Tinker Tailor Soldier Spy他

●Tinker Tailor Soldier Spy
●Tyrannosaur
●The Red Riding Trilogy

結局公開時にスルーしてしまい(ああ、我ながら怠惰…)、DVDでやっと観ました「Tinker Tailor Soldier Spy」。イギリスにおける昨年のこの作品に対する前あおりのハイプは、渋〜い内容にも拘らず、大ヒット「The King’s Speech」のそれを軽く思い出すくらいにすごかった。観る前から「エンタメでありつつハイブロウ&リベラル層に受ける、要するに〝賞レース向け〟の王道な大作」ってイメージが、がっちり固まっちゃったくらいで。
今年のBRITSでのアデルのスピーチじゃないけども、「Flying British flag(=愛国心を示す/英エンタメの威信をしょって立つ)」役を任されたとすら思える大ハイプ――その役どころはイギリス近代史を描く「The Iron Lady」が担ってたのかもしれないが、いかんせん題材が題材、しかも主演がメリル•ストリープ:アメリカ人なので、イギリス人は完全にあの作品を「おらがのもの」とは捉えてない気がする――は、正直なところ自分には邪魔になった。簡単に言えば、あおられて膨れ上がった期待と共に観たところ、「え〜」と拍子抜けした感じ? 
しかし同時にこの映画は、最初はハイプに目を眩まされても、見返すことで新たな発見や味わいが出てくる何かもあるのだ…という事実を思い起こさせてもくれた。映画館ではなくDVDで観た=リピートしやすいってのも大きかったかもしれないけど、1回で判断できる作品もあれば、見返すうちに「ああ!」とゲットできる作品もある(逆に、見返して「これ、実はクズやん」と感じるケースもあるだろう)。それは映画に限らず音楽や本も同じことだろうし、即断•速報ばかりがポイントじゃないのだな〜、と。

さっきチェックしたら本作の日本公開はこれから=4月だそう。なんで、一応!!!!!Spoiler Alert!!!!!発しておきます。喜びを上映時まで完全にとっておきたい方は、以下、読み進めない方がいいかもしれません。

「Tinker」は、ジョン•ル•カレが原作のスパイ小説の古典。「The Spy Who Came in from the Cold(寒い国から帰ってきたスパイ)」と並ぶ、この作家の代表作だろう――などと知った風に抜かしてますが、実は原作はいまだ読んだことがない。たしか早川書房から出ていたと思うんだけど、そういや文庫本を小遣い銭で買うようになった小•中学生の頃から、ハヤカワ文庫にはすんごくお世話になってる。SF、ミステリ、探偵小説、ファンタジー…当時の自分の本用ポケット•マネーの多くは、ハヤカワ、角川、創元推理文庫に落ちていたんじゃ?という気すらする(あ、その前に星新一ブームがあったっけ)。なわけで、ル•カレの名は、文庫本巻末の「当社刊行済み書籍リスト」(情報が少ない時代だっただけに、こういう情報や本屋さんに置いてある文庫目録は目を皿のようにしてキャッチ他を読みふけったものです)で目にしていた。っていうか、「寒い国から帰ってきたスパイ」って、そのタイトル〜翻訳のナイスな語感だけでも興味そそられますよね? 
それでも手にすることがなかった、理由はもはや思い出せない。ガキの限られた小遣いでは買う本は厳選するしかなかった、というのが最大の理由だろう。当時の学校図書館に、こうした類いの本=比較的モダンな海外フィクション(しかも「文学性」では劣るとされがちなスリラー系)が置かれていた覚えもない。もうひとつはメディア•ミックス到来という側面で、小説を売るにしても、映画化(逆にノヴェライゼーションもあるだろうけど)など、マスなタイアップの相互作用が大きくモノをいう時代の影響だったのか?とも。
たとえば我が家になぜか横溝正史の本がたくさんあったのは、「犬神家の一族」「八つ墓村」といったヒット映画が両親の書棚にもたらした効果もあったのではないかと。あと、ハヤカワ•ポケット•ミステリ(デザインも含め、かっこいいよね)版の007ものも何冊かあったし、「ジャッカルの日」等、フォーサイス本も。実際そうだったのかは分からないが(親に尋ねたことがない)、たぶん映画を観て、じゃあ原作も…という流れだったのだろう。

