All Tomorrow’s Parties curated by Animal Collective@Butlins,13-15May/2011

今回未使用のパヴィリオン・ステージ(向かって右手奥が舞台)

今回のマイ・ベスト・アクト、Terry Riley

Meat Puppets

相当なオッドボールだったThe Frogs

Thinking Fellers Local Union282

Kurt Vile&The Violators

カート・ヴァイルを最前で見守るブラッドフォード

ヘッドライナーにしてキュレーター、Animal Collective

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今年のATP5月回は、過去数年の2週末ではなく、1回のみだった。この決定がアナウンスされた時は驚いたが、フェスが増え過ぎて競争が激しくなったのと、そのあおりで差別化が図りにくくなってきた・・・という事情が、やはり大きいらしい。野外・屋内・1日フェス・都市型他、スタイルの違い、規模の大小、ジャンルもろもろを無視すれば、5月から10月にかけて、イギリス各地で100以上の音楽/アート・フェスが開催される。出演アクトも自然と被るだろうし、実際、ラインナップを眺めていて「え、これ、昨年の○△フェス?」なんて調子で、既視感に襲われることもしばしばだ。
ちなみに、この文章を書いてる間に「2011年に英フェスのバブルは弾けたか」という主旨のリポートがGuardianに掲載された。なかなか面白いので、興味のある方はどうぞ。過剰供給はもちろん、不況の影響=フェス族の懐の冷え込みが今年になってがっつり表面化~その一方で、過去数年のフェス景気で跳ね上がった出演者のギャラのため、チケット代の値下げは難しい・・・というあたりはリアルです。

一般的なメインストリームの商業フェスとは異なる価値観を誇り、いまだスポンサーなしで続いてる個性派とはいえ、ハードコアな「ATPそのもののファン(=ラインナップに関わりなく参加する手合い)」の絶対数は、やはり限られている。赤字を回避してのイベントとしての成功という意味では、そのつど「美味しい旬なアクト」を客寄せパンダ(って、言い方は失礼ですが・・・)をエサにし、浮動票客をいかに多く呼び寄せられるかがポイントではないかと思う。しかし、そうしたオーディエンスは浮動だけあって、他にベターなオプションがあればそっちにフイッと移ってしまうもの。
フェスがファッション/ライフスタイル商売の一部と化した昨今、あくまで音楽が主役であり、イギリスにおけるトレンドに添い寝する側面(欲ともいう)の薄い=すなわち追従者であるより、パイオニアであろうとする姿勢を貫くATPのようなフェスは、実は少数派だ。その意味でもATPは自分にとって大事で貴重なフェスなのだけど、今回のシフト・チェンジは、理想とポリシーだけでは時代の変化にもちこたえられなくなってきた、やや切ない彼らの現状を映したものかもなぁ・・・と感じたり。

ATPが先鞭をつけた「ホリデー・リゾートでのお泊りフェス」という珠玉のアイデアが、色んなUKプロモーターにパクられるようになってきたってのも、少なからず影響してる気がする。内容は「60年代懐メロ・バンドの週末」とか「アイドル・バンドとそのファン・クラブ会員の集い」、「レイヴァー・ウィークエンド」・・・だの様々で、一歩間違えればドサ周り、ジャンル的にATPのそれとは被らない。ゆえに、お客の取り合いにはならない。しかし、ホリデー・リゾートの強み=①ファミリー連れで楽しめる観光地②天候に左右されない設備利を企画者に提案し、夏のハイ・シーズン(ホリデー・リゾートの多くは海辺に在するので、書き入れ時は7~8月)の前/後にイベントを組むことで、休耕期にも営業・稼動できる旨みを知って、会場側にも知恵がついたのじゃないだろうか。
イギリスの夏は気まぐれなので、ビーチ・ホリデーにしても、当たり外れが多い。格安エアーの浸透とヨーロッパへの近さで、下手したら国内旅行よりも南欧や地中海、アフリカ沿岸など、海外に飛んだ方が、よっぽど満足のいく日焼けをゲットできたりする。そんなシビアな競争の中、ATPが会場に起用してきたPontin’sあるいはButlinsは、第二次大戦後の英レジャー・ブームを80年代あたりまで引きずったまま現在に至り忘れ去られた、時代遅れでファッショナブルの「ファ」の字もない施設だったと言える。
だからこそ、今から11年前に第1回を刻んだATPは、(恐らく)格安の料金でそのレトロ・チャームにあふれる設備をマイナーなインディ・フェス開催のために借り受けられたのだろうけど、その蘇生アイデアにインスパイアされ、会場側もATP以外のイベント・プロモーターに声をかけるようになり・・・結果、限られたオフ・シーズン(特に5~6月)の週末を貸しきりで確保するための価格競争が激しくなってしまったんじゃないか?と。あくまで推測だけど、もしもこの論に幾分かの真理が含まれていたとしたら、皮肉な話だと思う。それはまあ、先駆者ゆえの生みの痛み&辛さでもありますけどね。

