きたいのはヒット曲かよ~!」みたいに、ボビーが無用な苦悩を抱えないことを祈ります。

プライマルの一種独特な「浮き方」に較べると、サングラスにやや暑苦しいパーカ姿で登場したリチャード・アシュクロフトに向けられる愛と尊敬には、確実な重みがあった。カリスマってやつでしょうか。ケリー同様の弾き語り、3曲しかプレイしなかったものの、「Sonnet」の流麗で情熱的、UK演歌の骨頂とも言えるメロディには酔客も聞きほれていたし、「Lucky Man」ではエモーショナルな大合唱。ザ・ヴァーヴのすごさ――特に、「A Northern Soul」の頃からの、ある世代のイギリス人集団無意識へのはかりしれない浸透ぶりを再確認させられた。「日本のみんなに応援を!」の一言を残し、ラストはディラン調の「This Thing Called Life」だった。

FMパーソナリティの中間報告=寄付金15万ポンドが集まりました!のアナウンスに、拍手喝采だけではなく「引っ込めー(早くバンドを出せ)」のブーイングも送られた中、10時を少し回ったところで、いよいよ本日の大トリ:ビーディ・アイ。この晩のラインナップを貶めるつもりは毛頭ないし、主旨がチャリティにあったのは認めるが――ぶっちゃけ、お客の待ち受けていたのが「リアム降臨」=ロックンロール・スター目撃のこの瞬間だったのは、陽の目をみるよりも明らかだった。
ステージ後方のスクリーンに日の丸のイメージがドーンと映し出された中、影法師のメンバーがそれぞれ位置に付く。すぐそれと分かるリアムのシルエットに歓声が浴びせられ、「Four Letter Word」からキック・オフ。ドラマチックなエントランスなのはもちろん、出音のレベルも一気にターン・アップ、ヘヴィ&サイケデリックでダイナモ!なグルーヴがぐいっと回転し始める。こういう、ロックらしくて派手な音のライヴに行くことは普段あまりないので、そのスケールに圧倒されているところに、畳みかける「Beatles&Stones」。ロールしまくりのビートとギター3本の重さ&厚みが、それぞれ乖離することなく、したたかな推進力を生み出している。
オアシスを最後に観たのは、たしか6年ほど前だったと思う。その頃と較べても、明らかに贅肉がとれてエネルギー値がアップしているし、観客を勝ち取りに行くような、「攻め」の気概は頼もしい。なんだかんだ言ったって、デビューしたばかりのバンドだから当然っちゃ当然かもしれない。しかし、更新されたハングリーさはもちろんのこと、オアシスという大きな影を振り払い、期待に応え、ファンを納得させる・・・という課題は、彼らの中に新たな闘志を掻き立ててあまりあるものだったようだ。

「Millionaire」、「The Roller」といったややダッド・ロック入った楽曲でワン・クッション置き、「Bring The Light」で再び加速。リアム版サーフ・ロックとでも言うべきこの曲は、音楽的にはさして新しくないものの、盛り上がらずにいられないノリのいいビートと高揚するエネルギーとは場内をがんがんリフト・アップしてみせる。BEにとっての「Rock’n Roll Star」かもしれないな。
「この曲は日本のみんなのために」のMCに導かれての「Kill For A Dream」も聴かせたが、オーラスの「The Morning Son」が自分的にはこのセットのベスト。オイル・ランプを思わせるサイケデリックなパターン映像を背景に、シンプルな構成でじっくりビルド・アップしていき、何層にもエコーで増幅されたヴォーカルとフル・ブラストで弾くバンドとが、エピックで幻想的なムードで観客を包み込んでいった。リアムという名の大きなパイプ・ドリームが、目の前に現出した感じだった。プレイを終え、リアムとゲムが舞台袖で思わずハグし合う姿もナイスです。
なんだかんだで時間が押していたからか、バンドはすぐにアンコールのためステージに取って返し、フードを被ったリアムが例のポーズで中央に陣取るや、お待たせ!「Sons of The Stage」のブリリアントなイントロ。この、ワールド・オブ・トウィストの隠れ名曲を棚の奥から引っ張り出してきただけでもBEに対するマイ評価はぐーんと上がったのだが、今やもう、BEのオリジナル曲と呼んでもいいくらいにハマっている。
というか、WOTというバンドは、マンチェとブリットポップとを繋ぐ架け橋のひとつだった、ということかもしれない。「Quality Street」、誰か再発してくれないかな・・・当時売れなかったから、こっちの中古屋でも、まだ一度もお目にかかったことがないのだ。ここらへんで、今もまだ発掘の価値ありなのは、WOT繋がりのEarl Brutusはもちろん、New Fast Automatic Daffodils、Paris Angels、Flowered Upあたり。いや、Northsideはディグしてなくていいです。その余裕があったら、むしろMock TurtlesとThe Highを。

「サンキュー!」の短い挨拶に続き、再び日の丸のイメージをバックに、この晩のビートルズ第3弾:「Across The Universe」。このカヴァーは本イベントの後にチャリティ・シングルとしてもリリースされたが、ベタと言えばベタとはいえ、大団円にふさわしい、陶酔に満ちた大合唱が生まれたのは言うまでもない。途中で歌詞がおぼつかない場面もあったものの、熱唱で押し切ったリアム、最後にはフォト・ピットに飛び降り、最前列の観客にタッチするおまけつきだった。

このコンサートの後、もっと大規模で、メインストリームなポップ・アクトを集めてのジャパン・ベネフィット・コンサートの企画(=ウェンブリーを舞台に、英BBCや米CBSも絡むという、いわば「ライヴ・エイド」型イベントだったらしい)が中止になった、との報道があった。出演者の数が充分揃わなかった・・・というのが最大の理由とされているが、それと較べても、たとえ数万人規模のマッシヴなコンサートではなかったにせよ、リアム、そしてビーディ・アイの面々が人脈とコネをフル活用し、賛同者を集め、このコンサートを比較的短期間で実現させたのは、評価すべきだと思う。ネット・エイジのフレキシビリティ(宣伝や前あおりに大金はたかなくても、既に確立したアクトの場合、情報はちゃんと行き渡る)を、彼らはちゃんと理解しているようだ。
チャリティ・イベントについて回る、「売名行為じゃない?」といぶかる声も上がるのかもしれない。確かに、ライヴ・エイト開催の翌週、出演アーティストの旧作が追い風効果でチャート・インした・・・というニュースは、まだ記憶に新しい(ピンク・フロイド他、一部のアクトはそのセールスもちゃんと寄付に回してました)。
が、先述したように、このイベントの空気はロック・コンサートのそれであり、災害の深刻さ・衝撃を改めて教示するトーンもほとんどゼロ。テレビ放映もなかったし、俳優だのなんだかよく分からないセレブが合間に出てきて「語る」こともない。ダメージを受けた国にいるロック好きの同胞に向けて、音楽という結びつきの一点から、ロッカー達が放ってみせたストレートで速球なエールだった、自分はそう思っている。

最後にもひとつ蛇足:当ブログの検索キーワードで、いちばんポピュラーなのが「Pretty Green」の2文字だったりする。そんなわけで、リアムやオアシス話を期待して、間違ってこのブログに行き着いてしまった方には、いつもなんとな~く、潜在的に申し訳ない気持ちを抱いてきた。このレヴューで、そんな人達の不満が少しでも解消されることを祈りつつ・・・。

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Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
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