Yarn of the Day: John Fahey, Nic Jones, Crass, Breaking Bad, Let It Bleed, Lou Reed

我ながら「つまらないことをダラダラ書いてるな〜」という疑念に陥り、すっかり放置状態だったマイ•ブログ。しかし自意識なんぞにつまずいていては、そもそもブログなんてやれません……というわけで心を切り替え、今回はここしばらくのマイ•カルチャー雑感をまとめてお送りします。

まずは、2001年に世を去った「20世紀アメリカン•ミュージックの巨人」(By バイロン•コーリー)のひとり、ジョン•フェイヒィについて。
クラシック/フォーク/ブルースをベースとするギター•インスト作品を通じてコズミックな音の宇宙を築き上げたワン&オンリーな存在である彼についての、新たなバイオ映画「In Search of Blind Joe Death—The Saga Of John Fahey」が完成……というニュースはこっちのメディアでもぽつぽつ見かけていて、年末にBBCで放映予定とのことでとても楽しみにしていた。
が、この手のインディなドキュメンタリー映画らしく一般公開前のセレクト先行上映イベントがアメリカ他各地でぽつぽつ行われていて、その一環として運良く近所のゴールドスミス•カレッジが同作上映会+識者によるディスカッション+ライヴ•ミュージックを企画してくれたので行ってきた。

イベント開催場所になったのは地元の町政庁舎ホールで、ゆえに映像出力はPCを通じてのDVD〜スクリーンも教室のレクチャーや会議で使われる類いの小さいもの&PAもチャチで、観客はパイプ椅子に腰掛けての観覧と相成った。無料企画(にも関わらず、早めに入場していた友人はタダ•ビールにまでありついたらしい!)だったので文句は口が裂けても言えないのだが、肝心なジョン•フェイヒィを筆頭としてボソボソ喋る男性が多く登場する映画なので、ピート•タウンゼント他、インタヴュイーのコメントがスピーカーの質の悪さゆえに音が割れ、聞き取りづらかったのは切ない……。やっぱり、BBCで放映されるタイミングを待って改めて観るべきだろうなと思っています。

ともあれ、作品はジョン•フェイヒィといういくつもの顔――スティール弦アコギの名手、自主レーベルを始めたおそらく最初のミュージシャン、音楽学者、コレクター、アル中、文筆家、放浪者、画家etc――を持つユニークで複雑なアーティストの足跡を、ラフに時代を追いながら検証していくスタイルをとっている。
生前の本人のインタヴュー音源やアーカイヴ映像も随所にちりばめられており、彼の人生を縁取った人々=前妻、78回転アナログ•コレクターとしても名高いジョー•バッサード(ジョンの第一弾オリジナル•レコーディングであるブラインド•トーマス名義の音源は、この人のレーベル:Fonotone向けに制作された)、タコマ•レーベル関係者、コラボレーター等々が取材に協力。学生時代の彼のレアな逸話も含むそれらの証言を通じ、ジョン•フェイヒィの素顔が浮き彫りにされていく。
何より、彼の育った「自前の神話/フォークロア」の拠点であるタコマ•パーク、カリフォルニア〜ロサンジェルス、米南部の景観、オレゴンといった、ジョン•フェイヒィが生き/歩いたトポロジーを映像で追体験できるのは嬉しい。

しかし約1時間というタイトな尺のこのドキュメンタリーは、その短さがもったいない!というのが率直な感想だ。50年代からブルース、フォーク、ジャズ、ミュージック•コンクレート、ラーガ、ブラジル音楽、ニュー•エイジ……と音楽的な変遷を重ね、病いを含む人生の様々な障壁/転機を乗り越え、90年代に再評価がスタート〜カムバック。ソニック•ユース、メルツバウら日本のノイズ•アクト、ベックといったオルタナ勢をインスパイアし、晩年には抽象絵画にも腕を伸ばしたジョン•フェイヒィ(割と近い例では、ソニック•ユースの現時点でのラスト•アルバム『The Eternal』のジャケットが彼の作品です)という名の巨大なオービット/神話を、1時間で駆け抜けるのにはどうにも無理があるのだ。

タコマに残した作品群への評価がもっとも高いわけで、それらが本ドキュメンタリーのコアになるのは理解できる。とはいえ彼の切り開いた「アメリカン•プリミティミズム」というジャンル、そしてそこから登場したアーティスト(ロビー•バショー他)や現音楽シーンとの繫がりはもうちょっと突っ込んでほしかったし、レオ•コッケの談話も聞きたいところ(まあ、両者の仲は良くなかったようなので、取材リクエストに応じなかったのかもしれませんが)。代わりと言っちゃなんだけど、ディセンバリスツのメンバーが「ファン」として画面に登場するのが、逆に苛立たしく感じられるほど(笑:それだったらいっそ、ネルス•クラインにインタヴューしてほしかった!)。

