Coachella Festival 2011:Day1

アミーバにて。中古7インチの数にメゲた

おなじみ、コーチェラの椰子の樹

ストパかけたんでしょうか?セドリック(右スクリーン)

あっぱれでした、タイタス・アンドロニカス

ポップコーンのように盛り上がってるタイタス客

オッド・フューチャー、フィナーレの盛り上がり

ソウルフル!コールド・ウォー・キッズ

芸人ブランドン

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記録的なスピードで前売りが完売した今年のコーチェラ。チケットが発売開始になり、いつものように、知人と行く算段をなんとな~く立て始めていたところで、1週間も経たないうちに同知人から「売り切れみたい、こりゃ・・・」との当惑気味なメールが舞い込んできた時は、マジびっくり。ラインナップにもよるとはいえ、北米フェスのマストとしてステイタスを確立したってことだと思うし、この分だと、今後コーチェラのチケット争奪戦は毎年シビアなものになりそう。のんびりしてるところが良かったんだけどな~。

でまあ、売り切れちゃったもんは仕方ない・・・と諦めモードに入っていたのだが、その知人――筆者よりも遥かに顔が広く、フェス経験も豊富な御仁です――が諦めずにコネを当たってくれ、なんと、チケットを別口で購入できる可能性が急浮上。おんぶにダッコながら、その話、ぜひ乗らせてください!なるべく早くストロークス観ておきたいっす!というわけで、なんだかんだ言って、今年もパーム・スプリングスに向かうことと相成ったのだった。協力くださった方々、本当にありがとうございます。

今年は、前日の木曜夜に現地入りすることにした。昨年は、初日:金曜午前中に日本発チームとLAXで合流し、レンタカーを借りて午後イチで出発。しかし、3日間通し券のみ販売、すなわちがっつり週末楽しむべく、金曜からサイト入りする客が増大したことを計算に入れていなかったので、入場口を前に、爆渋滞5時間待ちの憂き目にあうことになった。サイトはもう目と鼻の先、音もかすかに響いてくる。そんな中で、「あ~、ギル・スコット・へロン終わったよ・・・」「LCD間に合うか?」等々、車中で「観たい」リストにバツ印をつけながら悶絶したのは、かなりトラウマだった。
その教訓があったのはもちろん、去年は免許所持者を含む計4人だったのに対し、今年は自分(=運転できません。徹底してナビ役です)&知人のふたりきり。知人はコーチェラ・ベテランだが、LA市内からパーム・スプリングスまでのノンストップ2~3時間運転はもちろん、基本的に車感覚で成り立っているアメリカ――「コンビニでジュース買いたい」程度の話でも、車で10分走ることになったりする――において、ドライバーの役割&責任&プレッシャーはかなり大きい。その上サブ・ドライバーもいないとなれば、ホテル代が一泊余分にかかるとはいえ、非運転者としては、可能な限り彼にかかる負担は減らすべきだし、飛ばしまくって疲れているところに渋滞のイライラ、会場に入っても楽しめなかった・・・みたいな展開は、避けられれば避けるに越したことない。

家を出るギリギリ直前まで仕事していて、荷造りも1時間以下(バックパックひとつなので楽だった)の特急コース。疲れすぎていて、ヒースローに着いてからもずっとヨタヨタしていて、マジ必要最低限=①朝のコーヒーと水②免税煙草購入、のふたつしかやってない。しかし、同じ便の乗客の中に、少なくとも7人はコーチェラ組とおぼしきイギリス人を見かけて、ちょっと気分が高揚する。
当人達に確認したわけではないが、このタイミングでLAに飛ぶ英ヒップスター(しかも、既に麦わら帽まで被ってるし・・・)~ラフトレ・バッグを提げた音楽好きっぽい連中は、まずコーチェラ組と考えて間違いない。実際、入国審査を終え、到着ゲートに至る最後の出口で審査官に質問された時も、「これからパーム・スプリングスに行くんです」と答えたら、「え、あなたも?!さっきの男性達の連れじゃないの?」と尋ねられ、筆者の前に立っていた男性ふたり、やっぱ行く先はコーチェラだったのね、と。

既に数時間前の便で日本から到着していた知人と合流し、レンタカー屋に向かいがてら、まずは、「プリンス問題」を詰める。この晩プリンスがLAフォーラムでライヴをやることになっていたのだが、同会場での連続公演ながら、コーチェラ開催日程は見事に外されていた。それもあってか、コーチェラ族の中に「プリンスが飛び入りで出るかも?」との未確認怪情報が流布していたそうで、知人はかなり気にしている。チケット代も手ごろだし、コーチェラに出るんだったらいいけども、出ないんだったら、思い切って今夜観ませんか~?というオファーである。
まあ、ジェイZでビヨンセが出てきたくらいだから、可能性はゼロではないだろう。しかし、あのプリンス様が(いくら過去に出演経験があるとはいえ)、たかが1曲のカメオくらいのために、はるばるコーチェラくんだりまでやって来るとは到底思えないし、それがノンギャラってのも、まずあり得ない話。これは、あくまで自分の勝手な推測に過ぎないんだけども――今年のコーチェラの顔ぶれが、例年に較べてインディ~オルタナ系ロック/ポップ・アクトが少なく、エレクトロ/テクノ/ハウス/ダブステップ/DJ、およびお膝元LAを拠点にするアクトを多く取り揃えたのって、表看板ヘッドライン(=グラミー組ことキングス・オブ・レオン、アーケード・ファイア、カニエ・ウェスト)のギャラが高すぎて、それ以外をみっちり詰め込めなかったからではないか??と。
もちろん、「アメリカで、久々にエレクトロの波が来てる」という状況を率直に反映した結果なのかもしれないし、ロック離れの傾向は、全世界的なものである。が、トム・ヨークにペイヴメント、ゴリラズ(デーモン・アルバーン)といった90年代組と、新興勢力(ヴァンパイア・ウィークエンド、MGMT、フェニックス、ヨンシー、ジ・エックス・エックスetc)をズラリ取り揃えた去年と較べても、ずいぶん差を感じる。

んなわけで、知人を「プリンス@コーチェラは、まずないっしょ」と説得し、同時に、今夜のフォーラムでのショウを検討してみる。もちろん、プリンスは何度だって観たい。が、今の彼がどんなショウをやるのか、自分には見当もつかない。前半1時間半くらいをジャズなジャムやファンク・ショウに充てて、最後の最後でヒット・パレード・・・なんて展開になろうものなら、「Purple Rain」に聞きほれてしまい、そっから我に帰ってLAを出発→パーム・スプリングスに辿りつくのが、ヘタしたら金曜早朝になってしまう。お互いに老体だし、無理はしないでおきましょう、との合意に至った。

