Coachella Festival 2011:Day2

数珠つなぎの風船カイトは、お客も参加できて人気の的

おちゃらけなフェス・ダンサー達

ご機嫌だったHere We Go Magic

新たなフォーク・ヒーロー、The Tallest Man On Earth

Bright Eyes

Animal Collective!!!

最高でしたArcade Fire

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あれあれ~と仕事に追われているうちに、前回のポストからは1ヶ月、コーチェラそのものからは2ヶ月という、とんでもない空白になりました・・・トホホ。が、たとえ時間が経っても、せっかく書き始めたのに途中放棄するのはスッキリしないので、ぼちぼちアップしていきます。ライヴのログも、この後ビル・キャラハン(素敵)、スフィアン・スティーヴンス(絶品)、そしてオール・トゥモローズ・パーティーズと溜まっているので、コーチェラ残務処理を済ませ、そちらに移行する意向っす。

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時差ぼけもほとんどなく、朝7時頃に起床。9時近くには、従業員の子供達がプールで泳ぎ始めるくらい暑い。寝る前にマッサージしても足の痛みは一向に去っていないので、2日目は楽なビーサンで行動することに決定。知人も心配してくれ、昨日より約1時間遅いスタートとなった。マリアッチ・エル・ブロンクスはとても観たかったけど、モハーヴィ・テントのトップ・バッター=正午スタートなので諦めた。
12時ちょっと前にホテルを後にし、会場近くのiHopで昼食。ピザやバーガー、タコス、ラップなど肉モノ~血管が詰まりそうなメニューがメイン、中華もスーパー脂っこい(具と麺の比率は1:9)というコーチェラの屋台飯はイマイチだし、その上一食最低8ドルとかなりのお値段になるので、外で何か食べておくのがベストである。暑すぎて食欲があまり湧かないので、夜まで飲み物(レモネード、水、アイスコーヒー、スムージー)と果物だけでも充分もったけども。
ちなみに、この日念願のコーギ・バーベキュー屋台を初体験★ 噂どおり人気ですごい行列だったが、せっかくのチャンスなので、別に空腹ではなかったけどポーク・タコスを注文。衝撃的に美味いとまでは思わなかったし(まあ、プルコギにトライするべきだったんでしょうが)、マヨネーズ・ベースのソースが自動的にかかるので作り直してもらったりしたが、コリアン×メキシカンのアイデアは面白い。

本日の一番手は、アウトドア・シアターでの Here We Go Magic 。ブルックリンを拠点にする彼らは、昨年のセカンド「Pigeons」(昨年のマイ・ベストの1枚です)も素晴らしかったサイケデリックなポップ・バンド。緻密でドリーミィなサウンドと、ミッドセンチュリー家具を思わせる端整な歌のフォルムは、たとえばTune-Yardsあたりと並び、自分的には今いちばん気になるアメリカン・インディの新しい感覚だ。これまたものすごい日差しが照りつける中、メンバーも眩しそう&中心人物:ルーク・テンプルのおでこも、心なしか赤銅色に焼け(焦げ?)ている。
でかいフェスに似合う、スカッとストライクしてワー!と盛り上がるような即効キャッチーな曲はもともと少ないバンドなので、あくまでマイペースなオープニング。聞こえるか聞こえないか・・・くらいに幽かなスネアとギター・リフ、キーボードのコードが螺旋を描きながらじわじわ寄せてくるイントロ――その、穏やかにどこまでも続く青空を思わせる無限大な絡みに身を任せているだけで、うだるような暑さすらスーッとクール・ダウンしていくようだった。アテンション・スパンの短い人には向かないと思うが、自分的には、うーん至福!の音場である。
そのまま「Only Pieces」に流れ込んでいき、オリジナル・ヴァージョンとはテンポを変えたアレンジで、違う趣きに響くのがとても新鮮だった。各音のバランスが正確にジャッジされていて麗しいのはもちろん、リズムのアイデアが実に多彩なのも、このバンドの大きな魅力だと思う。ルーク・テンプルはもともとSSWだった人で、歌メロそのものはよくよく聴けばフォーク・マナーなのだけど、それをストレートに聴かせるのではなく、女性コーラス2名を主軸とする透き通ったハーモニー(基本的にはメンバー全員がコーラスに貢献してますが)やシンセ、どこまでも軽やかなハイ・ライフ調ギターといった異なる質感を重ねることで、ソフトなグラデーションが生まれている。
たおやかなセグウェイからファーストの「Fangela」にメドレーされ、モダンなアヴァン・ポップの美を堪能させてもらったところで、再び間奏でビルド・アップしていき、名曲「Collector」のリズムとメロディの二重追走が鮮やかにキック・オフ。カントリー/トラッド味の楽曲(たぶん新曲)も新鮮だったし、「Hibernation」他ルークとバンドの息もぴったり。メンバーもそれぞれ歌うように演奏していて、その軽やかさと優雅なムーヴメントは、さながら空中に浮かぶバレエ団の舞いを見るようだった。

