Tusk Festival@The Cluny,Star&Shadow Cinema in Newcastle-Upon-Tyne,7-9Oct/2011

会場その①、The Cluny

Pigeons

Grouper

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アウトドア、屋内、ショウケース、音楽だけではなくアート、フード文化、ローカルなお祭りが絡み・・・等々、昨今色んなスタイルのフェスが立ち上がっている。そんな中、今年ニューキャッスルで第一回を刻んだTUSK Festival(フリートウッド・マックとは関係ないですよ~)に行ってまいりました。結論から書くと、すんごく楽しかった!です。まずは、1日目のレポを。

ほとんどのバンド/アクトがツアー日程を外さない大都市:ロンドンにいるとスポイルされるとはいえ、バーミンガムのSupersonic、スコットランドのLe Weekend、マンチェスターのInternational Festival他、地方でも気になるフェス、面白いフェスは数々開催されている。「実験音楽~フリー・ミュージックのフェス」を掲げたこのタスクは、イベントとしての規模こそ小さいものの、アラン・ビショップ、ビル・オーカット、ハイプ・ウィリアムス、リース・チャタムと、垂涎もののアクトがぎゅっと詰まっている。週末通し券は30ポンドと超良心的で、上記4アクトを観るだけでもばっちりお釣りが来る。
そこに交通費&滞在費は加算されるけど、近くのユース・ホステルをシェアしたのでかなり安く上がったし、電車代も早割利用でリーズナブル。ニューキャッスルは街としても好きなので(人々もあったかいですよ)、ライヴの始まる前に市内中心部でレコ屋や古着屋を探索したり、ナイスなカフェを発掘したり、ちょっとした週末旅行のノリがあったのも良かった。英北東部では最大の街とはいえ、ロンドンに較べると小さい=チェックのポイントは集中しているので、徒歩でも充分こなせるサイズなのです。

フェスの母体は、ニューキャッスルに拠点を置くプロモーター/レーベル=TUSK Music。地元ベースのバンドも組み込みつつ、一般的な商業ベースにこそ乗らないものの、しかし興味深いアクトを内外から集めていて、努力とコネの賜物=コミュニティ精神が伝わるラインナップを見ているだけで、「音楽好きな人達!」と好感が湧いてしまう。
もうひとつボーナス的にナイスだったのは、会場のチョイス(これは、ひとえに地元プロモーターならではの敏感なセンス、すなわち、イベンターの利害云々ではなく、観客の率直なニーズを体感できる目線がモノを言ったと思う)。ニューキャッスルでももっとも好きなヴェニュー:The Clunyと、そこから歩いて5分ほどの距離にあるインディペンデント映画館Star&Shadow Cinemaの2ヶ所が使用されたのだけど、この行き来のスムーズさと両会場のホスピタリティは、ロンドンではなかなか味わえないな~と感じた。

それはもちろん、人口の多すぎなロンドンでは、(ゆえに大規模なイベントも組めるけど)そのぶん何事もストレスフルになる・・・という事情もあるとは思う。ただ、タスクに来ていた観客の熱気は逆にいちいち高かったし、大枚はたいてアングラ・フェスを観に来た連中の中には、スイス人など、NC周辺エリア外の人間も混じっていた。
ぶっちゃけた話、英北部も全般的に過疎が進んでいて、不況のあおりで政府のアート助成金も軒並みカットされた現在、自前のユース・カルチャーはますます育ちにくなっている。しかし、タスクのようなローカル・ベースのイベントががんばってくれれば、若い子達が「ロンドンにわざわざ上京しなくたって、アットホーム&マイペースで自分のアートを追求できるんだ」と感じる助け/励みにはなるんじゃないだろうか。
ロマンチックすぎる考え方かもしれないけど・・・自分がびっくりさせられる才能って、ある意味、マジョリティなカルチャーやモダンな現象の影響が薄い地点から生まれるのかな?と。切り離されたガラパゴス状態がベストとまでは言わないが、大メディア=首都圏主導のトレンドに振り回されることなく、自分のやりたいことをマイペースで追求できるような環境は、独自に発達したセンスから面白い音楽を生み出してきたと思うのだ。もっとも、今のようにネットを通じて世界中の色んな場所・人と繋がることのできる時代、「文化的な隔離」という前提そのものが崩れているのかもしれないけどね。