その意味では、ル•カレも映画化はあるけど、いわゆる「スパイもの」にしては世界観がもっと現実的=地味なので、娯楽大作という打ち出しじゃなかったのだと思う。何せ、「Tinker」の主人公であるジョージ•スマイリーは初老の紳士。同じくイギリス軍情報局:M16勤務という設定のジェームズ•ボンド、あるいはバンコラン少佐のようなプレイボーイ&戦闘マシーン型のヒーロではなく、妻に浮気されることも多い定年間近でしょぼくれた老スパイということで、派手なドンパチやアクションに仕立てにくいのだろう。もっとも、その設定はよりリアルなスパイ/諜報活動の実情(公僕の面も強いわけで)を描くという、原作者の意図ゆえなのだが。
BBCが70〜80年代に人気テレビ•シリーズ化した際は名優アレック•ギネスが演じ、彼の当たり役のひとつとなったこのスマイリー、今回は当世の英名優:ギャリー•オールドマンが担当している。アレック•ギネスが当時65歳だったのに対し、ギャリー•オールドマンは53歳。メイク他で老け作りしているものの、若干若返ったスマイリー像と言えるだろう。眼鏡にレインコートのくすんだ佇まいは、「Batman」でのジム•ゴードン警部の大叔父?といった趣きすらある。その抑制された演技とジョージ•スマイリーのストイックさ(カウントしたわけではないけど、主役にしては台詞の数がすごく少ない印象)、全体的に押し殺したトーンがこの映画の鍵になる。

先にも書いたようにその地味さが仇になり、1回目に観た時は「ん?」だったのかもしれない。ストーリーの要はロンドンにあるM16(通称ザ•サーカス)を舞台にした国際的な策謀(狐と狸のだまし合い?)、そしてその捜査•解決にあるんだけど、筋の牽引力にあたる「二重スパイは誰か」は、割とすぐに察しがついてしまうと思う。その意味で、自分はむしろ倒叙に近いなと感じた。
もちろん、意外な事実!とか、新たな手がかりが!…といったプロットの動きはちゃんとある。しかし、そのどれひとつとしてセンセーショナルな描写〜アクション主導では描かれず、地道な捜査とその積み重ね、観察眼やカンによる推理、心理攻防があくまでメイン。言い換えれば、犯人へと至る筋道はスマイリーの厚い眼鏡の奥=彼の内側に秘匿されていることになる。それはまた、身分を偽り、時に家族や知人にも嘘をつくのが生業である、常に秘密を抱えたスパイという生き物のメタファーでもあるだろう。
その地道さは、しかし作品が1970年代に設定されており、イコール:パソコンのデータ•ベースもスマートフォンもまだ遠い話…という時代背景も大きいとは思う。記録保管庫にわざわざ出向いて機密書類を探すなんて行為は、今ならパス•ワードさえあれば自分のデスクにいながら数分でカタがつく捜査で、絵にはならないだろう。そうしたマニュアル作業の「遅さ」自体が、昨今の犯罪/スリラー映画に慣れた身にはややショックでもあったかも。

