The Bridge(Bron/Broen)

音楽ネタが続いたところで、ここらでテレビ話を。お題はちょっと前にBBCで放映されてプチ話題になり、DVD化もされた「The Bridge」。デンマーク/スウェーデンの共同制作テレビ•ドラマで、両国の地理&歴史的な近さ/バイリンガル性を反映した原題は「Bron(ス)/Broen(デ)」になります。

デンマーク産テレビ•ドラマというと、以前このブログで取り上げたこともある「Forbrydelsen(英題=The Killing)」のパート1&2が好評を博して以降、イギリスでは「Nord Thrillerが熱い!(って表現自体、寒い北欧には似つかわしくないフレーズな気もしますが……)」みたいな調子で一部に盛り上がりを見せていて、政治ミステリ「Borgen」、刑事もの「Sebastian Bergman」もオンエア済み。スティーグ•ラーソン「ミレニアム•シリーズ」の世界的ヒットといった背景はもちろん、「Wallander」がなにげにケネス•ブラナー主演で英版リメイクされていたり、許容の素地はあったのだろう。
しかしもともと字幕付き作品(=非英語の外国作品)があまり得意ではないこの国における「Forbrydelsen」のヒットは、20話にわたって繰り広げられる密度の濃いドラマ作り/映像/キャラクター造形がテレビに期待されるレベルを越えていたのはもちろん、主人公であるサラ•ルンドの新鮮さも大きかったんじゃないかと思っている。

若く美人で華のある〝ヒロイン〟でもなく、あるいはベテランゆえの世に倦んだ感じもない、「もしかしたらこういう女性刑事がいるかも…?」と思わせる現実感。捜査•犯罪究明=仕事に黙々と徹するストイックさ。自分の知る、知的な働き盛りの職業女性達の姿ともだぶるのだ。もちろん、殺人課刑事という特殊な職業ゆえにエクストリームで非社会的な性向も顔を出すし(犯人探しへのオブセッションetc)、普通の職場だったらクビでしょ!?な振る舞いも多いキャラではある。しかし静かなガッツと洞察力+思いきった行動力で、華奢な女性捜査官が難事件を徐々に解決へと導いていく展開は、男性刑事が主人公の推理ドラマとはまた異なるプロセス重視のダイナミクスを生み出していた。サラを演じた女優ソフィー•グルーボルが役作りの参考にしたのはクリント•イーストウッドだったそうだけど、多くの意味でひとりきり=LONER/群れない女性主人公というかなり非主流な役柄を、しかしタフ一辺倒でもない適度なフェミニンさと共にみごとに演じていたと思いう。

閑話休題:昨年末放映された嗚呼お懐かしや〜「AB (solutely)FAB(ulous)」特番にサラ•ルンドがゲスト出演した際のクリップを以下に。エドナことジェニファー•ソーンダースがデンマーク語をマスターした気になり、「ハナモゲラな似非デンマーク語」(でもイントネーションとか語感の特徴はうまく掴んでる!)を披露して笑わせてくれます。

で、本題の「The Bridge」は、「Forbrydelsen/The Killing」ヒットの二匹目のドジョウ?とでもいうべきタイミングのオンエア(週末にまとめて2話ずつ放映というスタイルも同じ)な上に、これまたエキセントリックな女性捜査官が主人公の警察ドラマ。ゆえに放映時は2作の比較対比が盛んに行われたわけだけど、トータルな作品の質という意味では、自分は「Forbrydelsen」に軍配をあげる。

それでも全10話は見始めたら止まらないように工夫されているし(毎回クリフハンガーでいい感じに「次週に続く」になるのは、あざといと分かってるけど上手いよね)、4話目あたりからキャラクターと人間関係の複雑な網が「生き」始め、ドラマの設定(ストーリーはデンマークとスウェーデンを行き来するので、「この警察官はどっちの側だっけ?」「この犯罪が起きたのはどっちの国かいな?」と、字幕のスピードはもちろん慣れない響きの人名/地名とあいまって頭が右往左往するわけです)が頭に入ったところでこちらものめりこんでいったし、最終話のとある場面では思わず泣いてしまったほど。ドラマのエンジンがかかるまでちょっと時間はかかったけど、それを我慢してエピソードを追うだけの価値はちゃんとある作品だと思う。

  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!SPOILER ALERT!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

いちおう発しておきます。以下の文章はネタバレの可能性があるので、それを避けたい方は回避ください……もっとも、本作が日本放映される可能性は低いだろうし(既にパート2の制作は進行中らしいが)、わざわざDVDを買ったりDLしてまで観るという奇特な人も少ないとは思いますが。

