Berberian Sound Studio

雨が多かった今年のイギリスの夏だが、ロンドンは8月中旬の暑さをピークに9月に入って一気に空気が澄んだ。最低気温が10℃なんて日もザラで、明け方の肌寒さに目が覚める。秋です。
こういう気候だと、サンマとか焼き茄子を無性に食べたくなる。しかしイギリスでサンマを見かけたことはないし(島国なのに魚介のバラエティが乏しくて、「魚嫌い」も多いのは実にもったいない話です)、茄子にいたっては……日本で標準の茄子ではなく、20センチくらいの米茄子タイプが9割を占める(Baby aubergineってのもたまに売ってるのを見かけますが、これは人差し指サイズの小ささなんだけど、種がやたら多くて渋みも多いので苦手)。ブカブカに肉厚で油を吸うばかりのこの手の茄子は、ムサカ、ババガヌーシュといった地中海〜中近東系料理や田楽ならまだしも、残念ながら焼き茄子や炒め物には向いていない。ショウガ醤油で食べたいなあ〜茄子。

日が短くなる様が手に取るように分かるこの時期になると、ライヴよりもおこもりエンタメ=読書やテレビ、映画に走りがち。その映画と言えば10月のBFI London Film Festivalのラインナップが発表されて気分が盛り上がるわけですが、ティム•バートンの「Frankenweenie」プレミアが看板/目玉ってのは地味ざんすね〜〜。ヴェニス映画祭、トロント映画祭もまだ記憶に新しいから仕方ないかもだけど――音楽フェスで言えば、これはヘッドライナーの取り合いでしょうか?――ポール•トーマス•アンダーソンの新作「The Master」くらいは引っ張ってこれなかったのだろうか。それがダメでもブリリアントな快作「District 9」でおなじみ:ニール•ブロムカンプ新作「Elysium」あたりは期待していたのだけど、こちらは公開時期が来年にずれてしまったので、今年10月のタイミングは到底無理らしい。
ともあれ、エンタメからアートハウス、ワールド•シネマ、実験的短編にドキュメンタリーまで多彩なLFFプログラムの中には何かしらジェムも見つかる。フェス出品作はいずれイギリスにおいて一般公開されるケースがほとんどなので心底焦りはしないが、一足早く!という意味では貴重な機会。故にチケットの競争率も高いのだけど、今回なんとしても観たいマイ最優先マターは「Big Star:Nothing Can Hurt Me」。タイトル通り、ビッグ•スターのドキュメンタリー映画です。恐らくアレックスは生前このドキュ向け取材に応じていないと思うので、その意味ではたぶん、自分としては観てもがっかりするだけじゃないか……?との危惧も多少抱いてはいる(たとえば肝心のバンド•メンバーやプロデューサーといった「当人達」よりも、ファンが「いかにこのバンドはすごいか/このアルバムに自分は影響されたか」を語る場面が多い音楽ドキュメンタリーは、たとえその〝ファン〟が有名ミュージシャンであっても食傷気味なので…)。しかし基本的に伝説に厚く包まれたバンドだけに、音と絵、そして自分の理解とは異なる視点や関係者の発言からその足跡を辿るのは興味深いだろう。
音楽映画は相変わらず人気なようで、他に「Good Vibrations」、「Spike Island」などが出品されている。前者は北アイルランドのパンク•シーンを守り立てた伝説:テリー•フーレイ(アンダートーンズを世に送り出した人物として知られる)のバイオ映画で、もっとも紛争が激しかった時代の北アイルランドのキッズ達に、彼が始めたレコード店:Good Vibrationsが投げかけた希望と光を描き出してくれるはず。後者はセカンド•サマー•オブ•ラヴとマッドチェスターで染まった1990年の英ロック•シーンを背景に、架空のアマチュア•バンドが成功とスパイク•アイランド•ギグのチケットを求め奮闘する様を描く青春映画らしい。スカリーズというトライブ(族)のノリをどこまで再現できるか、お楽しみ。

