The Flaming Lips performing The Soft Bulletin@Alexandra Palace,1July/2011

気分がグーンと盛り上がる入り口の光景です

「LIFE」誌記事の展示。右が、LSDにラリってひとり踊るニール・キャサディ

出ました、宇宙泡

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リリースから10周年・・・とジャストには決まりませんでしたが、The Flaming Lipsが1999年にリリースした不朽の名作「The Soft Bulletin」再演コンサート――ATPの名盤再現ギグ・シリーズ「Don’t Look Back」の一環――が、遂にロンドンにやって来ました!というわけで、今回はその模様と、同じ会場で同月末に開催されたロンドン版I’ll Be Your Mirror第1回のお話を。ただし、IBYMには行かなかったので(そんなにライヴばっか行ってたら破産するわい)、参加してきた知人からのまた聴きに過ぎません、悪しからず。

イギリスでも昔から人気が高く、現行のスペクタキュラーなライヴがフェス族に愛され、引っ張りだこ度が年々増しているリップス。しかし、今年は「フェス出演のワン・オブ・ゼム」ではなく、自らを冠アクトにした3公演を夏のイギリスに展開するに留まった。真っ先に決定したのはこの「ソフト・ブレティン」ショウだったが(チケットの売り出し開始は去年の暮れ)、その前にエコロジー研究や教育目的のバイオ・ドーム:エデン・プロジェクトの夏ギグ・シリーズ、そして天文台を舞台にしての「Dark Side Of The Moon(狂気)」カヴァー再演が行われた。シチュエーションも含めこの生「狂気」は観たかったけど、場所が遠い上にチケットもすぐ売り切れたので、諦めました。

会場のアレクサンドラ・パレスに行くのは、かなり久しぶり。2006年のホワイト・ストライプス公演が、確か自分にとっては最後だったと思う。BBCの電波塔があったことでも知られる、ロンドン北部の小高い丘の上にあるヴィクトリア朝の巨大な建物で、コンサートだけではなくアンティーク・フェア、冬にはアイス・スケート他、様々な催し物が行われる、多目的施設であります。
ここにあまり足が伸びないのは、最寄に地下鉄駅がないため電車かバスを乗り継がないとアクセスできない不便さ、そして音響の悪さがある。もともとライヴ向けに建てられた施設ではないので仕方ないけど、石と鉄筋の構造な上に、広いメイン・ホールは音の反響をコントロールするのが難しい。とはいえ、1967年にピンク・フロイドやグレイトフル・デッドが出演したヒッピーの宴「The 14 Hour Technicolour Dream」他、この会場の歴史とステイタスの高さに惹かれてか、今もたまに大きなロック・ギグがブッキングされる。

また、この会場は近隣エリアに生まれ育ったATPの主催者:バリー・ホーガンにとっても、地元コミュニティの誇るランド・マークであり、愛着の対象という。リップスのこのショウ、そして第一回IBYMの記念すべき会場にここが選ばれたのは、彼のそうしたパーソナルな思いも反映されているのだろう。
ちなみに、ATPは7月の一連のイベントに先駆け、アレクサンドラ・パレス向けのチャリティ・パーティーを行った。自分も行ったけど、お金を払って募金クジを買い、パーティーの続く間にクジが引かれ、様々な商品(CD、Tシャツ、ATPコンサートのチケット他)が当たる仕組み。確か20ポンド分クジを買ったけど、充分元は取れました、ありがとうATP。この収益、そしてリップスのライヴ時にも募られた募金は、アレクサンドラ・パレスの中にあるヴィクトリアン・シアター(1875年築!)の改修・復興を目標とする市民団体に寄付されたそうです。

ちなみに、アレクサンドラ・パレスのかつての姿をチェックしてみたいという奇特な方には、ルチオ・フルチの「ギャロ・ミーツ・ヒッピー・ロンドン」な快(怪)作「Lizard In A Woman’s Skin」(1971)をお薦め。話の本筋とはまったく関係ないんだけど(メインの舞台はチェルシーなのに、景観重視で舞台がロンドンのあっちこっち飛躍するのは笑える・・・そこはまあ、基本的に筋は紙っぺらのように薄いギャロだから大目に見ましょう)、ラスト近くの追跡シーンのロケ場所でアレクサンドラ・パレスの内観・外観が使われている。パイプ・オルガンが突如鳴る場面の大袈裟さとか、いいですね~。