というわけで、全体を通して「犯人探し」の線路、言い換えればキャラや物語の運命の大筋は既に敷かれていて、それをいかに丁寧に連結し、あるいは切り替えるか次第で話を動かす…という感覚がある。その意味でペシミスティックとも言えるわけだけど、このストーリーのモチーフに軍人あがりのスパイ達が抱く過去へのノスタルジア〜大国アメリカ&ソビエトの冷戦構造で脇役に追いやられた英諜報部のアイデンティティの喪失という悲しさが据えられていることを考えれば、そのやるせなさ=変わりつつある時代に飲み込まれ、消えていくしかない人々の悲しさ/悲観のトーンは納得でもある。
そこに思いが至ると、ギャリー•オールドマンの演技に異なる輝きが加わってくる。この人は、はみ出しもの、悪役、奇人変人…と、「たぶん関わらないでおいた方が身のため」な異者の(怖いけど惹かれる、型)磁力/オーラをばりばりスクリーンに投影することでキャリアを築いてきたとも言える役者。しかし、本作での彼の演技のコントロールぶりはすごい。ピクリと動く眉根やまつげ、目や口元の筋肉の動き、ふとした表情や日常的な動作、身体の存在感で哀感を醸していくのだ。美味しい羊羹を食べた時のような、後からじわ〜んとしみてくる味わいに似ている、とでも言いますか。
その抑制ぶりが逆に、過剰な演技やスター•パワーの神通力が当たり前、ゆえにニュアンスそっちのけなケースもままあるハリウッド映画の薄っぺらさを露呈し、ギャリーの静かなるカリスマを増すことになっているのは痛快でもある。自分的には、ギャリーを慕うブラッド•ピットが「The Tree of Life」で見せた/魅せた抑えた演技に近いものを感じもしたし、一方でジョージ•クルーニーはまだ甘いかな、と。ジョージは達者&有能な役者で好きだし、もっかの最新作「The Descendants」もすごく良かったけど、この人って、やっぱりまだ自分のルックスとカメラの愛に甘えてる?という気がしたのです。小津安二郎型の監督とじっくり仕事する頃合いかもしれないぞ、ジョージ。

ともあれ、作品の英国的なペシミズムにくすんだ基調——それは、ベージュ、茶、グレイ、カーキが基本のセット•デザイン/コスチューム•デザインにも反映されているけども――を御大ギャリーが引き受けたところで、それ以外の楽しみもちゃんと用意されている。っていうか、主人公が役人みたいに黙々と仕事と自宅を行き来するだけだったらあまりに退屈なわけで、それ以外の役回り=サスペンス、死、色事、ミステリー、アクションetcは、主に他の俳優達が分担。その配役の自分的な好みとの共振、そしてジャストさは、自分にとってのこの映画のもうひとつのミソでもあった。
ぶっちゃけ、①ベネディクト•カンバーバッチ(「Sherlock」他)②トム•ハーディ(ニコラス•ウィンディング•レフンの「Bronson」「Inception」他)のふたりは、その名をキャスティングに見かけただけで自分の頭には「これ観たい」の警報マークが灯るくらい好きな俳優ではある。ふたりとも、ブロンドにもみあげという70年代ルックの非グラマラスな違和感をものともせず、本作で期待にたがわぬいい演技を見せてくれてて嬉しい……んだけど、彼らの前の世代に当たる共演英俳優達の上手さ&奥行きはまた別格というか、「カンバーバッチもトムもまだひよっ子、先は長いよね〜」と感じずにいられなかった。

その意味で、まず秀逸なのがジョン•ハート。このおじいさんは…決して正統派な主役級美男顔ではない、その枠の緩さを活かして(?)、カルト映画の主演や大作バイプレイヤーを中心に、あらゆるタイプの役柄をこなしてきた長寿の俳優。「Elephant Man」が有名だろうけど、70年代のクセのある英映画(「Little Malcolm」、「Shout」がおすすめ!)、割と近いところでは「Hellboy」、「The Proposition」も良かった。映画としては悲惨そのものだった「Brighton Rock」リメイクすら、彼とヘレン•ミレンの場面だけは大いに楽しんだ。
で、この人のキモは声&滑舌の良さにあると思うんだけど、その魅力は本作の名台詞の数々でも炸裂! ぜひ吹き替えではなく字幕で堪能していただきたいところだし、芝居がかった彼の演技のキャンプさ&ヘビー•スモーカーでいちいちウィスキー飲み過ぎな「昔の男性」ぶりは、全体にシリアスで重い本作の空気にほのかなユーモアの彩りを添えてもいる。
次にうならされるのが、マーク•ストロング。最近は悪役を演じる機会が多いという印象(ガイ•リッチー作品、「Kick Ass」他)だけど、堂々たる禿げっぷり+イタリア系の濃い顔立ちの珍しいコンビネーションが強い印象を残すこの俳優さん、作品中もっともハードボイルドなキャラを渋く演じていてナイス。この人も声が良くて、そこもかなりポイント高いっす。
しかし、一般的に考えれば、知名度といい人気といい、コリン•ファースの方が上にくるのかもしれない。この映画企画にゴー•サインが出たのも、「The King’s Speech」でアカデミーを射止めた彼の名前(=アメリカ/世界レベルに通じるネーム•ヴァリュー)がある程度作用したんだろうし。
だが、昔からあちこちで見かけるものの、この人は自分にとっては「箸にも棒にも引っかからない」タイプで、本作でもその印象は変わらなかった…文芸映画からロムコムまでこなす器用な人だし、安定したキャリアといい、演技力はお墨付きなのだと思う。けど、頑固に四角く据わったあご、「こいつは油断できない」と感じさせる(小さめな)目が、どこか計算高そう/権力側の人という風に映り、観ていてちと居心地が悪いのだ。声も、どうにも苦手です。