もっとも、今年ニュートラル・ミルク・ホテルの伝説:ジェフ・マンガムを引っ張り出し、快哉を叫ばれているUS版も(会場は変わっても)しぶとく続いているし、I’ll Be Your Mirror第1回は無事日本で杮落とし・・・と、海外進出も同時に進行している。ロンドン版IBYMにしても、ポーティスヘッドをキュレーターに冴えたラインナップが並び、お泊りなしの都市型1日フェスとはいえ、出演アクトの総数は本家ATPの1日分とさして変わらず、クオリティは(意地で)維持している。12月に2回開催というラインもまだキープしているし、ディケイドを経た今、ATPも一種の事業見直し/ファンや時代の変化に即したインフラ改定の時期に向かっているのかな、と。単純な話――ATPの最大の個性であるキュレーター方式にしても、10年もやっていれば、キュレーターそのもののネタが尽きてもくるわけで。個人的にはマイク・ワット、キャルヴィン・ジョンソン、そしてヨ・ラ・テンゴにキュレートしてほしいとよく思うけど(すごくナイスなラインナップになると思う)、イベントとしては地味過ぎなんだろうな~。

それは、先述のGuardianの記事の中でフェスティヴァル・リパブリックのメルヴィン・ベンが語っていた「新たな世代のヘッドライン・アクトを生み出す必要性」と、根底では同じことだと思う。インディ系の小~中規模フェスはともかく、グラストンベリーやレディングといった先人にして大フェスのトリは影響力も当然大きく、他のフェスがラインナップを組む際の模範になってもいく。彼らの大抜擢が踏み台になる形で、若手アクトがフェス・サーキットの「顔」にのし上がるケースも多いわけで、次世代のヘッドライナーを開拓する(作り出す、と言ってもいい)のは、フェス業界存続にとっての課題。いつまでもミューズ、コールドプレイ、キングス・オブ・レオンに頼ってはいられないのです。
その問題の打開案として、近年①大御所(ポール・マッカートニー、ディラン、ブルース・スプリングスティーン)、②再結成アクト(マイ・ブラディ・ヴァレンタイン、ザ・キュアー、ブラー、ペイヴメント、パルプ)、③R&B~ヒップホップ勢(ジェイZ、カニエ、ビヨンセ)が提示されたわけだけど、それもそろそろ頭打ちかと・・・。昔みたいに「今年はこれ」という決定打がロック・シーンにおいて見出しにくいこの多様&テイスト細分化の現在、フェス側も細かく賢いブッキングを敷くことで、各所に散らばったファンを丁寧に拾い集めるのはポイントでもあるのだろう。面倒くさいでしょうけどね。
これはあくまで推測の話だけど、今のこの時点で、世界中のフェス・プロモーターがブッキングしたい「神通力のあるアクト」は、レディ・ガガとアデルじゃないかと思う。どっちも、古典的なフェス族(=ロックやインディ・ファン)からはやや遠い。けど、フェス初体験者や若いチャート音楽好き=グレー・ゾーンの浮動ファンまで新たに呼び込める普遍力という意味では、まだ1、2枚目の同世代ロック・バンドよりも遥か~~に強力だろう。しかし、ガガちゃんは露出が多過ぎて既に飽きられ気味な感すらあるし、アデルは・・・なんといってもライヴこなした実績が少ない人だし、そもそも「フェス向き」な音楽性とは言いがたいですよね。それに、彼女達みたいに個人ブランド化したアーティストは、フェスよりもむしろ単独公演の方ががっつり稼げるのではないか?とも思う。

にしても、こうして「フェス」という題目ひとつとっても、文化の成長パターンの類型が見えるのは面白い。①誰かがアイデアを生み、人気を呼ぶ②それが多くの人間に模倣される③結果、そのアイデアを中心に産業が形成され、ピークを迎えると共に水増しプロダクトが氾濫~「量」はともかく「質」は低下④爛熟期を経て淘汰に推移⑤停滞⑥停滞の反動&反省から、再び新たなアイデアが生まれる――おおさっぱに書くとこんなところでしょうが、これって昨今のポップ・カルチャー全般に当てはまるサイクルでもある。な~んて素人の考察はともかく、少なくともイギリスでは、膨れ上がったフェス産業の荷重をスリム・ダウンし、再編成するタイミングが訪れたのかもしれない。

