All the Adults Will Die: Punk Graphics 1971-1984

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ちょっと前に友人連に誘われ、サウスバンク•センターのヘイワード•ギャラリーで開催されていたパンク•アートのエキシビション「大人どもはいつかみんな死ぬ」に行ってきました。キュレーターのひとりに「パンクと言えばこの人」なベテラン英音楽ジャーナリスト(にしてコンピ企画の選曲でもおなじみの):ジョン•サヴェージも名を連ねているので、音楽&アートのコラボにありがちな間抜けな間違い/勘違いもなさそうである。

ちなみに、ジョン•サヴェージの書いた「England’s Dreaming」は、ピストルズとロンドン•パンクを知りたい人(あるいはロック好き)なら読んで損のない定本的な一冊。こういった、単独のアーティストなりバンドのバイオ本ではなくムーヴメントやジャンルを俯瞰した口述文献スタイルの音楽本という意味で、他にお勧めするのはレッグス•マクニール&ジリアン•マッケインの「Please Kill Me」(ニューヨーク•パンク)、マイケル•アゼラッドの名著「Our Band Could Be Your Life」(80年代USパンク&インディ)、サイモン•レイノルズ「Rip It Up And Start Again」(ポスト•パンク)あたり。確か「Our Band」以外は日本語訳も出てるはずだけど、読んでいると文中で取り上げられてる音楽やバンドが聴きたくてたまらなくなる本ばかりなのは保証します。

さてさて。パンク•ロックの始まりには諸説あるわけだけど、それを仮に1977年と捉えれば、今年は35周年にあたる。あまりキリのいい数字ではないので大規模な回顧作業(記念コンサート等)は行われなかったと思うが、このエキシビションはちょっとしたオマージュ/アニバーサリー•イベントと言えるかもしれない。
「ちょっとした」なだけに、会場はヘイワードのメイン•ギャラリーではなく3部屋から成るプロジェクト•スペース。展示そのものも無料だった。出品作がいわゆる「絵画」ではなく、パンク•コレクター6人が提供した個人蔵のポスター、フライヤー、デザイン版下、7インチ、カセット、ファンジンetcといったメモラビリア(収集物)なため、広い空間は必要ないのだろう。観に来ているお客は、①パンク実体験世代②美学生っぽい佇まいの若者が中心。
最初の部屋はポスターや宣材がメインで、ジェイミー•リードの巨大なスクリーン•プリントが目を引く。他にも1976年12月の英紙Daily Mirror見出し(例の「The Filth and The Fury!」ですね)の黄ばんだ実物をはじめピストルズ物件が多いが、ニューヨーク〜CBGB勢のギグ•フライヤーも配されていて、パンク美学の波及〜双方向の影響を感じることができる(このエキシビションのタイトル「Someday All The Adults…」にしても、テキサス:オースティンのファンジン表紙にちなんだもの)。本の中でしかお目にかかったことのないチラシや歴史的アート•ワークの現物を眺めるのは、それはそれで感慨深いものがある。

切れてますが、左上がDaily Mirrorの一面を飾ったビル•グランディ事件。

次の部屋がメイン展示で、中央を占めるガラスの陳列ケースを中心に、壁には77年〜84年にかけてリリースされた7インチ•シングル、ファンジンやマニフェスト、アート•ワークが並ぶ。陳列ケースの中にはピストルズ幻のA&MシングルやTシャツ、手書きのセット•リストやインディのカセットなど、レア度の高いアイテムが保管されている仕組み。
その陳列ケースよりも、個人的には7インチとファンジンが面白かった。7インチはThe Desperate Bicycleから始まり、名の知れたところ(バズコックス、スウェル•マップス、ザ•ノーマル他)からたとえば1枚きりで消えた無名に近いアクトまで多彩なのだが、さながら名コンピ「Messthetics」を実体験するようで盛り上がる。隣の部屋はビデオ上映ブースで、ここで展示されていた7インチのジャケがスライド上映され、その両面曲を順繰りにiPodがPAから流す趣向だったのはナイスである。

コレクターには垂涎ものの光景です

7インチのスリーヴ•デザインというのは英米においては70年代後期以降一般性を獲得したメディアだったりするが(それ以前のシングルは、多くがレコード会社製の事務的な紙スリーヴや白スリーヴに収まったおとなしいもの)、パンクスやDIY勢のシングル志向とデザインへの目配りは、シングルの「付加価値(=デザイン)」を守り立てる役も果たした。以来、シングルのほとんどは印刷スリーヴをまとうようになった。
もっとも、展示されていたシングルの多くは写真コラージュや落書きに近いイラスト、手書きのロゴ、安いコピーの拙いスリーヴ。しかし、7インチという当時もっとも安価でアクセスしやすいフォーマットを最大限に活かすべく、ドーナツ盤の小さなスペースにバンドのアイデンティティやメッセージを視覚化し、時にユーモアや遊び心も埋め込んだ彼らの心意気とスピリットは今でもやはり魅力的に映る。
な〜んて考えは、デジタル•ミュージック/ダウンロード時代においては完全にロートルで、過ぎし文化へのノスタルジアに他ならないのだろう。が、ロゴやアート•ワークはアーティストの感性、ひいては作品そのものへの扉を開く大事なキューのひとつじゃないかなぁ。「音楽だけ聴けば充分」という意見もあるだろうし、それはそれで実に正しいのだが(音は視覚化できないですし、むしろピュアに音だけで勝負したいって人もいるだろう)、上手く使えばアート•ワークは曲なりアルバムなりの背景やコンテクストを表現し増幅する有効な手段。それをおろそかにするのは、もったいない話だと思うのです。