タコマはアイコニックでありながらインディゆえに不透明な面も多いレーベルでもあり、ハンドメイドの限定版も含むプロダクションの状況、A&Rの仕組みといった実際の運営ぶりも知りたかった。また、レッド•クレイヨラとの共演というオタク泣かせなトピックやキャンド•ヒートとの繫がりといった60年代当時のアクトとのリンク、あるいはヴァンガード/リプリーズ作品はほとんどスルーされているのも悲しい。

もっとも、60年代アメリカにおけるフォーク/ブルース•リヴァイヴァルに対する彼の功労は、チャーリー•パットンへの情熱やスキップ•ジェームス〜ブッカ•ホワイトの発見&リリースといったトピックでフォローされていて見応えがあった。「要らないレコードで、売ってもらえるものはありますか?」と見ず知らずの民家を一軒一軒回って戦前のレコードを収集したという、その熱意はオブセッションとしか言いようがないだろう。
しかし、アラン•ロマックスやハリー•スミスといった同分野の先輩に当たるミュージコロジスト達の動き&比較も含めて、この回顧ムーヴメントとディラン他の(当時の)若者達に及ぼした歴史的な影響、その中におけるジョン•フェイヒィのアンタイな立ち位置も分析してもらいたかったところ。
60年代から一気に80年代以降〜晩年へとストーリーが飛ぶのもやや拍子抜けさせられるし、「ギター奏者としてはバロウズやブコウスキーに匹敵する」とのピート•タウンゼントのユニークなフェイヒィ評、不遇な時期のモーテル暮らしぶりやノー•ネック•ブルース•バンドのメンバーの談話といった興味深いセグメントもあるとはいえ、再評価に一役買ったバイロン•コーリーやジム•オルーク(彼はアルバムのプロデュースはもとより、ジョン•フェイヒィの秀逸でマッドで美しい随筆集「How Bluegrass Music Destroyed My Life」出版を助けた仲でもある)、サーストン•ムーアらがコメンテーターとして顔を出さないのはこれまた「えっ?」な印象が残った。

あれこれと「穴」を指摘してしまったけれど――先にも書いたように、ジョン•フェイヒィという「天体」は音楽/文章/絵画といったアートを契機に、神話、宗教学、伝説、民俗学、哲学へと際限なく広がっていくものだし、ハイ•ブロウ(クラシックや前衛)とロー•ブロウ(映画の中で「ロッド•スチュワートが好きだった」との逸話が出てきて笑った)を区分なしに飲み込むヴァイタリティも含め、まさに「巨人」だった。
欲張ってそれらの多角なアングルを詰め込み始めればキリがないし、そもそもジョン•フェイヒィ自身が果てない好奇心と気まぐれな詩神に最後まで翻弄され、成長し続けたアーティスト。晩年の作品やアヴァンギャルド•シーンとの交流はこの映画では軽くしか触れられていないが、そんな彼の「サーガ」をまともに描こうとしたら、最低でも3時間は必要なんじゃないだろうか。

しかしハードコアで巨編な映画だと、観る側にとってあまりに敷居が高い。そう考えれば、この作品は1時間ほどの長さの中でジョン•フェイヒィと彼のレガシーという(そもそも要約するのは難儀な)テーマを、コンパクトに凝縮するのに成功していると思う。
彼の世界を彩る不思議なミソロジー、コスモロジーや亀への執着、確信に満ちたフリー•スピリットな(奔放な)生き様――といったカラフルな諸相を、アニメやイラストも含む多彩な映像とサウンドとで観る側の心の中に喚起させるという任も果たしているし、「フェイヒィ•ワールドへのイントロダクション/足がかり」としては好適な内容と言えるだろう。

というわけで、この作品が多くの人にとってジョン•フェイヒィという大いなる扉の錠を開く鍵になってくれればいいなと思っている。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

もうひとつ音楽ドキュメンタリー•ネタでは、イギリスにおいてカルトなフォーク•アーティストとして敬愛されるニック•ジョーンズを取り上げた番組「The Enigma Of Nic Jones:Return Of Britain’s Lost Folk Hero」が先ごろBBC4で放映されたのでご紹介しておきます。

