The Stone Roses:Made Of Stone

この週末のフィンズベリー•パーク2公演が再結成後初のロンドン上陸になったザ•スローン•ローゼズ。6万人+が観に行ったというからすごい話だが、そのタイミングに合わせたのだろう、2011年から撮影開始〜遂に日の目を見ることになったザ•ストーン•ローゼズ再結成劇を追ったドキュメンタリー映画「Made Of Stone」も限定で劇場上映中。盛り上げますなあ〜。というわけで英一般劇場公開に先駆けての先行上映(一応「ワールド•プレミア」ですね)に行ってきたので、今回はその模様と映画評を。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! Spoiler Alert !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

その前に、いちおうネタバレ警告。「作品を観る前にスポイルされたくない」というローゼズ•ファンの方は、ここから先は立ち入り禁止でございます。

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プレミアとはいえ、バンド•メンバーや監督やロック•セレブ(ミック•ジョーンズやエルボーの面々他)も参加しての本チャン•プレミアが開催されたのはお膝元マンチェスターにて。自分はロンドンの映画館に観に行ったのだが、プレミアの模様(=監督シェーン•メドウズ&プロデューサー:マーク•ハーバートとの終映後の質疑応答も含む)を中継で英各地200館にリンクする今風スタイルの同時上映イベントで、その体験自体もなかなか面白かった。

映画館に入ると、上映開始を待つお客は90%が白人男性(30代後半〜50代。父子っぽいペアもいた)。長いもみあげやヤッケ姿/スポーツ•ウェア着用=オアシス調ルックの人も混じっており、ギグに行くと多く出くわすこういうタイプの人達がわらわら飲んでいる光景にはちょっとなごまされる。ビールを買いに立ち寄ったバーもBGMにマッドチェスター期の音楽(ハッピー•マンデーズ、プライマル•スクリーム等)を流していて、ああ郷愁。
上映に先駆け、まずはレッド•カーペットの中継。ジョン&イアンのクラッシュ愛やローゼズについてコメントを求められていたミック•ジョーンズも興味深かったが、「This Is England」のキャストも遊びに来ていた。制作会社がFilm4(「TIE」の生みの親でもある)というのも大きいだろうが、この映画のもうひとりのスターがシェーン•メドウズであることも感じさせる。
Tomoことトーマス•ターグースを始めTIEキャスト連中の素朴さ/無邪気さはいつ見てもほほえましいが、「監督のローゼズ愛を『TIE』撮影中に感じたことはありますか?」のいわゆる「気の利いた」質問に対し、ローゼズにハマるにはどうにも若過ぎる世代であり、恐らくそんなに興味のなさそうな彼らが戸惑いながらも正直に「えー、いいや……」ともごもご返していたのがおかしかった。メディア•トレーニングが通用しない人達です。

上映前の挨拶で、シェーン•メドウズとプロデューサーのマーク•ハーバートが登場。なんとこのプレミア上映の3週間前(=マスコミ向け試写の始まるマジに40分前!)にファイナル•カットを提出したという慌ただしさだったそうで、最終版を観るのはバンドにとってもこの晩が初の機会らしい。
そこでシェーンが作品の具体化した経緯を語ってくれたのだが、そもそものきっかけは「TIE’86」にイアンがエキストラとして出演した時だったとか。

ローゼズの熱狂的ファンであるシェーン•メドウズにとってはまたとない経験だったわけだけど、そこで生まれたコネはイアンからの電話に繫がる。シェーンは「ソロ•ビデオの監督か何かを依頼されるのだろう」と思って通話を受けたそうだが、内容は2011年の再結成アナウンス記者会見の模様を撮影しないか?との誘い→→興奮と「再結成」の機密ニュース維持に汗をかきつつ当日カメラを持ち込んだシェーンは、やがてバンド側にドキュメンタリー制作をオファー。「Made Of Stone」への筋道がつく。
その興奮の背景には、シェーン•メドウズが当時のローゼズをついぞ観ることがなかったという事情も作用しているだろう。その頃18歳近かった英国人だけに、もちろんチャンスはあった。しかしマッドチェスター世代/セカンド•サマー•オブ•ラヴを象徴するイベントとも言われるスパイク•アイランド•ギグのチケットを買っていたものの、ライヴの前日に悪質なアシッドをやってパラノイア&前後不覚に陥ってしまったために(笑)シェーン•メドウズはなんとそのチケットを他人に譲ってしまったという……一生の後悔ってやつですね。
しかし、それゆえに彼の中のローゼズに対する思い入れ/オブセッション/崇拝に近い愛情は大きくもなったのだろうし、この再結成劇を映像に残す=目撃することに対して「雇われ監督」とは異なるレベルの熱意とエネルギーとを傾けることができたのではないかと思う。