急いでゴビ・テントに向かい、スウェーデン出身のSSWクリスティアン・マットソンのソロ=The Tallest Man On Earth のラスト15分。女の子ばりに小さくスキニーな人で(もしかしたら自分より背が低い?)、ユニット名はそこに引っ掛けたジョークなのだろう。テント内に足を踏み入れると、昨年リリースされた最新セカンド「The Wild Hunt」から「Love Is All」をプレイしていて、若い頃のディランを思わせる節回しとマイク・ネスミスのメロディ感覚が融合したカントリー・フォーク味がいい。オーディエンス(いたいけな若い男女カップルがメイン)もびっちり詰め掛けていて、アメリカで人気あるんだな~。
そのアルバムの中でも名曲!な「King Of Spain」では合唱が巻き起こり、ややダミ声の魅力的な声が、興に乗って饒舌さを増していく。全身で弾き、歌うストーリーテラーぶりからはナチュラルなコミュニケーター/歌い手の資質が伝わってきたし、ラスト「The Dreamer」のブルージィなギター・プレイとポップなメロディの疾走も心地よし。歌のパワーはしっかりしているので、これがバンド編成だとどうなるのだろう?次に観る機会が楽しみであります。

隣のモハーヴィ・テントにダッシュして、 Foalsの(これまた)ラスト20分・・・というか、中に入れないほどの大集客で、頭越しに見えるモニター・スクリーンを眺めるのが関の山だったんだけど、「Blue Blood」の氷柱のギター・サウンドとコーチェラの暑さ(地元の子すら音をあげていて、水を頭にザブザブかけてました)の対比から生まれるテンションは、フォールズの冷たく白熱する世界観にぴったりだった。
このバンドは、ヴィジュアルだのメンバーの物言いだの、更に言えば「オックスフォード発中流」のタグといった周辺情報から小難しいバンドとの印象を受けるかもしれないけど、ライヴ・アクトとしては昔から一級。その威力を見せ付けたのが続く名曲「Spanish Sahara」で、白光するギターと哀切に満ちた歌声(ほんと、ロバート・スミス似)の醸す情感に、自然に手拍子が生まれる。スロー・バーンな曲だけど、そのぶんエピックな盛り上がりに達した時の見返りは巨大なのだ。バンドもその光景に打たれていたようで、ラスト・スパートのダンス・チューン「Two Steps Twice」もエネルギッシュに炸裂し、ヤニスがダイブをかます灼熱のフィナーレに、オーディエンスもどっと沸いた。その熱演にアンコールの声が広がったのは、テント・ステージでは滅多にない光景でありました。

続いて、メイン・ステージでErykah Badu。昨日のローリン、そして明日のカニエと、ヒップホップ~アーバンR&Bの宴の観すらありますな。とはいえ、昨年のコーチェラで「オルタナ・ロック90年代のノスタルジア(=ペイヴメント、フェイス・ノー・モア、デーモン・アルバーン、トム・ヨーク)」を感じたように、今回のローリン&エリカの登板に、「ブラック・ミュージック90年代再考」のトーンを感じたのは自分だけではないと思う。90年代という切り口で考えれば、他にもブリットポップ再検証(=ブラー再結成、プライマルの「Screamadelica Live」、スウェード復帰、クリエイション栄枯衰勢映画「Upside Down」、パルプ再結成。トップローダーまでライヴやってます:汗)があるし、アメリカからは「Scott Pilgrim Vs. World」というズバリで傑作な映画も生まれた。
もっとも、トレンドは周期性の現象。そのままリサイクルされることもあれば、多少バリエーションをつけて再生されるケースもあるけど、ともかく、しばらく放っておくと、ちょっと前までアウトだったものが再びインになったりする。今はたまたま90年代ノスタルジアの懐古マシンが作動するタイミング・・・ということでしょうか?しかしまあ、リサイクルの間隔はどんどん詰まってきてもいるので、今にリサイクルするネタもなくなるんじゃないか、とも感じますが。Pop will eat itself。