ミニコミ〜ファンジン篇は、イギリスよりもむしろアメリカ勢が充実しているのが興味深かった。「PUNK」マガジン第一号はもちろん、グレッグ•ショウの「BOMP!」ピストルズ表紙号、ジョン•サヴェージ本人の「London’s Outrage」、「Sniffin’ Glue」や日本の「狂乱娼館」、ホッチキス留めの簡素な冊子まで飾られていたが、「Slash」、「Sub Pop」、「Touch and Go」といった具合にアメリカはファンジンからレーベルへと発展していったケース(「BOMP!」も含む)が案外多いのを改めて思い出した。第一人者としてはニューヨーク、あるいはロンドンがパンクの狼煙を上げたのだろう。その意味で彼らはセカンド•ウェーヴではあるけれど、「最初の〝You can do it〟のシグナルを受け取り、そのショックに触発されて何を始めたか?」という意味では、アメリカのキッズやDIY勢の方が英国勢よりもアクティヴだったのかもしれない。

サブポップの表紙はかわいい

あと、アメリカのファンジンはロック好きとコミック好きのポップな連帯(どっちも、お父さんやお母さんが眉をしかめる対象ですよね)が見て取れるのも面白い。いわゆるアメコミからアンダーグラウンド•コミックまでアメリカの方がイギリスよりもコミックの歴史層は厚く、その感性は(ラモーンズの戯画調なルックスなど)パンクと自然にシンクロし、印象的かつアイコニックなイメージの数々を生み出すことになったのだろう。たとえばリンダー•スターリングによるバズコックスの美しいフライヤーに較べると、遥かにダイレクトで性急ではないだろうか。以下は、ギャリー•パンターの傑作「Screamers」イラスト、そしてレイモンド•ペティボン様の原画っす。

まさしく「叫ぶ人」

暗黒コーナー(?)左がレイモンド•ペティボン、右がクラス

もちろん、世界的にはひとつの「動くアート•プロジェクト」であり、かつ新たな感性のシンボル/広告塔だったとも言えるピストルズのイメージやヴィジュアルこそがパンクのアイコンなんだろう。けど、「ボンデージ•パンツと安全ピン」を経て徐々によりダークでラディカルな潮流が混じってくる、80年代初期はまた独自の味がある。ステンシルやギー•ヴァウチャーによるアート•ワークの原画、マニフェスト(手作りパンのレシピ!)などを展示したクラスの一角は、その意味でも異彩を放っていた。
クラスに関しては、今年刊行された評本「クラス:The Story of CRASS」(ジョージ•バーガー著:河出書房新社)日本語版を送っていただいたのに、まだ途中までしか読んでない……すみません萩原さん……ので、これを機に年内に読み終えることを誓ったのでありました。ギー•ヴァウチャーのモノグラムが最近再発されたばかりなので、興味のある方はぜひぜひ。

1時間もあればキャプションも含めすべて消化できるコンパクトな内容だったが、デザイン/アートという観点から集められた展示品の数々を見ていて、パンクのエソスがどれだけその後のカルチャーやヴィジュアル•コミュニケーションに引用され模倣されパロディされ翻案されてきたか、を改めて感じた。30数年前には破廉恥!キワモノ!と良識派に唾棄されたこれらのアイデアが、今ではすっかり社会の編み目の一部として吸収•咀嚼され、一種の「目印/ジャンル•コード」と化している、とも言える。それは一種の勝利と言えるし、同時に敗北でもあるのかもしれない。
もうひとつ感じたのは、これらの展示物の内包する一過性。熱意と経済力のあるコレクター諸氏のおかげで自分のようなパンピーも実物を拝めたわけだが、ポスター、チラシ、レコード、雑誌など、展示物のほとんどは「ある瞬間」を捉えたものであり、たとえば一定の期間が過ぎたら店頭から消える/街路から取り去られる宿命にあった。有名なアート•ワークなり音源はスキャンされデジタル化され今後も若い世代に受け継がれているとはいえ、当時「30数年後にこんなエキシビションが企画される」とは、恐らく当事者のパンクス達の誰ひとりとして想像していなかったと思う。
写植を切って貼って……の面倒な手作業を経ての版下、原画、あるいは紙質も印刷も決して良くないこれらファンジンには、しかし「今これを書かないと/拙くても伝えないと」の切羽詰まった感じ〜ダイナミズムが詰まっている。そこには、どんなにスピーディでニートでクレバーな報道であっても、ブログやウェブサイトの記事からは伝わってこない「匂い」がある。これまたロマンチストな物言いなのかもしれないけど、こうした匂いを求めて、今もまだ(かつての爆買ぶりに較べればずいぶん控えめになりましたが)新聞や雑誌を買っているのかもしれない。まったく同じ記事でも、ネットで読むのと印刷媒体で読むのとでは自分の中のアンテナの立て方が違うんですよね。