それでも「A Single Man」での彼にはうならされたし、ある意味「Tinker」は、あの作品における彼のスタイリッシュさを70年代イギリスにリバイズした、と言えるかも。たとえばコリン•ファースがまとうのは、たぶんカシミアの高そうなコート、三つ揃いのスーツ、デザート•ブーツ、カフス•ボタン。こうした、(今や死滅した感もある)アフター•シェーヴと煙草の残り香が漂ってきそうな(※)本作の男達のワードローブは、「これみよがし」に派手ではないものの、質感や匂いに思いを至らせる(嬉しくないけど、画面を観ているだけで壁紙のカビ臭さ、絨毯の毛羽まで思い浮かんだし)。ともあれ、「目に見える表層」の、その奥を志向する本作の美学はここでも貫かれていることになる。
※この感覚を疑似体験してみたい方には、マイ香水生涯ベストのひとつ:アニック•グタールの逸品「Duel」(煙草+革の香り)、あるいはエルメス「Terre D’Hermes」をおすすめ。どっちも男性向けフレグランスなんだけど、女性が軽くつけてもグーなユニセックスな芳香かと思います。

しかしコリン•ファースで面白かったのは、彼の過去の役者歴が色んな場面で残響する面かもしれない。「Tinker」には、ケンブリッジ•ファイヴのスキャンダル〜英国内における共産主義セクト/ソビエトに寝返ったスパイ網といった史実が影を落としてもいるわけだけど、そこに想を得たお芝居「Another Country」は、80年代の舞台版そして映画版の双方で、コリン•ファースの役者ブレイクにもなった作品だった(日本では当時「モーリス」他、「英国美声年ゲイ映画」なんて括りがあり、その顔とも言えるルパート•エヴェレットにばっかり脚光が当たっていた気がしますが)。
もうひとつ、先述したマーク•ストロングは、「Bridget Jones」に至るコリン•ファースのライト•コメディ映画路線を敷いた?とも言えるニック•ホーンビィ原作のフットボール映画=「Fever Pitch」で親友役で共演しており、その意味でも、「Tinker」における両者のゲイ•ラヴァーな関係を見るのは楽しくもあった。日本ではどうか分からないけど、イギリスではスポーツとホモ•エロティシズムって、必ずしも相反する対立の構図ではないしね。っていうか、「Tinker」の世界においてはストレートな男女恋愛の構図こそマイノリティですらあって、そのなにげない倒錯ぶりも興味深かった。
にしても、一見堅物っぽく生真面目、上流っぽい雰囲気を逆に活かす形で、コリン•ファースがこれからもっと二面性のあるトンチキな役/あるいは悪役をやってみたら、なかなか楽しいんじゃないか?とも思った。王道な大作もいいけど、SFやホラーで思いっきりタイプキャストを打ち破ってくれたら、もう少し自分の好き度が上がる気がするのだ(たとえば、以下の「Candy」のリチャード•バートンの絶品な怪演を参照されたし)。