ともあれ、初体験のエリカはかっこよかった。例の天高くそびえる女神調のヘッド・ギア姿か・・・と思いきや、黒のつば広帽から雲霞のごとくあふれ出すアフロのロング・ヘアとチュニック、金のブレスレットで、70年代の雰囲気。フル・バンドを引き連れてのディーヴァという佇まいはローリンに通じるものがあったけど、ローリンのそれが伝統的なソウル・レヴューのモダンなアップデートだったのに対し、彼女とバンドの作り出すサウンドはむしろフュージョン~ジャズ味が濃い。フルート、チャイム、アブストラクトなビート、チャント的なコーラスでじっくり広がっていった1曲目「The Healer」など、「New Amerykah」曲が中心の冒頭は、アリス・コルトレーン~フライング・ロータスばりにコズミックな音世界からアシッド・ジャズ風のブレイク・ダウンまで、豊穣。そのワイドなスコープに、かつてのジョニ・ミッチェルを思い起こしもした。
とはいえ、ディープでエリカな音世界にそのままハマるのではなく、ファースト・アルバム他キャリア初期の楽曲も配したセットにお客も俄然盛り上がり始め、ターンテーブリストがこすり、デジ・ドラムが跳ね、アフリカ・バンバータがちらっとサンプリングされるファンキィ&パーカッシヴな「Kiss Me On My Neck」でフィールドも踊り出したのでした。

夕暮れが迫ってきたものの、まだものすごく暑い・・・ともあれ、ここからはブライト・アイズまでひたすらつまみ食いである。通りすがりに観たCage The Elephantは、さすがライヴの評判が良いだけあって、アウトドア・シアターをノイジー・ポップでやんやと盛り上げている。ヴォーカル君は赤いミニ・ドレス姿で、遠目にはカート・コバーンとエヴァン・ダンドゥのイメージ。ダイヴもがっつりカマしたそうで、暴れん坊の面目躍如ですな。
テント・エリアに入り、Glasser。LAベースのグループだけあって(?)集客はかなりのものだ。半透明のビニールをチュールのように折り重ねたようなドレス+ごついプラットフォーム・シューズ姿で、レプリカントのようにぎこちない踊りを繰り広げつつ歌う中心人物:キャメロンは目を引くが、シンセ&ラップトップ&ミニマルなドラム・キットを司る男衆3人、じっとしていても汗ばむ暑さの中で襟元まで留めたお揃いのカスタム・メイドなつなぎ姿(ディーヴォ?)というのは、かなりかわいそうである。
サウンドの基調は脱構築されたエレクトロで、ベース音の強烈さに上物ビート、プロセスされたヴォーカルといい、実に今っぽい。しかしメインの歌メロと歌唱は古謡や民謡を思わせるもので(ギターを伴ってのアカペラ曲では、コブシを効かせた歌いまわしも登場)、折り重なるシンセの層の醸す神秘的な雰囲気も手伝って、さながらモダンな呪術音楽である・・・まあ、その音楽性からはフィーヴァー・レイ、アーティ&エキセントリックなステージングからはロイシン・マーフィやゴールドフラップが浮かびと、ものすごい新鮮味は感じなかったものの、音楽もパフォーマンスとしてもよく練られている。

