Parquet Courts@Sebright Arms/21March2013

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Parquet Courts

Parquet Courts

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パーケイ•コーツ――板張りのバスケットボールのコートのことだそう――という聞き慣れない名前を目にしたのは、今年頭の英新聞の音楽レヴュー経由だった。日本も大体同じだと思うが、イギリスの大手音楽メディアの多くは基本的に「海外アクトの露出/プロモは国内盤リリースに合わせて」の姿勢を強めている。ファンが自主的にレヴューやインタヴューをウェブに発表し、デジタル音源に関しては「リリース日」の概念すら曖昧になっている昨今、きちんと広告費がとれるアクト(=レコード会社のバックアップを確保している連中)にページを費やそうというのはメディアにとってサヴァイヴァルの必然なわけです。

ゆえに、イギリスにおいてアメリカのバンド(同時進行、あるいは英国での先行発火を狙った先導のケースもあるが)、特に国内デビューが決まっていないインディ勢の紹介は後手に回る傾向がある。それをメディア側の落ち度と指摘することも可能だろう。しかしデジタル自主リリースやブログにアップされた音源なども含め、新たな音楽の登場するペースは加速する一方。昨年イギリスで大きな話題になったPSYのヒット――自分の中ではロス•デル•リオ「Macarena」(1995)、アクア「Barbie Girl」(1997)、ラス•ケチャップ「The Ketchup Song」(2002)といった「非英語圏一発屋アクト」のバリエーション曲にすぎないですが――にしても、韓国アクトによる史上初の英ナンバー•ワンという事実はリスナーのオープンさを感じさせた。
次のスターは世界中にちらばっているとも言えるわけで、そのすべてを包括し、速攻で漏れなく唾をつけるのは不可能に近い話。ある程度篩にかけるしかないし、そこから漏れた作品の一部は①熱心&アンテナの発達したファンが草の根でサポートし②バズが広がるのを待つという「様子見」姿勢になるのも仕方ないかと。

というわけで今年に入って英バズが盛り上がってきたパーケイ•コーツだが、興味をそそられて調べたところ、デビュー作「Light Up Gold」は実は昨年9月に米リリース済みだったのでびっくり。米ブロガー•レベルの話題まで細かくフォローするのを放棄した自分の怠惰を思い知らされもしたが、と同時にキラッと光る輸入盤ジェムを広告費云々の政治に絡めとられることなくレヴュー欄に紛れ込ませた新聞側にも感謝(盛り上がりを受けて、同作は4月に正式な英リリースが決定)。言い訳臭くなるが、自分ぐらいの年代になると既に好きなバンドやフォローしているアーティスト〜個人的な興味アンテナの動向を追うだけで1日が終わることもある。新しいバンドに追いつくのに四苦八苦……というわけで、自分の好みにヒットする=「この人がこう書くなら何かあるんだろう」と信頼できるライター、あるいはキーになるメディアを自分なりに確保するのは大事だなと思った次第。

前置きはさておき。テキサス経由〜現在はブルックリンを拠点とし、フィーリーズ(それも1枚目)やモダン•ラヴァーズ〜ジョナサン•リッチマンの名が比較対象に上がる個人的にはどツボ!なギター•サウンドにすっかり惚れ込んでしまった彼ら、この初のUKツアーは見逃せません〜〜というわけでとても楽しみにしていたが、3月に入って急遽追加のショウ(The Menの前座)も決定するなど評判が尻上がりに上昇しているのを実感。この晩たまたま隣に立っていた男性客と待ち時間の間にちょっと話したところ、ブリストルから来たというホリデー中の彼は「ロンドン3公演すべて制覇したよ」というほどの入れ込みぶりだった。すごい。

その前に、前座を務めたアクト:Splashh(スプラッシュ)も良かったのでその話も。ロンドン発のこのバンドのことはまったく知らなかったが、音源をネットで事前チェックしたところサイケ〜ドリーム•ポップでなかなかよろしい……というわけでスルーせずに早めに会場に入ってチェックすることにしたのだが(オープニングなのに場内がかなり埋まっていた点からも注目度の高さを感じた)、若そうなのに演奏はしっかりしている。

リード•ギタリストがキーボードも兼任し、一部にテープも使うスタイルで、基本は爆音なノイズ•ポップ。なのに4人それぞれのプレイのディテールも立っていて、引き込まれる何かがちゃんとあった。どうやら純英国産ではなくて国籍ジャンブルなバンドらしく(英+豪)、その混じりっぷりとスレてない感性がいい方向に作用しているようだ。

