The Congos,Sun Araw and M Geddes Gengras@Village Underground/22June2012

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Sun Arawことキャメロン•スタローンズが、知人のアーティストであるM Geddes Gengrasと共にジャマイカに渡り、The Congosとコラボする……という話を知ったのは、 WIREの2011年10月号(#332)誌面を通じてだった。現在カリフォルニア:ロング•ビーチを拠点とするキャメロン•スタローンズは、ヒプノティックかつスロー•モーションな反復を背景にエレクトロな音の絵を描き出すクリエイターで、「On Patrol」、「Off Duty」など、聴いていると時空間がズルリとゼリーのように溶けていく独特な感覚をもたらしてくれる作品を生み出してきた。もともと映画学校で学んでいた経験がある人で、タルコフスキーやタル•ベーラをインスピレーションに上げているのでさもありなん。

そのコラボレーションの結果が、RVNG(リヴェンジ)から先頃リリースされたコラボ•シリーズの一環=「SUN ARAW & M. GEDDES GENGRAS MEET THE CONGOS – ICON GIVE THANK」。短編映画DVD付きのなかなか豪華なパッケージも嬉しいっすね。しかしそれ以上に感銘を受けたのは作品の内容だった。サン•アロウが織りなす、浮遊し明滅する幻想的なサウンド•コラージュと打ち込み/ループされたビート、ダブ•エコーの緻密な編み目。エレクトリックでありながらアナログで有機的なそのサウンド•スケープの中に、コンゴスの虹色のハーモニー•ヴォーカルが時に降り注ぎ、時に音を破って顔を出し、混じり合って流れていく。たとえば真昼の波打ち際に座り、打ち寄せられてはまた消える貝殻や椰子の実を眺める、時間の経過を忘れる体験のイメージとでも言うか。

とまあ、こういう文章を書くと誤解を招くかもしれないので断っておくと:
自分はニュー•エイジ系のネイチャー愛好家ではないし、南洋にスピリチュアルな救済とかを求める人間でもない。それをやるには、都会慣れし過ぎ&スレ過ぎです。
しかも、コンゴスのことはこのコラボを聴くまでまったく知らなかったくらい、レゲエは初心者。これは自分のジャズへの接し方とも少し似ているんだけど、そもそもロックやポップを起点に聴く変則的なリスナーだからか、「ここらを聴いておけばとりあえず及第かしら」なレベル(ジャズだと、たとえばマイルスとコルトレーンとミンガスあたり?)から、なかなか前に進まないのだ。ラスタファリ思想に疑問を持ってしまう、現代的な思考も邪魔なのかもしれない。
ジャズに関してはアルバート•アイラーとオーネット•コールマンが気に入って以降多少広がってきているものの、レゲエはボブ•マーリィとリー•ペリーあたりで止まったまま……。ロンドンにいるのに勿体ない!と笑われるかもしれないけど、アーティストだのミュージシャンが多く住むノッティング•ヒルやブリストルといったヒップ&ボヘミアンなエリアならまだしも、こっちの日常の中でポップ/コマーシャルなモダン•レゲエ以外のレゲエ•ミュージックやダブに接する機会は、決して多くない。自分の暮らす街は、アフロ〜カリビアンの人口率がとても多いんですけどね。不思議。
ともあれ、このコラボ•アルバムをきっかけにちょっとコンゴスのことを調べたのだが、彼らの決定版的な作品とされる「Heart of The Congos」(1977年)はリー•ペリーのブラック•アーク•スタジオで録音。まだ聴いていないのだけど(近々プロパーなリイシューの予定があるそうで、それを待つつもりです)、音楽に詳しい知人によれば「たぶん、ブラック•アークでレコーディングされた中でもベストの1枚」とのこと。全然知らなかった! まあ、そういうカルト•ステータスがあるからこそ、サン•アロウ連もわざわざ彼らと共演することにしたんでしょうけどね……。ちなみに「Heart of The Congos」は、シンプリー•レッドでおなじみのミック•ハックノールも関わったレゲエの再発を中心とするレーベル:Blood&Fireから90年代に再発されているので、再発を待てない方はそちらをお探ししてはいかがでしょうか。