これまたLA組と言っていいでしょう、Jenny&Johnnyも大盛況だ。ご存知ライロ・カイリーのフロント・ウーマンにして才媛ジェニー・ルイスと恋人ジョナサン・ライスのおしどりデュオで、ラブラブで実にチャーミングなペアリングだけに、USインディ・キッズにとっても憧れなのでしょうな~。多少セッティングに手間取っていたが、おなじみのホットパンツ姿(そう来なくちゃ!)で登場したジェニー、開口一番「What’s up desert rats?!」と気風よく観客を守り立てる姿はなんとも素敵。この人のフェミニンとトムボーイの自然な調和は、うらやましい限りである。フル・バンドでキック・オフした1曲目「Committed」は、かつてのコステロを思わせるハリのあるポップ・メロディ、男女の掛け合い=カントリー・ロックの甘く健やかなハーモニーが抜群。グラム&エミルーのグルーヴィなノリを現代的に解釈・消化した、元気の出るポップ・ミュージックだと思う。
ムードいっぱいな落陽の中、Broken Social Sceneに向かう。大所帯の彼らだけにメイン・ステージの広い舞台でもまったく遜色ないし、何より、フィールドを駆け巡る「7/4Shoreline」の勇壮なギター・アンサンブルに鼓舞されて、やっと「ピュア・ロック」な気分が盛り上がった。それくらい、今年のコーチェラはロック色が薄かったのだ。最新作発売直後のライヴは、「船頭多くして」の逆効果になっていて正直物足りなくもあったけれど、この日のパフォーマンスは全員のパワーが一丸となってのまさに波動砲、「All To All」の優雅でスペイシーな飛び、「Meet Me In The Basement」のピュアな歓喜と、彼らの良さを十全に堪能させてくれた。脂がのったパフォーマンスとは、まさにこれだろう。
アウトドア・シアターでは多少遅れて The New Pornographers のライヴがスタートしていて、そっちにもしばし足を向ける。しかしまあ、この夜の大トリはアーケード・ファイアで、ちょっとしたカナダ祭り状態ですな。スカッと抜けのいいハーモニー・ポップは相変わらず素敵だし、リズミックなリフや凝ったアレンジなど70年代ロックのもっちゃりした味(トッド・ラングレンとかね)とニーコ・ケイスのハリのある歌声(ジェニー・ルイスのそれに近いのは、どちらもカントリーに多くを負っているから?)とのブレンド具合も素晴らしく、いいバンドである。

しかし最後までニュー・ポルノグラファーズを観ていると続くBright Eyesを前で観れなくなるので、後ろ髪引かれつつ撤退。久々になる最新作「The People’s Key」を最後にコナーは引退(=BE名義という意味で、音楽活動そのものは続けるのでしょうが)をほのめかしているし、コナー&マイク&ネイトの顔ぶれを揃ってまた観れるのは、いつになるか分からない。バンドを両側から挟む形で白い爪状/半ドームのセット(そこに照明が当たったり、また背景に映像が流れたりする)が組まれていき、これは貝殻か・・・あるいはレディ・ガガの卵か?と、アホな感慨が生まれる。
大歓声――前方は、①成人前とおぼしき若い娘グループと②手を握り合うナイーヴそうなインディ・カップルが圧倒的に多く、「キャー!」の悲鳴もかなり混じる――に包まれ、パーカッション2基+キーボード、計6人のコナー一行が登場。1曲目「Jejune Stars」から、派手でエレクトリックにブーストされたロック調サウンドでヒート・アップしていく。グルーヴのあるノリのいい演奏で、すごくリニューアルされている。「People’s Key」は音的には「Digital Ash」に近いと評される作品であり、そこから「Take It Easy(Love Nothing)」に繋げる展開は納得。しかし、オリジナルに較べてアレンジはバンド演奏ならではのパンチの効いたそれに変化していて、それもかなり新鮮だ。

そのまま最新作モードが続くのか・・・と思いきや、ドラム・サウンドの迫力はこれまででも最高値&アーシーなオルガンが風塵を巻き上げる中、マイクのソロも素晴らしかった「Four Winds」、名曲「Bowl Of Oranges」のシングル連打で、オーディエンスも待ってました!と盛り上がる。「~Oranges」でさざなみのように広がったシンガロングは、続く決定打「We Are Nowhere」でほとんどもう、涙&鼻水混じりの大合唱に成長。確実に、ある世代の心象を代弁している人である。
コナーがキーボードに移り、「Shell Games」。ダイナミックにビルド・アップしていくタイプの曲だけにフェスによくハマるし、途中から手マイクに持ち替え、ステージ際まで降りてきて歌いかける熱唱ぶりは続く「Apploximate Sunlight」でも登場。後者はかなりブルージィでマイナー調の曲だけに、昨今のトム・ヨークを思わせる、このアジり気味とすら言えるオーバー・アクションな歌唱&動き(ダンスとは言いかねる・・・)はなかなか見物だった。この人の、言葉に宿った潜在的なパワーを引き出す才能が爆発したのは「Old Soul Song」で、語りかけるようなエモーショナルな歌いっぷりとアテブリも交えての『共闘の歌』は、その穏やかなメロディと相まって、想像上の共和国の国歌のように響いた。
バンドのヘヴィな熱演をバックに、搾り出すような独白で圧倒した「Lover That I Don’t Have To Love」、まさかの「Calendar Hung Itself」(古い曲なので、驚いたと共に最高に嬉しい選曲でもあった)の性急でRAW、しかし寸分の隙もない演奏をバーストさせた後、フィナーレは待ってました!「Road To Joy」。ここ数年セットのラストに持ってくるケースが多いこの曲だが、例の♪ドレミファソラシド・・・のシンプルなリフの積み重ねが準備する高揚感、そこから「I’m wide awake it’s morning」のブレイクをバンド一丸で叩きつける展開は、エピックな一体感を生み出していった――が、セットが短くいささか駆け足で終わった感じだったのは、全体的に進行が遅れ始め、時間調整の犠牲になったから?群青の空には満月が煌々と照っていて、このシチュエーションで「Lua」を聴きたかったな・・・と思うと、ちょっと切なかった。