とはいえ、引き込まれた要因はぶっちゃけ「曲が書けてる」に尽きる。サウンドとしてはジーザス•アンド•メリー•チェイン(特に「Automatic」の頃)、マイ•ブラッディ•ヴァレンタイン、更にはクラウトロックといった先達に直結。チャプターハウスやカーヴを思わせる面もあり、「今は1991年ですか?」という(笑えない)錯覚に陥る瞬間もあった。演奏中も、バンドの視線はお客ではなく足下に向かっていた。
そういうネオゲイズ•バンドは今掃いて捨てるほどいると思うけど、このバンドのひたすら甘くダイナミックなメロディの生み出す無邪気な恍惚感――いい意味でガキ声なヴォーカル君が遠目に見るとヴァインズのクレイグ似なのも、その印象を強めたかもしれない――はテーム•インパラのように太陽を目指していて、翼が溶けるのも厭わないロマンチックなピュアネスは愛さずにいられなかった。ちなみに、ドラマー君がスマッシング•パンプキンズの「ZERO」Tシャツ着用だったのも納得でナイス。

狭い会場が、メインのパーケイ•コーツに向けてびっちり埋まり始める。お客の大半は男性で、若手バンドに関わらず中年〜初老客が多めなのはこのバンドのクラシックな魅力を物語っている気がした。チビな自分は下手したら何も見えない!っつーわけでステージ前のスピーカー脇に寄るしかなかったが(おかげで翌日は右耳がずーっと耳鳴り:涙)、ワシワシと前方にチャージしてきたのは……照明付きのビデオ•カメラを肩に固定したビデオ撮影クルー3人に、プロのカメラマンだった。ツアー•ドキュメンタリーか何かを作る(あるいはウェブサイト素材?)ためなのかもしれないが、正味45分のショウを彼らが最初から最後までびっちり追う大仰さにはびっくり。お金かかってるなぁ。

そもそもフォト•ピットのないライヴ•ハウスだし、バンドの全体像(センターをベース奏者が占め、ギター兼ヴォーカルの2名は左右に分かれて立つカメラマン泣かせの配置)を撮れる引きのアングルは望めないデザインの会場なので仕方ないとは思う。とはいえ、このクルー達――仕事でやってる人達へのリスペクト/遠慮ということで、たとえ視界を遮られてもお客は我慢するしかない――が邪魔になって最前列の盛り上がりが鈍くなり、モッシュやダイヴが当然なライヴリーな音楽性なのにも関わらずショウそのもののノリが全体的に死んでしまったのは非常に残念。
このツアーは「業界向けライヴ」の側面も大きかったのだろうとは思うが、バンド自身もやりにくそうだった。「ロンドン初上陸」の絵をドキュメントしたいというプロダクション側の気持ちは分かるけど、先に書いたブリストルから来た追っかけファンによれば別会場での前夜のショウでもまったく同じクルーが撮影していたとのことで、「一夜で仕事を終えろよ!」と文句を言いたくもなった。お金払って観に来てるお客を後回しにするような、こういう撮影はなるべく避けてほしいものです。

といった、ややゴタゴタした気分を抱えつつセットアップを眺めていたが……メンバーは3人しか見当たらない。いぶかしく思っていたところ、開演5分前になって眼鏡にBDシャツの神経質そうな若者が慌ただしくステージに上がってきて、エフェクター他を並べ始める。サーストン•ムーアとマーティン•ドノヴァンを足して2で割ったような雰囲気のこの人がツイン•ヴォーカルの片割れ:オースティン•ブラウンだったのだが、うぉーん!ブッキッシュな佇まいにも関わらず熱いプレイヤーで(演奏中には外していた眼鏡がアンプから落っこちて、踏みつぶしそうになっても気づかないほど)、素晴らしくセンスにあふれたフェンダー•プレイを堪能させてくれた。君はリチャード•ロイドか?つーわけで、最初の一音だけでもろもろの不満はあっさり吹き飛びました。