先述した「エンジンのかかりが遅い」=ドラマになかなか引き込まれなかった最大の理由は、自分にとっては主人公のひとり:サガ•ノレンのキャラが大きかった。サラ•ルンドが地味なセーターにジーンズ+ひっつめ髪という色気に欠ける真面目さん&全共闘の女学生すら思わせるルックスだったのに対し、スウェーデン:マルモ警察署のエース刑事であるサガは、ブロンドのロング•ヘアに革パン〜ヴィンテージのポルシェを乗り回し……と、いわばワイルドでグラマラスなクール•ビューティー。その革パンは野暮な茶レザー、しかも化粧っ気はゼロなのでアメリカ的な「ロックンロール•ウーマン」とまでは思わなかったけど、サラよりも世慣れた印象を残すルックスだろう。
しかし、愛想はないし会話も恐ろしくぶっきらぼう(スウェーデン語は「Takk」以外分からんが、女優の声のキーが高めで自分にはあまり心地よくない響きだったのもマイナスだった)、人付き合いにおける気遣い/マナーを意に介さない理解に苦しむ行動や無遠慮な言動の数々が続く第1&2話は、「マジ?」を通り越して、このキャラに対する軽い不快感が生じるほどだった。以下のクリップは、彼女の「WTF?」を要約したシーンです(字幕がないので、コメント欄に残された翻訳部も読んでくださいまし)。

全編見終えた今から考えれば、この冒頭2話はイントロダクション/物語の枠組みを敷く役割が大きかったので、少々荒っぽくても観る者の中にキャラ像を焼き付けるのが最重要事項だったのだろう。とはいえ:バーで目が合っただけの見ず知らずの男性を「うちに来てセックスする?」と躊躇なく引っかけ、ことが済んだらさっさと寝込んでしまう。臭ってきたからと、おもむろに同僚達の面前でTシャツをがばっと脱ぎオフィスで着替え出す……といった場面は特に、全編にわたって繰り返し示唆されるサガ•ノレンの持つ障害(おそらくアスペルガーと思われる)、そして北欧のリベラルさを差し引いても「わーお」と目を剥かされた。これが①キャラの風変わりさ/紙一重の天才を誇張した描写なのか、あるいは②裸やエロで聴視者の窃視願望を引きつけようという安易な方策なのか、この時点では判断しにくかったのも「この人はいったい何なの?」な違和感=感情移入を阻む結果になっていたと思う。
しかし何より、有り体に言えば「女らしくない」「はしたない」とされる彼女の行動や振る舞いが、よくよく考えればジェンダーを移し替えたものに過ぎないにも関わらず――バーやクラブで一夜限りの相手をあさって「はい、サヨナラ」な男性はいくらでもいるし、女性と違って男性の人前での着替えや半裸は社会的にもっと容認されてますからね――自分の中では「ビッグ•タブー」に映ってしまう、その点におのれの潜在的な保守性〜無意識の刷り込みを指摘されたようで、そこが不快さに繫がったのかもしれない(普通だったら「無礼な女」と非難され嫌われるような行動であっても、実績と美貌とで許されてしまう彼女に嫉妬してるだけなのかもしれませんけども……)。

感情不感症なアイス•クィーン〜もっとひどく言えば不可解なエイリアンとすら言えるサガに対して、彼女の相棒役を担うデンマーク人刑事マーティン•ローエは、愛嬌のある顔つき(別に美男ではないけど味のある顔。昔のフランス俳優っぽくてナイス)といいオープンな性格といい、人間くさくてすぐに好感がもてる。独身/既婚で子だくさん、都会の乾いたマンション暮らし/美しいモダン•コテージのファミリー•ライフ、社交性ゼロ/自然にチャーミングと、何もかもが対照的。その対比は第1話の死体発見の時点でかなりはっきり示されるし、犯人の心理プロファイリングが彼女の性格とほぼ一致する点も、サガをサイコパス的に見せていく。ちなみにマーティン役の役者は、ニコラス•ワインディング•レフンの出世作「Pusher」(1996)主演でもあります。