裏ではキルズ、再結成BADなんかも盛り上げていたようですが、この後メインに登場したMumford&Sons に待機。外様の、しかも新人らしく(?)、舞台装置ゼロの控えめで簡素なステージングの中、ほぼオン・タイムで登場だ。足の痛みが限界で、ステージ脇のビア・ガーデンに避難して座って観ることにしたのだが、デビュー作「Sigh No More」がバカ売れしているだけに集客はかなりのものだし、メンバーに向けられる拍手のあたたかさも半端じゃない。タイム・テーブルを見た時、この出演順序には正直驚いたものだったけど、下手したら、今のブライト・アイズより瞬間風速人気は高いのかもしれない。人の心とは、かくも移ろいやすいものなりき。
空気には日中の蒸し暑さがまだ残っているが、行儀よく横一列に並び、長袖シャツ+ベスト+サスペンダーとクラシックな彼らのルックスは、スタインベックのキャラのようである。しかし、見るからに誠実そうな佇まいを裏切らない演奏の上手さ(ジャズを勉強してた人達なんで、さすがです)とパッションは1曲目「Sigh No More」から歴然としていて、コーチェラ大観衆のプレッシャーを前に、澄んだ、しかし力強いハーモニーを聴かせきった。この鮮やかな第一投で彼らの「勝ち」は確定だったが(多くのメディアも、彼らのパフォーマンスを「ブレイクの瞬間」と賞賛していた)、バンジョーがノリ良くリードするブルーグラス~アイリッシュ民謡調な「Roll Away Your Stone」で観客を踊らせ、「Little Lion Man」では大合唱に持ち込み・・・と、斜面を転がる雪球のように勢いは増す一方。
ややハスキーな歌声が、ライヴでは更に男っぽさを増していたマーカス・マムフォードがドラムの腕前を披露し沸かせる「Lover Of The Light」、ホーン、マンドリン、アコーディオンとミュージシャンシップを見せ付けた「Winter Winds」ときて、とどめは「The Cave」での大団円な盛り上がり。よどみなく滑走していく親しみやすいイントロのヴァースに続き、マーチング・バンドのようにチャージしていく演奏に手拍子と大合唱が野比のごとく広がる。ブレイク前に「Come on Coachella!」のシャウトも飛び出し、ステージからあふれた黄金の照明に照らされ、音楽とオーディエンスがひとつになってジャンプするようなその幸福な光景は、素直に感動的だった。

が、彼らに自分がいまひとつハマりきれない理由も、このライヴでなんとなく分かった。腕の立つ達者なプレイヤー集団であり、愛されるポップ・ソングを書く人達であり、更には、きっと実際にいい人達なのだろうとは思う。だけど、真摯でクリーンすぎて、ゆで卵みたいにつるつるというのか、ヴァニラ・アイスクリームというのか、後にあんまり残らない。曲構成のパターンがほぼどの曲も同じ(=リードが静かに歌い始め>バンジョーやマンドリンが絡んでいき>フル・バンドに発展)というのも、その印象を強めているかも?サビ・コーラスが際立った曲以外は、だんだん、どれも同じに聞こえてくるのだ。
あとまあ、これは完全に偏見と承知しているが、品のいいナイス・ガイなキャラのマーカス・マムフォードが、今の英首相&保守党党首:デイヴィッド・キャメロンになんとなくイメージがだぶるのは(顔は似てないんだけど、やや小太りで苦労知らずな「坊ちゃん」の雰囲気は同じ)、どうにもマイナスだったりする。自分にとって、政治家ほど気分が萎える対象はないのでね。そもそも、バンド名からしてイギリスの古い仕立て屋とか食料品店みたいだし、なんかこう、何もかも無難で安全すぎて、ときめかない・・・もっとも、これは人気者を素直に愛せない、自分のどうにも御しがたい天邪鬼な性格が災いした感慨であり、少数派の遠吠えに過ぎませんのでファンの方は気にしないでくださ~い。