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長々と枕を書きましたが、それはぶっちゃけ、以下のATPレポが我ながらあまりにお粗末だから。参加前の意欲は満々だったんですけどね・・・現地に行ったら、久しぶりに会う友人と話が盛り上がったり、飲めや語れやの「なごみモード」に突入してしまい、これまでで一番ダラけた&観たアクト数の少ない週末になってしまった。いやはや。んなわけで、今回は一括のライヴ録となります。

初日はライヴ・アクトも10組と、かなり少ないので緩い出だしだ。仕事がある都合上、金曜から参加できない社会人を慮っての、当然の展開である。しかし驚かされたのが、今回はキャパでは最大のステージであるパヴィリオン・ステージがライヴで一度も使用されなかったこと(サウンド・インスタレーションは行われた模様)。ここは建物の構造上、音響が悪くてバンドも苦労させられるし、ムードも良くないので、ソニック・ユース、ポーティスヘッドなど、過去のヘッドライン・アクトも使用を避けてきたくらい。なので納得っちゃ納得なんだけど・・・ゲーセンとファストフード店、ビール屋台に囲まれた未使用の広いステージ空間は、閑散とした雰囲気をカツーンと増長する結果に。それだけではなく、この週末を通じて感じたのが、「お、お客が少ないっす!(ショック)」という点。
公式な参加者数は知らないし、あくまで皮膚感覚の話として読んでほしいのだが、ここ最近でもっとも寒かったマット・グレイニングの回を思い出すほど、密集度が低かった気がする・・・。もしかして、パヴィリオン・ステージを使わなかったのは、音響云々の話だけではなく、メイン・ステージを開放する必要のないくらい集客がやばかったからでは??なんて、うがった疑念まで浮かんでしまった。
5月開催は1回のみ、しかも人気者アニマル・コレクティヴ(の、これは2011年唯一の英出演です)がヘッドラインでこれってのは、かなり怖い話ではないでしょうか。観る側としては、入場規制や人いきれの苦しさを避けられてありがたいとは言え、イベントとしての成功という意味では、やばい感触が残ったわけです。キャパの大きい現在の会場に移って以降、特にここ1、2年は、チケット売り上げ不振で赤字回もあったという噂も聞いた。だったら、オリジナルの会場に戻せば?という意見も出てくるけど、以前バリー・ホーガンに取材した際、設備やインフラ、イベント協力体制も含め、現行のButlin’sがベターと断言していたし、簡単に原点回帰するわけにもいかないのだろう。うーむ・・・

という要らぬ危機感はさておき。この晩はセンター・ステージのBlack Diceからスタート。フォーメイションはここ数年のACと同じく、3人が機材やラップトップとにらめっこする・・・というものだが、ライヴ音はもっとハードでビート重視。「Merriweather」をよりダンスに、エレクトロに特化した感じでしょうか。コーチェラで度肝を抜かされたACセットでのヴィジュアルは彼らの手になるものだったが、この晩の自身のライヴでもトロトロにとろけたサイケでオプチカルな映像が万華鏡のごとくスクリーンに展開。音と光と色のシンクロに、頭と身体がぐんにゃりしました。
REDSステージでDent May。この人はフェス他で何度か見逃していたので「どんなものか」と好奇心いっぱいだったが、80年代風シンセのチープな音色とベーシックな(というか、かなり拙い)ギター・プレイ、カントリー・ロック・メロと朗々たる歌声のマッチングは・・・敢えてエキセントリックでヘタウマを狙ってるように聞こえ、きつかった。むしろミスマッチがポイントなのかもしれないが、ミスマッチを楽しませるだけのポップ・ソングとしての魅力に乏しいので、曖昧な結果になっている。