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とはいえ、せっかくLA中心地にいるのに、何もしないのはあまりに勿体無いので、とりあえずアミーバ(Amoeba Music)のハリウッド店にだけは寄ることにした。最終的に荷物になるだけ&欲を掻いて買い始めたら、イギリスでは入手しにくい映画DVD(Criterionコーナーがあったのには感動!)に、中古アナログ、書籍・・・とマジにキリがないので、物欲を抑えて心を鬼にし、①土産のトート・バッグ②「Music We Like」「LA Weekly」始め、各種フリー・ペーパーのゲットに専念する。
レート換算他も含め、シビアに値段を計算~レート換算したら「お得」な作品もあるし、1~2ドル級の廃盤中古CDはねらい目。しかし、チェックし始めたら、1日がかりの「お宝」発掘作業になる。CDのように乱雑には扱えない、壊れもののアナログの持ち運びにいちいち過敏になるのも、旅先では面倒だ。それでも、「うぉ~っ!これは!!」という鼻血ブー作品があったら、確実に買うつもりだったんだけど・・・ジャズ・コーナーを除くと、そこまで「キタ!」な出会いはなかった(その作品は、高すぎて手が出なかった)。
なわけで、アルバム新譜ではなく、7インチを中心に掘ることにしたのだが・・・イギリスではついぞ見かけなかった、しかも値落ちした作品に出くわしたのは嬉しかったものの、中古45Sの枚数に圧倒され、途中で戦意喪失。引き出し1個分くらいの箱に詰まった7インチ、ざっと数えただけでも、80箱は余裕であった。「ボウイ」「コステロ」「マドンナ」といったアーティスト別、あるいは「K」「Sub Pop」など、レーベルごとの分類箱まであるのにはびっくりした。マニアでコレクターなおっさん達(>こういう人種は、世界のどこでも出くわします&無愛想で競争心が強く・・・と、行動パターンも見た目もほぼどこでも同じ)と肘を突きあわせ、時に脇から箱をぶんどる勢いで争う気力もないので、USインディ箱だけサクっとあさり、レジに向かった。

それにまあ、あの体育館みたいな巨大な売り場敷地(さすが世界最大のインディ・ストア。第二駐車場まで出来てました)の中で、次々にお金を落としていくお客(=ローカル顧客から、自分のような観光客まで幅広い)と、木曜夕刻とは思えない賑わいぶりを眺めていたら、今みたいな時代に、数少ない「国際級にアイコニックなレコード/CD屋」のひとつとして認知されているアミーバみたいなショップを、自分がサポートする必要は、あまりないかな・・・とも思った。これは、最近のロンドン:ラフ・トレード東店に行くたび感じることでもあるんだけど、インディ・レコード・ショップの「ブランド化」って、良かれ悪しかれかもしれない。
面白い/質の高い/発見に値する作品をリーズナブルな価格で取り揃え、丁寧にストックし、お客を興奮させ、期待に応えるのはお店としての義務だと思う。そこを抑えた上で、接客の最低限なマナーさえ守ってくれれば、別に多少小汚い店でも、狭くても、自分的にはOKである。しかし、ラフ・トレード東店を例に挙げると、①CDあるいはアナログ以外の商品(書籍、RTグッズ、Tシャツetc)に売り場面積を割きすぎだし、②価格面でもがんばってないうえに、③売り子のサービス面での教育も甘い。

①に関しては、レコードだけ売っていても経営が成り立たない・・・という昨今の状況が背景としてあるので、トート・バッグにTシャツ、マグカップにピンバッジ、更にはコラボのメモ帳、ペン、ヘッドフォン・・・と、ロゴ入りオリジナル・グッズを売って儲けたいのも分かる。音楽書籍やコーヒー・テーブルな写真集、シュリグリーの絵葉書なんかも、まあ許そう(それよりも、インディなジンをちゃんと扱ってほしいけど)。しかし、たとえばこの間行った時も、グレイトフル・デッド旧譜が1枚もストックされていなかったのには仰天。新譜メインのショップですから~と言われりゃそれまでだけど、インディやオルタナの聖地とされる店で、デッドのオリジナル・アルバムが皆無って・・・かなり寒くないすか(以前も、コルトレーンやマイルス作品の薄さに目を丸くさせられたものだが)。ライフスタイル売るのとフィジカルな音楽作品売るのと、どっちが大事やねん?みたいな。

②については、最近筆者が買った作品の具体的な比較例:

●The Dirtbombs/Party Store(3枚組アナログ)
ラフトレ=22.99ポンド/某通販ショップ=19.99ポンド
●Panda Bear/Tomboy
アナログ:RT=17.99/他店=14.69
CD:RT=13.99/他店=9.99
●Low/C’mon(アナログ)
RT=13.99/他店=9.89

あくまで一例ながら、アルバムに関しては、概して3~4ポンドは高いと言える(7インチ他、シングル/EPはそこまで差がない)。いちばん皮肉だったのは、ラフ・トレードが英発売元であるストロークスの新作。ラフトレでの販売価格(初回プレスのクリア・ヴァイナル)は19.99だったが、対する他のショップは13.09。差額の6ポンド90ペンスあれば、他に1枚CD買えますって・・・。
お値段比較の対象にしたのは、アマゾン他の大手チェーンではなく、インディの通販専門店。ゆえに家賃や維持費、人件費といったコストを抑えることができる=安い価格設定が可能、とも言えるけど、「トレンディなエリア」として人気が高い東ロンドン=ブリック・レーンのランドマークのひとつとして賑わい、日夜お客を集めている有名ショップと、ウェブ上のインディ~アングラ専門の通販店とでは、前者の方が、遥かにビジネスとして大きいはず。そこで小売店として価格面での努力をしないのは、独占商品やインストア・イベントなど、他の店には真似できないラフトレのカリスマ~ブランド・パワーに依存しすぎじゃないか?と(ちなみに、ラフトレのウェブ通販サービスも、イマイチです)。

「今やどんどん消えつつあるレコード店と、その文化を維持するのがポイント」との意見もあるだろう。何せ、旗艦店ですしね。が、恐らく相当に高いであろう一等地店舗の家賃と営業時間の長さのしわ寄せが、価格に反映されちゃうのはどうなの?とも感じる。あと、これは③も関わってくるけど、ラフトレ東店からは、昔ながらのレコード店の空気/ソウルがどんどん薄まっている気がするのだ(元祖ポートベロー店はOKだけど)。
いつもフレンドリーで親切な古株の3人を除くと、ここの店員の多くは、クールで気取りすぎ。当人のレジ担当の時間帯ではなく、ストック整理だの在庫チェックだの他の仕事で忙しいのかもしれんが、目の前にいるのに声をかけない限り無視されっぱなし、なんてこともザラだ。
特に、ある若い男性店員。新譜を買うとおまけでもらえる、ラフトレ独占のボーナスCDを入れ忘れること、少なくとも3回。一瞬「こっちに恨みでも?」と思ったが、ただの気が利かない鈍なバカだと察し、以降、彼がカウンターに立っていても、必ず他のスタッフの手が空くまで待つようになった。そんなスタッフを雇う店長も店長で、彼がレジ担当の時にDVD付きアナログを買ったら、DVDがばっちり抜けていた。電話で説明し、返品OKとのことで数日後に再び店に行くと、「見つかったから」と、悪びれる様子もなく、袋がよれて埃っぽいDVDを手渡された。そもそもアナログの中に封入されてるDVDが、なんで本体とは別の場所にストックされてたのか、不可解である。コピーでも作ってたんじゃないの?と、要らぬ詮索をしたくもなる。