「ニック•ジョーンズ」の名前が脳裏に焼き付いたきっかけは、この番組内でもチラッと登場するThe Observer紙による「Great British Albums100」(2004年の企画で、同紙読者の選んだ「偉大なるブリティッシュ•アルバム」投票を集計したもの)の1枚に選ばれた、彼の1980年のアルバム「Penguin Eggs」が唯一自分にとってこのリスト内で未体験の作品だったため。おや誰でせう?と気にならずにいられなかったわけです。
ブリティッシュ•フォークと言えば、おそらく60〜70年代のモダン•フォーク勢(フェアポート、バート•ヤンシュ、ロイ•ハーパー、ニック•ドレイク、ジョン•マーティン他)がロック•ファンの間ではもっとも聴き継がれているんじゃないかと思うし、昨今のクラシック音楽やジャズやカントリー同様、トラディショナルなフォーク•ミュージックは専門ファン向けジャンルというムードが付いて回る。自分のようなオルタナ世代=ハイブリッドなフォーク好きというやくざな人間には、ちょっと近付き難いのだ。

ニック•ジョーンズというアーティストも、むしろそうしたトラッド•フォークの文脈で語られることが多い。「Penguin Eggs」を初めて聴いた時に、その古典的な美声(ややコブシの効いた歌い回しですね)と職人的なギター•プレイ&アレンジに逆にエッジを感じにくいな、と思ったのは今でも覚えている。しかし聴き続けるうちにその音楽性の高さと純度とに魅了されていったし、「Penguin Eggs」が高い評価を受けたものの(同作はTopic Recordsのベストセラーだそう)、1982年に不慮の自動車事故に遭い、公の場から姿を消した……という悲劇的でミステリアスな経歴にも好奇心を刺激された。
ヘルツォークの「カスパー•ハウザーの謎」をもじったと思しきタイトルもなかなかナイスなこのドキュメンタリーは、そうしたニック•ジョーンズというエニグマへの好奇心を満たしてくれる内容だった。彼のキャリア初期から「Penguin Eggs」というカルト作の誕生、生死に関わる事故のダメージといったエピソードの数々。番組のハイライトになるのは彼がその事故――ライヴを終え、深夜に帰路を運転中にトラックに衝突したという、文字通り「オン•ザ•ロード」の悲劇だった――から30年ぶり=2012年にフォーク•フェスで初の単独コンサートの舞台に立ち、老若男女のファン達にあたたかく迎えられる感動的な光景までへの道筋で、そのカタルシスは「Searching For Sugar Man」を思わせるものがある。

個人的に興味深かったのは、初期にはフォーク•グループ(The Halliard)のメンバーだったこともあるニック•ジョーンズもまた、フェアポート•コンベンションらのコンテンポラリーなアクトと同じように、伝統的なケルト〜ブリティッシュ民謡を探ってセシル•シャープ•ハウスに通っていたという話。場所や意図こそ違え、近い時期にジョン•フェィヒィを駆り立てていたフォークロアへの情熱ともシンクロしていたと言えるだろう。
「Penguin Eggs」のリリースが80年代なだけに見落としていたが、この人も60年代のフォーク•リヴァイヴァルにインスパイアされていたオリジナル世代のひとりだったということ。そうした世代が他ジャンルとのクロスオーヴァーを求めて70年代以降様々な支流を生み出し、結果的にメインストリームに認知されていったのに較べ、この人は本流を守ることである意味日陰に残り続けることになったのかもしれない。

もうひとつ「なるほど」と感じたのは、ニック•ジョーンズの家族が画面に登場した時だった。1982年の大事故は、彼のその後のリハビリを支え、復活の日を信じて待ち続けたファミリーにとっても大きな分岐点。一般には知られなかった妻や関係者の当時の模様を語るコメントは、ニック•ジョーンズの「空白の時間」を埋めてくれる意味でも見応えがあった。しかし、ニックの息子さんにして当人もギター奏者/父親のカムバック•ショウを助けたジョーゼフ君の立派な眉毛(=父親譲り)&顔立ちを見ていて、パッと頭に浮かんだのは「この人、ウェールズ系だな」という思い。
ジョーンズっていう、ウェールズ人に多い姓名からしてそう思い当たっても不思議はないんだけど、たぶんニック•ジョーンズのユニークなキャリア曲線、およびアーティスト性――美声な歌い手というのも、ウェールズの伝統を感じる――はそのルーツにも関係している気がして、色んなことに合点がいった次第。