で、その追跡シーンを探したんですけども、YouTubeの成果は芳しくなかったので上記映像で我慢。恐らくこの映画は、前半の夢想シークエンスに含まれるレズ・シーンが一番話題&人気なのでしょうな。みんな助平だね~。でも、この映画の女優はどっちも大味に「外人女」なタイプで、顔も身体も、自分はグッとこない。キュートなコケットリーと陰りのある、ソリダット・ミランダの「Vampyros Lesbos」の方がやっぱいいっす。
ギャロはもともと好きだけど(マリオ・バーヴァとアルジェントには目がない)、この作品はカルトな付加価値もなにげに高いめっけもの。モリコーネのサントラもかっこいいし、名優スタンリー・ベイカーが刑事役ってのも最高! 当時の新風俗だったスウィンギン・ロンドンやヒッピー・カルチャーのアングラでカウンターな雰囲気を、解釈し取り込もうとして間違い、しかし期せずして当時の記録映像になってる感じもいいんだよね。「Blow Up」にも、若干そういうノリがあると思う。

いくらリップスが人気でも、彼らのロンドンでの平均キャパは3000強。5000くらいは入るアレクサンドラ・パレスの大ホールを単独で埋めるのはさすがに厳しい・・・というわけで、今回は「Don’t Look Back トリプル・ビル」。ディアフーフの「Milk Man」、ダイナソー・ジュニア「BUG」、に続き「ブレティン」再演という進行です。
時間の制約もあり、ディアフーフは諦めるしかなかった。が、ダイナソーは死守!と丘の頂上を目指したものの、地下鉄事故の影響もあってフィンズベリー・パーク駅からのバスが超混み(大半はこのコンサート客で、帰宅の通勤客にはいい迷惑だっただろう)で、到着した頃には嗚呼、既に開演&場内は7割近く埋まっていて、「Freak Scene」の終わりに近いではないか。ショック・・・会場で落ち合った知人は、ウッド・グリーン駅から出ていたチャーターのシャトル・バス便で楽勝だったと話していたので、次回は絶対シャトルを使うことにします。

しかし、うぅーむ残念ながら、ダイナソーの轟音ギター・サウンドは会場の硬質な空間にぶつかり、かなりつぶれて割れてしまっていた。耳が痛い・・・立ち位置でも違うので色々と移動してみたが、よほど前の正面に陣取らない限り、満足のいくライヴ・サウンドは体験できなさそう。かつ、後ろに立つと残響が気になる。もちろんダイナソーはラウドなバンドなわけだけど、濁った音の大きな塊とピュアなラウドネスとは、別の話だろう。

なわけで、ノリノリのルーを見れたのは嬉しかった&「BUG」ってやっぱいい曲多いよな~と感じたものの、自分としては不完全燃焼なまま終了、リップス登場を待っての休憩タイムとなる。まずは一杯飲むかとメイン会場奥のバーに向かったところ、売ってるのはラガー(それもサン・ミゲル)にいまいちなサイダー、安いカリフォルニア産ワインくらい。ブー!10ポンド近く払ってカクテルを買う気にもならないので、代わりに何か食べるべく、屋台の出ている外に出る。
この日は好天に恵まれたので、丘の上から眺めるロンドンを求め、多くのお客が夕涼みなノリで、飲みつつ外で過ごしていた。屋台はバーガーを始め4台くらい出ていたけれど、フェス・グルメのパイオニアと言えるPie Minister(イギリス式の食事パイ)はやはり定番人気で、30人は並んでいるのでまたも諦め、中に戻る。

メイン・ホール入り口のスペースにはちょっとしたラウンジ・スペース、そしてマッサージ・サービスまで設けられている。しかし一番楽しかったのは、この晩取り上げられた3枚のアルバムについての歴史や解説他を含むミニ展示。中でも、「ソフト・ブレティン」ジャケットに使われている、ニール・キャサディのモノクロ写真が最初に掲載された60年代「LIFE」誌の現物(ケン・キージーとメリー・プランクスターズを追った、LSDについての特集記事)が展示に含まれていたのはナイスだった・・・というか、その現物をヴィンテージ雑誌商が隣で売っていたのには、もっとびっくり。もっとも、1部50ポンドくらいの価格で、すさがに誰も買わなかったようですが。