他に(今回観れたら)このフェスで観たいのは、マーティン•マクドナーの新作「Seven Psychopaths」と、ベン•ウィートリーの「Sightseers」の2作。
前者はイギリス生まれのアイリッシュ劇作家/監督の佳作「In Bruges」(2008)に続く待望の作品で、コリン•ファレル、サム•ロックウェル、クリス•ウォーケン、ウッディ•ハレルソン、トム•ウェイツ(!)というめちゃめちゃくすぐられるキャスティングだけでも、観る価値は充分かと。それもあるけど、何より「In Bruges」はリピート視オッケーのブリリアントな作品だったので、そのフォロー作がどうなるか楽しみなのだ。ちなみに、監督の弟であるジョン•マイケル•マクドナーの「The Guard」(2011)――どちらもブレンダン•グリーソンの魅力爆発!!です――も素晴らしかったので、アイリッシュ好きは今後も注意くださいね。
後者=「Sightseers」は、これで2作目か3作目の若手監督:ベン•ウィートリーの新作。英モダン•ホラーの新風として高く評価されたリアリスティック&ダークな前作「Kill List」(2011)に続く長編で、今年のカンヌでも話題を集め、前評判は上々だ。とはいえ、〝ホラー•コメディ〟なる形容が捧げられているので「Kill List」ほどニヒルで陰鬱な映画ではなさそう。共同プロデューサー陣のクレジットには監督の友人というエドガー•ライトの名前も含まれているので、ひねりの利いた内容になりそうです。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

というわけで枕が長くなりましたが、本題:一部の映画好きがそのベン•ウィートリーと並ぶ現英インディ映画界期待の若手と呼ぶ、ピーター•ストリックランドの新作サイコ•スリラー「Berberian Sound Studio」。映画と音楽が好きな人間にはたまらない一作だと思います。
この監督の長編デビュー作「Katalin Varga」(2009)は、完全なる自主制作ながらハンガリー(撮影地はトランシルヴァニア)を舞台とする古典的な復讐劇のモダンなヴァリエーションとして、また独自の映像感覚で高く評価された(ベルリン映画祭で音響プロダクション部門を受賞)。その「Katalin Varga」はハンガリー〜ルーマニア人キャストで制作されたが、「Berberian」はクセのある脇役怪優としてシネフィル人気の高い英俳優:トビー•ジョーンズが主役。
最近では「Tinker Tailor…」のパーシー役や「The Hunger Games」(この時の彼のルックス、「Zoolander」のムガトゥみたくて笑えた)が記憶に新しいところだと思うが、この人は10月公開予定のHBO映画「The Girl」でのヒッチコック役も話題になっている。これはヒッチとティッピ•へドレン(若い頃の彼女を演じるのはシエナ•ミラー)の歪んだ関係に焦点を当てたドキュドラマだそうで、それはそれで面白そう。

  ::::::::::::::::::::::::::※※※※  Spoiler alert!!!  ※※※※※:::::::::::::::::::::::::::::::::

以降はストーリーに触れているので、前知識に邪魔されたくない方はスルーください。

前作のハンガリーに続き、「Berberian」の舞台になるのはこれまた異国=イタリア(おそらくローマ)で、台詞の50%もイタリア語だ。時代背景も1970年代に設定されていて、観客は過去という〝別の国〟に放り込まれる。ピーター•ストリックランドはなんでもイギリスとギリシャのハーフだそうで、ガチガチに〝2010年代のイギリス〟に捕われないその感性は、むしろヨーロピアン的と評されてもいる。
タイトルが示唆する通り、作品は録音スタジオ=映画向けの音響ポスト•プロダクション•スタジオ:バーベリアン•サウンド•スタジオを中心に展開していく。初老の英国人録音技師であるギルデロイ(トビー•ジョーンズ)が、映画のアフレコ&音響処理(台詞のダビング、特殊音響処理他)のために直々にイタリア人映画監督に招かれ、はるばるイギリスからイタリアにやって来る……というところから物語は始まるのだが、たとえばイタリアの美しい町並み他の外観〜ロケ•シーンは一切登場せず、基本的には室内劇になる。
この作品は〝映画製作にまつわる映画〟(例:「81/2」、「アメリカの夜(Day For Night)」、「ことの次第(The State Of Things)」、「ミッドナイトクロス(Blow Out)」他多数)の傍流にも位置するが、その派手で華やかな側面ではなく、プロダクションの黒子である裏方エキスパート達による地道な作業と、聴覚のトリックによる別の世界=フィクションの構築に光が当てられる。その光景は、スタジオというテクノロジーの祭壇を舞台にした、オカルトを思わせるマジック/儀式のようにも見えてくる。

だったら別にイタリアじゃなくてもいいわけで、それこそ「血を吸うカメラ(Peeping Tom)」のようにイギリスでも成り立つだろう。しかし、本作のポイントのひとつはギルデロイが雇われた映画「The Equestrian Vortex」がジャッロである点。イタリアのジャンル映画〜B級ピクチャーのひとつであるジャッロは、70年代にピークを刻んだ怪奇/残酷/心理劇/謎解き&探偵映画。日本でも一部に熱心なファンがいると思うが、荒唐無稽でアナだらけなストーリーとトホホな演技(笑)をひたすら映像のインパクト&色彩美/音響重視な姿勢で押し切っていく強引&独自のスタイル、クラシック•ホラー好きとしては愛着がある。別にジャッロの専門家ではないので有名監督の作品しか観てませんけど(マリオ•バーヴァ、ダリオ•アルジェント、ルチオ•フルチあたり)、とりあえずアルジェント×ゴブリンの名タッグのサンプルを以下に。