続いてメインでLee Scratch Perryを・・・と思いきや、入場待ちの長い行列である。10分ほど辛抱強く待つのもバカバカしいので、人ごみが減るまで待つ間にSoldiers of Fortuneに向かう。このユニットは一種のインディ・スーパー・グループで、Oneidaのキッド・ミリオンズ、マット・スウィーニー、マイク・ボーンズ、元Home(懐かしい・・・)のメンバーやAwesome Colour、Endless Boogieの面々も参加。「スーパー」とはいえ、オーソドックスなポップとは無縁~現USインディ界でも冷遇されがちな(笑)暑苦しいロック・バカ共がみっしり顔を揃えているのは、痛快である。
ラインナップは回転ドア式だそうで、Oneidaのオクロポリス同様、フリー・フォールなジャムがポイント。クラウト風のシンプルな反復ビートからブギーに移行していき、3本のギターがシン・リジィばりにユニゾンで吠え、シュレッドしまくる。ほとんどハード・ロックである。キーボードもがんがん煽っているが、このバンドの肝はリズム隊で、誰が何をやってもビクともしないグルーヴを維持。特にドラマーは興に乗って(?)突如「ギャオウゥゥ!」と雄たけびをあげたり、Guru Guruのマニ・ニューマイヤーも真っ青。一向にパワー・ダウンしないエンドレスなジャムは、Comets On Fireの壮絶なサイケ音塊を彷彿させるものでもあった。ナイス。

Lee Scratch Perryの最後をちょっとだけ鑑賞。銀色のヘルメット、時計ネックレス(フレイヴァー・フラヴか?)、ピカピカのラメの衣装・・・と、サン・ラ・アルケストラばりの地球外人によるヘヴィなダブである。続くBig Boiは、「こんな大物がATPに?!」という意外性もあり、ミーハー根性丸出しで見守ったのだが、フル・バンドにダンサー付きのビッグなショウではなく、DJのみ伴っての「簡略」バージョンだった(笑)。やはりギャラが払えないんでしょうな~、フル・セットだと。んなわけでバック・トラックも超シンプル、贅肉をそぎ落としたラフなショウはオールド・スクールで、オーディエンスも「Yo!Yo!」と両腕上げての大盛り上がりである。アウトキャストの派手さに慣れていたけど、こういう「基本」のクラブのりなショウもいいものですね。
レーベル・オーナー/A&R/プロデューサー/DJ/リミキサー・・・と、マルチな顔を持つダレン・J・カニンガムことActressのショウは、案の定ラップトップ・パフォーマンス。動きに欠けるので、よっぽど集中していないと、個人的には長くは観れない類いのショウである。しかし、ブルータルな不協和音からキック・オフし、ビートの網目からハウス~レイヴのイケイケなノリをビルド・アップしていく展開はかっこよく、深夜を回って酒も回ったオーディエンスを踊らせていた。
とはいえ、午前1時でやっとこ初日のマイ・ハイライト=ミニマル音楽の巨匠Terry Rileyである。長かった~・・・。舞台にはグランド・ピアノと電子オルガン、そしてクラシック・ギター伴奏者のスツールがあるのみ。白髪の柔和なサンタクロースを思わせるテリー爺(76歳!)に熱い拍手が注がれるが、ピアノの凛とした一音が響いた瞬間、場内は水を打ったように静まり返る。60年代の著名な作品しか聴いたことがなく、お世辞にも「ファン」は自認できないが、リピートされる主題が徐々にトーンやキーを変え、緻密に増殖し、脳内空間を広げていく様は、さながら音楽という理の顕現だ。全身で聴き入ってしまった。メロディやリズムが仏教の念仏/読経を思わせる東洋的なものである点も、一種スピリチュアルな聴体験を加速していたと思う。
スパニッシュ・ギター風の繊細なプレイが見事なギタリスト氏がベースに持ち替え、テリー爺がエレピに向かったところで、リズミカルなイントロ開始。折り重ねられたアナログなキーボード・サウンドがリードするサウンド・スケープは、流れる雲のように形を変え奔放に動いていく。そのリリカルで若々しいプレイにしばし聴き惚れていたが、それが「A Rainbow In Curved Air」の変奏であるのに気づいたのは、10分近く経過してからのことだった。名手による、まさに涅槃の音。シャレー・メイトも皆、彼がこの週末のベスト・アクトであることに同意してくれました。