今夜の主役であるアルバム3作のジャケットの大レプリカの前で記念撮影(有料)、なんてコーナーもあって結構にぎわっているし、マーチャン売り場ではシャーラタンズのティム(この人、リップス大好きなんだよね)を目撃。そんな中、バリー・ホーガンがスタッフと歩き回っているところに出くわしたので挨拶すると、以前取材したのをちゃんと覚えていてくれて、「元気~?」と笑顔で答えてくれた。
ATPにとってもこの会場&イベント・スタイルのコンビネーションは初挑戦であり(これまでの「Don’t Look Back」は、多くがフォーラムで開催)、これまでの印象を、簡単にフィードバックしてみる。「悪いけど、メイン・ホール内のバーがひどいから、アレクサンドラ・パレスの中にある一般向けのパブ(ここは、我々ライヴ客は入れてもらえなかった)をライヴ客に開放しては?」との意見に、「なるほど、考えてみる」と(不快な顔ひとつせず)前向きに応えてくれたのは彼らしかった。この日のショウには、同月末に控える初IBYM――規模は大きく開催時間も長いし、使用会場の数も多いとはいえ――の実地テスト走行みたいな側面もあったと思う。ATP側もまだ手探りなところがあるだろうし、オーディエンスの率直な感想を、彼らはきっと役に立ててくれるだろう。

いよいよリップスの出番です。「Embryonic」ツアーから登場したアーチ型スクリーンが立ち上がり、大人数のクルーがセット・アップにいそしむ、おなじみの光景が展開。チャコール・グレイのシックなスーツ姿に毛皮の襟巻き(?!)のウェインも指示出しのために現れ、「この『ソフト・ブレティン全曲演奏』ショウはまだ数回しかやってないし、自分達にとってもとりわけエモーショナルな作品なので、今夜はスペシャルだ」とのMCにガオーと熱い歓声&拍手が浴びせられる。自分も、恥も外聞もなくガッツ・ポーズ。
ここんとこスピーカー他はオレンジに塗られていたが、今回は白とレインボー・カラーが基調になっていて、ちょっと新鮮だ。たぶん、「狂気」再演との併用セットなのだろう。プロップなしのダイナソーのシンプルなショウの時は見過ごしていたけれど、ステージ演出に凝ったこういうセッティングだと、アレクサンドラ・パレスの大会場が俄然効力を発揮し始める。フロア上方に吊り下げられたミラー・ボールのきらめき、ワイドな空間。ここがバルーン群と紙ふぶきの雨とレイザー光線で埋まるのかと思うと、否応なくワクワクがせりあがってくるわけです。

冒頭15分ほど続くイントロ~バンド登場のシークエンスはここ最近のセットと変わらず。スクリーンに映る「宇宙母」の股の間から赤ちゃんが生まれるように、スティーヴン、クリフ、デリック、マイケル・・・とメンバーが次々に出現、演奏がフリーキーに盛り上がる中、「宇宙泡」に入ってオーディエンスの頭上をひとしきり転がり回ったウェインがステージに戻ったところで「Race For The Prize」があでやかにキック・オフする。ステージ両サイドは着ぐるみ&コスチューム姿のファンの一団で固められている。
光に包まれた裸体女性がハイハットをバシバシ叩きまくる、妙にドラッギーかつアッパーな気分を掻き立てる映像とシンクロしてのプレイは、いつもより力み気味というか、粗くすら響いた。が、そのぶんエモーションやパッションがじかに伝わってくるようで、単なる「ショウの1曲」としてではなく、ここから約50分、アルバムというひとつの旅路に乗り出そうとするエネルギーを感じさせるものがあった。ウェインを船長とするリップス号の、「ソフト・ブレティン」という名の大航海の船出である。