ホラーやスリラーは、もちろんこの頃から進化/枝分かれした。ロメロのゾンビはもちろん、「エクソシスト」、「オーメン」、アルジェントの(個人的にベストな)「サスペリア2(Deep Red)」とほぼ同じ頃には怒濤の名作「悪魔のいけにえ(Texas Chainsaw Massacre)」と「Black Christmas」があり、スラッシャー古典「ハロウィン」、(〝発見された映像ホラー〟の草分けとも言われる)「食人族(Cannibal Holocaust)」。80年代にも色々あったし、モンスターやSFホラー、アジアン•ホラー、割と新しいところでは「ソウ」や「ホステル」といったトーチャー•ホラーもあった。ジャッロはすっかり廃れたニッチなジャンル•ホラーと言うわけだが、音楽シーン同様にネットの恩恵で映画も過去の知られざるジェムを再検証する方向に向かっているようで、こうしたカルトなサブ•ジャンルは近年新たなファンを開拓してもいる。
そのセンシビリティは「カルト映画のサントラ再発」にもよく出ていて、イギリスではトランク•レコーズ(サントラ以外にも、ライブラリー•ミュージックやモンドなエキゾチカを発掘)やファインダーズ•キーパーズのマニアック&DJ感覚なセレクション――ジャン=クロード•ヴァニエを皮切りに、最近ではアンジェイ•ズラウスキー×アンジェイ•コジンスキーの「ポゼッション」を再発している――が耳を引く存在だと思う。
音楽と映画が結託した抱き合わせ(タイアップ)商売は、双方のメディアが受難している近年増えている。音楽好きとしては歓迎すべき傾向なのかもしれないが、音楽と映画を等価に吸収した世代(ジャームッシュ、ハル•ハートリー、アキ•カウリスマキ、ウェス•アンダーソン他)に較べ、監督の個人的&思春期プレイ•リストを聴かされているようで赤面してしまう作品、あるいは人気バンド曲を集めていっちょあがり〜、なコンピ•サントラも増加している。主人公のキャラを代弁する楽曲(「ジュノ」)、作品の時代設定や背景を浮き彫りにする選曲(「アドヴェンチャーランド」)はまだ分かるけど、やや安易と映る。
その不満を解消してくれたという意味で、ニコラス•ウィンディング•レフンの「ドライヴ」は痛快だった。元ネタには色々あるだろうが、筆者が一番強く感じたのはマイケル•マンの影響。80年代のマン仕事(特に「Theif」、「Manhunter」)と「マイアミ•バイス」、そして名作「ヒート」に至る道筋には、ドリーミィな画面を満たすクリエイターとしてタンジェリン•ドリーム、クラウス•シュルツ、ヤン•ハマーらマニアックな名前が散らばっている。元レッド•ホット•チリ•ペッパーズのメンバーでもあるクリフ•マルティネスによるシンプルなシンセ•スコアにジョン•カーペンターの影が浮かぶ点も含め、映画における映像とモダン•ミュージックの有機的な化合の可能性を強く意識させてくれた一作として、「ドライヴ」は特筆に値するだろう。

話を元に戻しまして――かといって、「Berberian」はジャンル再検証が高じた今風のファン映画、近いところでは「Cabin In The Woods」のような「オタクなホラー•ファンによるスマートなパロディ/メタ•ホラー」とも違う。この映画の宣伝用ポスターのデザインからしてアルジェントの初期作品「4 Mouche Di Velluto Grigio」のポスターから想を得ているし、黒い革手袋をはめた手、色彩設計など随所にジャッロの様式美がアクセントを利かせている。が、そこに期待される肝心な「血なまぐさい殺人」は起きない。残虐劇は映画の中の映画である「The Equestrian Vortex」で展開されるとはいえ、この「サスペリア」を思わせる(バレエではなく)馬術学校を舞台としたいかにもなゴシック•ホラー、タイトル•シークエンス――ステレオラブ、プライマル•スクリーム、オアシス、ブロードキャストらのスリーヴでロック•ファンにもおなじみのデザイナー:ジュリアン•ハウスが担当していて、秀逸です――を除くと我々が実際に見ることはないのがミソ。
基本的に窃視者のアートである映画の中でもホラーとポルノはもっとも出歯亀度が強いジャンルだと思うが、その「見たい」という欲望を拘束し、本作は耳を通じてこちらの想像力を働かせようと仕向ける。代わりに目に入るのは、断末魔の悲鳴をあげるアフレコ役者や、様々な効果音――不気味な足音、突き刺されるナイフ、死体が倒れる音etcを再現する/生み出すべく、音響マン(Foley artist)が真剣な表情で野菜や日常用品と格闘する姿。その光景は滑稽ですらあるし、スタジオを彩る奇妙な登場人物達や彼らの面妖な振る舞いの数々も初めのうちはシュールな笑いを誘う。しかしポスト•プロダクション作業の難航でムードは刺々しいものへと変化し、スタジオと制作スタッフの実情をギルデロイが理解し始めると、笑いやユーモアは徐々にストーリーから影を潜めていく。