映画「High Fidelity」は戯画の世界とはいえ、小うるさく、こっちをいちいち値踏みするようなレコ屋店員は、確かに不快だ。しかし、そのある意味シンプルで、突き詰めれば縄張り意識に起因する子供っぽくエモーショナルなノリに較べると、慇懃無礼で「クール」を装うのっぺらぼう店員の方が、もっとタチが悪い。
名の通ったラフトレで働けて誇らしいのかもしれないが、その組織としてのカリスマを、イコール自分の威光と勘違いして、サービス業の基本を履き違えて礼節に欠けた振る舞いをする者は、傍から見たら、ただのバカである(高級ファッション・ブランドの店子が、無意味に気取って高飛車なのともちょっと似てる)。バカにつける薬はないので、何かしようという気も起きない。が、そんな奴のせいで、「レコード屋って、無愛想で、なんかヤな感じ~」という印象がお客に広まったら、むしろマイナスだろう。
ラフトレのバイト連中に関しては、これまた仰天するような話(いつか書きます)を聞いたことがあるし、店/組織としてのネガな話も知っている。それでも、レコード・ショップという「場」がこれ以上なくなるのは辛いので、微々たるものながら貢献してきたつもりだ。しかし、昨今のラフトレ――とりわけ東店の――ライフスタイル商法への偏り、それに伴う音楽ショップとしての機能低下~パッションの欠如には、少々失望している。

この店で観察していると、アナログやCDを買う具体的な人は、客の数の割りに少なかったりする。ブリック・レーンにヴィンテージ買い物に来たついでに、ラフトレをチェックして、仲間と記念写真を撮って立ち去る人間。入り口近くのカフェで、友達と雑談したり、ネット・サーフに余念のない者。書籍を立ち読みし、フライヤーやポスターをチェックするだけのブラウザー人。「ラフトレ・ショップを訪れたこと」そのものが価値で、音楽は二の次・・・みたいな輩が、増えているような気がするのだ。
そんな彼らのハード・ディスク、あるいはiTunesには、5000曲くらいストックされているのだろう。音楽好きなのは間違いないと思う。が、CDやレコードという「過去の遺物」の、実物を見るのって面白いね~・・・と、ややノベルティなノリで来店する人間は、レギュラー顧客にはなりにくい気がする。もちろん、それをきっかけにフィジカル商品の魅力に目覚める、の可能性もゼロではない。けれど、レコードなりCDを買うのが生活の一部になっているリピーターよりも、オシャレ・アイテムだの雰囲気を求めてやって来るワン・オフ客を重視した商品構成(=RTのマーチャン他)をやってると、いずれ「レコード店」というトレンドが過ぎ去った時に、痛い目に遭うんじゃないか?と。これまた、余計なお世話ですけども。

残念ながら、そういう今風の「ブランド・レコード店」――既にステイタスを確立していて、内実はともかく、その「イメージ」だけで客を吸い寄せられるショップ――なノリは、アミーバでも軽く感じた。知識豊富なバイヤー~フロア・スタッフはともかく、レジ店員の一部の態度がデカかったり、去り際の後味はすっきりしない。インディ・ショップではあれ、こういうメジャー級の有名店ばかりもてはやされる状況ってのも、どうなんだろう・・・結果として、もっと小さい、しかしローカル・ベースでがんばってるインディ店は看過されちゃいそうだし、イコール、多様性に欠ける展開に繋がる気もする。メジャー/チェーンによる市場寡占~お仕着せの価値観を否定・批判する立場のインディだったはずなのが、ミイラ取りがミイラな展開になっていませんか?
とまあ、こういう状況をひとりであーだこーだ考えてみても、大勢は変化しないだろう。資本主義のロジックで、淘汰されるお店は淘汰されるのだから。ただ、自分に可能な限り、なるべく幅広く、定期&長期的に、(額は少しでも)いいなと思う独立系~専門ショップに寄与していくしかないな、と思った。

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軽く腹ごしらえし、夕方6:30にはフリーウェイ10号に乗る。いったんこの高速に乗ってしまえば、一路東へ・・・という感じで、しばらくナビ助活躍の場面は少ない(ナビゲーション・システムは、レンタカーなんでオプションらしく、使用せず)。とはいえ、日本の高速と違って道沿いにサービス・エリアがあるわけではなくて、いちいち高速を降りないとならない&そのたび時間のロスなので、トイレ休憩他も原則なし。子供連れのファミリー・カーとか、大変そうだなあ。
テラー・トワイライトな時間帯を越え、暗くなって景色も見えなくなってきたのに加え、飛行機の中でほとんど寝なかったので、レッド・ブルやチューインガムの効果もむなしく、眠気が押し寄せてくる。運転者に悪いので、爆睡だけは避けなければ!とちょっとだけウィンドウを開け、煙草を吸うことにした――ところ、異常事態発生。車内でREM新作を爆音で流していたのでなかなか気づかなかったが、サイレンが迫ってくるではないか。

ハイウェイ・パトロールか・・・映画みたい・・・と思っていたのだが、そのパトカー、我々の車線の前に入ってきて、そのまま流している。「カー・チェイスなのかな?」などと話しているうちに、このパトカー、どうも動きが妙なのに気づく。2車線をまたいで、かなりゆらゆら走行なのだ。で、ずっと前にいられても邪魔なので、知人が追い抜こうとするのだが、そのたびケツを振って前方をブロックしてきて、追い抜かせてくれない。どの車も飛ばしている闇の高速で、これやられるとまじに怖いし、スピルバーグの「激突!」が思い浮かんできて、余計ビビる(>クルマ映画の観すぎだっつーの)。
もしかしたらもしかして、これってターゲットは自分=俺達への警告じゃないか・・・?とようやく正気に戻り、「やべ~~っ」とパニくりながら、手近な出口から大慌てでフリーウェイ離脱。運転に何か問題があったとは思えないし、思いあたるのは・・・煙草?公共の場での喫煙が禁じられているカリフォルニアだから??ともあれ、窓から腕をガン出しして喫煙&ポイ捨てしたわけでもないのに、よく見つけたもんである。
罰金モノの話であればしつこく追いかけてくるだろうし(10分も経たずに再び高速に戻ったが、待ち伏せはなかった)、からかい半分だったのかもしれない。それに、後ろから付けるならともかく、前に入ってくるのも妙な話である。あれはなんだったんだろう?・・・と話しながら、少し経ったら「おかげで眠気も吹っ飛んだし!」なんて風に咽喉元から消えてしまうのだから、いい加減である。とはいえ、同じ思いは二度としたくないので、その後車内喫煙は用心のため自主規制することにしました。