2日目は、ライヴだけでも17組、プラスDJにイベントに・・・と、ギアが本格的に入る。ATPの常で、明け方までシャレー・メイトと話しこんでいて起きるのはたいてい昼過ぎなのだが、知人のひとりはもりもり早起きし、エクササイズがてら、会場に併設された屋内プールで行われた実験イベント「Wet Sounds」に参加。水上と水中でアブストラクトな音楽ピースを鳴らす・・・という主旨で、潜ったり泳いだりしながら異なる音響効果が楽しめて楽しかったよ!とのこと。
この日の一発目は、The Brothers Unconnected。サブライム・フリーケンシーズ(この後、深夜にDJセットも披露)でおなじみ、元Sun City Girlsのアラン&リチャード・ビショップ兄弟による、SCGトリビュート・パフォーマンスだ。アコギを手にした、サングラスのやさぐれたアメリカ人おっさんふたり(しかもひとりはトラッカー帽)という編成で、どんな音楽が飛び出すのか、見た目だけでは皆目見当がつきませ~ん。しかしプレイは驚くほどソリッドで、キャンプファイア・ソング風のヴォーカル/ギターのハモりなど、実にシャープで即効耳を奪われる。とはいえメロディや歌そのものはオフビートで、ヨーデルから動物っぽいうめきやドスの効いた声までゴタ混ぜでアップダウンし、マザーズ・オブ・インヴェンションがアシッド・フォークをプレイしたらこんな感じか。
セットは即興なのだろう、ふたりで掛け合いのトーク/ランダムでシュールなモノローグを繰り広げる様は浪曲師のようでもあり、小止みなくアコギを掻き鳴らしながらヒートアップしていく音と言葉のフロウは、マシンガンのように聴き手をなぶる。オーディエンスに媚びるところが一切ない無頼ぶりも、かっこいいっす。ラテン風のギターからブルージィな楽曲(ここでのヴォーカルは、もはや牧師の説教に近いド迫力の立て板に水で、口をポカンと開けて見守るしかなかった)、50年代っぽいロカビリー・ノワールのいなせまで、アコギ2本しか使ってないのが信じがたいくらい多彩なプレイの数々は、素晴らしかった。

ブラック・ダイスのEric Copelandソロは、前日のBDセットに引き続き、サウンドと色彩のメルティング・ポット。無数に重ねられ、ジャンブルされた爆音サイケにチャント風にワープした歌唱が浮かんでは消える様は、アニマル・コレクティヴのカオティックで乱反射な美――「Feels」の頃――を凝縮したようでもあり、両ユニットの精神的な繋がりを再認識させられた。時間つぶしのために会場をうろうろしていたら、テリー・ライリー爺がバーガー・キングのテーブルで、コーヒーを前にひとりラップトップをカタコト叩きながら過ごしている姿を目撃。か、かわいい・・・!しかし、たとえバーガー・キングにいても、どこか落ちついた空気が漂っていたなあ。
さて、お次はMeat Puppets。今回は85年の「Up On The Sun」再演である。1曲目「Up On The Sun」は助走気味にさっくり終わったけれど、そこから先はカーク&クリスの一糸乱れぬ息の合った演奏、そしてグレイトなヴォーカル・ハーモニーとで軽快に突っ走ってくれた。その砂粒のように乾ききった軽さに触れていると、風土って音楽に大きく作用するものだなぁ、と。キャレキシコとかもそうだけど、アメリカの他のエリアのバンドとは音が違う。とはいえラストのロング・ジャムはこのバンドの真骨頂で、ギターを叩きまくってのバウンシーなグルーヴの応酬、旋回するエコーのエフェクトが交じり合い、スペクトラルなサイケデリアが現出した。
ミート・パペッツと言えば、やはりグランジの影響で初期作品が高く評価される傾向が強いけど、カントリー/フォーク味を強め、曲によってはレモンヘッズやREMらカレッジ・ロックのノリもあってポップ度充分な「Up On~」もまた、この風変わりで逞しいアメリカン・バンドの一面なのだ。

