R.Stevie Moore@The Lexington,11Aug/2011

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R.スティーヴィー・ムーアことRSM。あまり聞きなれない名前かもしれないが、「アメリカン・ホーム・レコーディングの元祖」と看做されているミュージシャンである彼は、1968年から独演スタイルの宅録作品をリリースし続け、400作(!)以上のカセットやCD-Rを発表してきたという。自主リリースがほとんどなだけに(コンピレーションや再発はこれまで何度か行われてきたが)、レコード屋やCDショップで作品を見かける機会はなかなかないかもしれない。
そんな彼の名前を知ったきっかけは、RSMを慕うアリエル・ピンクを掘っていた6、7年前のこと。カルトやアウトサイダー・アーティストはそれなりに知っているつもりだったが、いやはや自分はまだまだ甘いのう!と痛感。探ればいるものですねえ~。ダニエル・ジョンストン、ギャリー・ウィルソン、ジャンデックなど、アメリカってこういうアーティストが一般音楽シーンのレーダーが届かないような場所で脈々と活動を続けていたりするから、ほんと面白い。

そのRSM御大が、今年なんと、齢59にして初のワールド・ツアーを敢行することになった。このヨーロッパ日程には幸いなことにロンドン公演も含まれており、生RSM初体験とあいなったわけです。にしても――59歳でツアー・デビューってのは、下手したらギネス・ブック認定級ではないだろうか?なぜ今になって?とも感じるわけだが、逆に言えば今だから、なのだろう。
彼のように自主制作&自主リリース、すなわちレコード・レーベルや通常のメディア・アウトレット(テレビ、ラジオ他)を通過することなく作品を生んできた人にとって、音源のネット直売はもちろん、試聴システム、ブログ、自作ビデオや写真の発表など、ファンと効率的にコミュニケートできる場が複数存在するデジタル・メディア時代の到来は、またとないアドバンテージ。そこにアンダーグラウンドやカルトの発掘・共有を促すネットの「口コミ」特性を加えれば、RSMという「道なき道」を歩んでいる人が、時たまもっと広く人通りの多い道と交わる機会は、今の方が生まれやすいのだと思う。

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ライヴは、オープニング・アクトにして今回のツアーでRSMのバック・バンドも兼任しているブルックリン拠点のトリオ、Tropical Oozeからスタート。これが良いバンドで、すっとぼけたポップ・チャーム、定則に従わないメロディ・センス、そしてガレージ・コンボとしてのロッキンなノリもちゃんと備えていて、30分足らずのセットながら魅了された。先日のUnknown Mortal Orchestraでも感じたけど、こういうインディ・ロック然としたインディ・バンドもまだちゃんといるんですね。彼らのオリジナル音源は、バンドキャンプでゲットできますのでどうぞ。また、RSMとのコラボ作品はこちらで。RSMの作品もチェックください!

さすがに「宅録の長老」だけあって、客層は老若男女混じっている(目の前に立っていた熟年紳士は、終始写真を撮りまくりフィーヴァーしていた)。注視を浴びつつ、いよいよRSMの登場。トロピカル・ウーズの3人が待ち構える中、ソング・ブックのフォルダを手に登場した御大は、ぼさぼさに伸びた白髪に野球帽、度の強そうな眼鏡が、ヴィヴィアン・スタンシャルとサンタクロースを混ぜたような風体。これまたぼさぼさのあごひげは、ギターを弾くのに邪魔だからだろう、適当にポニーテイルに結わえてある。
それ以上にインパクト大だったのは、ミッキーマウスとスポンジボブのあいのこみたいなキャラがプリントされた柄の衣装。まさかパジャマじゃないよねぇ・・・と訝しさについ見入ってしまったのだが、かなりくたびれているし、しかも上下の柄はちゃんとおそろい。なので、あれはパジャマ(あるいは室内着)だと思う。にしても、大人サイズでああいう柄って買えるのでしょうか、アメリカでは??
ともあれ、期待を裏切らない「アメリカン・エキセントリック」ぶりを目の前にして、イギリス人客はやんやの大喝采。若干アドレナリン上昇気味(?)に見えたものの、RSM本人は観客達を前に臆したり緊張する様子もなく、ゴーイング・マイ・ウェイにエレキを引っかき、歌い始める。悪く形容すれば「バーに行ったら、ケッタイなおっちゃんがフロントのアマチュア・バンドがノリノリでプレイしていた」という感じだが、ソングライティングはとてもシャープ。音源では打ち込みやシンセも顔を出すが、RSMとバックとの息は予想以上にがっちりロック・インしていて、世代のギャップはなんのその。バンド・サウンドのダイナミズムはちゃんと味わえるし、後半ではパンキッシュなジャムも飛び出し、ロックしまくってくれた。

とはいえ、主役はRSMのワンダフルにランダムかつポップなメロディやアレンジのフック、そしてオフ・ビートなユーモア感覚だ。後者に関しては、たとえばシーフード料理のメニューをたどる珍妙な歌詞(「エビ、ホタテ貝、アサリ・・・」)、日常的な矛盾をチクリと刺す発言、「Swag」なんていうまったく似つかわしくない(失礼!)若者言葉をおちょくり半分でぶっきらぼうに吐く姿に、ついフフフッと笑わせられる、シュールな味がある。フランク・ザッパ、キャプテン・ビーフハート、ワイルドマン・フィッシャー、ファグス~今も現役なところではマイケル・ハーリーなど、大人になっても子供の目線を忘れないアメリカのアウトサイダー達が好きな人なら、ピンと来る世界だと思う。
前者のポップネスにしても、ただ非音楽的に無軌道というのではなく、過去のポップ・ミュージックやロックを踏まえつつ、それらが奔放にコラージュされミックスされている。ポップ識者でありながらフリー・スピリットで解体し、実験を加え、自分の頭の中のロジック/ヴィジョン(=たぶん他の人間には理解しにくい)だけに忠実。そこに、『スマイル』期のブライアン・ウィルソン、あるいは『マッカートニー』『RAM』のポール・マッカートニー、ニルソンといったアーティストから続く、「不思議なひとりポップ製造マシン」の伝統を感じずにいられなかった。

中盤にソロの弾き語りを2、3曲間に挟み、モノローグとも説教ともつかない(?)独特な名調子でオーディエンスを「俺ワールド」に引き込んだ後、ラストは再びトロピカル・ウーズの面々を伴って、でこぼこでどこかヘン/けど抜群にチャーミングで愛嬌いっぱいのロッキン・ポップを繰り広げてくれた。RSMが愛される理由とその魅力とをしっかり受け取ったし、一般的な意味合いでのポップ・ミュージック~コマーシャル・ミュージックの常識やルールに折り曲げられることなく、オートノミーを維持して自分の思うままに音楽を作るアーティストのガッツ、そうやって生まれた音楽の楽しさに触れることのできた夜だった。

ちなみに、こちらは会場で販売されていたCD-R『Shrigley Fields』。RSMのファンであるアフォリズム画家:デイヴィッド・シュリグリーがジャケットを手書きしており、内容は、以前リリースされたコンピ『Worried Noodles』の詩を引っ張ってきて、RSMが独自の音楽をつけ、歌ったもの。時にブラックで時にナンセンスなユーモア、一見走り書きのようなカジュアルな軽みは、RSMのアートと相性ばっちり。ナイスな1枚です。

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Mariko Sakamoto について

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