その意味で、我々オーディエンスは乗客であると同時に、時に乗組員でもある。続く「A Spoonful Weighs A Ton」では「僕達が生み出すのは愛のサウンド。みんな、オルガズムを感じる時みたいに思いっきり声を上げて!」の爆笑MCに、しかし観客達は素直に従い、コーラスで大歓声/絶叫を返す。普段だったらテレてやらないようなことでも、ウェインの熱意と興奮、「We can do it!」なヴァイタリティに感染すると、やれてしまう。ブレイクを長く伸ばしたライヴ・アレンジで、曲のスケールがアップしたのもいい。
前半のハイライトは「The Spark That Bled」。スローで歌いやすいため、ほぼ最初から最後まで、お客はシンガロング。特に「I stood up and I said hey yeah…!」」のドラマチックなコーラスは、会場全体が合唱団になり、感動的だ。昔のように血糊は出てこなかったけど、そのぶんバンドの演奏で聴かせてくれたのだった――というのも、この作品リリース時のショウをグラスゴーに観に行った時(今となっては意外だが、マーキュリー・レヴの前座。98年の名作「Deserter’s Song」があり、当時マーキュリー・レヴはキャリアの頂点に立っていた)、ハンド・パペッツや血糊、銅鑼といった「仕掛け」の出現に驚きつつ、同じくらい驚いたのが生演奏の度合いの低さ。
マイケルは座ったままだし、何より、キース・ムーン~ボンゾ系のドラマーとして超一級なプレイヤーであるスティーヴンが、キーボードやギターを端っこで弾いている姿には「も、もったいない・・・」という思いすら浮かんだ。それってもう、ウィルコのライヴに行ったら、ネルス・クラインがベース弾いてたようなもんですからね。
今振り返れば、「ザイリーカ」そして「ソフト・ブレティン」期のリップスはターニング・ポイントを迎えており、バンドの構造や音作りの発想がラディカルに変化していく途上にあったのだ、と理解できる。そもそも、「ソフト・ブレティン」の複雑なスタジオ・サウンドを、ライヴで再現するには限界もあっただろう。ただ、ロナルド在籍時のライヴ――93年のレディング、96年の初来日、共に自分の生涯ベスト・ライヴのひとつ――に脳をショートされた身としては、あの変化は仰天だった。古くからのリップス好きな知人は、「カラオケ・ライヴ」と批判的に評するくらいだったし。
しかし、この晩の演奏、特にこの曲は、「ソフト・ブレティン」から現在に至るまでにリップスが経てきた変遷や経験がばっちり刻印されていた。中間のインスト部でのヘヴィかつノイジーな音の饗宴は、クラシックなプログレ~メタルを思わせる、シンフォニック・ロックの壮大な盛り上がりへと発展。ミラー・ボールとレイザー光線の乱舞の中、大きくあたたかい波のような音に揉まれた。

続く「Slow Motion」は、ウェインいわく「もともとライヴで演奏することを想定していなかった曲」で、これまで1回しか生でプレイしたことがないという。ウェインも緊張&慎重そうだが(この時点で、スーツには大きな汗じみができている)、前曲と打って変わって伴奏はキーボードのみというシンプルさは、デリケート。
心臓の鼓動を思わせる太く深いビートに合わせ、「What Is The Light?」で手拍子が巻き起こる。スクリーンに映写される歌詞は愛の不思議を簡潔な言葉で捉えていて、ここから「Do You Reaize??」への筋道が見えるようだ。アウトロの美しく繊細なパッセージとあいまって、思わず泣いてしまった。オーディエンス人気のひときわ高い「Waitin’ For A Superman」は、スティーヴンの澄んだキーボードのタッチがうるわしい。メロディと歌詞の切ないトーンに共感し、場内の一体感は揺るぎないものになっていく。

メンバー紹介を経ての「Suddenly Everything Has Changed」は、バンドのグルーヴがノりきらず、やや息切れ気味だった。しかし作品後半のラスト・スパート=「The Gash」で再びエネルギーは盛り返し、メガホンで叫ぶウェイン司令官(?)に鼓舞される形で、観客も腕をワイパー状態にブイブイ振りながら大合唱のウェーブが生まれた。嵐を乗り切ったような達成感をフロアもステージも共有していたと思うし、続く「Feeling Yourself Disintegrate」の果てしない穏やかさ――アコギの弾き語りに近く、祈りのように響いた――は、さながら浜辺に打ち寄せられ、心地よい脱力感と共に落陽に包まれるようだった。満面の笑顔でオーディエンスに「ありがとう!」を繰り返すウェイン。その姿に、ふと目が合った隣に立っていた男性から「彼って音楽業界の中でいちばんナイスで謙虚な人だと思わない?」と声をかけられ、にっこり頷きあった。
そのまま終演・・・でも物足りなくはなかったし、心情的に「ソフト・ブレティン」の世界に浸ったまま立ち去るのもありだった。が、アンコール「Do You Realize??」の引力は必殺で、出口に向かいつつあった足が180度回転させられる。バカのひとつ覚えと笑われてもいい、何度体験しても、この悲しみと歓喜が一緒くたの感覚は最高だ。しかもこの晩のパフォーマンスは、ライティングといいコンフェッティの量といいファンの熱狂といい、ちょっとレベルが違いました。