この水と油な両者が共同捜査のチーム•プレイに乗り出すことになったのは、ドラマの発端=連続殺人の第一被害者である政治家の遺体が、スウェーデンとデンマークの海峡を繋ぐオーレスン橋の上で発見されたため。ご丁寧にも死体の上半身/下半身は国境をまたぐ形で遺棄されていて、スウェーデンとデンマークの半々の責任…ということで、双方が協力しての犯人探し&更なる事件発生へと物語は転がっていく。文字通りふたつの(似て非なる)国が「橋」そして「事件」によって結びついたということになるし、作品全体を通じ様々な人間が出会い繫がっていくライトモチーフそのものも、タイトル=「橋」のイメージなのだろう。
2国間を繋ぐ重要な橋(自動車道の下に列車路線も敷かれている)を照らす街灯管理のコンピュータ•システムがハッキングで一時的に遮断され、その隙に死体が遺棄されたという状況はもちろん、死体の扱いも残虐&異常。その上に犠牲者の身元確認〜犯罪に使用された車の特定といったディテールが明らかになるにつれ、この事件が少なくとも3年以上前に計画されていたサイコなものであることが判明する。謎が深まる一方で、犯人はマスコミやウェブサイトを通じ次なる殺人をおおっぴらに予告/アナウンスしていく。犯行の動機づけとして5つの社会矛盾や貧富の不平等を暴き糾弾するという「義賊的」スタンス(だからって殺人が正当化されるわけじゃないと思うが……)と神出鬼没ぶりから、彼/彼女は「Truth Terrorist」なるニックネームを授かることに。

なかなか大掛かり&派手なイントロダクションなわけですが、続く犯人追求の本筋を軸に、いくつかのサイド•ストーリーもパラレルで展開していく。メディアの専横ぶり、兄と妹、家庭内暴力、未亡人と義理の娘、離婚家庭、秘密を抱えた夫と妻、親と子のジェネレーション•ギャップ他、現代社会やファミリーの諸相がてんこもりである。
とんとん拍子で捜査が進むと10話も引っ張れないわけで(笑)、そこは「仕掛け」だから仕方ないとは思う。しかし、そのスタイルは観る側の意識を横道にそらす「思わせぶり」なレッド•へリングの山を築くことにもなり、イコール、ちゃんとしたオチがないままに消えていくキャラや尻すぼみに中途放置されるストーリー•ラインも多数。口封じのために殺されるっていう安易な展開に「そりゃないでしょ」と感じたのはもちろん、興味深い登場人物=背景をもっと掘れば面白そうなキャラもいて、もったいないと感じることすら。逆に言えば、大筋に影響しない、いわば捨て駒キャラの描写にも力を注ぐことで全体を膨らましていくのがポイントなのかもしれないが。

そうして次々現れては消える「あやしげな人物」達の織りなす蜘蛛の巣が煙幕になり、単独犯らしからぬ物理的/時間(準備期間も含め相当長い)を考えてもすごい量の仕事ぶり〜身体がいくつかないと無理であろう大胆な犯行の数々、あるいはいくらI Tに強いからってこんなに易々ハッキングしたり警察無線を傍受したり携帯電話の発信元をブロックできるのかいな?と、現実的につじつまの合わなそうな筋書きのアナもなんとなくスルーしてしまうことになる。

とはいえその手法もパターン化してきて、こっちも「そうそう簡単に注意をそらされんぞ」とガードを固めつつあった後半に入り、連続殺人犯の真なる動機が社会批判云々以外にある点が透けてきたのを契機に物語が大きくシフトを変えていく展開はあざやかだった。詳述は避けるけど、そこから先はそれまで不可解だった点や謎めいた伏線もどんどん活きてきて、テンポといい畳み掛ける手に汗握るスリルといい意外なひねりといい申し分なし、ラスト2話のクライマックスに向けてノンストップだった。
先にも書いたように、やや「やっつけでは?」と感じる矛盾や粗さはそこここに目についたし、何より後半まで犯人の素性を隠し通した(それも整形手術とか、かなり荒唐無稽で嘘っぽく映る説明つき)ことで、いざ犯人がスクリーンに登場し始めると唐突な印象を受けた。大風呂敷に始まった連続犯罪の真の動機が発覚すると、ちょっと拍子抜けする。至近距離の銃創を受けたのに捜査に復帰するサガの回復の早さなんて、「Prometheus」のノオミ•ラパスといい勝負である(スウェーデン人の体力は常人とは違うのか??)。しかし、そうした数々のレッド•へリングや脇道プロットのすべては、最終的には主役であるサガとマーティンがそれぞれ通過するトランスフォーメイションとカタルシス、そして本作最大のどんでん返しへとビルド•アップしていくプロット装置だったりする。そのどんでん返しが実に泣かせる満足のいくものであること、そしてそこに至る伏線が第1話から周到に張られていたのを思い起こすに、「ズルいぞ〜」の感よりも、むしろ「やられました!」と嬉しくなってしまった。