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初日金曜は、午後6時半からスタート&会場はThe Clunyのみ。中心街からちょっと離れたこのヴェニューは、バイカー・ブリッジという高架陸橋のふもと、川べりに位置している。建物の前方はパブで(快適だしご飯もなかなか美味です)、奥にライヴ・スペースがある仕組み。隣接したザ・クルニー2はミニ・シアターで、土日に雑誌The Wireのスタッフやアラン・ビショップらを招いてインディペンデント音楽の現状に関するディスカッション/レクチャー「State of Independence」他も行われた。

一番手は、地元ニューキャッスルの5人組Foot Hair。「足毛」という退かされる名前からもなんとなく想像がつくだろうが、ナイスに暑苦しいメタル・パンク・バンドだ。楽器担当のメンバー4人は細っこく、見てくれは高校生みたいだが(怪獣のお面を被って出てきたり、可愛い)、彼らがブゴォォォーン、ガヅーン・・・とニヒルで面妖なインストを奏でる中、バイカーみたいな革ベスト姿で、ペットボトルのコーラをがぶ飲みしながら登場したヴォーカルはあごひげ+ハゲ+デブ。レイ・サヴィ・ファヴのティムと、ファックト・アップのダミアンを足して2で割ったと考えてもらえれば、大体当たっている。あやしい変質者が少年集団を率いているようなステージ上の図に思わず爆笑してしまったけど、このヴォーカル氏、実際普段は小学校の教員なんだとか。いいよなあ、「うちのクラスの先生はヘンなノイズ・ロック・バンドで歌ってるんだよ」なんて、子供が親に語るのって。
一気にターン・アップしたサウンドは、しかしイロモノではなく、ストゥージズとブラック・サバスを頂点とする妥協なしのヘヴィなガレージ・ギター。デス声でがなるヴォーカルがステージから降り、盛り上がってる最前列客の中に乱入したり、カオティックなエネルギーにフェス気分に先制で火をつけてもらった感じだった――というのも、基本的に実験音楽や前衛の匂いが強い「アーティなフェス」なので、下手したら腕組みしながら小難しい顔で真剣に見守る・・・みたいなアカデミックな雰囲気に陥る可能性もあったわけで。その意味で、彼らのような野卑なロック・バンドがトップ・バッターで切り裂いてくれたのは、とても正解だったと思います。

続くPigeonsは、女性シンガー/ギタリストをフィーチャーしたブロンクス発のデュオ・ユニット(ライヴではバックアップ・メンバーを含む4人編成)。フォーク、ブルーズ、現代音楽、そしてシャンソンが混じった非常にユニークな音楽性で、意表をつく楽曲のアレンジ、音の重ね方にも引き込まれる。それだけに1曲ごとにトーンが変わり、ピンと来る曲/来ない曲の差が激しかったりもするのだが(自分はミニマルなブルーズ・ベースのロック曲が好みです)、ホープ・サンドヴァルの声からコケットリーを抜いて硬質にしたようなヴォーカル=ウェンズデイ嬢はギター・プレイもマジ秀逸で、目を引くルックス――「キャリー」のシシー・スペイセクに若い頃のトレヴァー・ホーンを足し、60年代東欧ファンタジー映画の一場面に据えてみたらあんな感じ?――も含め、カリスマ性高し! 彼女が根暗な文学系インディ男達のアイドルになる日も近いかもしれない。
お次はVincent Epplay&Samon Takahashi(このタカハシさんは日本人アーティストなんですが、無知で存じませんです、すみません)。向かい合わせのテーブルに機材を並べて生でマニュピレートしていくデュオのスタイルといい、サウンド・スケープといい、昨今のクラスターのようだった・・・んだけど、こういうプレイというのは概して視覚面で動きに欠けるので、自分はあまり長く観ていられなかったりする。それは、彼らに続いてプレイしたリズ・ハリスのソロ=Grouperも同様だった。とても楽しみにしていたのだけど、これまたテーブルの上にずらりと並べたマシン(カセット・テープを音源に使っていてびっくり!)を繰りつつのパフォーマンスで、ライヴというよりも、むしろアート・ギャラリーで聴きたい、非常に繊細で緻密な演奏。その違和感を増幅したのが会場のノリで、縦長で一段低いフロアに平行する形でバーが設置されているため、飲み客や音楽そっちのけでお喋りしている客の声が右上空から漂ってくるのだ(しかし、基本的に都会人の「事なかれ」がクールとされるロンドンとは違い、音楽の邪魔になるお客には他のお客が「シーッ!」と注意を促すのがこのフェスのいいところ)。
セットアップの段階から、神経質そうな――というか、とてもデリケートな音楽を構築する人なので、騒音に邪魔されながらのサウンド・チェックは苦痛だったのだろうけど――リズがイライラしているのは傍目にも感じられたし、演奏も冒頭は集中力に欠けていた。しかし、オーディエンスも静かに落ち着き、徐々にエネルギーがせりあがってきた後半は素晴らしかった。ハロルド・バッドばりにアンビエントでスペイシーな音の海の中、彼女の小さな歌声がさざなみのように寄せては返し、ギターが燐光のリフをちりばめていく様はため息が漏れました。