そのまま同じセンター・ステージで、Ariel Pink’s Haunted Graffiti。この人のライヴは一種のフリーク・ショウであり、当たり外れの大きいワイルド・カード。通常のライヴで抱く前もっての期待やプロフェッショナリズムへの信頼は、すっかり放棄して挑むに限る。バンドの調子は冒頭2曲は明らかにダレていて(笑)、スローなスタートだ。生演奏付きなのに、いまだにカラオケでエイティーズの懐メロ歌ってるようなチープさがあるのは、ある意味すごいとも言えるけどね。看板曲と言える「Round&Round」が中盤に登場、フロアも盛り上がり、火がついた・・・かに見えたが、その勢いを維持しようとする努力の影も見られず、途中でトイレに消えてしまうなど、相変わらずの天然児ぶりである。
ギターがバーストし、「おおっ!」と思わせる場面もあったものの、聴き手を惹きつけるそうした要素の存在がA地点からB地点まで実に長いので、結局はコア・ファンだけが居残って見守る展開になってしまう。これだけ人気が出ても、少なくともライヴは昔と本質を変えていない、そこはいいと思いますが。ラスト「Getting’ High In The Morning」は、T-レックス風のロケンロールをシャウトとヘッドバングのジャムに仕立ててのフィナーレっぽいフィナーレだった。
しかし何より可笑しかったのが、この晩色々と観終えてとっぷり深夜、さてシャレーに戻るか・・・とパヴィリオン・ステージを横切る途中、バンドTシャツを叩き売るアリエル本人に遭遇した時。即興の「Tシャツ売ってるよ~ん」歌を調子っぱずれな大声でがなり踊りつつ、楽器ケースからTシャツを取り出し、マーチ台すらないゲリラ戦法でフリマ人のごとく床の上に次々と並べ、通行人に声をかけている。移動用のガソリン代を捻出したいのか?? ともあれ、何じゃいな~、と騒ぎに立ち止まったのは10人程度で、しかもアリエルが誰かすら判然としてない風だったが(トーク&記念写真を求めたのはひとりだけ)、この人の型破りを強く感じた。

じっくり観やすい席を(知人達のぶんも)確保すべく、Beach Houseはかなり早くから待機。おかげでSpectrumは完全に見逃したが、大盛況&爆音、ディアハンターのブラッドフォードもかぶりつきで観ていて、しかも「Revolution」もプレイした・・・との報告を受け、ブーたれる。彼を最後に観たのはE.A.Rとしてのパフォーマンス=思いっきりミニマルなエレクトロで、正直きつかった。そこで「もういいや」と思ってしまったのが運の尽き。ユニット名が違うから内容も違うであろう点を考えるべきでした。
ともあれ知人も集まってきて、皆でまったりとビーチ・ハウスのメランコリックな夜会に酔う。冒頭はPAがイマイチでギターのヴォリュームが足りなかったが、すぐに挽回。「Walk In The Park」「Norway」と、力強さを増したヴィクトリアのヴォーカル、泣きまくりのギターでキラー・チューンの連打。麗しいスウィングと轟音ブレイクの対比が鮮やかだった「Master of None」は文句なしのハイライトで、ロック的なカタルシスと思い切りミニマルなビート重視のトラックなど、演奏の幅も増している。次の動きがほんと楽しみです。

ギリギリまでビーチ・ハウスを観たところで、The Frogsに向かう。滅多に観れないバンドは、やはり優先である。ミルウォーキー出身のこのバンドは、一般的なインディ・ミュージックのレーダーからも外れたところで活動を続けている、けったいなカルト・ユニットである。マルディ・グラばりの面妖な衣装(かつらにローブ、銀の羽根しょってます)をまとった御仁、レイバンにビートルズ・カット+スーツのモッドのりなメンバーと、同じグループとは思えないバラバラぶりがまず笑える。音楽的にはファグスやホーリー・モーダル・ラウンダーズを思わせるスカスカにすっぽ抜けたポップで、息の合い方がポイント・・・なんだけど、演奏を途中でストップしていきなりメンバー間で言い合いが始まり、しばし中断するなど、お客が前にいるのも気にしない横道ぶりである。知人の何人かは「こんな学芸会見てられんっ!」とすぐ退場するほどで、それも仰るとおり:納得の意見なんだけど、体裁よく盛られたメニューを上げ膳据え膳で聴かせるようなニートにまとまったバンドが多い中、こういうポンチな人達もいいよな、と思った。ちなみに、これでこの日兄弟バンドを3組観たことになる。それも隠しテーマ??

いよいよお待ちかね~~!という感じで、Thinking Fellers Union Local 282。色んな意味で、今ATP最大の目玉アクトだったと思う。いやー、まさか2011年にこのバンドを初体験できるなんてね。ありがとう、アニマル・コレクティヴ。
とはいえバンドは過剰にエモーショナルになるわけでもなく、今やいい感じのおじさん&おばさんになったメンバー5人がわらわらと普通にステージに現れ、ダウナーなギターのさざ波が広がり始める。ベース2本というのは、発見だった。メロディはキュートですらあり、たとえばエレファント6勢を思わせる出だしだ。が、そこから曲はマトリョーシカのごとくくねくねと展開していき、攻撃性を抜いたジーザス・リザード(それって何?と我ながら思いますが)といった雰囲気のタイトにロック・インしたグルーヴを経て、最後はフリー・ジャズ風のワイドなジャムでシメ。と思えば、続く曲ではプログレ的にねじれたメロディの迷宮に誘い、ウラ声ヴォーカルが背後から寄ってくる変態ぶり。こちらの視点でどうとでも変わっていく、多面体の音楽集団である。