……と、ただ「どんでん返し」と書いても分かりにくいと思うのでヒントを書くと:シリーズ冒頭での両者のキャラ設定がキーになる。社交辞令のお世辞ひとつ言えない社会不適応人間(食事に招かれても、正直に料理が「まずい」と述べてしまう)で職務規則遵守な堅物=何かと誤解を招く困ったさん/出る釘であるサガに対し、人当たりもよく人情の機微に敏感&柔軟なマーティンは、捜査の相棒として緩衝剤/クッションの役割を果たしていく。
その関係は、ある意味「社会性に目覚めていない子供と、その子に世の中のルールを言い含める親/導いていく保護者」を思わせる。彼女が何らかの(劇中でははっきり特定されないが)発達障害を持つ点を含めても、マーティンの方が頼りになる「大人」としての立ち位置にいる。当のサガも自身の欠如――端的に言えば、他者の感情や思惑/情緒を読み取れない=場の雰囲気や行間を読めない――は自覚していて、マーティンや彼女の刑事としての才能を評価しかばう上司に「こういうシチュエーションではどう対応すればいいのか(どう対応するのが社会的に妥当)?」と質問•確認し、ぎこちなくシュミレーションを試みる場面の数々は、ユーモラスであると同時に悲しくもあった。

相手や状況を気遣っての婉曲表現、あるいは害のないちょっとした嘘、おだて言葉や見て見ぬふり。社会生活や人間関係を円滑にするために、更に言えば自己保身のために、大概の人間がなんとなく使っている方便だろう。そうしたテクニックを一切持ち合わせないサガは一見がさつでバカ正直〜不器用で融通のきかない動き方を貫くけれど、嘘や欺瞞が最後の悲劇に結びつくことで、彼女のあり方は悲しくも正当化される。アンデルセン童話で言えば、「王様は裸」と言い放つ子供がサガということになるかな?……と、アンデルセンはデンマーク人でしたね。モダンな推理ドラマではあるけれど、モラルの決着ぶりは古風。その少々驚きもする厳しさ――日本やアメリカのドラマだったら、たぶん多少の「救い」は用意されると思う――は、北欧のカルチャーなのかもしれない。

●「Frobrydelsen」好きな方に追伸:サラの上司でナイス•キャラなレナート•ブリックスを演じた俳優がちょい役で出演してますので、お見逃しなく。

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Mariko Sakamoto について

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The Bridge(Bron/Broen) への5件のフィードバック

  1. キャロ より:

    こんばんは。楽しくよまさせていただきました。今、2話目を見たところです。このドラマの主題歌が何だか知りたいのですが、おわかりなら教えていただけませんか?

    • Mariko Sakamoto より:

      キャロさま:はじめまして。ブログ読んでいただいてありがとうございます。例の主題歌(オリジナル版で使用されているもの)ですが、コペンハーゲン出身のグループ Choir Of Young Believersの「Hollow Talk」という曲だそうです。曲が収録されたファースト「This Is for The White in Your Eyes」はアメリカのレーベルからもリリースされてますので、 そのレーベルのリンクを参考までに

  2. ピンバック: スウェーデン・デンマークドラマ Bron・Broen・The Bridge が面白い! | Can of Good Goodies

  3. paprica より:

    初めまして!先日ようやくBronの最終回を見終え、I miss Saga… とBronを恋しく思ってます。ちょうど自分のブログでも紹介しようと思って、Bronについて日本語で調べていて、コチラに迷い込みました♪ とても詳しく鋭い批評、楽しく拝見しました。私は「読書感想文」的なことがてんでダメなので、私のブログでこちらにリンクをさせて頂きました。逆になるのですが、これからKillingを見てみようと思ってます♪ 

    • Mariko Sakamoto より:

      papricaさま:こちらこそ初めまして!コメント&リンクいただき、どうもありがとうございます。
      ブログ拝見させていただきました。食いしん坊なので、食関連のポストに思わず見入ってしまいました。
      Killingもぜひトライください。サラはサガほど颯爽とはしていませんが、複雑なキャラという意味では負けてません!
      ちなみにBron:2は、ちょうど明日(9月22日)からデンマークのDR1で放映開始です。デンマーク語は
      まったく分からないのでこちらのウェブサイトを見てもチンプンカンプンですが、シリーズ2のスチル写真が掲載されているので参考までに。
      イギリスでも、BBCがあまり時間を置かずに放映してくれるのを祈っています。
      というわけで、ありがとうございました&お元気で。

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