Conor Oberst@Barbican Hall/4Feb2013

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新人あるいはベテランでもない限り、ツアーは「新作リリースの直前あるいは直後を狙い、プロモ―ション効果を見込んで企画される(=アルバムを売るための宣伝&露出の役割も重要)」ケースが多い。そう考えればこのショウは唐突っちゃ唐突なタイミングだった。Desaparecidosが動き始めたとはいえ、このショウそのものの発表は去年の9月。しかし作品をプロモートするという責任=プレッシャーから解放されたことで、コナー•オバーストの現在地がクリアに見えた内容だったかな、とも思っている。

Simone Felice Band

Simone Felice Band

この晩のボーナスは、元The Felice Brothersの「歌うドラマー」ことSimone Feliceが前座に登板したこと。フェリース•ブラザーズはその名の通りフェリース兄弟を主軸とするバンドで、フォーク/カントリー•ロックを現代に解釈するいわゆるアメリカーナのバンド。フリート•フォクシーズ(フェリース•ブラザーズの方が音はもっとアーシーだけど)あたりの同期生と考えてもらえば、まあ間違いない。しかしほどなくしてバンドを脱退したサイモンはThe Duke&The Kingを結成、フロント•マン稼業に本腰を入れるのか……と思っていたところにバンドを解消し、昨年ファースト•ソロ•アルバムが登場。コナーが設立したレーベル:Team Loveからリリースされたこの作品はマムフォード&サンズのベンが共同プロデュースに当たった点も話題になった。
とはいえソロでこの人を観るのは初めてなので楽しみだったわけだが、ステージ中央に静かに歩み寄って「Charade」のア•カペラ独唱からスタートという展開はパワフルだった。ライヴ•ハウスなら分かるが、会場は全座席のコンサート•ホール。そのスケールに威圧されることなく、痩身のサイモン(ちょっとスティーヴン•ドーフ似)が全身と喉を振り絞って繰り出す「Unless you love/Your life will pass by(愛さない限り/人生はただ過ぎ去っていくもの)」のフレーズに水を打たれた場内がシー……ンと耳を傾けた。

喝采に続いた本編は、本人のギターにカリスマティックな女性フィドル•プレイヤーSimi Sernaker(歌&コーラスも担当)とラップ•スティール奏者を加えてのトリオ。シンプルではあるが、キャリアの分岐点となった心臓手術の体験談をてらいなくシェアし、フィドルに合わせライン•ダンス風のステップを披露し……と、サイモンが放つ人間的な磁力とストーリー•テラーとしての天性の才を引き立て、随所にエモーショナルな陰影や彩りを添えていて見事な息の合い方だった。
既に小説を数冊上梓と音楽のみならず執筆活動も盛んな彼の語り部資質はラストにプレイされた「New York Times」の時間&空間&史実をミックスするセンスによく現れていたし、ニール•ヤングの(数多き)後継者のひとりと認定しました。

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アンコールではサイモン&シミーが友情参加(いい絵ですな)

アンコールではサイモン&シミーが友情参加(いい絵ですな)