マムフォード好きな連中がごっそり退去し、いよいよトリ前=Animal Collective の登場で再び前方へ匍匐開始。この人達がコーチェラ規模の野外フェス:メイン・ステージでトリのひとつ前って事実自体、アメリカのフェスでしかあり得ない展開だろう。うーん、なんか痛快!新作曲もばっちり聴くぞ!と息巻いていたのだが、彼らの前に登場したアントレがまずもってすごかった。というか、これは毎晩トリのひとつ前のアクトが出演する前に「出没」した趣向だったのだが、初日は、他のステージを回遊していてすっかり見逃していて、この夜が初体験。United Visual Artists社特製のライト・アンド・サウンド・スカルプチャー、すなわち「光と音の彫刻」という名のライト・アートである。
まずは、それまでステージ最前方の両翼に控えていた格子状の足場が、センターに向かってゆっくりとスライドし始め、遂にはステージを隠す形でクローズする。ポンピドー・センターの外観を思わせる足場の出現に、ステージ設営の裏方なバタバタを隠すため?そこまでやるか??と怪訝に思っていたところ、スピーカーから流れ出したエレクトロのパルスに合わせ、グリッドとそこに埋め込まれた(たぶん)発光ダイオードのスクリーンが輝き始めた。ひぇ~っ!音とのシンクロは完璧で、碁盤の目、直線、波状、マルチ・カラーの乱反射・・・と、スムーズかつナチュラルにパターンや色彩を変えていく様は、まるで生命体を眺めるようでもあり、あまりの非現実的な美しさに、しばし立ち尽くしてしまった。周りの客達も、「WTF?!」と唖然としている。
もしかしたら、ライト・アップとかパレードといった娯楽イベントでは既におなじみの趣向なのかもしれない。しかし、フェスで、メイン・ステージそのものが光を発するというのは、筆者にとっては初体験。お金も相当かかったんだろうけど、逆に言えば、こうした最新鋭のステージ演出や思い切ったデザインを実践するには、個別アーティストの公演よりも、フェスのような大規模イベントでやる方が現実的かつ効果的なのかもしれない。「ミュージック&アーツ・フェスティヴァル」が正式名称に冠されているコーチェラの面目躍如な、素晴らしい演出だったと思う。ちなみに、それ以外にも色々と素晴らしく、目を楽しませてくれた今年のコーチェラでのアート・インスタレーションや演出のコラボ・ワークは、こちらのウェブサイトでご確認ください。

んなわけで光のスペクタクルに心を奪われていたが、格子の隙間によくよく目を凝らすと、ステージ上空にアイス・キューブ、あるいは角砂糖を思わせる巨大な立方体が3つぶら下がっているのが見える。サウンドもざわざわした生音とゆるやかに混ざり始め、再び、今度は左右にしずしずと開き始めた格子足場の奥から、ステージがいよいよ全貌を現す。このあまりにドラマチック、かつACのフューチャリスティック&サイケデリックなサウンドにぴったりの流れは、3日間通じても1、2位を争う鳥肌モノの瞬間だった。
その角砂糖は3面のスクリーンから成っていて、ステージ両サイドのスクリーンも含め、映像が流される仕組み。ステージ上のメンバーには一切照明を当てず、シルエットしか見えない状態ながら、右端に立つ、ギターを手にしたディーキンことジョッシュ・ディッブの勇姿(弾きまくりでした)はばっちり確認。セットのほぼ8割が新曲という相変わらずチャレンジングな展開で、1曲目「Changes」から、無数に花開いていくトライバルなビートの突起とぐにゃぐにゃうねる奇妙な音の波の中、ダビーで深いレゲエ・グルーヴがズコーン!ズコーン!と打ち込まれていく。わーお。歌もかすかに聞こえるものの、掛け声とチャントに近く、完全に、この濃い、ちょっとトロピカルでエンドレスで暴れん坊な音のスムージーに溶け込んでいる。
その印象を強めていたのがブラック・ダイスの面々によるオリジナル映像で、カラフルで蛍光でヴィヴィッドな色調のパターンが次々にワイプされ、また現れ・・・と、水の代わりに虹色の塗料をぶっかけられながら、車の中から自動洗車機の仕事を眺めるようである。あるいは、ベック「Midnite Vultures」のアート・ワークがアニメになった感じ?どっちにせよ、脳が軟化しそうにサイケなヴィジュアルの洪水だった。その、どうにもアッパーでマニックでユーモラスですらあるノリは、ここしばらく自分が観てきたACのライヴ・ジャムに欠けていたものであり、更に変態度を増し、吹っ切れたニュー・サウンドと相まって、笑顔が止まらなかった。「Merriweather」の高い評価を考えれば、あの方向を深める方が人気という意味では安全なわけだけど、まったく意に介してない。