世に出てから10年以上が経過した作品ながら、古さや懐かしさは感じなかった。リップスの現在とリンクしているから、という点も大きいが、ああして通して聴いてもまだ音楽/サウンド面で発見があったし、たとえば歌詞の解釈や意味合いも、自分個人の年輪が深まると共に変化している。演じるバンド側にしても、それはきっと同じじゃないかと思う。
「ソフト・ブレティン」が特別なのは、そんな風に人々の人生の一部になり、共に生きていける音楽の詰まった、数少ないアルバムだからだ。そしてあの晩、あの作品から受け取った種子を心の中で育て続けてきたファン達は、形も色も違うそれぞれの花や樹木を一斉に、せいいっぱい咲かせていた。美しい光景だった。
ちなみに、リップスのライヴ音響はクリアさといいバランス、ニュアンスといい申し分なく、この会場で観た中でもベストの出来。専任エンジニアをがっちり連れて来たに違いないけど、その点もあっぱれでした。ダイナソーのようにキンキンにギター・ロックなサウンドのバンドだと課題が残るが、アコースティックあるいは多層的な音作りのアクトなら、アレクサンドラ・パレスも問題なさそうである。

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最後に、IBYMのプチ・レポ。知人が観に行ったのは2日目の日曜で、キュレーターのポーティスヘッドを大トリに、グラインダーマン、スワンズ、ビーチ・ハウス、カリブー、ゴッドスピードらが出演。大・中・小の3ステージがライヴ・パフォーマンスに充てられ、その他に映画上映、会場外のローズ・ガーデンではDJセットも。このDJのひとりが、なんと蓄音機2台で78回転のSPレコードをプレイするという人で(その名も「DJ78」)、一味変わった趣向が楽しかったとのこと。
ゴッドスピードは中規模のウェスト・ホールで、しかもトップバッター出演(12:30~)。彼らを目指し、多くのファンが午後の早い時間から会場に集まることになった。演奏は素晴らしかったそうです。知人はメイン・ホールにはほぼノー・タッチ、ほとんどの時間をウェスト・ホールとパブ(今回はライヴ客も入れたそうです)で過ごしたのだが、この会場ではエイドリアン・アタリーとウィル・グレゴリーによる新スコア付きの「The Passion of Joan of Arc」(ドライヤー/1928年)上映、ジェフ・バロウのサイド・プロジェクト:ビーク>とドイツ人シンガー:アニカのコラボなど、ポーティスヘッド・ファミリーの活躍が続いた。アニカはトゥインクルちゃんの「Terry」をクラウト・ロック風にカヴァーするなど、アヴァンギャルドなポップ・センスはにくいですね。
この日の目玉のひとつだったのが、アラン・ムーアとステファン・オマリーのコラボ・パフォーマンス!両者が初共演したのは昨年のことで、絵画作品他のヴィジュアル+テキストの朗読+即興サウンドというスタイル、これが3回目のコラボになる(ロンドンでは初)。今回ヴィジュアルに使われたのはアメリカの誇る文化錬金術師にして考古学者:ハリー・スミスのモノクロ・コラージュ映画で、その顔合わせを想像しただけで頭がくらくらしてくるが、実際相当にぶっ飛んだパフォーマンスだったとか。うーん、観たかった・・・
早い時間から会場入りしたこともあり、結局知人はスワンズを半分ほど観て帰った。えっ、グラインダーマンは?ポーティスヘッドは~~?と他人事ながらもったいなく感じたが、イベントとして改善の余地はまだあるものの(ホール間の移動路が一方通行で、いったん出ると再入場に遠回りさせられる点が不人気)、コンパクトな1日イベントとしては充分エンジョイしたし、チケット代に見合うだけの体験や発見はあったよとの報告。この第1回を糧に、今後ロンドンに定着してくれることを祈りたい。

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Mariko Sakamoto について

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