こうした芸達者なベテラン連に混じり、カンバーバッチ(ジョージ•スマイリー直属の部下:ピーター•ギラム役)もトム(ギラム配下の工作員:リッキー•ター役)も健闘している――けど、本作における彼らは「手足」、すなわちアクションや動きがメインで、エモな見せ場は最低限に抑えられている感。
しかし、他にもキャシー•バーク(久々に観たけど、相変わらず存在感たっぷり。ギャリーとの対話シーンが言うまでもなく抜群)、スティーヴン•グレアム(=「This Is England」の狂犬:コンボでおなじみ。ちょい役ながら、いい味出してる〜)といった役者がずらずら顔を並べているので、その全員が俳優力を全開したら、それこそ時代がかった「演劇映画」にもなりかねない。そこの静動/強弱のバランスを的確に案配し、あくまで集団アンサンブルとして機能させているのも、この映画の魅力のひとつだろう。
このとてもイギリス的な映画の、監督は意外やスウェーデン人:トーマス•アルフレッドソン(「Let The Right One In」他)だったりする。しかし、彼のヨーロピアンとしての理知的でストイックな感性は、今はない過去の国=70年代イギリス、あるいは東欧の侘しく寒々しい空気をうまく捉えている。と同時に、たとえばベルイマンのように舞台が基礎にあり、俳優を知り尽くしたスウェーデンあるいは北欧映画の伝統は、「Tinker」の役者が作品を牽引するトーン――プロットやヴィジュアル、役者ではなく「スター」が駆動力のハリウッド映画の構造とは異なる――に繫がっている気もする。
そのきめ細かい作劇、そしてすべてをまわりくどく説明しない/してくれない(が、よく観るとヒントは画面の随所に隠されている)大人なスタイルは、2回、3回と繰り返し観ることで徐々に「しみて」くる類いのもの(何より、The Circus、Mole、Witchcraftといった本作に飛び交うスパイ隠語の数々も、慣れないと意味が掴みにくい)。なので、1回観ただけで「地味、退屈、分かりにくい」と判断する前に、深く腰をおろしてワンス•アゲイン!と付き合ってみてほしい。名作とまでは言わないけど、現実から切り離されたひとつの異なる「宇宙」を作り出している映画だと思うし、その異なる世界に足を踏み入れることは、自分にとっては映画を観る楽しさのひとつでもある。

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「Tinker」は〝カーラ三部作〟のひとつであり、いずれ続編も製作されると思う。そんな当たり役を久々に掴んだギャリー•オールドマンの復活に感銘を受けた…ところで、そのギャリーを慕う英俳優パディ•コンシディーン初の長編監督作「Tyrannosaur」もご紹介。ベースになっているのは発表済みの短編「Dog Altogether」(07年)なのだが、その際にパディに長編挑戦を励ましたのが、他の映画で共演したギャリーだったんだとか。そのギャリー唯一の監督作である「Nil By Mouth」、パディのマブダチであるシェーン•メドウズ、更にはケン•ローチ〜マイク•リーの流れを汲む社会派人間ドラマである。
舞台は現代イギリスの北部地方都市(メインのロケ地はウェイクフィールドらしい)に設定されている。が、公団暮らしの低所得者層〜中流の下あたりに属するメインの登場人物達はイギリスにおける一般市民層像とも言えるし、この作品をロンドン、あるいはバーミンガムといった他の都市に移し替えることも可能だろう。映像にしろキャラにしろ、「どこかでこういう場所/人に会ったことがある」と感じさせる普遍的な物語、ということ。

初長編監督によるインディの低予算映画ということもあり、役者の数も少なく(メイン•キャラは3人)、実地ロケと室内劇が中心の本作は、それこそ一コマ一コマに質素さと侘しさが焼き付けられている感じ。それだけ俳優の演技に寄る面が多い映画を、みごとに引っ張るのが主役のピーター•マラン&オリヴィア•コールマンのコンビだ。

ピーター•マランはグラスゴー出身の俳優で、映画は「Trainspotting」、「My Name is Joe」他が有名だろう。彼が演じるのは、トレパン姿で昼間からパブに入り浸り、競馬くらいが趣味の初老のやもめ:ジョーゼフ。内にグツグツ抱えた鬱屈と怒りが時に暴発することもあるキャラで、名前からして「〜Joe」で演じた役柄に一脈通じるところがある。まだ観れていないけれど、70年代グラスゴーのネッズ•カルチャーを描いた彼自身の最新監督作「Neds」も、こっちでは少し前に話題になったばかりだ。

しかし、信仰が篤く、プライヴェートな時間をチャリティ•ショップ(=寄付された中古品を販売する慈善団体のお店)での奉仕活動に費やすそこそこ中流な主婦:ハンナ役に抜擢されたのがオリヴィア•コールマンというのは驚きだった。英テレビ系女優の彼女は、ミッチェル&ウェッブのシットコム「Peep Show」でのソフィー役=デイヴィッド•ミッチェル演じる冴えない&せこい&ギーク&頼りないマークのGFとしてさんざんいじられてきたイメージがある。その、割とバブリーで陽性キャラな表層の下から本作で「闇」を引き出したのは、パディ自身が俳優だから、というのもあるかもしれない。