「Feels」からの「Did You See The Words」は原曲のアレンジを跡形もなく変えていて(しばらく聴いていてやっと曲が分かった)、よりエレクトリック、かつヴォーカルからアタック感の強いビートまで、コントラストを効かせた素晴らしくダイナミックなサウンドになっている。踊りまくっていたところ、近くに立っていたドイツ人チームが変な奴だと面白がって(?)話しかけてきたのだが、そのうちのひとりがこの曲の後に発した「トム・ヨークも、うかうかしてられないね~」の一言には、思わず深くうなずいてしまった。
ノンストップに繋げていくライヴ・シークエンスはまだ出来上がっていないようだったが(その間は、例のクレイジーな映像がフロウを引っ張る)、再び始まったレゲエ・ビートに乗り、「Long Long Time Ago」。これは彼らにしては意外なほど「普通」なエイヴィの歌物曲で、しばしのブレイクといったところ。続く「Take This Weight」はノアらしいメロディのリリシズムが光る曲で、水を跳ね返すようなビートが深くエコーする幻想的な美しさに、「Moments In Love」がちょっと浮かぶ。しかし、歌唱の質感は以前よりも力強さを増していて、やはり「Tomboy」以降のそれだ。
そのやや落ち着いた2曲から一転、再び正確無比でラウドなデジタル・ビートがムチのようにうなり始め、「Knock You Down」~「Mercury」。かなり本格的にエレクトロ/テクノな音で、「Merriweather」が水や風のアルバムとすれば、次のアルバムは土(というか鉱物)と火のトーンになるのかもしれない。ダンサブルなビートがスコールのように降りつけ、その背後ではキーボードが踊り狂い、それらすべてが徐々に融解し、サンバ風なビートの塊に昇華していく様は、圧巻だった。

しかし、知っている曲がほとんどプレイされない、おなじみの曲で盛り上がりたいタイプのお客にはちと辛い展開が続いた後だけに、「Brother Sports」のイントロへの反響は半端なくデカかった。リヴァーブばりばりの音にまみれながら、ネコも杓子も踊り始める・・・で、自分も目を閉じてタコのように踊っていたところ、誰かにとんとんと肩を叩かれる。前に立っていたカップルの片割れ(男)が、「これ、使ってごらん!」と、近くにいた他の客から回ってきたという、おもちゃの紙製プリズム眼鏡(正式な名前は知らないんですが、通して月や灯りを見ると、万華鏡/ダイヤみたいな視覚効果が得られる、あれ)を差し出してくれた。彼いわく、「このACギグのビデオ映像は3Dらしいから」とのことで、まことしやかな話ではある(たぶん、噂に過ぎなかったと思いますが)。
ともかく、物は試しとかけてみたところ、わ~~~っ!もともとドラッギーな映像の、そのグルグル効果が更に倍増!実際に3Dだった、かどうかは判然としなかったし、3Dなら、赤青のレンズのはずである。が、ジェリービーンズのネオンをぶちまけたごとき映像が屈折効果で増殖し、リズミカルに動いていく様はかなりハイパー。例のドイツ人グループにも貸したところ、「ワオ!これすげえ!」と大喜びしていて、周辺一帯のオーディエンスも我も我もと眼鏡に群がってきて、かなり楽しかった。夜にしか使えない手とはいえ、フェスで退屈してる時なんかに、こういうプリズムおもちゃがあると時間つぶしになるかもしれない。今度、子供のおもちゃ屋で探してみようっと。