同時に、「Made Of Stone」をシェーン•メドウズの「ファン」としてのスタンスから生じる長所と短所とが入り混じった内容、と評することもできる。

短所という意味で恐らくもっともやり玉に上がりそうなのが、「突っ込みが足りない」点。バンド側がカメラにドアを開けたということは、イコール何かと取り沙汰されてきた「メジャー移籍のゴタゴタ/難航したセカンド/解散/まさかの再結成の経緯」をここで当事者の側からきちんと説明しよう、との意志があるのかな?と期待する人は少なくないはず。アルバム2枚だけを残して消えたサリンジャーのようなバンドだけに、当然の話である。
しかしそうした複雑な裏事情あるいは新事実はアーカイヴ映像&コメントを通じてさらっと触れられる程度で、深く追求されることなく「ローゼズの歴史の一部」程度に処理されている。当時の関係者やバンドの周辺人物(クレッサとかね)からの体験/目撃証言もゼロなので、何が起きていたのか?という周囲の視点の助けもない(この手のコメンテーター達――音楽評論家とかファンのミュージシャンとか――は得てしてうざったくもあるので、すっきり排除してくれたのは自分的にはオッケーだったりしますけども)。
もっとも、この非ジャーナリスティックなアプローチは映画制作の前提条件として「各メンバーの最新インタヴュー撮影はNG」の項目があった……という事情が大きそう。必ずしもシェーン•メドウズの落ち度ではないと思っている。メンバーが自らの過去を検証し、栄光や失敗を述懐するというのはバンド•ドキュメンタリーの常套手段であり、AAA(Access All Area)が与えられないのは作家として足枷をはめられたようなもの。再結成を追うというメイン•テーマ〜ストーリー曲線を共有しているブラーのドキュメンタリー「No Distance Left To Run」の率直さに較べると、奥歯にモノが挟まったような感覚は残る。

しかし「MOS」が長編ドキュメンタリー初監督作にあたり、それ以上にバンドのファンであり、信者であるシェーン•メドウズは、内部事情の暴露といった耳目を引く野次馬アイテムを売りにするつもりはなかったという。たとえば、ヒートン•パーク里帰り公演に向けての欧州ウォーム•アップ•ツアーの一環=アムステルダム公演中にレニがアンコール前にステージを去る事態が発生。演奏中のモニター不調に苛立ったのが原因だったらしいが、「早くも再結成が暗礁に?」と話題になったので覚えている方もいるだろう。シェーン•メドウズもこのツアーに同行し撮影していたのだが、彼は至近距離のアドバンテージを活かす=混乱に乗じてメンバーにアタックしスクープ証言をとろうとすることなく、潔くカメラのスイッチを切ってしまう。
好きなバンドのことは根掘り葉掘り知りたい!近づきたい!というのはファン心理の原点。と同時に、愛するバンドだからこそ理想のままそっとしておきたい、境界線を残しておきたい……というファンもいるわけで、過去をほじくり返し侵犯するよりも4人のヒーローが再び一堂に会してプレイする、その事実を祝福することに焦点を置いたシェーン•メドウズは後者なのだと思う。再結成後の彼らのライヴをいまだ観ていない/観るのを躊躇してしまう自分にしても、監督のその礼儀正しさというか、バンドというフラジャイルな生き物へのリスペクトには共感がもてる。

もうひとつ軽く引っかかったのが、シェーン•メドウズ本人が作品の一部になっている点。ドキュメンタリー監督は「A Man With A Movie Camera」に徹するのが基本であり、監督本人が画面に登場するのは――ニック•ブルームフィールドなんかもいるとはいえ――稀だと思う。特にバンドあるいはミュージシャン=スターが主役の音楽ドキュでは、監督は黒子も黒子である。