道路工事の迂回路があり、脇道を通ってちょっと迷ったりしたこともあり、目的地=カテドラル・シティのホテルに着いたのは夜10時頃。去年も使ったホテルで、モーテルとさして差は無いものの、リーズナブルな割りに部屋は広めだし、一応プールもある。同行知人が買っておいてくれたミラー(12本入り箱$9.99)と、ハリウッドで食べたタイ料理の残り(>量が多すぎて食べきれず、お持ち帰り袋に入れてもらって持ってきました)をつまみに、まずは無事到着おつかれ~!の祝杯を交わし、12時には就寝。
睡眠不足&時差ボケのせいで、朝起きれないかな・・・と心配だったが、午前6時には、なぜかばっちり起床。いったん目が覚めると空腹を感じるタチなので、テレビを見たり、気温(滞在中、最高38℃くらいまで上がった)が高くなり過ぎないうちに、テラスでのんびりしたり・・・と、ロビーにコンチの朝食が登場する7時まで、じっと我慢の子。しかし、新たな不安のタネも発生していた。
LAに来る前、ロンドンで原稿を書いていた頃から、左足の、特に腿の付け根/間接の痛みがひどかったんだけど、LNDN=LA間フライトの狭苦しいシートで10時間近く硬直していたせいか、悪化している・・・。歩くのも、いちいち痛くて軽く足を引きずるくらいだし、床の上に腰をおろすとか、しゃがむのすらきつい。原因は不明。まあ、慢性的な運動不足と座りっぱなしの生活が悪いのだろう。しかし、こんなんで、①立って見る②座って待機、が基本のフェスで、大丈夫か?とやや暗くなる。

ともあれ、この日最初のコーヒーを飲み、ベーグルを食べたりしているうちに知人も起きてきて、初日=金曜の計画を練る。知人(>色々あるものの、彼のマスト・デーは土曜)は夕方入りくらいのノンビリ行程でもOKだったんだけど、気を利かせてくれた「見たいのは何時からなの?」の問いに甘え、最速の理想=午後2時サイト入りを目標に設定することになった。わがままにつき合わせて、ほんとすんません。
11時にはホテルを出発し、まずは、会場からちょっと離れたリスト・バンド交換所に向かう。去年まではサイト入場口の近くに引換所も設置されていたのだが、今年は近隣のテニス・ガーデンにまで移動。知人いわく「このテニス・スタジアムだけでも、軽くコンサートできそうだよね~」というくらいでかい施設(有明コロシアム規模)で、その外に散らばるテントで、(主に海外客の)引き換えが行われている。

なんでかな?と思ったら、発売チケット数をぐっと増やし、イベントとしてステップ・アップした去年のコーチェラが露呈した問題のひとつ=偽造チケット、およびリスト・バンドの不法譲渡が原因らしい。新聞報道によれば、出回った偽造チケットの推定数、実に1万枚。道理で「えらく人が多い」と感じたわけだが、結果的に入場者数が水増し~イベント・スタッフの数はもちろん、チェック機能を持った端末機の故障もあいまって、ドサクサにまぎれて場内に入り込む者も多く、かなり大変だったとか。
その教訓を活かし、今年は、米国内のチケット購入者には事前に、直でリスト・バンドおよび入場可能な駐車場区分のステッカーを送付するシステムがとられた。かなり思い切った措置だと思う。それに伴い、会場=エンパイア・ポロ・フィールドの半径1マイル以内のエリアは、主催者の指示に従って①リスト・バンドを付けていない者、②フロント・ガラスの所定位置にステッカーを貼っていない車は基本的にシャットアウト。くだんの引換所=テニス・スタジアムも、もちろんその圏外にあった。
会場入り口に着くまで、チェック・ポイントがいくつかあり、車内の全員がリスト・バンドを付けていなければ、基本的には追い返されることになる。それはそれで、ごまかすのは可能だろうし(ウィンドウ・ステッカーはもちろん、チェックも、ウィンドウ越しに右手を上げてリスト・バンドを見せる程度)、偽造チケット問題は解消できても、ダフ屋がリスト・バンドを転売するのまでは防止できない。オフィシャルなルートでチケットを買った(大多数の)人々にしてみれば、一部の不正者のために何度もチェック関門を越え、手間取るのは迷惑・・・と不満の声も出るだろう。
しかし、コーチェラのオーガナイザー:Goldenvoiceは、そうした手間やわずらわしさから生まれる不評や批評を受けてでも、可能な限りダフ屋勢を撲滅し、正規購入者の誠意に報いるつもりらしい。かつてのグラストンベリーのように、フェンスを破ったり、穴を掘って侵入する者がいたり、イベントの規模が大きくなればなるほど抜け道は出てくるものだし、イタチごっこと言えばイタチごっこ。しかし、諦めて放置されるよりは、よっぽどいい。ちなみに、リスト・バンドそのものにもICチップか何かが埋め込まれていて、端末機による個別スキャンはもちろん、通り抜け型のセンサー式ゲートまで設置されていて、かなり気合の入った取り組みと見た。

リスト・バンドを入手し、無事入場。午後2時近くだと、お客の入りはまだ3割程度だ。踏み荒らされる前の鮮やかな緑の芝の上を、カリフォルニアの太陽が容赦なく照りつける。アート・インスタレーションも、今年は光物=銀や鏡他、反射するマテリアルを使ったものが心なしか多く、シュールな光景を生み出している。中でも、新たにスタートしたオアシス・ドーム(基本的にDJヴェニュー)は、「Logan’s Run」とか、ディストピア系のSF映画に出てきそうなデザインである。
ビア・ガーデンで一杯だけ「おつかれ」ビールを飲み、早速行動開始。一番手は、テキサス出身のBlack Joe Lewis&The Honeybears。日よけが少ない会場だけに、直射日光を避けるべく、モハーヴィ・テント(フジのレッド・マーキー型)はかなりの人ごみ。今年は最終日まで雲が出ず、風もあまり吹かなかった。夜になると吹く大風のせいで、メイン・ステージの音が横に流れる・・・ということはなかったものの、大気が動かず、常以上に湿度が高かった=体感温度が高かった。そんなわけで、あっという間に汗ばんでくる。一足早い夏の気分を味わえる、それも、自分にとってのコーチェラの魅力かもしれない。
60~70年代風なR&B~ロックン・ソウルを鳴らすアクトで、バンドはホーン・セクション(3人)まで揃えたオールド・スクールなノリ。スタックス、オーティス・レディングあたりのやや泥臭い味を醸しつつ、野球帽にレイバンが似合う中心人物:ブラック・ジョーは「歌うシンガー」=ジミヘン型で、ギターも上手く(歯でも弾きました)、見せる。フェスのお祭り気分にぴったりのソウル・ミュージックの熱気&リズムだけあって、お客もやんやの喝采。エレキが引っ張るロック曲から、一瞬にしてJB型のファンク/ソウル・レヴューに切り替わる様もお見事でした。