それぞれに水と油な人生を送るハンナとジョーゼフがふとしたきっかけで出会うところから、「Tyrannosaur」の話は転がっていく。自他共に認めるLow Lifeなジョーゼフは、クリスチャンであるハンナが差し伸べる憐れみの手を、最初のうちは手負いの野生動物のように拒絶し反駁すらする。
そこから両者の間に少しずつ不思議な友情が芽生えていく…という展開は、「優しい女性がすさんだ男性を癒す/救う」という心あたたまるヒューマン話の趣きがある。しかし、慈悲を施す側(他者に優しさを見せる余裕があり、一見なんの問題もなさそうな人間)が、だからこそ押し隠している苦悶や秘密がインクのしみのように広がり始めることで、ハンナの状況が実はジョーゼフの日常以上に殺伐とした「生き地獄」であることが明かされていく。

シェーン•メドウズはもちろん、昔のスコセッシからの影響も感じる本作のグラフィックな暴力描写は、時に正視に耐えないほどだったりする。しかしそれ以上に観ていて寒気が走るのが、「肉体的な暴力/虐待を生み出すのは人間の精神の闇」という構図のリアルさだと思う。ひとつは、怒りや苛立ちをコントロールできずに暴力に走る男性という図。それを、この映画は「自分より弱い者をいじめ、支配することで、自分の思うようにならない世界という現実をしばし忘れる術」として扱っているのは正しい。そんなフラスト、自分内で対処しろ…と言いたくもなるが、男性は表に出さないと駄目らしい。発見。
もうひとつはハンナのメンタリティ。ジョーゼフとの出会いの時点から聖人めいた雰囲気を漂わせているように、彼女は自己犠牲の人=殉教者タイプと言える。しかし、その「自分が苦しむことで誰かが救われる」型の思考は、知らず知らずのうちに苦境を招き込む要因のひとつにもなってしまう。献身型な人というのは、(善意の塊とは思うが)時として他人/周囲から愛されたい•求められたい•認められたい…という動機で動いてしまうこともある。そこに多少働いていそうな「自分の存在意義を見出すためにトラブルや苦悶を背負い込む」という心理(自負•自尊心の欠如が要因であるケースが多い)が、加害者と被害者の間にある種のねじれた依存関係/生態系を生じさせることもある…というのが、自分にとっては暴力描写以上に怖かった。

時に説得力に欠けるストーリー、アコースティック系フォーク音楽の醸すセンチなトーンの安易さなど、難点もある。しかし、昨今増えている気がする下層階級ライフを魅力的に飾り立てる無責任さ(Poverty pornなんて言われもしますが、たとえばギャングスタやゲットー•ライフを「かっこよく」見せるとか、ダーティ&スリージィなイメージと戯れるポップ•スターなど)とは無縁なこの作品は、あまり取り上げられない題材と人間の「業」に果敢に取り組んでいると思う。パディ•コンシディーンには、これからも監督作を送り出してほしい。

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最後に、パディの役者としての魅力も忘れちゃいかん!ということで、「The Red Riding Trilogy」(2009年)について。「1974」「1980」「1983」の3部から成るこのTVシリーズは英北部ヨークシャー西部(Ridingは、旧行政区域を意味する)を舞台にした、デイヴィッド•ピースのスリラー/ミステリー/ダークなヴァイオレンス大作「ヨークシャー4部作」の翻案•映像化になる(原作には「1977」もあり)。デイヴィッド•ピースは一時期東京に暮らしていたことでも知られる英作家で、最新作は東京三部作。割と新しいインタヴューは、こちらでも読めます

