週刊琴線12月23日号

去年はアップし損ねた年間の「My Favourite Records」は次回のポストに回すとして、今回は今年最後の雑感をもろもろ。

郵便配達人が来ても、もうクリスマス・カードは混じらなくなってきた。イギリス人は気が早いというのか、12月の第1週くらいからカードを発送し始める。元旦に年賀状の束をチェックする感覚がしみついている日本人からすると「フライングし過ぎ?」と指差し注意したくもなるが、クリスマス期の郵送ラッシュはすごいので、そこに巻き込まれて遅れる・・・という間抜けな展開よりはマシということなのだろう。
カードと言えば、近所にカード&ギフト雑貨のお店が新しくオープンして、今年はそこでクリスマス・カードを買った(と言っても、送る相手は数えるほどしかいませんが)。店構えは小さく商品も厳選されたものしか置かれていないが、バイヤーのセンスはレトロとポップがいい感じに混じっていて悪くない。高価すぎて買うのは到底無理だが、ちょっとだけ扱っているアンティーク家具も60年代の事務机やステンレスのファイル・キャビネットなど、シンプルなフォルムがかなり素敵である。

文房具や雑貨に対する愛情/こだわりという点で、日本人の感覚は世界的に見てもかなり上位に位置するのではないか?と思う。別に自分の趣味がいいと言うつもりはないし、基本的には消費財なので安いありきたりなアイテムでOKなのだが、ノートやペン、メモ帳、封筒といった程度の品物ですら、デザインや使い心地、色調が自分のクライテリアにマッチしないと使えない。その基準も歳月を重ねるごとにゆるゆる変化しているのだが、昨今で言えばノートやメモ帳は基本的にリング・バインド/切り取りのミシン目がついているものが優先。インクが裏写りする薄い紙も、あるいは無骨に厚過ぎるのもNG(罫線の幅も重要ポイントです)。ペン先はフェルト・ティップがベスト・・・とかなんとか、自分以外は誰もまったく気にしない些細なディテールにいちいちつまづいてしまうのは、国産から輸入品まで異様に雑貨類が豊富なモノ天国の日本に生まれ、東急ハンズやロフト、ソニー・プラザetcにスポイルされてきた呪いなのかもしれない。
そもそも、イギリスには「街角の文房具店」みたいな存在が少ない。ClairefontaineやRhodia、Europaあたりを普通に扱ってるレベルの文具チェーン(Paperchase、Rymans)は大きい町や繁華街にしか出店していないので、普段使いとしては①ニュース・エージェント(こっちで言う、まあコンビニ)、②スーパー・マーケット、③WHSmith(基本は雑誌・新聞のキオスク・チェーンだが、書籍、タバコ、菓子、文具なども販売)が主なオプション。いずれも、BICといった定番メーカーの定番品を除くとロクなものは見つからないOR大雑把で粗雑な作りの安物ばかりで、アンテナはピクリとも反応しない。カード類にしても気が遠くなるくらいNaffでファンシーなものが多く、200種くらい並んだ中で1枚「かろうじて及第」に出くわせば御の字である。

んなわけで近頃はノートやペン類は通販のバルク買い傾向なのだが(=使い終わるごとにいちいち新しいのを買うのが好きなのでまとめ買いは基本的に苦手ではあるが、そこは我慢)、だからと言ってイギリス人が文具や雑貨にこだわらないのか?と言えば、もちろんそんなことはないだろう。高級文具や雑貨には興味がないのでまったく知りませんが、「英王室御用達のペン・メーカー」「老舗紙問屋のこだわりの一品」だのは、掘ればいくらでもあるのだと思う。古い国だもんね~。ただ、先にも書いたように、自分にとっての文房具や雑貨はステータス・シンボルでも、あるいは見せびらかすためのファッション・アイテムでもなんでもないので、学生仕様あるいは事務使いの実用性がある安価なマス・プロ商品で、かつ出しゃばり過ぎない個性がちょっとある~ついニコッとしてしまうユーモアがさりげなく漂っている、というのが理想。