とはいえフルで付き合うと色々と見逃すので、隣のゴビ・テントに移動し、Brandt Brauer Frick。名前からもなんとなく察しがつくかもしれないが、ドイツ発の電子音楽トリオである。暑さにも関わらず、全員黒とグレイを基調にした、シャツ+ベスト+スラックス姿というのもそれっぽい。クラフトワーク的なエレクトロ・オーケストラ・・・という評判だったが、デジタルのドラム・パッド、キーボード&サンプラーという編成が生み出すミニマルなパルス・ミュージックは、クラブ空間ならともかく、線の細さが逆に際立った形。昼間の空に上がる、花火を見るようなもんである。それでも、顔を真っ赤にしての熱演には大きな拍手が寄せられていた。
そのままコールド・ケイヴに流れる。以前観た時の印象はあまりにスカしていて、ライヴというより、自己満足のディスプレーじゃん・・・というものだったが(そういう「わたし/オレ」世界が徹底していて、「芸」になってりゃいいんですが)、今回は80年代NW味をベタに押し出した、ゲイ・ディスコな演奏である。そのぶんアクセスしやすくなってもいて、お客の反応は悪くなかった。
Omar Rodriguez-Lopezことマーズ・ヴォルタのオマーによるセッションは、近いところでVato-Negroみたいなものかしら~?と思いつつ観に行ったところ、「Bitches Brew」期マイルス・バンドを思わせるコズミックなジャズ・ファンクの濁流、とてもかっこよし。しかも、シンガーとしてセドリックのおまけつきなパフォーマンスで、イェイ!である。が、そのセドリックさん、も、も、毛髪が・・・・・・!トレード・マークであるアフロは消滅していて、直毛に撫で付けた髪型、それこそスウェードのブレット・アンダーソンとも見まごう別人ぶりで仰天である。彼の特異な歌声、そして腕の刺青を見りゃ一発なのだが、お客の多くは「あれは、セドリック?それとも?・・・」と当惑&半信半疑な様子で、面白かった。

そこから猛ダッシュで、カミュやフォークナーを影響にあげる文学パンク・ロッカーズ:Titus Andronicusがプレイしているセカンド・ステージ=アウトドア・シアターに向かう。オープニングこそ見損ねたものの、今コーチェラ・ラインナップの中では少数派に当たるギター・ロックをこの日初めて聴けて、素直に気持ちよしっ。メンバーの入れ替わりが激しいこのバンド、3年前に観た時にはいなかった女性メンバー(=ヘッド・バングにジャンプに・・・のおきゃんなプレイは、下手したら他の男性メンバーよりもパンチが効いてて素敵でした~)がコーラスを強化。あごひげが強烈な中心人物:パトリック・スティックルスもこれまたなりふり構わぬ灼熱ぶりで、音といいバンドのパッションといい、真正面から照りつける西日に負けてない!最高や!

Titus Andronicus—A More Perfect Union

ばりばりのパワー・コード、カッティング中心なギター、ブラスターなテンポ。ハスカー・ドゥの純度の高いエネルギーはもちろん、リプレイスメンツのグロリアスで泣けるソングライティングもちゃんとモノにしているし、時にポーグスを思わせるアイリッシュ民謡風なメロディ&ノリの良さも混じることで、白人ブルー・カラーのソウル・ミュージックとしてのパワー・ポップ(最近だと、ザ・ホールド・ステディ、ガスライト・アンセムにも通じる)を更新している。いつか、ホーンなんかも入れてほしいな。
去年出た最新作「The Monitor」(素晴らしいので、今すぐ聴いてみてください)曲を中心に畳み掛け、「No Future Part Three:Escape From No Future」の熱演で盛り上がりがピークに達したところに、タイタスのテーマ・ソングとも言える「Titus Andronicus Forever」。手拍子が沸き起こり、ダイブをかます若者も登場~。ギターを置いて手マイクに持ち替えたパトリックも、ステージ端ぎりぎりまで前に寄り、観客に歌いかけ、揺さぶる。バンドのたたき出す爆風スピードとオーディエンスの合唱を双方向から全身に受けながら、彼のシャウトはそのふたつをがっちり結びつけてみせた。

マグネティック・マンやチェイス・アンド・ステイタス、スティーヴ・アンジェロといった新勢力からボーイズ・ノイズ、ポール・ヴァン・ダイクにスヴェン・バスといったベテランまで、「もしかしたら、今年もっともハプニングな会場」との前評判も高かった、エレクトロ組の総本山=サハラ・テントに移動。
3つ並んだテントの一番奥に位置する会場で、ここだけ観客の背後にも巨大なスピーカー群がうっそうと組まれていて、どこに立っていても爆音&重低音。フロア中央の天井から下がったカーテン式のLEDネオン幕は、昼間から派手なライト・ショウを展開していた。大スクリーン2面をステージ左右に配したステージにはDJひな壇が固定されており、ステージ進行もほぼノンストップ(楽器の入れ替えがほとんどないので、セット・チェンジの間もDJプレイが続く)・・・と、完全にクラブ仕様である。

今回とても楽しみにしていたアクトのひとつ=LA発のパンクなヒップホップ・クルーOdd Future Wolf Gang Kill Them All待ちを兼ね、その前のDJ:Skrillexもちょっと観る。長髪、色白、眼鏡、ストレッチした耳と、暗そうなラップトップ・ゴス君ながら、ヘッドバングしながら彼がたたき出すガバの入ったインダストリアル・ビッグ・ビートに、オーディエンスは大喜びである。どう考えてもダサい音だと思うのだが・・・この分かりやすさがいいのだろうか?などと首を傾げていたら、あれま!KORNのジョナサン(ちゃんと、例の自分マイクまで持参してました)とマンキーが出現し、コラボ・ジャムと相成った。なーる、ヘヴィ・ロックの文脈なのね、この人。ともあれ、スター様のゲスト参加に観客も更に沸き返り、派手なエンディングだった。
そこからオッド・フューチャーにすぐリレーされる・・・はずが、機材トラブルがあったらしく、15分遅れの開始。スタッフが右往左往する中で、メンバーは三々五々ステージを出たり入ったりし、お客とコールを始めたり、遅々として進まない設営に毒づいたりしている。ラッパーを中心に、サウンド・クリエイター他計11人からなるこのユニット(サブ・メンバーも含めればもっと多いかも)は、2008年以降ミックス・テープ、メンバーのソロ作も含むアルバムを少なくとも13枚、ネット・ダウンロードを通じて発表してきた。「Kill people burn shit fuck school」のスローガンはもちろん、レイプや憎悪などをモチーフにしたサイコティック/非社会的/ニヒリスティック/スカトロ気味なユーモアをまとったライムも物議を醸し、今年3月のSXSWでのスケーター雑誌主宰のショウでは、軽傷者まで出る盛り上がりだったという。

センセーショナルな見出しはどうしたって目につくが、このユニットの面白さは、彼らがオートノミー、すなわち自立したクリエイティヴィティを軸に動いている点だと思う。レコーディングやプロデュースはもちろん、アート・ワークやデザイン、プロモーション・ビデオも自分達で手がけ、作品の無料自主配信や映像、ブログ、トウィッター他、ネットと民主的なモダン・テクノロジーをフル活用してファン網を拡張。そこらのインディ・ロック・バンドには歯が立たないくらい、DIYでゲリラ型の活動ぶりである。
そのぶん、現ヒップホップのトレンドやルール/タブー、ひいてはミュージシャンの自主規制/検閲といった当世音楽の良識からもフリーと言えるし、その「やりたいことをやりたいようにやるだけ」のアナーキーな姿勢&順応の拒絶は、不可能をやってのけるカリスマへの畏怖、そして神秘性に繋がる。一種のカルト宗教や神話体系にのめりこむごとく、OFWGKTA信奉者が増えているのもそのせいじゃないかと思う。