本作のインスピレーションのひとつには、BBCレディオフォニック•ワークショップといったパイオニア達が繰り広げたアナログならではの試行錯誤、そしてジョー•ミークやグレアム•ボンド、フィル•スペクターあたりに想を得た、スタジオという密閉された空間+研ぎすまされた音感/聴覚の引き起こすオブセッション〜狂気というのもあったという。闇に禍々しく浮かぶ「Silenzio(録音中:お静かに)」の赤いランプ、秒単位で割り振りされたダビングの配置表、コンソールを上下する無数のスイッチ、揺れ動く計器の針。そんな息苦しい環境に取り囲まれ、マイクとヘッドフォンを通じて音を細かくモニターしながらテイクを重ね、ダメ出しに同じ作業を何度も繰り返すギルデロイの孤独にちぢこまった姿は不安を掻き立てる。
イギリスののどかな片田舎で老いた母親とふたりで暮らし、ネイチャー•ドキュメンタリー映画の録音(樹木をそよぐ風や鳥のさえずり、小川のせせらぎ)や「Clangers」を思わせる子供向けの音響トリックを本領とするこの主人公は、世間知らずの子羊のような存在。対するバーベリアン•サウンド•スタジオの威圧的でカフカばりに不条理な空気と「〜Vortex」が描き出すエログロ&制作スタッフの破廉恥さはさながら異教徒のそれであり、愚弄され威嚇されたナイーヴな魂は変調を来し始める。

そこから結末までは見てのお楽しみ……というわけだが、現実ともパラノイアの悪夢ともつかないブレた境界線〜サイケデリックなハルシネーションの感覚は見事に捉えられている。60〜70年代のポランスキー(「反撥」、「テナント」など)とデイヴィッド•リンチ(「イレイザーヘッド」、「マルホランド•ドライヴ」)が引き合いに出されるのも納得だし、アルジェントはもちろんアルトマンの隠れ名作「イメージズ」、イエジー•スコリモフスキの「The Shout」も。
映画製作やアートの創造にまつわるオブセッションという意味ではキューブリック「シャイニング」、コーエン兄弟の「バートン•フィンク」、あるいはアンリ=ジョルジュ•クルーゾー(未完の)「Inferno」なども脳裏に浮かぶし、バロック調の濃厚な画面にデレク•ジャーマンの「カラヴァッジオ」、絵画やテキストへのこだわりにピーター•グリーナウェイなど、イギリス映画の先人を思い起こしもした。
これら一見多様な名前の数々は、そのまま「Berberian Sound Studio」のポストモダン性を物語るものなのかもしれない。しかしスタイルや時代は違え、映像(表層)と音楽(内面)のディープなシンクロに心を配る作家監督という意味で彼らは共通していると思う。先にも書いたが、自分程度のレベルのリスナー/シネマ•ファンでも映画を見ていてとってつけたような音楽やミエミエな選曲に閉口させられることの少なくない昨今、彼らアートハウス•シネマ〜実験映画〜アングラ•シーンの先達が開拓した絵と音の根源的でマジカルな融合は失われがち。そのユニークなケミストリーを、そのものずばり:映画の音響マンを主人公にしたこの映画は思い起こさせてくれるはずだ。

ちなみに本作のメイン•スコアはブロードキャストのジェイムス•カーギルが担当していて、クレジットにはナース•ウィズ•ウィンドの名前もあった。監督のピーター•ストリックランド当人はかなりのアヴァンギャルド音楽ファンなようで、そもそも本作のタイトルであるBerberianは、前衛声楽家/ヴォイス•パフォーマーであるキャシー•バーベリアンにちなんでいるのだとか。マニアックなリファレンスの数々はこちらのインタヴュー記事にも詳しいし、彼の選んだおすすめ映画サントラのチョイスも非常に面白いので、興味のある方はチェックしてみてくださいまし。

広告

Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
カテゴリー: film, music タグ: パーマリンク