ともあれ。日本ではおそらくまだ知名度の低いニック•ジョーンズだと思うが、イギリスにおいてポスト•パンクとエレ•ポップ〜ニュー•ロマがせめぎあっていた1980年というバブリーなタイミングにその真逆=ピュアなフォーク•アルバムを発表し愛された、レアなアクトであるのは間違いない。後にボブ•ディランも「Good As I Been To You」で取り上げたことで、ニック•ジョーンズの「表題曲」になっているとも言えるトラッド曲のリアレンジをこちらに。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

なんだかんだで長くなってしまったので、残りのトピックは駆け足で:

その①:クラス本

せっかく翻訳者の萩原さんから献本いただいていたのに、最後まで読み通すきっかけを掴めずに長らくストーリーの60年代あたりで足踏み状態になっていた(すみません!)「The Story of CRASS by Geroge Barger」(「クラス」:ジョージ•バーガー著/河出書房新社)を、やっと読み切りました。

かつてのBFに勧められ、90年代末に初めて(恐る恐る)クラスを聴いてみた……というレベルのライトな聴き手なので、自分は彼らの歴史や彼らが作った音楽のエキスパートではない。
しかし重要な関係者のほとんどが取材に応じ、年代を追ってバンドの胚が生まれ、成長し、開花し、散っていった過程を丁寧に綴ったこの本を読むと、クラスというバンドが「発生」したことそのものを讃えたくもなる。

大まかに言えば、クラスは今では「パンク」と分類されるだろう。しかし彼らは、イギリスにおける60年代カウンター•カルチャー/モダン•アートの急進派としての出自を経て、70年代にはオリジナル•パンク勢に啓発され共鳴&活動を拡大→サッチャー政権の抑圧と乱暴なモダニズムの横行に対する反発勢力として支持されるに至った80年代(バンドとしての晩年)まで変化し、懊悩し、何度も軌道修正を余儀なくされ、サーチングし続けた複雑でリアルな表現集団――単に「バンド」と呼ぶのははばかられる――だった。

読んでいて、むしろ映画「実録•連合赤軍 あさま山荘への道程」や「バーダー•マインホフ 理想の果てに(Der Baader Meinhof Komplex)」が浮かんだのは他の「ロック伝記」を読むのとは異なる反応だったので面白かった。その意味でもクラスの残した遺産というのは、純粋に音楽面における限定されたそれではなく、現イギリスにおけるオルタナティヴ•ライフ思想やフェミニズム、反戦運動、動物保護、反権力動向といった「草の根ムーヴメント」の精神に、無意識的に受け継がれている気がする。
ゆえに目には見えにくいし、たとえばイギリスにおけるフェミニストやヴィーガンの人々すべてが「クラスのファン」だとまでは言わない。しかし、彼らが70年代から実践し、守り続けてきたストレート•エッジにも通じるライフスタイルと思想の先見性&重要性は、今もイギリスの日常のそこここで確認できる。

セールスや音楽アウォードやトリビュートといった表立った音楽的な評価を受け、賛辞されるアクトに較べれば、クラスの存在はアンダーグラウンドなものだろう。政治的なスタンスゆえにスキャンダルも多かった、いわば「黒い羊」な彼らだけに、ピストルズやクラッシュのように「ロックの殿堂」に迎えられる日は、まあ永遠に訪れないだろう。
しかし、音楽という得てして娯楽/逃避の装置に陥りがちなメディアを通じて社会や政治の抱える問題をノイジーに提起し、聴き手の中に疑問を掻き立てることを命題にしたクラスという「実験」は、リアル•ライフの中に種子を残し生き続けている。それは、もしかしたらポップ音楽の歴史に明快な足跡を残すよりも、もっと大きい影響なのかもしれない。

あるバンドの歴史を描くことで、本書は70〜80年代のイギリスにおける時代および社会情勢の変化を「ひとつの視点(そうは言っても、クラスの中には性別/階級も異なる多角的な視点が混じっていた事実もまた、この本からはよく理解できるのだけど)から捉えた」記録にもなっている。ゆえに、サッチャーや炭坑闘争、フォークランド紛争等々のイギリス現代史にあまり興味がない……という読み手にとっては、退屈で難儀な箇所もままある本だとは思う。
しかしパンク革命の残した音楽的な英雄譚だけではない、オルタナティヴな当時のイングランドの息吹が伝わってくる本という意味では貴重だし、イアン•マクドナルドの名著「Revolution In The Head: The Beatles’ Records and the Sixties」、あるいはジョン•サヴェージの「England’s Dreaming: Sex Pistols and Punk Rock」のように、音楽/バンドを通じて歴史を読み解くという志しに根ざした本であるのは間違いない。ゆえに、ただ「海の向こうの、昔のバンドの話でしょ」では済まない、日本の状況との共振も多くある=読み取る教訓も詰まっているんじゃないだろうか。