Tyler,TheCreator―Yonkers

神話性とプロパガンダを利用したグループは、過去にも存在した。変わり者・ハミ出し者が集まり、不快極まりない(しかも演奏もヘタな)ポップ・グループという矛盾したコンセプトを体現し、価値観を転換してみせたセックス・ピストルズ(70年代)。ラディカルな頭脳戦闘集団として、体制に脅威を与えたパブリック・エネミー(80年代)。グループではないものの、言葉の持つパワーを再定義し、個の内面をさらけ出し、鏡となることで世界の醜さを暴露したエミネム(90~00年代)――放っておくと、自然にダラダラと保守、安穏/安定にたるんでいくカルチャーを押し戻す存在、とも言える。

オッド・フューチャーが、そうした過去のテンプレートをなぞろうとしている、と言うつもりはない。ただ、彼らに対するこれまでの反応を見ていると、リベラルで知的な白人中流マインドからの注目と支持は半端なく大きくて(「長いこと何も起きてなかったヒップホップに、やっとエキサイティングな連中が出てきた!」と大興奮で、去年彼らの存在を筆者に教えてくれたのも、知人の元DJ~いまやヤング・パパな英人男性)、ストリートやメインストリームより、むしろピッチフォークに象徴されるエリートなインディ・サークルをターゲットにし、彼らを起点に話題が広がっている気がする。そのクロスオーバーの構図――「ストリート・クール」に弱く、反体制に盛り上がってしまうボヘミアン~ヒッピー系のインテリゲンチャへのアピールを利用する、というか――には、やはりちょっとばかり過去のレトリックの匂いを嗅ぎ取ってしまう。
が、オッド・フューチャーの違いは、彼らがネット・エイジの申し子である点だろう。中心人物であるタイラー・ザ・クリエイターにしても20歳というこのクルー、恐らく物心ついた時からXboxやマック、iPod、ネットというゲートウェイ/ポータルが存在していて、そこから色んなものに、無制限&無差別にリーチできたはず。ある意味、過去のティーンエイジャー以上のものすごい速度と圧縮度で育った老獪な世代と言えるし、そんな彼らが未来をOdd Future=奇妙な未来と称するのは、とてもリアルだと思う。それを恐れるなかれ――このユニットは、ある意味、デジタル時代の称揚によってパンドラの箱を開けてしまった、前世代の産物でもあるのだから。

さーて、なんかクソ真面目な話になってきたので、ライヴに戻そう。やっとこ始まったライヴは、極めてユルかった(笑)。全MCの紹介を終え、ぶりぶりのベース音が落雷したところでメンバーがステージ上を飛び回りはじめ、ブツ切れの音と引きずるようなビートの間をラップが縫っていく。そのままアンチコンやマッドリブを思わせるエレクトロでストレンジに崩れていくサウンド/変拍子になだれこみ、DJも含めると9~10人がステージを錯綜し、オーディエンスを煽り、ライト・セーバーでチャンバラを始め、バッド・ブレインズばりのパンクなアジ・ラップを鳴らし、クラウド・サーフをかまし・・・と、なんでもあり。その勝手気ままなエネルギーに、連動して盛り上がる者と同じくらい、「単なるバカ騒ぎやん」「なにこれ・・・?」とドン引きしている客も多かった。
しかし、ジャジィでオーソドックスなソウル風のサンプリングが鳴り始めたところで、やっと中心人物:タイラーが登場したんだから笑える。彼のディープなバリトンと表情豊かなラップは場の雰囲気を変え、オーディエンスの熱狂ぶりも半端ない。そこから、70年代風の甘茶ソウルっぽいバック・トラックに変わったところで、わおーん!ネプチューンズのファレル出現。歓声が巻き起こる中、「Inside The Clouds」共演と相成った。
タイラーはN.E.R.D好きを公言しているが、あこがれの人を前に、無防備に、心底嬉しそうなワンフ表情を浮かべているメンバーは、なんともかわいい。やはり若いですな。歌い終えて大先輩をハグを交わし、そこから返す刀でド迫力な「Fuck The Police!」連呼のトラックで最高の盛り上がり。現在行方不明中と言われるメンバー:アール・スウェットシャツ(一部の報道では、未成年なために親から音楽活動NGを食らい、矯正学校に放り込まれたとか・・・)のイラストをあしらった「Free EarlTシャツ」をステージからバラまいて、ほぼ定刻に終了した。
ソリッドなエンターテインメントを期待する向きには微妙な内容だったと思うが、このユニットの制御不可能なエネルギー、カオティック&無軌道な魅力はばっちり伝わった。タイラーのソロ新作「Goblin」をXLから、別働隊メロウ・ハイプのアルバムはファット・ポッサムから・・・と、オフィシャル音源のリリースも続くところで、サマーソニック初上陸でどんな反応が生まれるか、興味深い。

オッド・フューチャーと被る/あるいは同時間帯には、シー・ロー・グリーン、ウォーペイント、モーニング・ベンダーズ、ドラムス、マウント・キンビーと、美味しいところがかなりプレイしていた。しかし、メイン・ステージで盛り上げてた・・・はずのお祭り男シー・ローは、フェスではご法度!の大遅刻(出演時刻を勘違いしていたとか)をやらかしたそうで、5曲ほどプレイしたところでステージ電源をカットされ、文字通り「F**K You」な終わり方だったらしい。この人、もう二度とコーチェラに出ないかも?
6時が近づき、少し日差しも和らいできたところで、いよいよ後半戦。腹ごしらえを済ませ(フィッシュ・タコスにトライしたのだが、想像していたもの=揚げ魚とグアカモーレではなく、バーベキューで水分を失った白身魚が突っ込まれただけ。不味かった・・・)、すごい人ごみのアリエル・ピンクにはあまり執着せず、愛しのTame Impalaに向かう(このアリエルのセット、相当頓狂&ムチャクチャ=場内騒然だったそうで、後になって見ておけば良かった~と後悔しましたが)。
テーム・インパラは、オーストラリア出身のモジュラー組。エレクトロも取り入れたテクニカラーのドリーム・ポップが持ち味だが、メンバーの足元は裸足だし、長髪にヘッド・バンドに褪せたTシャツ・・・というルックスも、ネオ・ヒッピー的。もっとモダンにスマートなバンドだと思いこんでいたので、むしろ古典的なギター・ジャムでガンガン飛ばす様にはいい意味で裏切られたし、初期ピンク・フロイド~ホークウィンド~クラウト・ロックを思わせるプログレ性の高い演奏も◎でした。熱かったっす!