しかし「MOS」ではシェーン•メドウズ自身がいちファンとして、天与一隅の機会を与えられたラッキーな映像作家として、そしてバンドが無事凱旋公演を果たせるかハラハラしながら見守るスタッフの一員として見せる表情が何度か捉えられる。そこにファンの「アイドルとの同化」への欲望を嗅ぎ取る……のは手厳し過ぎる意見かもしれないが、「ローゼズの物語」に多少なりとも「監督の私的な物語」が入り込むバランスは微妙だろう。シェーン•メドウズのバックグラウンド&思い入れを知らない人にとっては、「なんだこいつ?」とも映りかねない。
しかし監督の姿を画面に含める決断はプロデューサーやスタッフ達のもので、自己顕示欲の産物ではない(本人は、むしろその展開は避けたかったらしい)。また、シェーン•メドウズが本作を「最愛のバンドへのラヴ•レターのようなもの」と形容しているように、この作品はある意味ドキュメンタリーの形を借りたローゼズへの私的なトリビュートでもある。そう考えると、シェーン•メドウズの尊敬するマーティン•スコセッシの「The Last Waltz」――この作品もインタヴュー場面にスコセッシ当人の存在が影を落としてますね――に精神的に近いかもしれない。

こうしたマイナーないちゃもんこそあれ、「MOS」はそれらを補って余りある、ファンには嬉しい美しい映像の数々&感動をスクリーンに刻んでくれる。作品制作が進展するにつれメンバーから提供されたという個人蔵写真、ホーム•ビデオ〜アーカイヴ映像=初お目見えの資料はやはり感慨深いし、以下のケッサクなインタヴューも一部使用されている、それら過去のコラージュから、シェーン•メドウズがローゼズというチャーミングな悪ガキ•ギャングに抱く愛着――「TIE」キャストに対するあたたかい視線もだぶる――が浮かび上がってくる。

とはいえ、焦点は「The past was yours but future’s mine」とばかりに過去ではなく現在にある。ハイライトになるのは昨年5月23日にウォリントンの小ホールで行われた再結成後初のウォーム•アップ•ギグの模様とそれに至るリハーサル、そして3公演&チケット総数22万枚(!)の「復活祭」と化した6/7月ヒートン•パークへのカウント•ダウン&里帰り公演だ。
本作向けの撮り下し映像の尺は総計390時間(!)に上ったそうで、含めたい映像/楽曲は山ほどあったのだと思う(終映後のQ&Aでも、シェーン•メドウズは「これからの自分の余生を、アウト•テイクを使って『ローゼズ映画』を作り続けるのに費やしてもいいくらい」と冗談半分に語っていた)。しかしシェーン•メドウズは驚くほどストイックにマテリアルを取捨選択していて、「ライヴの追体験」めいたフラットなパフォーマンス集ではなく、ドラマの文脈のピークにふさわしい「これぞ」という演奏のみをトッピングするアプローチをとっている。

シェーン•メドウズの個性がよく出ているのは、リハーサル&ウォリントン公演。特にウォリントン公演に駆けつけたファン達のパニックや談話――ショウ当日午後に突如ライヴが告知され、「CDブックレットやヒートン•パークのチケット等々、『ローゼズのファンであること』を証明するアイテムを会場窓口に持参しないとリスト•バンドをもらえない」フリー•コンサートだった――を追うくだりは、ライヴ場面と同じくらいの比重を占めている。
「ローゼズに人生を変えられた」と豪語する中年男性、「ローゼズの曲は全部知ってるど!」とカメラの前で自慢するも、父親にイントロ試験されてあえなくボロが露呈する12歳くらいの少年の恥ずかしそうな笑顔。セレブ•ファンとしてリアムのカメオ出演こそあるものの、「ファンが主役」というローゼズのテーゼを反映している場面だろう。イギリスのどこにでもいそうなそんな彼らの素顔のユーモア/興奮を眺めるうちに、国や世代を越えて「同じ何かに魅入られた同類」が存在する事実に気づかされもする。胸がちょっとばかり熱くなるのは、自分だけではないはず。
また、このシークエンスはモノクロで撮影されており、手持ちカメラの映像やオーディエンスの顔が見える活き活きした反応も含めてより英フリー•シネマ〜ドキュメンタリー調なエッジが残っている。その心地よい近さ/親密さに対し、後半の大団円であるヒートン•パークはカラー撮影&ヘリコプターからの遠景撮影も含むスケール感のあるマンモス•イベントとして捉えられていて、その対比は鮮やかだ。