こう書いていて、先だって我慢できずに買った「Saul Bass:A Life in Film&Design」が頭に浮かんだ。むちゃ重くてむちゃデカい、いわゆるコーヒー・テーブル本なんだけど、ソール・バスの多岐にわたる仕事をまとめた美しい内容、ページを繰っているだけでもかな~り幸せな気分になれるのは保証します。ソール・バスは映画仕事を通じてその名前を意識したクチだが(ヒッチコックとのコラボがもっとも有名かと)、この本を通じて、商業デザインも素晴らしいのを再確認。それはまあ、マス・プロ商品のパワー=デザインのメディア・パワーと普及力を無意識のうちに吸収して育った世代ならではの感覚なのかもしれないけど、ハイ・ブロウで占有的な何かよりも、普遍的にアピールする/でも何かエッジも備えたポップが自分は好きらしい。アンディ・ウォーホルの子供なのか、要は。

アメリカやドイツ製の安い文房具や北欧系の洗練が基本的に好きなのも、商業デザインの「機能と美の融合」が根底にあるからかもしれない。かと言って、MUJIこと無印良品は「日本的」に気を回し過ぎたミニマリズムがエソスとしてあるだけに、ダイナミズムや遊び心・アホさが欠如していて、使い勝手や素材感はともかく、そんなに好みではない(でも、今年フジ・ロックで取材した際に質問表を書きつけた当方の無印製メモ帳を見とめたジェフ・トゥーディーに「MUJI、俺も好きだよ」と誉められた時は、心の奥底で「ありがとう無印良品~~~!」と叫びました)。要は、高級でシックなハイ・エンドとベタベタごてごてした大衆性の間をいく、ニッチな「ナイスに洗練されたデザイン&リーズナブルな」文房具・雑貨が少ないってことなのかもしれない、イギリス。

故にクリスマス・カードやプレゼント、来年の手帳といったアイテムを買う年末のこの時期は毎年あちこち動き回ることになって面倒なのだが(Libertyは大好きなんだけど、あそこで何もかも買い揃えられるほど裕福ではありません)、徒歩の距離にちょっと気の利いたカード&ギフト店が登場したのは助かった――とはいえ、開店からまだ2、3ヶ月しか経っていないのに、早くもこのお店の先行きを危ぶんでもいる。
自分の暮らすエリアは、若いファミリーがまだ手を出せる地価なだけに徐々に中流ノリの波が押し寄せているとはいえ、基本的にはラフで庶民的な町。北ロンドン、たとえばイズリントンあたりならまだしも、3ポンドも出して手作りプリントのスマートなカードだのを買う人はあまり多くなさそうである。この界隈で最近オープンしたお店で、しかしこじゃれたデリやカフェといった飲食系はしっかり繁盛しているのを考えるに、開店のタイミングも悪かったのだろうな(不況になると、衣食住の優先順位は食>住>衣になるものなので)。志と感性は好きなお店だし、他にこういうショップもないエリアなのでがんばってほしいが、正直あまり賑わってはいない。デンホルム・エリオットにちょい似の店長さんの表情に、心なしか苦悩の陰りがにじむ気もする今日この頃でございます。

ローカル・ネタが長くなったので、以下は思いついたまま、ここ最近で心に残った日常の情景をランダムにピック&サクサク進めます:

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●来英していた友達のリピート・リクエストで、久々にランチしに行ったSt John Wine&Bread。んー、相変わらずどれも美味しかったですぅぅ。自分的なハイライトは、コールラビのサラダ(薄切りカブみたいなコールラビとセリっぽい香味野菜:Chervilをレモン・ドレッシング&ケイパーで和えたさっぱり感がナイス)、ニシン系の小魚(Sprat)の燻製と紫キャベツのピクルス。大好きなデザートのシャーベット(この日は林檎。でもレモンが一番美味)とウォッカもナイスだったし、パンも、もちろん最高。