フェスの楽しみのひとつに「こういう場じゃないと、たぶん見る機会はないだろう/話の種に体験」というアクトがいるけど、自分にとってのそんなひとりであるLauryn Hillに向かう。フージーズのヒップホップ・ソウルで一世を風靡し、ファースト・ソロ作「The Miseducation Of~」も大ヒットした彼女だが、以降表立った活動は減り、新作もなかなか出ないまま、隠遁者めいたイメージが強まっている。特に過去数年は、ライヴにまつわるネガな風評も多く(出演時間が遅れる、ショウのキャンセル他)、果たして、本当に出るのかな?という野次馬な興味も、正直ありました。
なわけで、ホーン隊、コーラス・チームも含むビッグ・バンドを伴った彼女の姿が目に入った時は、なんとなく安心した。まだ30℃近い気温にも関わらず、スカーフを巻いた頭に黒のツバ広帽、マキシ・ドレスに革ジャン姿(最後にちらっとダンスした時に足が見えたが、ものすごいプラットフォーム・シューズを穿いてました)は、オプラとアーサー・リーが混じったみたいでなかなか凄みがある。バンドはさすがに上手いし、70年代ソウル風からファンクまで達者に乗りこなしていく。が、ローリン当人は緊張と苛立ちでピリピリしている様子で、繰り返されるモニター音量の指示、バンドへの煽りなど、パフォーマンス中も常に細部を気にしていて、オーディエンスとのインタラクションに集中している感じがない。完ぺき主義者の悲しさ、だろうか?
そのインタラクションにしても、滅多にライヴをやらない人に多く見られる、つつましい感謝の念、あるいは大観衆に向けるあたたかみよりも、アジめいたハッパをかけて盛り上げる・・・という雰囲気。この人、こんなノリだったっけ?とちょっとびっくりしたし、セットもラップ曲が中心でノリがいいとはいえ、かすれ気味で高音が辛そうな彼女の声の衰えは明白で、聴いていて辛い。後半にはフージーズ曲も登場し、「Ooh La La La」、「Ready Or Not」など、おなじみのヒット・ソングにフィールドも盛り上がる。特にアッパーなソウル・レヴュー調で「ジャンプ!ジャンプ!」とアゲアゲなノリの「Ready~」はフェス客受けがよく、ローリンもやっと笑顔を見せてくれた。

Cold War Kidsは、さすが地元カリフォルニア出身だけあって(?)、メインにインターポールが登場する頃合にも関わらず、なかなかの集客だ。1曲目「Mexican Dogs」からして、音がビッグになったな~!と嬉しくなる。基本的に引き算美学の人達で、音の作りも線や点に絞られているだけに、野外ステージでは弱いか・・・と心配だったが、一部にサポート・ミュージシャン、ラップトップやシンセも組み込んでいて、スケールが増している。ベースのマットはニュー・オーダーTシャツが素敵だが、ネイサン・・・アーケード・ファイアのウィン・バトラーの以前の髪型を思わせる長い髪はあんま似合わないので(顔が四角いから)、昔みたいにさっぱりしてくださ~い。
とまあ、すっかりミーハーになってしまうこのバンドだが、続く「Audience」のヒップホップ調ビートとネイトのハリのある声とのブレンドも良かったし、最新作からの「Royal Blue」で、彼ららしいキネティックなプレイが全開し始める。メジャー調のキャッチーなコーラスが秀逸、かつアフロ・ビートな楽曲なので温度も自然に上昇するし、マットとジョニーがステージ狭しと動き回り、あいまみえる戦士のように弾きまくるこの光景は、このバンドのライヴの醍醐味のひとつだ。
ピアニカのイントロとブルージィなアレンジが光った「Cold Toes On The Floor」も渋かったが、ファースト曲「Hang Me Up Dry」および手拍子が巻き起こった「Hospital Bed」の盛り上がりはさすがに別格。どちらもライヴの要の曲だが、ライヴ・アレンジの凝り方、フェス向けにパワー・アップした音と、聴きごたえ充分。ハイライトは「Bulldozer」で、80年代英ロック的なギター・サウンドの飛翔感とドラマチックな曲構成はシンガロングを引き出し、ネイトのソウルフルで男っぽい熱唱と共に、ライヴで一段と映えていた。いい意味でポップ~ひねり過ぎないオーソドックスなロックの快も取り入れた新作で、一皮剥けたかもしれません。

遠くからかすかにインターポールの音が聞こえてくる中、ケリー(ブロック・パーティー)のソロを一瞬チェック。女性ミュージシャンをバックに、ダイナミックなエレクトロ・ロックで盛り上げております。そこからSleigh Bellsに流れたが、こちらもかなりの集客で、割れまくりのすっさまじいベース音に、テントの支柱や梁がビリビリ震えるほど。怖い。クリスタル・キャッスルズも真っ青?なくらいストロボ・ライト焚きまくりで、オーディエンスもエキサイト。首を絞められた猫みたいなシャウトだの、チャントめいたヴォーカルがプロセスされて大気に拡散していく様は不気味にも面白いし、髪を振り乱してヘッド・バングしまくりのアレクシスも取り憑かれたよう。しかし愛嬌があって盛り上げも上手な娘で、キルズのアリソンも、負けてられないですな。
オーラスの「Rill Rill」では、クラウドが両腕上げてノリながらの大合唱。甘いキスの雨のように降り注ぐメロディと声は多幸感いっぱいだったし、大鉈フックを仕込んだギター・リフとビートのスウィングも、全身に伝わる爆音で聴くと余計気持ちよし。ドゥームでホラーでポップな味は盤で聴くよりはっきり伝わった。生体験して正解でした。

続くカット・コピーもかなりの賑わいだったそうだが(知人談)、Brandon Flowersをチョイス。この人も「こういう場でもないと観ない」タイプのアクトだし、キラーズはともかく、今回の「Flamingo」向けソロ・ツアーは本数も限られている。パーム・スプリングスに近いネヴァダ:ラス・ヴェガス出身の人だけに、張り切りぶりが違うかも?という意味でも楽しみだった。昨年雑誌取材で通訳をやったのだが、無愛想ではないものの、マスコミに対するガードの固い人で、ファン以外は信頼しない!という「頑なさん」なこの人が、生だとどんな感じか、確認しておきたかったというのもある。
アルバムは、彼の生まれ育ったヴェガスという街がひとつのキーワードになっているだけに、木製のドラム台にもトランプのマークが描かれていたり、なかなか可愛い。ご機嫌な様子のブランドン様は、スタンド・カラーのシャツ+ウェイスト・コートのシックな出で立ちで、1976年:ステイション・トゥ・ステイション・ツアーの頃のボウイを、アメリカ的に崩した感じ?女性コーラスも黒のミニ・ドレスとシックで、ブライアン・フェリィ~ロバート・パーマー的なグラマーを標榜しているようだ。
1曲目「Only The Young」からグロッシーなポップ全開で、なんというか、いきなり「わー、金持ちな音だな~」と(苦笑)。バンドの上手い下手の話ではなく、音作りの発想の根本がメジャーというか。批判しているわけではなく、続く「Magdalena」のポジで高揚するメロディなど、彼の中にビルト・インされたアメリカンな前向きさにはぴったりなので、自分の長所をわきまえた人なんでしょうね。コールドプレイのライヴを観る時と、ちょっと近い感覚がある。続く「Betty Davis’s Eyes」のカヴァーも、ベタっちゃベタなんだけど、彼のモードと違和感なくハマっているのは確実で、上手いなあと。