そのコラボ•アルバム発表記念の形で開催されたのが、この晩のライヴ。会場のヴィレッジ•アンダーグラウンド(東ロンドンにあるウェアハウス風のアート•スペース)に足を運ぶのは久々だったが、マーク•スチュワートのON-Uクラブ、先だっての(ジョン•ライドン抜き)「Metal Box in DUB」BYジャー•ウォブル&キース•レヴァンの会場もここだったので、レゲエやダブのブッキングを増やしているようです。
オープニング•アクトはふるっていて、ハイパーダブ組=The Bugの中核、ケヴィン•マーティンのサイド•プロジェクトであるKing Midas Sound Systemだ。告知ではDJセットとのことだったが、生の女性ヴォーカルも加わっての内容は、ライヴとDJのハーフ&ハーフ=サウンド•システム形式。音楽的に面白い瞬間もたくさんあったんだけど、いかんせん、レンガ造りの倉庫はこのユニットの武器である金属的な重低音と音響面での相性が良いとは言いがたく(目一杯ターン•アップしたい気持ちは分かるんだけどね)、びりびり耳が痛くなるほど強烈なベース•サウンドに金切り声が混ざるアンバランスなノイズに埋もれて、時に楽曲そのものを聞き取るのが難しいほど。そうやって身体で感じるのがダブなのだ!ってことなのかもしれないけど、パフォーマンスとしては混沌との感が否めなかった。
ちなみに、ケヴィン•マーティンと過去にE.A.R.でコラボしたことのあるソニック•ブームがオーディエンスの中をゆらゆら歩いているところを発見。相変わらずのポロシャツ+Gジャン+おかっぱ頭でしたが、一頃に較べて「激痩せ」ぶりは多少おさまったかもしれない。ジェイソンが来る類いのライヴかも?となんとなく思ってはいたけど(ってのも、彼はこのライヴ会場からそんなに遠くないところに住んでるので:ショーディッチで、過去に2回見かけてます。なぜか、毎回お子さんと一緒の場面)、ソニックというのもそれはそれで納得。

しかしコンゴスのショウは、音響面はまったく問題なし、絶品な内容だった。それはまあ、とどのつまりは彼らがヴォーカル•グループであり、主役はサウンド•システムではなく歌声とそのハーモニー、すなわち鋭角的なダブ•ノイズではなく丸みのある音で空間を満たしてくれたからだろう。サン•アロウとMゲッデス•ゲングラスの率いるバンドもキーボード、コンピューター機材の他に生ベース&ギター、サックス、生パーカッションなど、上物が中心の構成だ。
ジャングルの行進を思わせるおっとり気味のパーカッションにチャイムとシンセの雨が降り注ぐ「Invocation」のイントロにのり、いよいよコンゴスの4人が登場。全員白髪のドレッドロックがなんとも壮観なおじいちゃん達(最高齢メンバーは65歳)で、精悍な身体つきと顔立ちは見事に保存された高価な薫製肉を思わせる美しさ。ガンジャと菜食主義の賜物なのか?? とはいえコンゴスTシャツやラスタファリ•カラー、スポーツ•ウェアなどいでたちはカラフルな4者、宗教舞踏を思わせるしなやかな動きを見せつつ、♪Get together〜のユーフォリックなチャントを徐々にビルド•アップさせていく様は、まるでにわか雨がやんで太陽が顔を出した時の光景。暗く閉め切られたウェアハウス会場に、どこからか光が射し込んできたようだった。
悠久なダブ•ビートのサイクルがこうして始まったが、コラボからまだ日が浅いからか、コンゴスの長年培われたライヴ•ケミストリーとバックのグルーヴが掛け違う場面に冒頭は何度かヒヤッとさせられた。複雑に絡み合うポリリズムなので仕方ないが、テンポが崩れても動じず、焦った表情のバンド側が立て直すまで歌を続けるコンゴスには、アクシデントも許容する大らかさがあった。
そのレイドバックした雰囲気に観客もほぐれてきて、「Happy Song」の船に打ち寄せる波を思わせるスウィングがキック•インしたあたりで場内も本格的に揺れだす。左端に立つセドリック•マイトンが時にコンガで加わる他、MCのかけ声、バンドの繰り出すジャム〜インストにあわせ、メンバーが繰り広げる奔放なダンス(ホップしたり歩き回ってるだけの時もあるが:子供みたい)は微笑ましく無心なリズムの喜びに満ちていて、こちらもつりこまれてしまう。ファットなビートが素晴らしかった「Sunshine」ではアレンジも音源から少々変えてあって、生で冒険しようとするサン•アロウ側の心意気もナイスだ。