●「ルパン三世:カリオストロの城」。英語吹き替え版を友達がゲットしたので久々に観たんだけど、ストーリー・演出・作画、そのどれをとっても自分の頭の中に保存されていたイメージ――普遍的なアクション・アニメのひとつの頂点――との認識を壊されることがなくて、思わず感涙。っていうか、ほんとルパン好きなんですよね~。緑スーツ&第1シリーズは、夕方の再放送を何度も観たクチなのです。イギリスってホームズの国だからなのか、アルセーヌ・ルパンは知名度がゼロに等しいのも発見だった。ホームズ、ルパン、少年探偵団を読み漁った人間としては、ちょっと意外。
ともあれ。「お姫様救済」の古典にひねりを加えたストーリー、無声映画やマルクス兄弟のスラップスティックで「動きとスピード」に満ちたギャグ、ホームズ+ルパンな探偵小説味、007に代表される60~70年代のスパイ映画あるいはカー・アクション映画のムード(車や銃のディテールもナイス)といったカリオストロの無国籍ぶりと高いクオリティは、宮崎駿と言えば「My Neighbor Totoro(となりのトトロ)」、「Spirited Away(千と千尋の神隠し)」あたりがもっとも知られているイギリス人達の間でも絶賛だった。
その反応はとても嬉しかったんだけど、アメリカ人声優の吹き替えはルパンと切っても切れない存在である山田康雄の絶妙な軽さ&ユーモアを再現できてなくて(次元や銭形、クラリスはまあまあだった)、そこだけは切なかった。「この声優はクリント・イーストウッドも当たり役」と説明しようと思ったけど、そもそもクリントと山田康雄の声って全然似てないので、かえって話がややこしくなりそうなので諦めた。「コナン」と言いたいところだけど、次はやっぱり「ナウシカ」かな?

●日本語版の名吹き替えと言えば、モンティ・パイソン。YouTubeに多数のスケッチがアップされているのでヒマな時に見返していまだに笑ってるんですが(スペイン異端審問やデニス・ムーアと、登場スケッチをまとめて観れるのは便利)、パイソン後にエリック・アイドルが作ったRutland Weekend Televisionもアップされていて感動。RWTは、いまだ権利関係がややこしいらしく(?)DVD化されていないのです。中でも一番ウケた、「ナンセンス早口(Gibberish)」を。逆回転しゃべりとか、エリック・アイドルって言葉芸の超人だね。

●パイソンズ~RTWを観たくなったのは、RWTでも活躍したニール・イネスがいたボンゾ・ドッグ・バンドのヴィヴィアン・スタンシャルの伝記「Ginger Geezer」を読んでいたせいでもある。ヒットはそれほど多くないボンゾズながら、大衆音楽やジャズ、ロックンロールを混ぜこぜにし、ダダやシュルレアリズム(メンバーはアート学生)をぶち込んだ爆発的なライヴは、当時のイギリスにおいては異色中の異色。そのぶっ飛んだセンスとアナーキーさは、ヒッピー・ジェネレーションを通り越して、むしろパンク~アート・ロック世代と共鳴していたのかもしれない(後にダムドのシングルに客演したことも)。
エリック・クラプトン、ビートルズ、キース・ムーン、スティーヴ・ウィンウッドと言った面々からも愛されたヴィヴィアンの、60~70年代ブリティッシュ・ロック・シーンに残した唯一無二な彩りと影響とがよく分かる本なので、英ロック好きはチェックしていただきたいです。にしても、ヴィヴィアン・スタンシャルが最後まで格闘し続けた、内なる陰と陽=壮絶な自己破壊志向(アルコール&ドラッグ依存)と等身大以上の知性とキャラ(彼のエキセントリックでキャンプな英国味は、現在スティーヴン・フライやジャーヴィス・コッカーに引き継がれております)とは、読んでいて辛くなります。