「Crossfire」でばっちり盛り上げたところで、「コーチェラに来る途中で、砂漠で拾ってきたよ!」との冗談交じりで、キラーズのメンバーをステージに迎え入れる。ソロ・ショウなのに、それでいいのか?ズルくないか?とも感じたが、お客は素直に大喜びで、「Read My Mind」、続いて極めつけ!な「Mr.Brightside」の軽快なイントロが高らかに響くや、フィールドは大興奮&シンガロングの火の手が上がった。
オーディエンスが求めるものを、素直に差し出す――そのあっぱれな姿勢は、たとえば去年のコーチェラでのジュリアン・カサブランカスのソロ・ギグとは対極的だった。セカンド・ステージではなく、テントの昼間という意味不明な出演時間帯。にも関わらず、ソロ作をたっぷり聞かせるのではなく、ストロークス曲もサービスでプレイする妥協ぶり。「エンタメ」としてフラットに判断されるフェスの場で、そんな風に迷うのは、潔くないっちゃ潔くないし、下手すりゃ聴き手を疎外することになる。自分としては、ジュリアンのロジックは分かっているつもりだし、そんな「ヘンさ」こそが彼の味とは思っている。が、ブレンダンみたいに割り切らないと、今後どんどん辛くなっていく気がする。

とまあ、最終日のジュリアンが早くも心配になってきたが(我ながら、スーパー老婆心)、ブラック・キーズにも後ろ髪引かれつつ、でもちょっとだけどんなもんか観てみるべ・・・と、Magnetic Manのテントに向かう。しかし、これが若干押していて、例のDJひな壇に3人がズラリと並び、オープニング=ボディにずし~んと響くダブがぐわぐわっと魔の手を伸ばしてきたところまでで振り切り、踊り狂ってる人ごみを抜け出してメインに移動。本日の第一トリ:Kings of Leonに待機である。
キングスのこの晩のライヴに関しては、現在発売中のロッキング・オン(6月号)のコーチェラ・レポで詳しく書いたので、ここではサクッと終わらせる。磐石な演奏ぶりは過去2年ほど揺るぎ無いし、最新作「Come Around~」曲で固めた中盤を除き、4thのヘヴィネスと2ndのロックンロールな砂塵をライヴの支柱に据える構成も同じ。「Closer」「Crawl」のワン・ツー・パンチは何度聴いても背筋ゾクゾクだし、「Taper Jean~」「Velvet Snow」「Pistol」のシームレスな流れは、完成されたと言っていい。そのテンパった空気をほぐす「Mi Amigo」「Back Down South」は、スロー曲にも関わらずお客の反応が良かった。同行知人はフジ以来キングスを観ていないので、その成長ぶり&貫禄に、「マジぶっ飛ばされた、すごいモン観た」と感嘆していた。

Kings Of Leon—Radioactive

スタジアム・ロック・バンドの名に恥じない「The Immortals」、「Notion」も素晴らしかったし、最後は怒涛のシングル・ヒット連打(「On Call」、「Sex On Fire」、「Use Somebody」)でシンガロングに着火~寄り切り気味に盛り上げたところに、驚異的なスタミナと集中力で「Black Thumbnail」を爆発させ、グラン・フィニッシュ。縦長の4面スクリーン(てっぺんに王冠マークってのが、コテコテですな・・・いつも素っ気無いほどシンプルなのに、フェス向けに凝ったセット・デザイン――なのは認めるが、センスださいので、誰か他のデザイナーを採用した方がいいかと思われます)にメンバーの熱演がバーンと映し出され、花火の炎柱がステージ後方に吹き上がり、文字通りの完全燃焼だった。

しかし、あまりに隙がなさすぎる上に、わき目をふらずにキングス道を突き進む様は、ある意味彼らの単独公演を観ているようでもあった。時間的に押していたので、とにかく予定曲の消化が最優先!で、余裕はなかったのかもしれない。しかし、MCもセットの折り返し地点でやっと出てきた程度で、愛想がいいとは言えない(「コーチェラに来るのは2回目だよ」と話しかけたケイレブに対し、近くに立ってたキングス嫌いの兄ちゃんがすかさず「で、これがお前らの最後だ~!」と叫び返していたのが、超おかしかった)。
好きなバンドなので、敢えて苦言を呈する意味で書くと――序盤でヴォーカルが出切っていなかったのを除けばコンディションは万全、完璧かつ真剣な演奏だったとはいえ、逆にヒューマンなタッチには欠けていた、という印象。前作の大ヒット以降、彼らに対するバック・ラッシュはエスカレートしているし、メインストリーム層にリーチすればするほど、逆にマニアックなファンやテイストメイカー~批評家筋からは叩かれる・・・という、人気者ゆえの辛い構図がそろそろ身に沁みてきて、シニシズムに転化しつつあるのだろうか?なんて考えまで浮かんでくる。
これまでもずっとハードボイルドに、アワ・ウェイを進んできた人達だし、急にてのひら返してニコニコちゃんにならなくたっていい(イギリスでは、そのシャイな無愛想さ~おもねらない面が返って愛されている感もある)。が、実質的なヘッドライナーという大役をまかされたからには、フェスという共同体をブーストし、その一部になろうという積極的な意思がもうちょっとあったっていい。彼らの考える「かっこよさ」「クールさ」とは相容れないかもしれないけど、そこで頭を切り替えることができるか否かが、既にアリーナ~スタジアムレベルに成長した彼らにとって、今後課題になっていく点かもしれない。

キングスの撤収に時間がかかったこともあり、スペシャル・ゲスト:The Chemical Brothersの登場は実に30分遅れの番狂わせ。ロビンちゃんはちょっと観たいなあ~と思っていたが、フィールドを突っ切るだけでも時間がかかるし、とにかく、例の足の痛みが限界に達してきた・・・立つのも、座るのもきつい。その上帰路に着く待ち合わせ時間も迫ってきたので、後ずさりしながらオープニングを観るのみに留まったが、深夜を回ってもまだまだお祭りモードなオーディエンスが詰めかけ、もしかしたらキングスの時より集客良かったかも?
闇の中、ズーンと腹に響くビートがフィールドに打ち込まれ、「Time has come to Chemical Brothers…」の深いMCがサラウンドでリピートされるドラマチックな幕開けに、ステージ前方のグロウ・スティック勢も揺れ始める。トム&エドがスキップしながらひな壇に駆け上がる様がモニター・スクリーンにちらっと映し出され、その「やったるで~!」的な活気に、待たされたオーディエンスも大喜び。「Galavanize」から根こそぎのフル・パワーで、さすがベテランの味と技でありました。

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Mariko Sakamoto について

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