実際に起きた事件や史実、報道記録をモチーフにフィクションを編み上げるデイヴィッド•ピースの手法とオブセッシヴで時に幻覚的な話法は、エルロイはもちろんゴードン•バーン、更にはウィリアム•ギブソンの影響を感じさせるもの。ここでの通底音/背景になるのは作者が生まれ育った70〜80年代のヨークシャーで、全英を震え上がらせたヨークシャー•リッパーの捜査、連続殺人の恐怖が引き起こすパラノイア、その余波、忍び寄るサッチャー政権のインパクトという、当時の英北部の重苦しく陰惨な空気〜ひいてはイギリス当時の社会状況もあぶりだされていく。
とはいえ作品の主眼はリッパー探しの謎解きにあるわけではない。架空の事件(ムーアズ•マーダーズを若干想起させる児童連続誘拐/殺人と、その背後にある小児愛者犯罪網)を糸口に、警察の腐敗/汚職/メディアや財界との癒着という、組織的かつ巧妙に隠蔽された、大々的で永年にわたる搾取&圧迫の構図が約10年のタイム•スパンの中で描かれる仕組みで、出たり入ったりするキャラを全体の結び目にしつつ、メインの語り部となる主人公は1作ごとに変化する。

そういう複雑で重層的、野心に満ちた内容ゆえに、この映像化に際してはかなりのキャラやプロットの絡みが省かれ、あるいは整理•要約されており、原作の熱狂的なファンにしてみたら物足りなさも残るかもしれない。しかし、雨と灰色の曇天に腐りそうな町並み、息の詰まりそうな室内映像と陰惨な暴力、ヨークシャーとマンチェスター間に横たわるムーアの威圧感など、本にある「ここ(North)から逃げられない」とでも言うべき閉所恐怖症的雰囲気〜デイヴィッド•ピースの中の「70/80年代」はよく捉えられている。
また、(最終話「1983」にかろうじて救いはあるものの)誰もが陰謀の一部であり秘密を抱えていて、嘘をつき合い騙し合い時に殺し合いという希望のない状況の中で、犠牲になるのはイノセントな弱者ばかり…という、現代にも通じるやるせないペシミズムのエッセンスは維持されていると思う。

パディ•コンシディーンは第2話「1980」の主役ピーター•ハンターを演じているが、内部査察捜査を任されるエリート刑事という表層と、プライヴェートでの不幸に苛まれる男の嘆きと悲しみを控えめに体現していてナイス。第3話「1983」のマーク•アディ&デイヴィッド•モリッシーも、肥満中年&眼鏡中年というルックスに拘らず見せてくれました。味出し俳優っすね。
と書いたところで、第1話「1974」で主役:エディ•ダンフィールドを張った成長株/新スパイダーマンことアンドリュー•ガーフィールドはどうなのよ?と突っ込まれそうだが、若過ぎ&甘くかわい過ぎというのか、モダンな顔立ちは70年代の若者の野暮ったく暑苦しい雰囲気が薄く、説得力に欠けるのが気になってしまったのだ。この作品の時代背景はもちろん、男性キャラのほとんどがメトロセクシャル男の対極な存在=「昔懐かしい」英マッチョ達なので、彼の線の細さ/軽みが目立ったというのもあったかも…なにせ、この作品のメイン•キャストのほとんどは非ロンドン(ミッドランズ以北出身)ですからねー。
ともあれ、陰謀に巻き込まれ転落、破滅の道を選ぶ新聞記者という自己破壊型のキャラも、若人ならではの無鉄砲&生意気さで暴走する場面はともかく内面の狂気まで滲ませるには至っておらず、ちと荷が重かったかと。その意味では、脇役ながら全エピソードをつなぐ重要な存在でもある男娼BJ役のロバート•シーハンの方が自分には印象的だった。ロバート•シーハンは、映画はこれから…という感じでこっちではTVシリーズ「Misfits」で知られる若手俳優だけど、超自然的に美しい眼を持つアイリッシュということで、キリアン•マーフィの次を狙える?かもしれない。この人に関しては、ヨークシャー訛りのマスターぶりもポイント高かった。きれいな顔して役者根性あるなあ、と。
書き忘れそうになったけど、先述した「Tyrannosaur」の主役:ピーター•マランも、堕ちた聖職者:ローズ牧師役を怪演しております。アンドリュー•ガーフィールドとも「Boy A」で共演している…ってことで、英映画好きなら「Red Riding」、チェックしても損はないかと思います。

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Mariko Sakamoto について

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