●RWTと言えば、RWTにゲスト出演したことがあり、パイソンズ「Life of Brian」のプロデューサーでもあったジョージ・ハリスンのバイオ映画「Living in The Material World」も観た。ディラン、ストーンズと音楽映画づいているスコセッシが、いよいよビートルズを取り上げた作品です。ジョージの未亡人オリヴィアが全面的に協力、レアなアーカイヴ映像やプライヴェート・フィルム、ポール、リンゴ他関係者インタヴューも多数盛り込まれているのでビートルズ・ファンは必見だと思う・・・が、3時間30分近い大ヴォリュームのほぼ半分がビートルズ時代のジョージに割かれていたために、ソロ期の描写が駆け足気味だったのには若干不満が残った。お世辞にもビートルズの「マニアックなファン」とは言えない自分ですら、前半のストーリーや逸話は本、映画他、色んな形で何度も触れてきた。それくらい、ファブ・フォーは幾度も語られ、論じられ、描かれてきたとも言える。そうした要素を丁寧に浚い直すことで、ジョージのスターダムや現代的な物質文化の否定~精神世界への傾倒という背景/過程を浮き立たせるのが狙いだったのかもしれないが、個人的にはもっと後半を充実させてほしかったなあ、と。

●スコセッシと言えば、最新作「HUGO」。彼にとって初の子供向け映画なんだけど、大人もばっちり楽しめる抜群な内容だった――というか、子供映画というジャンルを隠れ蓑に、フィルムや本といった現デジタル・カルチャーの氾濫の中で刻々と失われつつある「黄昏」のメディア(ひいては、1930年代のパリに暮らす時計職人の息子というヒューゴのキャラクター設定に象徴される「手作りの工芸/技術」)とその歴史に、スコセッシがバシバシとオマージュを捧げている感じである。
キーになるのは映画史に残るパイオニアのひとり:ジョルジュ・メリエス(「月世界旅行」他)と彼の作り出した自動人形で、主人公の孤児ヒューゴとイザベルのコンビがその謎を探ることで黎明期映画の魅力が浮き彫りにされていく。リュミエール兄弟、ヴァレンチノ、ルイーズ・ブルックス、「国民の創生」、チャップリン、バスター・キートンといった無声映画期アイコンの数々がモンタージュされるシークエンスはスコセッシ本人の「映画という夢とその可能性の発見」を辿り直すよう。また、第一次大戦の勃発で映画を諦めたメリエスが身をもがれる思いで可燃性のプリント(自然発火することもあるくらい、映画初期のフィルムは不安定な素材だった)を焼却するくだりで、「Fantomas」のポスターが壁から剥がれ落ちる・・・etcといったディテールなど、スコセッシの映画愛&情熱――この人はFilm Foundation会長として、古い映画の修復作業にも関わってきた――が伝わってきてウルウル。メリエスのスタジオの前で記念撮影が行われる場面でスコセッシがカメラマンとしてカメオ出演する場面は、映画という「幻影」の中でなら可能な「メリエスと同時代人になれる夢」をスコセッシがかなえたようで、なんともチャーミングだった。
メリエスを演じたベン・キングスレーの役者熱の高さ、クリストファー・リーの加えた素敵な重み、「Borat」でおなじみのサシャ・バロン・コーエンが素顔(でもこの人、基本的に漫画顔)で健闘・・・と大人達も随所でスパイスを利かせていて、近年の子供映画の甘ったるさ&派手なアクションとギャグへの依存&安直なモラルに与することなく、リッチなディテールとニュアンスは見終わっても様々な感慨を引き起こしてくれる。とはいえ、スクリーンでもっとも輝いていたのは主役:ヒューゴを演じたエイサ・バターフィールド君。時に少女かと見まごう中性的な顔立ちとイノセンスと意志が混じった青い目はカメラが自然に追い回す磁力を放っていて、さすが俳優発掘が上手いスコセッシが選んだだけある。そのぶん、当世名子役として引っ張りだこなクロエ・モレッツ(スコセッシは英国人をイザベル役にキャストしようとしていたらしいが、出自を伏せてオーディエションに臨んだとか)はちょっと損したかも? ヒューゴとのコンビネーションは悪くないけど、演技に早くもかすかなハリウッド臭が漂っていて、スコセッシがこの役に求めていたというオードリー・ヘップバーンのピュアネスと洗練のバランスはあまり感じなかったです。
この映画は自分にとって初の3D体験でもあった。眼鏡、かけましたよ~。でまあ、なるほど奥行きのあるショット、花火・雪・スモークといった効果を使った場面はその威力を十全に感じたし、面白く観たけど、ジェームズ・キャメロンのように「3Dこそ映画の未来」=これからの映画体験にエッセンシャルなもの、とまでは思わなかった。というのも、3Dが活きる/映えるシーン設計っていったん目が慣れるとすぐに察しがつくものなので、製作者側の演出やフレーミングの意図が見えてしまいがち。この「HUGO」にしても、編集のテンポにモタつきが多く感じられたのは(筋の展開に子供オーディエンスがついていきやすくするための配慮もあったのかもしれないが)、3D撮影が前提にある以上不可欠な「見せ場」シークエンスが追加されたからじゃないかと思う。
そのロジックは許容できるにしても、たとえば花屋の場面で花達の美しいディテールがボヤけていたり、視覚トリックや面白さの犠牲になるショットもあった。この作品は通常の2D版も同時公開されていて、ゆえに「過渡期」と考えれば、たとえばデジカメ写真の華やかさと深みのなさに慣れない自分のオールド・スクールな感性――CDやMP3よりもアナログ派というロートルですからね、何せ――も邪魔になっているのだとは思う。
ただ、グレッグ・トーランド、スタンリー・コルテス、ハスケル・ウェクスラー、ロバート・バークス、ジャック・カーディフ、スヴェン・ニクヴィスト、ラウル・クタール、ヴィットリオ・ストラーロ、ニコラス・ローグ、ヴィルモス・スィグモンド、ティモ・サルミネン・・・等々、監督の「目」を代弁し「ルック」を規定する存在である撮影カメラマンにひとかたならぬ愛情を感じる身としては、彼らの緻密な光と影のアートが3Dブームの大波にさらわれないことを、つい祈ってしまうわけです。
にしても、予告編で3D版「Star Wars Episode1:The Phantom Menace」を見せられたのには驚いた。この調子だと、いずれかつての大ヒット作が次々に3Dリメイク&再上映されることになるのだろう。お父さんお母さん世代が、子供と一緒に過去を追体験できるってところ? 音楽のリマスターやリパッケージ商売に続き、映画もまた、レトロの永遠輪廻にハマっていくのでしょうか・・・