個人的にもっとも泣けたのは①ウォリントン•ショウ前のリハーサルでプレイされる「Where Angels Play」の場面と、②ヒートン•パークの「Fool’s Gold」。①については、他にも使える曲があったであろうにもかかわらず、(自分にとってはとても大事な面のひとつである)ローゼズのメロディックな才覚&リリシズムを象徴する「隠れ名曲」を持ってこられたところがツボ。
「Sally Cinnamon」、「Going Down」、「Mersey Paradise」、「Standing Here」、あるいは「Bye Bye Badman」、「(Song For My) Sugar Spun Sister」あたりでもアリだったかもしれないが、この曲の「Take a look around there’s something happening…all the colours fade」からサビに至る展開はエヴァーグリーンで、かつ当時の自分を魅了したローゼズの放っていた若々しいオプティミズムを思い起こさせるに足るもの。年寄りのノスタルジアと、笑いたければ笑ってくださって結構です……と、半ば開き直ったついでにこのビデオだ!(そしてやっぱりこのヴァージョンの方が自分は好き)

と同時に、シェーン•メドウズにとってもこういうローゼズの「泣き」のエレメントは大事なのかも……と感じられてちょっとニンマリ。このウェット過ぎない甘さと男の子のピュアネスというのは、彼の映画が好きな人なら理解できる感性だと思う。
一方でローゼズのダイナミックなロック•バンドとしての顔もお忘れなく!とばかりに②があるんだけど、「なぜ〝Fool’s Gold〟が使われないのか……??」といぶかしく思いながら観ていただけに、不朽の名曲のイントロが始まった瞬間「イェイ!」とこぶしを上げずにいられない痛快さがあった。
このライヴ•シークエンスはたぶんトータルで20分近いんじゃないかと思うけど、ステージを降りて最前列の観客達に接するイアンのアイコニックな姿も含め、ノン•カットでまるまる捉えられた演奏は絶品。ここでのジョン&レニのエキサイティングなプレイとソロ部を拝むだけでも、自分としては本作を観る価値はあり。上映後の質疑応答の中でシェーン•メドウズはこの場面の撮影になんと計35台のカメラを使ったと語っていたが、(息を呑む細やかな編集も含め)その甲斐はあったというものだろう。

というわけで感じたままにつれづれと書きましたが、見終えて「ローゼズを愛し、その奇跡の復活に歓喜できるファン向けの映画」との思いも強く残った。
ロック•ドキュメンタリーの多くは基本的にファン向けなので、当たり前っちゃ当たり前である。しかし前知識なしにこの作品を観て新たにローゼズのファンになる、あるいはローゼズに懐疑的な人々が改宗する可能性はあまり高くない気がするのだ。

というのもメンバー各人の人柄を物語るスポットは少ないし、バンド•ヒストリー部も短い。ゆえに「行間」「隙間」を観る側が補わざるを得ない箇所も多く、「イアンは霊魂で、ジョンは芸術家で、マニはお調子者で、レニは生まれついての天才ミュージシャン」といった具合に、ローゼズというバンドの文脈や背景をよく知らない人にはちとハードルが高そう。
もちろんシェーン•メドウズが観る側を分断しようとしたわけではないだろう。しかしセカンド収録曲が作品中ほとんどフィーチャーされない点を鑑みても、この映画は心情的にはスパイク•アイランド=1990年の彼らでフリーズしている。それは監督自身のローゼズ観を反映したものなのだろうし、「美しいまま伝説に留めておきたい」気持ちは分かる。が、(思い入れはファーストに較べて薄いものの)セカンドにも聴くべきところはちゃんとあるぞと思っている、そしてシーホーセズも聴いた自分のようなファンには、ちょっと偏り過ぎ&きれいごと過ぎと映る。

もっとも、そんな風にローゼズという「現象」はいまだ定義しにくいものなのだろう。「UKロックの未来」「もっとも熱いバンド」と称されたデビュー期は、日本も含め当時大きくメディアに取り上げられた。が、そのインパクトはたとえば大市場アメリカにおいては(Anglophile=英国びいきな音楽ファンを除くと)ゼロに近かった。その後の英ギター•バンド勢への影響――特にオアシスへの影響はいまや「UKロックの常識」だろうが、(リアムのステージ上での立ち居振る舞いを除き)2バンドの音楽的DNAの繫がりは決して大きくないと自分は思う。
ファースト•アルバムにしても、英国内では数年前にNMEが「英ロック•アルバムのベスト」に選出するなどモダン古典として揺るぎない地位を占めているものの、四半世紀近く経って再評価も少しずつ高まっているとはいえ――アメリカにおけるポジションとは較べようのないギャップがある。ついこの間のコーチェラ2013出演時の模様がいみじくも語るように、彼らはたとえばオアシスにとっての「Wonderwall」、ブラーの「Song2」といった代名詞ソングを生むことなく力尽きたことになる。