ライヴはビッグに踊れるビートがご機嫌だった「Frights」を経て、ビープっぽい音がなんともコミカルな表情の「We Tiger」のポジティヴ&サニーなトーンから、徐々にインダストリアル調のドリル・ビート+フリースタイルの早口奇声でまくしたてるジャムに推移(こういうSF的な気持ち悪さがないと、ACのライヴではない)、メドレーでオーラス「Summertime Clothes」へと繋げていったが、ビートのパターンもヴォーカルのキーすら変えていて、これが異様にかっこよし。スクリーンにバーン!と「IRRESISTIBLE FORCE」の文字が映ったが、まさにおっしゃる通り(号泣)。一時期の、「Fireworks」のジャムに匹敵するグレイトなライヴ・ヴァージョンを構築してくれたと思うし、誰もが聴きたがっていた(であろう)「My Girls」をきっぱりオミットして、まったく新たな音像とダイナミクス、スリリングなオーディオ・ヴィジュアルの饗宴を提示してみせたこの晩の彼らのイマジネーションとクリエイティヴィティは、自分にとっては文句なしに今コーチェラのベスト・アクトだった。

しかし、個人的な好み、あるいは音楽に対する価値観を取っ払い、「そのフェスでもっとも感動的だった、ビッグでマジカルな共有の瞬間を生んだライヴ」と言う意味での、いわば「表」ベスト・アクトと言えば、やはり大多数の人間の意見とまったく同じで、 Arcade Fireである。すごかった。
闇の中に佇みじっと待つ大観衆の前には、6本の垂れ幕、スクリーン、そして古い映画館の看板を模したパネル(「COMING SOON:ARCADE FIRE」と書いてある)がそびえる。メイン・スクリーンにレトロな白黒映画の映像が流れ出し、いよいよ「The Suburbs」スタート!ステージに元気よく駆け込んでくるメンバー、そして「Month of May」のドライヴ感あふれるイントロの奔流に、割れんばかりの拍手が注がれる。フィールドの心理的なサイズがワイドに広がり、フェスのトリは、やはりこうじゃないとね!と気分が盛り上がる。

詳しいレポートは、ロッキング・オンに書いたのでここでは省かせていただく。個人的なハイライトは、「Intervention」、(もはやモダン・アンセムである)「Power Out」と「Wake Up」。アーケード・ファイアの「音楽で人々をリフト・アップしよう」という強い意志、全身全霊をかけた演奏は確信に裏打ちされたそれに成長していて、巻き込まれずにいられない。ほとんどもう、聖戦のミッションを担った集団のようでもある。
ここでは仮に、そのミッションを「万単位の人間をひとつにする」――フェスという巨大な場に限った話ではなく、彼らが情熱を傾けているハイチ支援(彼らのコンサート・チケット1枚につき、売り上げの1ドル/1ポンド/1ユーロなりが援助基金に寄付されてきた)への呼びかけなど、「ひとりひとりの小さな協力が変化に繋がる」というメッセージも含まれているだろう――としてみる。そして、そんなでかい任務には、どうしたってどこか「薄まる」部分も出てくる。大多数を相手にした時、ある意味曖昧でビッグなジェスチャーを備えた表現こそ効果的、ということは多いと思う。

しかし、彼らは高い音楽性とエモーションの値を最後まで高く維持しきり、汗にまみれ、歌の力でパーソナルなレベルでの繋がりを実現し、あの場にヒューマンで美しい共同体を作り上げてみせた。みごととしか言いようがなかった。グラミーはとったものの、いわゆる大衆が認知する「トップ10シングル」はまだ1枚も出していないバンドだが、だからこそ、アルバムというひとつの旅路を作り上げるのと同じように、ライヴもひとつのトータルな体験になっていく。巨大な風船がオーディエンスの頭上にいくつも降り注ぎ、内臓ライトで仄かなパール光を発するフィナーレの幻想的な光景は、その旅をバンドと共に完走したオーディエンスに対する、素晴らしいプレゼントだった。と同時に、川床に沈み、孵化を待つ魚の卵を思わせるその光景は、アーケード・ファイアから観客に渡された、大きな希望の詰まった、信頼の鍵だったようにも感じた。その鍵を、どう使うかは私たち次第なのだ。

なんて書きつつ、知人はお目当てのスウェード終演と、(これまた見たがっていた)アーケードの開始が若干被ったため、冒頭を見逃してちょっと悲しそう。慰めつつ、かくいう自分も明日はストロークスとPJが少々だぶるのだった。嗚呼!

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Mariko Sakamoto について

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