この労作を献本してくださった翻訳者の萩原さんからは、先日「UK音楽界のトリック•スター」ことビル•ドラモンドのメモワール:「45 ザKLF伝」(ele-king books)も送っていただいた。こちらはもっと早く読み始めたいと思っているが、その前にちょっと前に刊行されベスト•セラーとなったモリッシーの自伝に手を伸ばしてしまうかも??

その②:RIP「Breaking Bad」。

終わってしまいました!……というわけで、米AMCの生み出した人気のモダン•ドラマ「Breaking Bad」がシーズン5で完結しました。

自分はイギリス友人達からの「絶対好きになる、見な!」な無数のレコメンおよびネットでのバズにつられてシーズン4から見始めたクチで、遅咲き「BB」シンパ。なのでリアル•タイムで進展を追い、ウォルトやジェシーの運命を案じ、ジリジリ歯がみしてきたファン達の思い入れにはほど遠いとは思う。
しかし、各エピソードのクオリティ/演技/作劇/演出も含め、個人的にもっともハマったシーズン4の後だけにハードルが高いのでは?と予期していたシーズン5は、地平線の端に見えて来た避けがたい終わり=フィナーレを射程に入れつつ、しかしファンをがっかりさせないじっくりとした歩調で盛り上げ、いやー、満足のいくエピローグを迎えてくれて、大正解。泣いたよ。

テレビ•ドラマへの注目が世界的に高まっている昨今ゆえに、最新シーズンの放映中に「次のシーズンも制作決定(=つーことは、どんなにサスペンスを盛り上げたとしてもメイン•キャラ達はまず生き残る)」なんて報が流れて、観ている側がシラけるケースはままある(「Homeland」とか)。打ち切りの悲しみもあれば、逆にヒットを受けて続投が決定……というケースもあるのは、視聴率に左右されがちな、生もの性の高い連続ドラマの運命だろう。
しかし、シーズンを重ねるごとに人気が尻上がりに伸び、現象化したにも関わらず、「BB」はいたずらに人気におもねって延長したり寄り道することなく予定通りにこの5シーズンで完結。「Lost」みたいに収拾がつかなくって息切れせずに最後までテンションを維持した、その潔いエンディングは今後のドラマ製作者達も参考にしてもらいたいものです(とはいえ、このドラマの中で個人的に5本指に入るひいきキャラのひとりである弁護士:ソール•グッドマンを主人公にした番外編ドラマが製作されるそうなので非常に楽しみ)。

シーズン5にはトミー•ジェイムズ&ザ•ションデルズの隠れ名曲「Crystal Blue Persuasion」が使われていて選曲のセンスに脱帽させられたけど、ファイナル•エピソードのラスト•シーンに流れて来たのがバッドフィンガーの「Baby Blue」だったのには、マジに大泣き&悶絶させられました!というわけで、「The Wire」を越えた……とまでは思わなかったけど、これからも繰り返し見返すであろう、作劇の密度が濃く、「名キャラ&名ゼリフ/キャッチフレーズ」多数、キャスティングもほぼ外れなしというこの米モダン•ドラマの傑作に敬意を表して。

その③:ストーンズとケーキ。

友人が50歳の誕生日を迎える……ということで、そのお祝いに同じく今年で50周年を迎えたストーンズの「Let It Bleed」のジャケ写を真似たケーキを焼いてみました。
この、おそらくロック史上もっともアイコニックなケーキの作り手は、60年代当時は新進料理ライターとして売り出し中〜いまやイギリス版マーサ•スチュワート的存在(まあ、マーサほど「ライフスタイルの神」として周到にマーケティングされてはいませんけど……)なディーリア•スミス。若い頃にはモデルもやっていたというこの人は、イギリスにおける「テレビ向けのルックス+滑舌の良さ」という現代的な料理ライター/TVシェフの走りとも言える存在だと思います。