というわけで短いながらもエンジョイしたエキシビションでしたが、ちょっとした後日談――というか、観に行った当日の痛快かつちょっと胸にしみるエピソードを。

会場に入ろうとしたところ、隣のカフェに付随した外のパラソル席(といってもこの日は曇り/雨だったので雨よけですが)に黒ずくめの白髪のカップルがコーヒーを飲んでいる姿を見かけた。「きっとこのエキシビションに来たオリジナル•パンクスなのだろうな〜」と思いつつ何気なく通りすぎたが、男性と一瞬目が合ってびっくり。見間違いか?とも思ったが、あれはたぶん、クラスのペニー•リンボーだった。数号前に掲載された「WIRE」の記事で近影を見たばっかだし、きっとそうだ。
そのカップルは自分よりも一足先に会場に入っていったので、そのポジションを利用し、展示物を鑑賞する傍ら彼らの様子をチラチラ覗き見する。同行の友人連も「あれ、ペニーだよね?」と耳打ちしてきて、自分ひとりの妄想/錯覚ではなさそうだ(ホッ)。クラスのコーナーではやはりひとしきり長い時間かけて鑑賞していて、更に確証が深まる。同行の女性はギー?と皆でささやき合ったが、自分はたぶん彼女ではないと思っている。

すみません、隠し撮り

しかし、ストーカーのように張り付いていてもしょうがないので、エキシビションを堪能し、写真をコソコソ撮っているうちに、ふたりはギャラリーから消えていた。同行人達もひとしきり満足したようなので会場を後にしようとした……ところ、ん??入り口に配置された展示の概要を記したイントロダクションのパネルに、会場に来た時にはなかった異物が貼り付いているのに気づいた。近寄って見てみたところ、以下のメッセージが。

“This is bollocks and untrue.Penny Rimbaud.Crass”

あの白髪パンクが本当にペニー•リンボーだったのかは、断定できない。同行の友人達も、「たぶんそうだろう」と思いつつ、プライバシーを尊重する遠慮傾向の強いイギリス人だけに彼に声をかけることはなかった。しかし、知人のひとりは彼らが会場を出る際に「このエキシビションはダメだ!」と口走って不満たらたらだったのを耳にしていたそうで、このメッセージを残した人物と、(限りなくペニー•リンボー似の)御仁が同一人物だった可能性は高い。
Twitterのフェイクなアカウントを始め、有名人の名前を騙る人間はいくらでもいる。なので、このメッセージも誰かのイタズラに過ぎないのかもしれない。しかし、この去り際に紙切れ(巻きたばこのローリング•ペーパーですね)に書き付けられた簡潔な捨て台詞は、実際に当時を生き、今もその理念を追求している人ならではの気概だと自分は信じたい。
納得できない何かにブチあたったらその場で即抗議する、パンクのアティテュードは今も健在なようです……と言いつつ、この「発見」を友人達と話していて、「あの紙切れをそのまま額縁に収めれば、もう一品展示が増えるのに」と笑い合ってしまった。それ以上に、展示会場内を威圧感たっぷりに警備していた美術館のスタッフ達が「なんだ、このイタズラは!」と、この紙片を何も考えずにさくっと剥がして速攻ゴミ箱にポイしてしまわないことを祈った。

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Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
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All the Adults Will Die: Punk Graphics 1971-1984 への2件のフィードバック

  1. natsumi inami より:

    とてもおもしろいレポートでした。パンクスはやはりかっこいいですね。
    自分の持っている色んなCDブックレットに載っている、坂本さんの文章がとても好きです。
    Elliott smithの「either/or」の対訳は宝物です。これからもブログ楽しみに覗きますね!

    • Mariko Sakamoto より:

      natsumi inamiさま:コメントいただきありがとうございます。プロのデザイナーやAD、写真家による
      練られたアート•ワークも好きなのですが、パンクの「なんでもあり」で低予算ゆえの粗さ〜シンプルさもまた、(音楽と共に)
      当時の価値観を転換したのだなと、エキシビションを見て改めて感じた次第です。
      「either/or」は、関われただけでも自分には胸いっぱいでした。お元気で。

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