しかし、Kurt Vileの出演時間が迫ってきたので、心を鬼にしてREDSステージへ足を運ぶ。最新作も抜群だったので、このタイミングでどうしても観ておきたい人である。カートを筆頭に、メンバー全員70年代の残党?と思わせる堂々たる長髪ぶり(それも、テッド・ニュージェントみたいな超ダサ!)なのは頼もしい。生で観るカートちゃんは、小柄で内気そう&少年チック、草食系に目のない日本ギャルのアイドルになれる要素はばっちり。なんで、ロンドンに戻ってから某雑誌編集さんにレポったのだけど、「いやー、日本でまだカート・ヴァイル親衛隊はいませんって!」とあしらわれてしまった。トホホ。
しかし、ライヴそのものは正直言って物足りなかった。期待が大きすぎたのも良くなかったかな? Jマスキスのソロにも参加しただけあって、カートのオールド・スクールぶりはギター3本の威勢にばっちり現れていた。この人の書く曲の根っこは70年代で、ニール・ヤング、ディラン、ボウイのロマンとか一種の儚さ・侘しさを感じさせるところが大好きなんだけど、ファズりまくりのノイジーなエレキが、そのドリーミィなメロディを壊している感じなのだ。リヴァーブてんこ盛りのサーフ・ロックには食傷気味でもあり、一風違うサウンドは新鮮でもあるけど、彼のジャーニー・マンな世界観に、このグランジーな音はいまいちフィットしない気がした。
ハマる時もたまにあったものの、全体的に音がグチャッと潰れてしまい、「歌」のニュアンスが味わえなかったのは残念。アンコールではラスト2曲をアコギのソロで披露してくれ、それは真価発揮!というところで抜群に良かったので、まだバンドとしてこなれていないのかな~?との思いも。そういや、会場に入ろうとした時に、ギター・ケースを抱えたカートがものすごい早足&マジな表情でダーッと脇を歩き去ったので(開演の直前)、ぶっつけ本番のライヴだったのかも? それを思えば、サウンド面で文句を言うのはフェアじゃないかもしれない。けども、終演後に外で一服していた時にちょっと話したイギリス人男客ふたりも「楽しみだったけど、音がひどかった」「期待はずれ」とこぼしていたので、盤とライヴのギャップ問題は、自分ひとりの感慨ではなさそう。この会場では過去に素晴らしいライヴをたくさん観てきたので、会場の音響設備の問題ではないだろう。
ちなみに、このライヴ中もうひとつ気になったのが、ディアハンターのブラッドフォード。フォト・ピットにどっかと腰を据え、たったひとり、熱心に見守っていた。彼は、ATPではいつも色んなギグをチェックしていて(あの風体なので、会場内を歩いているとすぐスポットできる)、下手したらオーディエンス以上に音楽フリーク? そんな面がいまだにあるから、彼のことはどうしたって好きにならずにいられない。

この晩のマイ締めは、キュレーター:Animal Collective。スノッブな言い分かもしれないが、4月コーチェラでのめくるめく大スペクタクルを、100分の1以下の規模のATPステージで再現するのはどだい無理な話。なので、ぶっちゃけ気持ち的には様子見である。4人編成のライヴ・バンド的なアプローチとキネティックでサイキックなヴィジュアルは変わらず、ギターを弾きまくるディーキン、タイコをサイコティックにばしばし叩くノアと、よりフィジカルでファンキィ、カオティックな音になっている。エイヴィも完全に「入ってる」雰囲気で、熱演である。とはいえ旧曲のリアレンジ、発表前の新曲も多く含まれる挑戦的なセットだけに、オーディエンスも身構えて観ている感じ。そのぶんロング・ジャムが「Brother Sports」や「Daily Routine」といったおなじみの楽曲にスライドしていくたび、場内の空気が盛大にアップしたのでした。