オーラスは、お待たせBill Orcutt。悪名高い(?)マイアミ発の90年代ハードコア・ノイズ・バンド=Harry Pussyのメンバーとして知られる人・・・だけど、自分は過去2、3年の音源をまとめたコンピ「A New Way To Pay Old Debts」(Editions Mego)で初めて彼にハマった、相当に若造なクチである。この「A New Way~」は、不協和音&無調のブルーズ・ギター・インストを突き詰めたら、なぜかラーガでフリー・ジャズなフォークになってしまいました!みたいな素敵な1枚なので、興味のある方はぜひ。

使い込んだアコギ1本を手にスツールに腰掛けたビル・オーカットは、あごひげといい目線の鋭さといい、うっかり手を出さない方が身のためかも・・・というアメリカンDUDEな雰囲気をむんむん漂わせている。しかし、いったん演奏が始まるとそのめくるめくプレイに釘付け! 音の無調さは、4本しか弦を張っていない、いわばミュータントなギターがキーなのだろう。しかし、そのギターを乳飲み子のように抱え、全身で揺らし掻き鳴らし、ドローンさせ、時に叩くようにリズミックに打ち震わせる独特なスタイルは、プリミティヴであると同時に反復によって奇妙な陶酔感をもたらしていく。
初期の、まだ剣呑で物騒だったブルーズの粗さが聞こえてくると同時に、情のこもった表現に三味線を思い起こしたりもして、広い意味でのフォーク・ミュージックって、生まれた国は違ってもどこかで集団無意識的に繋がってるのかも・・・なんて気がした(と言いつつ、ジャケに使われてるスティーヴィー・レイ・ヴォーンのギター・ピック、あるいはサンタナ&ジョン・マクラフリンの写真サンプリング、オバマとジミヘンのマッシュアップなど、この人の感性はデジタルのひねりも利いていて、「オーセンティックなブルーズを」「古いものほど良い」的な抹香くささや学徒的なノリとは無縁なのだが)。
曲間のMCもほとんどなく、30分近いノンストップの熱独演を終えると、ひとこと「俺のレコードを買うように!」の野太い号令が発せられたのは可笑しかった(その声に素直に従い、「How The Thing Sings」を買いました)。しかし、固唾を呑んで音を吸い込んでいたオーディエンスは夢中の大喝采で、さすがのビル・オーカットも「More!」の掛け声が飛び交う熱気&興奮には気圧されたようで、「You guys are crazy…」と、でもちょっとだけ嬉しそうな笑顔を残して去っていった。

会場のパブは午前1時近くまで開いていたので、友人達と看板になるまでしばし雑談。しかし、ニューキャッスル人はタフというのか、酒場が閉まっても、肌寒い会場の外でえんえんと立ち話をしている。ちなみに、会場のすぐ外ではAlvarius Bことアラン・ビショップがゲリラ的にマーチャンを売っていて(ラジカセでアラブ他の民俗音楽を鳴らしつつ、主に7インチやアナログを販売)、ファン達に囲まれていたのはほほえましかった。
歩いて投宿先のユース・ホステルに戻り、さあ爆睡~!と思っていたのだが、さすがにユース・ホステルだけあって、明け方近くまで同じ階の学生他が飲んで騒いでいて、なかなか安眠できなかった(3泊したうち、酔っ払って部屋を間違った、OR冗談でドアをノックされ、起こされたのは2回・・・)。ベッドもシャワーも、設備そのものは問題ないホステルだったんですけどね。朝起きて階下のカフェにコーヒーを飲みに行ったところ、Hen Nightの大群がむしゃむしゃ朝飯を食べている光景に出くわした。ヘン・ナイト(雌鳥の夜)というのは、結婚前の新婦女性が、「最後に一花」とばかりに(?)女友達だけを集めてお泊りで繰り出し、乱痴気騒ぎするパーティー(この男性版がStag Party)。わざわざこのために作ったお揃いのTシャツ他を着ているのですぐに「それ」と分かるんだけど、飲めや歌えの一晩が過ぎ、かなりお疲れ気味と見受けられました。

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Mariko Sakamoto について

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