しかし、それ以上に魅了されたのが彼らのマイティなヴォーカル•ワークだった。高齢とは信じがたい張りのある声にもびっくりだが、バリトン、バス、テノール、ファルセットと数色のトーンが織りなすハーモニーはリッチでグラデーションに富み、各人のソロでの見せ場もたっぷり。スタイルとしてはバーバーショップ•コーラスやR&B(その根本はゴスペルなのだと思うが)グループを思わせるものの、和声や歌詞をソリッドに維持するだけではなく、レゲエの可変性に合わせそれぞれの声が楽器のようにアクセントをつけたりエフェクトと化す様は、ガチガチした西洋型声楽音楽とは異なるヴァイタリティにあふれている。
中でも秀逸だったのが「Jungle」そして「Food Clothing And Shelter」で、パーカッションとヴォーカルがハチミツのように溶け合う前者、サックスやキーボードが点描する空間をエコーに濡れそぼった声の波が埋めていく後者と、頭と身体がもみほぐされるようだった。
コラボ•アルバムは7曲のみ収録と短いこともあり、後半〜アンコールはコンゴスの楽曲も登場。ラスタファリズムのメッセージ、アフリカ回帰を歌った楽曲のディープなサウンドと敬虔なトーンは、彼らにとって音楽は単純なエンターテインメントではなく思想•信念のメッセンジャーであり、パフォーマンス/パーティはスピリチュアルな集会であるのを強く感じさせた。

その純粋さとメンバーの人間的なチャーム、彼らの魅力をばっちり立てた音楽とバッキングにお客も感動を隠さない。喝采が続き、MCも「このままオールナイトで続けたいね!」と盛り上げたところでプレイヤー達がステージに戻り、アンコール2曲は共に「Heart of The Congos」から。まずは「Congoman」、そして彼らのテーマ•ソングとでも言うべき「Fisherman」が続き、ベテラン•ファン達の熱狂はひときわ大きかった。その「Fisherman」はセドリックが1回目にイントロをしくじり、全員やいのやいのと大笑いしながらやり直すことになったのだけど、観客の心は既にステージと完全に一体となっていて、誰もがあたたかな笑顔でその光景を見守った。「ブラザーズ&シスターズ!」とMCに呼びかけられても抵抗は感じなかった(面映いんですよねー、あれ)くらい、こんなに素敵な雰囲気のライヴは久しぶりだったかもしれない。
双方向の愛情が生まれたという手応えはコンゴス側も感じていたのだろう、繰り返しお辞儀しラヴ&ピースのサインを振りながらアンコールを終えたものの、客電が灯ってもまだ拍手を送り続けるお客の熱気に応え、4人のみひょいひょいっと戻ってきて(たぶん会場側は終演時間を気にしていたのだろうが)、R&B風のア•カペラをひとくさり。「Heart of The Congos」再発の暁には同アルバム全曲演奏のツアーを企画しているそうで、その時にロンドンに戻って来たら、また皆さんあいましょう!のMCに、大きな「YES!」が返された。
先にも書いたように、レゲエはほとんど門外漢。その長く広い歴史を前に「どこから手を出していいものやら」と躊躇してきたような人間だが、そんな自分にとっての生のイニシエーションとでもいうのか、それがこの晩のコンゴスであり、今風のシニシズムを武装解除してくれる彼らのシンプルかつダイレクトなルーツ•レゲエで良かったなあ、と心から思っている。

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Mariko Sakamoto について

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