前日結構がんばって遅くまで観ていたので、日曜のスタートはめちゃ遅かった。ミニ・シアターでは「ODDSAC」上映もあったけど、朝10時から上映開始は、ちょっと無理っす。ともあれ、賞品目当てで(我ながらせせこましいですけど)午後2時からのポップ・クイズにはばっちり参加。今回のナイスな4人ATPシャレーは、前回のポップ・クイズ:悲願の1位を達成した結果でもあるので、それで味を占めた、と言ってくれてもいい。ちなみに、このAC回はクイズでプライズをゲットする前に既に自腹でチケットを買ってたので、知人がそのチケットを買い取ってくれてラッキーでした。
おかげでDeradoorianを見逃したのは切なかったが(あーん、エンジェル~)、いざクイズが始まると競争心がムクムク頭をもたげてきて、「勝ち」にいっさんに向かってしまうところは、我ながら負けん気が強い・・・。時事トピック、イントロ・クイズ、楽曲当て他スタイルは様々だが、今回の基本テーマは①出演バンドに関する話題②「アニマル」・コレクティヴにちなみ、動物の名前が含まれるバンド/楽曲名。しかし、今回は惜しくも2位。唯一の目当てはトップ賞品=次回ATPのシャレーなので、ジョイ・ディヴィジョンやスミスのコレクター・ベスト盤、リトグラフ、各種リマスターCD、イーグルスのコーヒー・テーブル音楽本とか色々ともらったけども、大半は他のチームにあげてしまった。

クイズ終了時間が押したので、結局The Entrance Bandも観逃し、Oneothrix Point Neverことダン・ロパティンのセットまで、いっちょ時間つぶしに・・・と、クイズ・チームの面々と今度はボウリングに向かう。あるんですよ、会場内ゲーセンの奥にレーンが。それとまあ、今回初同行した知人は「The Big Lebowski」の大ファンで、一時期アメリカに暮らしていた頃は毎週ボウリング場に通い、マイ・ボールまで持ってるくらい(笑)ボウリングに目がなく、「1ゲームだけでも!」と、我々を引っ張っていく。腕前はからきしだが、頭数を揃えるくらいはできるのでついていくと、案外と人気でレーンが空くまで20分待ち。中はスポーツ・バーみたいな派手な作りで、大スクリーンでフットボール中継を見守るお客も結構多い。
ゲームの仕切りは知人に任せ、ドリンク調達係りとしてバーに向かうと、わー、またテリー・ライリーに遭遇! この日は奥さんと思しき女性とふたり連れで、ビールを飲みながらにこやかに談笑してらっしゃいました。にしても、飲みながらのボウリングというのはどんどん勢いが増すので楽しい。ギャンブルもそうだけど、「もう一勝負」って具合で途中でやめられなくなるんですね~。酔いが回って足元が怪しくても、もともと下手なので気にならないし。しかし、言いだしっぺの知人は飲みすぎて調子を崩したらしく、スコア不調で1ゲームで終わりのはずがリターン・マッチにまで延長。そっちも落としてかなり悔しそうだったが、「マイ・ボールじゃないとダメだ」と捨て台詞を吐いていて笑えた。

おかげでOneothrixもZombyもスルーしてしまい、楽しみだったTony Conradがキャンセルになったのでなんとなくノリが消え、しかも飲みすぎて猛烈に眠くなったので(バカです)宿舎に撤退することに・・・。Atlas SoundもGang Gang Danceもあったのだけど、半分眠った状態で観ても仕方ないしね~。スコットランドから来たシャレー・メイトをブリストル空港まで送るので、翌月曜朝は早起き出発だし、シャレーのテレビで上映されるビデオ・プログラム=ATPTVが充実していたのも、怠慢を増長したかもしれない。

チャンネルはATP選とアニマル・コレクティヴ選の2チャンネルあり、前者は割りとオーソドックスな古今カルト内容(「A Prophet」、「Plastic Bag」、「Scott Pilgrim」、「Kick-Ass」、「Shadows」、「Cocksucker Blues」他)なんだけど、ACプログラムはそれだけではなく、更に重箱の隅を突くとでもいうか、ホラーやオカルト、SFとエクスプロイテーション映画の珍品を世界中から集めていて、さすがという感じ。日本からは「Lone Wolf And Cub(子連れ狼)」や「Monkey(西遊記)」がピックされていたし(ミニ・シアターでは中川信夫の「地獄」も上映!)、「Hourglass Sanitorium」、「Punishment Park」、「Big Trouble In Little China」(ジョン・カーペンターの音楽もナイス)、「Eaten Alive」みたいに隠れたジェムも。ロシア映画といえば大抵タルコフスキーが出てくるものだが、ソビエト時代に制作された海洋SFロマンチック・ミュージカル「Amphibian Man」、そしてフォークロア・ホラーの傑作「Viy」を持ってきたのはあっぱれです。

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Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
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