●クリスマス&元旦は、何もやることがないので「寝て食って飲んでDVD観て」なグータラが基本の自分。TVにに関しては、アッテンボローの「Frozen Planet」、デンマーク産刑事ドラマ「Forbrydelsen」こと「The KillingⅡ」のオンエアが終了したところで、元旦スタートの「Sherlock」第2シーズンまで、ぶっちゃけ持て余しております。
ForbrydelsenⅡ」は、第1シリーズが秀逸だっただけにフォローは大変だったと思うけど、手に汗握る展開とストーリーの面白さは相変わらず秀逸だった。前シリーズが20話だったのに対し、今回は10話完結。ゆえにストーリーのテンポもアクション重視でずいぶん速まって、第1シリーズの難点だった「え~っ、この時点で未知の新キャラが容疑者で浮上?」という反則スレスレなレッド・へリング問題は減ったものの、人間ドラマや各キャラの造形&突っ込みはそのぶん多少薄まったかもしれない(そもそも冷静に考えても、事件発生から10日間で5人殺害/主人公サラ・ルンドは復職→解雇→復職/政局は二転三転と、1日が36時間くらいないとあり得なさそうな展開は多い)。
とはいえ連続殺人事件の捜査を軸に、政治ドラマ、人種問題、戦争の傷跡、家族の絆・・・と何層にも重なったプロットはお見事で、最終回までがっちり見守りました。が、唯一残念だったのは、この英オン・エアに際した前プロモーションで、「ForbrydelsenⅢ」が制作進行中であることが伝えられてしまった点。なんで残念なのか?という説明をここでしてしまうと、第2シーズンの面白さが台無しになるのでコメントは自粛。できれば、ご自分の目で確かめてくださいませ。ネットを浚えばネタはすぐに割れるでしょうが、そこをグッと我慢してでも、このドラマ・シリーズは観る価値あると思います。
Sherlock」は、日本でも放映されたようですが、コナン・ドイルの名作のモダナイズ版。「緋色の研究」をもじった「A Study in Pink」から始まり、現代ロンドンを舞台に、ネットや携帯で武装したホームズ&ワトソン組が大活躍するわけです。古典作品の現代アップデート/翻案というのは、頭で考える以上に案外難しいもの。たとえば、ガイ・リッチーの「Sherlock Holmes」にしても、(好き好き~)ロバート・ダウニー・Jrの「Iron Man」流れな派手味を楽しめたとしても、設定をヴィクトリア朝から現代に移していたら、ガイ・リッチーの根本的な感性のダサさが露呈していたのではないかと思う。
ともあれ、このシリーズは①ホームズ役のベネディクト・カンバーバッチ(最高。彼の鶴のように優雅な姿を眺め、推察力と知性を裏打ちするような声を聴くためだけでも、観る価値は充分)、そして②ワトソン博士にマーティン・フリーマン(ジェイソン・ベイトマンと並ぶ、「脇役もこなせる普通さなのに、ナイスな後味がちゃんと残る」イイ役者。「The Office」以降快進撃で、「The Hobbit」シリーズのビルボ・バギンズで一気に盛り上がるかと)というハマったキャスティングを敷いた時点で勝利。お正月スタートの新シリーズ第1話は「A Scandal in Belgravia」、すなわち「ボヘミアの醜聞」がベースになっている回なので、ホームズを頭脳戦で打ち負かしてみせた女傑:アイリーン・アドラーがどう描かれるのか、楽しみであります。