別にアメリカにおける認知•成功がバンドにとってのすべて、なんて言うつもりはない。すべての英バンドがコールドプレイになれるはずはないのだし。ただ、イギリス人というのは(どっちかというと)勝者/勝ち組に対して賞賛よりも懐疑の念を抱く面白い人達で、むしろUnderdog=負け犬を応援し愛する傾向がある(日本で言えば判官びいきってやつでしょうか)。アメリカ的な「勝った者が正義」というシンプルな価値観とは相容れない、その「志し半ばで倒れたからこそ美しい」というひねった感性がローゼズ•シンパ達の情熱に油を注ぎ続けてきた、という面はあると思う。ゆえに彼らの人気は局地的/期間限定なカルトものであり、「信者」以外の客観的な視点からするとその熱狂は不可解ですらあるだろう――そう考えるとシェーン•メドウズが本作を「バンド(およびそのファン達)への恋文」と位置づけ、一般性の追求よりもむしろパーソナルなプロジェクトとして取り組んだのは結果的には正解なのかもしれない。

最後に、スパイク•アイランド•ギグを舞台にした青春映画「Spike Island」も英公開が迫ってきてます。バンドをやってるマンチェスターの少年達が、彼らのアイドル=ローゼズにスパイク•アイランドで自分達のデモ•テープを渡そうと画策する……というのがプロットのフィクションだそうで、監督のマット•ホワイトクロスにとってはイアン•デューリーの伝記映画「Sex&Drugs&Rock&Roll」に続く音楽ネタ作品になる。「Sex&Drugs…」は主役アンディ•サーキスの名演が光っていたけども、果たしてこちらはどうなるでしょうか(主役の少年達は、ローゼズよりもむしろインスパってノリですが)。
シェーン•メドウズについては「This Is England」シリーズの最終章=「TIE‘90」(こちらもレイヴ•シーンが絡んでくるそう)は今年放映!と報じられていたものの、「MOS」制作にスケジュールを奪われたために撮影は据え置きになっている模様。彼はツール•ド•フランスを舞台にした実在の英サイクリストを主人公にした映画の企画もあたためているらしいし、10月発売予定の「MOS」DVDにボーナス映像篇が含まれるであろうことを考えても、その編集作業も含めまだしばらくローゼズから離れられなさそう? もしかしたら「TIE」フィナーレは来年に持ち越しかもしれません……。

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Mariko Sakamoto について

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The Stone Roses:Made Of Stone への4件のフィードバック

  1. natsumi inami より:

    じっくりと読ませて頂きました。ありがとうございます、すご〜く為になりました。
    これからも更新たのしみにしております。   

    • Mariko Sakamoto より:

      natsumi inamiさま:おー、またもコメントありがとうございます。
      こちらこそ、いつもながらのうねうねと長いポストにお付き合いいただき感謝です&
      これからもマイペースで更新続けていくつもりです。お元気で。

  2. 匿名 より:

    昨年暮シェフィールドのWarp映画祭で念願のメドウズ監督と会えました。ずっとロビーにおられたので、段々とファンが群り、最後は帰るに帰れない状態になっておられました。ファン思いの優しい方です。MOSは見ず先にFainsburyに行ってしまったのですが、映画評を拝見して先に見ておけば良かったなぁと思いました。

    • Mariko Sakamoto より:

      匿名さま:ブログ読んでいただきありがとうございます。
      シェーン•メドウズ実物に遭遇とのこと、羨ましい…。「ファン思いの優しい方」との人物評に
      「きっとそうだろうなあ」とうなずいております。ブログで触れたプレミア上映後の質疑応答篇でも、
      手をあげた観客にマイクを回したところ女性ファン達が次々に「Shane Meadows,I love you!」を始めてしまい
      (生中継だったのでカットもできない)、ローゼズや「MOS」そのものに関する質問が出てこなかったのが
      とても笑えました。ともあれコメントありがとうございます&お元気で。

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