シロフォン、グランド•ピアノ他が並んだステージに「もしかしてマイクも来るのかな」と期待してしまったが、コナーのショウは基本的に彼の弾き語り+サポート奏者(シロフォン、エレキ、マンドリン他なんでもござれな達者な人)のこれまたごく簡素なセットアップだった。ライヴで観るのはほぼ2年ぶりで、時の流れは肩に届くほど伸びたロング•ヘアからも感じる。ロン毛コナーは初ではないとはいえ、ますます70年代初期のジェームズ•テイラーをだぶらせずにいられなくなる佇まいになってきた。
「The People’s Key」期ツアーは大掛かりなプロダクションも含めロック寄りでコンセプチュアルな色が強かったが、この晩はほぼ終始スツールに腰掛けてブライト•アイズ/ソロ他の長いキャリアをまたぐ豊富なレパートリーからじっくり聴かせる趣向。もっとも多くプレイされた「Lifted」からの「The Big Picture」でセットは始まったが、アーティストとしての宣誓表明とも言えるこの曲の歌詞の力強さに見合う歌いぶりで聴衆をたちまち掴んでみせる。間髪入れずに泣きの名曲「First Day of My Life」が続き、若いファンを中心に拍手のさざなみが広がった。実生活においては(たとえそう感じていても)気恥ずかしくて口に出せないような思いや胸の中に伏せていた痛み、聞きたかった言葉が耳に響いてくるのは、コナーの曲を聴くカタルシスだと思う。
新曲に続きピアノが哀感を増していた初期曲「Arienette」といった具合にソングライターとしての歴史を縦横にひもといていく。心のわななきをそのまま映したように震えたかぶる独特な歌唱も健在ながら、ソリッドに歌いきった「Cape Canaveral」の勢い、スライド•ギターの余韻が切ない「Going For The Gold」(久々に聴けて嬉しかった!)の繊細なピュアネス、「Lenders In The Temple」のノワールかつストイックなトーンと、鋭利なメスで切り出される歌のパワーには息を呑んだ。

中盤は先述のフィドル•プレイヤー:シミーの参加でルーツ色と温度がアップするナイスな場面もあり、エレキがいい味だった「The People’s Key」収録曲を始め「I’m Wide Awake」、「Outer South」等比較的若い作品からの楽曲を中心に展開していった。いくつか披露された新曲の中では(現時点での仮題だろうが)「You Are Your Mother’s Child」のニルソンを彷彿させるユーモラスなトーンが意外かつ新鮮。ライヴ中のMCでも「老いること」「中年」「子供を授かって生じる変化」といった大人な話題が何度か顔を出したし、ソウル•メイト達と共に音楽を通じ世界を放浪し続けてきたコナーの中に疑似家族ではなく自分のファミリーを形成する思いが生じたのかな?と微笑ましくもあった。
シミーとのデュエットでブルージーに生まれ変わった「Lua」のタイムレスな美に打たれたが、モンスターズ•オブ•フォークの「Map Of The World」で活気のはずみがついたところで優美なワルツ•テンポの「Laura Laurent」の♪ラ•ラ•ラ……コーラス部は最前列観客に歩み寄りマイクを向けて合唱を煽るなど、コナーのある意味無防備なオープンさも爆発。演奏の合間に口にしていたのはビールおよび赤ワインといった具合にお酒の勢いを借りてこそ、な面も多少はあるのだろう。が、たとえば昔の彼のように酔っぱらってライヴそのものが乱調になることのない、安定感が持続していたのは頼もしい。アンセミックで滔々としたピアノ•バラードな出だしからカコフォニック&抽象的なノイズの乱舞へ飛翔していった「Breezy」のエネルギッシュなフィナーレも、アーティストとしてのスタミナを物語っていた気がする。
ノイジーなギターのイントロを経て雲の切れ間から陽光が差し込むごとき「An Attempt To Tip The Scales」の愛らしく素朴なメロディからアンコール開始。シミーのみならず〝音楽的なブラザー〟と互いに呼び合うサイモン•フェリースもコーラスで加わり4人編成の「Make War」でバー•バンドめいた熱気を醸したところで、オーラスは「Waste Of Paint」。モノローグの速射砲とも言える歯切れのよさゆえに単純に耳に心地よいし盛り上がる曲だが、他者や周囲の相対的な評価が必ずしも当人の満足には結びつかない/それでも創作するしかないアーティストの「業(性(さが)と言ってもいいかな)」を描く入り組んだ歌詞は、フィナーレの大団円の中にもこの人の物語がまだ続いていくことを感じさせるものだった。当面はデサパレシードスの活動が主眼になるだろうが、パフォーマーとしての成長が早熟だった歌の内面に追いついてきた素晴らしいショウに、「BEあるいはソロの新作も早めにお願いしますね」と願わずにいられなかった。というわけでデサパレシードスの久々のシングル、以下に。ばきばきにロックしてます。

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Mariko Sakamoto について

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