お~~っと忘れちゃいけない! シェーン・メドウズ新作「This Is England ‘88」もありました・・・が、今回はクリスマス特番という性格もあり、オリジナル放映は12月13日~(3夜連続の3話完結)。C4は観れないので、1月のDVDリリース待ちです。観れた時点でこのブログでレポりたいなとは思ってますが、これまでざっとチェックした英レヴュー(細かくリサーチすると楽しみが減るので、うーん我慢の子)はおおむね高評価なので、ショーン&ザ・ギャングは元気みたいですよ!
ちなみにこのシリーズ、既に次作=「TIE ‘90」企画にもゴー・サインが出ている。シェーン・メドウズ当人のパーソナル&若気の至りな思い出が詰まった、いわば半自伝的とも言われるこのシリーズ、たぶん当時のレイヴ・カルチャーを背景にした作品になるだろうとされているその「’90」が最後じゃないかと思う。それは、確定してはいないみたいなんですけど、もしかしたら・・・シェーン・メドウズがストーン・ローゼズの再結成ドキュメンタリーを撮影するかも、という話があるから。シェーンは当日アシッドを食いすぎてスパイク・アイランド・ギグ(1990年)を見逃したらしく、その慙愧の念にペイバックする/落とし前とつけるためにも、この恐らく1回きり(と思いたい)のリユニオン、そして90年の自分を描くのは、彼にとっては相当でかいだろう。自分にとってもローゼズってそういう存在だったんで、ここでひとつのピリオドを打ちたいという気持ち、なんとなく分かるのです。

なんだかんだで長くなりましたが、年内にギリアンのライヴ話、そして年間お気に入りアルバムはアップするつもりです(ほんと〜?)。と言いつつ、今年のクリスマス商戦でびっくりした広告を最後に‥‥。

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Mariko Sakamoto について

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