基本的に彼が担当するメロディックなリードとクセのあるフックと、もうひとりのギター&ヴォーカルであるアンドリュー•サヴェージがシャープに刻むリズム•ギターとのコントラスト/ハモり/絡みがミソ。
ちなみにこのバンドはアンドリューのソロ•プロジェクトとして始まったそうで、彼はパーケイ•コーツ以前にも地元デントンを拠点とするインディ•ポッパーのTeenage Cool Kids他でも作品を残しいる。無造作な歌いっぷり――ジョナサン•リッチマン×スティーヴ•マルクマス?――とひねりの効いた歌詞&ポップ•センスはその頃の音源でも光っているが、そこにツイン•ギターの醍醐味とパンクなドライヴとが加わったことでパーケイ•コーツはバンドとしての金脈を掘り当てたと言えるだろうか。近いところではEddy Current Suppression RingThe Soft Packあたりに通じる面もあるが、飄々としたユーモア•センスと曲の良さは頭ひとつ抜けたスマートさを感じさせる。

オースティン君の熱演(ギターの色が素敵ですねー)

オースティン君の熱演(ギターの色が素敵ですねー)

にしても、初期のペイヴメントあるいはGvBを思わせるアルバム•ジャケットの雰囲気や小細工なし:カジュアルな音作り、体言止めのソングライティングも含めてもっとローファイでヘタレなスラッカーなのかと思っていたところ、ライヴでの彼らは実にタイトにロックする連中だったのはご機嫌だった。人気曲「Borrowed Time」の傑作なサビ•ブレイクも寸分のズレなく決めてくれて痛快だったし、瞬時に他の曲に切り替えるシームレスな連結ぶりなど、息の合い方は絶品。ツイン•ヴォーカルの利を活かしたコーラス•ワークもライヴだとより映えていたし、アルバム1枚の若いバンドだから不思議はないとはいえセット•リストなしでぐいぐい突っ走る勢いにも痺れました。

「ルーツはテキサスだが、ニューヨークに移って以降ニューヨーク•サウンドを反映した音になった」という旨のコメントもあるように、バンドの基本構成はなるほどテレヴィジョン/フィーリーズ/ストロークスの路線(分かりやすい例として「Stoned and Starving」、「Yonder is Closer to the Heart」を上げておきます)。

それは自分にとって偏愛対象な音なのでハマるのは当然とはいえ、リズム隊が叩き出す屈強でシンプル、マシーンのように安定したビートはブラック•フラッグ〜フガジといったUSハードコアの影響を感じさせるし、ベース•ラインが華の曲は90Sオルタナの味。かと思えばモンキーズとバズコックスが共演したごときメロやビッグ•スターばりのリリシズムも顔を出すし、ギターをうにょうにょと揺らしフィードバックさせ……のサイケデリック&トリッピーなフィナーレの熱演はサーストンとリーのジャムさながら。一聴シンプルな音とはいえ、USパンクのガッツ/オルタナの知性、臆面なくポップを挿入するフレキシブルで濃い音楽性には興奮しっぱなしだった。

こうやって過去の名前を羅列すると、パーケイ•コーツってただのレトロ•バンドなの?という誤解を生むかもしれない。そこは自分のように年増な耳の持ち主の蘊蓄として受け流してもらいたいが――その一方で、50年代から数えれば60年以上になるロック•ヒストリーは無視できない年輪として存在するわけで、そこから色んな養分を好きに取り入れるのは若い世代の特権だろう、とも思う。
その大前提に立つと、パーケイ•コーツの確かな嗅覚と学習ぶり、そしてそれらの養分を吸収•咀嚼し、自分達のものとしてエディットしフレッシュに鳴らしきる力量は見事としか言いようがない。というか、彼らの貪欲な音楽を聴いていると、今の若手バンドの多くがいかに上っ面だけ引っ掻いて終わり〜考えずにやってる安易な連中であるかがが分かるんじゃないだろうか。

ロックというとパンク以降「初期衝動」が重視されがちで、その価値はそれとして認める。とはいえ、優れたバンドはいずれも――たとえバカっぽく見えても、どんなにテクなしの野蛮人のように振る舞っていても――ちゃんと考えてやっている。そのオタクで地道で知的な根本に気づかないまま「誰でもできる」のノリだけで始まるバンドやアクトが多く、あまつさえそんな連中がヒットを飛ばしてしまうこともある今の時代、パーケイ•コーツの古典的なあり方はリフレッシングで、文字通り黄金の輝きを放っている。

こういうバンドがたまに出て来るから、音楽聴くのをやめられないんだよな〜〜……とブルブル興奮を噛み締めながら混雑をくぐり抜け出口に向かう途中で、ラフ•トレードのオーナーであるジェフ•トラヴィスを見かけた。スカウト心は衰えてないようです。

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Mariko Sakamoto について

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