このケーキは、ストーンズのジャケ写を撮ろうとしていたカメラマンから「とにかく〝ケバケバしい〟ケーキを作ってほしい」との依頼を受けて彼女が焼いたビスポーク•ケーキなんだとか。レシピはもちろんないので参考資料としてアナログ版「Let It Bleed」を引っ張り出してみたんですけど、いやー、ほんと極彩色のケーキで、「食べたい」とはあんまり思いませんな〜。しかもケーキの2段目はタイヤ、3段目はピザだったりする。

ともあれ、食べられないバースデー•ケーキを作っても仕方ないので、レコード•ジャケットとにらめっこしつつデザインを検討してみる。ピザは、ケーキの甘さにトマト•ソースが混じる図を想像するだけでも気分が悪くなるので、リアリズムには欠けるとはいえもちろん排除。そう考えると、イギリスではおなじみなヴィクトリア•スポンジ(=日本で言えば、プレーンなパウンド•ケーキ)のバリエーションということで土台のケーキ自体はシンプルである。2段目は、タイヤの代わりにチョコレート•アイシングでごまかすことにしました。

しかし意外に一番大変だったのが、トップに当たる層のデコレーションだった。ピンクと薄緑色のにぎやかなアイシングを除くと、このケーキのメインになるトッピングは緑•赤•黄のトリコロールなGlace Cherries(ドレンチェリー)、およびアラザン(銀色のドラジェ)。
母親が家でケーキだのパンを焼くのが好きだった人なので、アンゼリカや各種ピール同様、カラフルなドレンチェリーは子供時代からなじみの深い製菓材料……だったんだけど、いざ買い出しにスーパー•マーケットに繰り出したところ、アラザンはカップケーキ人気のあおりもあって(?)まだ普通に売られているものの、昨今は赤チェリーしか置いてないのが判明。しかも、多くは「ナチュラル志向」の自然な(=地味な)色合いだ。昔に較べ人工着色料や食品添加物への意識が高まって、鮮やかなエメラルド•グリーンや黄色のチェリーは「体に悪いもの」と判定され、店頭から追い出されたようです。

それでも諦めきれずに試しにネット通販を探ってみたところ、まだ三色チェリーを売っているショップを発見できた。しかし基本的にはプロ向けの卸し店らしく、購入できるもっとも軽い容量は1キロ袋から。ドレンチェリーというのは、「チェリー」とは名ばかりでただただ甘いグラッセ。ゆえにある意味始末に負えないというか、パウンド•ケーキやパネトーネ以外にはまったく使い道が思い浮かばないアイテムだし、もともとドライ•フルーツの類いは嫌いな人間なので、1キロも買うのは大いなる無駄である。

なわけで、赤チェリーを除き、緑&黄チェリーは代替物使用で妥協することに決定。イギリスのデコレーション•ケーキには日本人からするとグロテスクな「飾り」がさんざん使われている(マーブル•チョコやマシュマロ他、市販品をトッピングしただけのケーキは子供さんには大人気)ので、こうなったら「郷に入りては郷に従え」です。
最初のうちはオリジナルの本性に近そうなものを求めて、ナチュラルな果物の砂糖漬け、フルーツがベースのグミといったジェリー菓子系を探索してみた。しかしどうにも色彩のインパクトに欠けるし、グミに関しては、ケーキみたいに柔らかくてもろい質感の食品に「グニュッ」と噛みきれない歯ごたえの異物が混じるのは、自分的にはNGである。

色々考えた結果、最終的には代替物はチョコレートと相成った。チョコレートの方が融通が利いて、色素を使ったカラフルなアイテムがまだ多い。
緑は、こっちの定番チョコ菓子のひとつ:エアロのミント味のチョコ•ボール版で代用。日本ほど細かく「個人向け食品文化」(個別に包装されたキャンディとか、使いきりサイズのドレッシングとか)の浸透してないイギリスだけど、こういうレディメイドでシェアしやすく、個々人が「自分が食べたい分だけ、手に取ってエンジョイする」と決めやすいアイテムは増えている。球状のサイズも含めて、赤チェリーのいいパートナーである。
黄色は、オレンジ味のチョコレート•ディスク(製菓材)。エアロのオレンジ味を使うって手もあったんだけど、たまたまこの日のスーパーでは品切れだったため、溶かしたチョコでディスクを3枚重ねてそれっぽく仕上げて逃げることにしました。

イギリスではケーキのデコレーションにバター•クリームや砂糖ベースのアイシング、クリーム•チーズが使われることが多い。たぶんディーリア•スミスも温度変化に強く、素材としても安定しているUK流アイシングを使ったのだろうが、自分はどこまでも生クリーム好きなのでベース&パイピングはすべて生クリーム。緑の色素が手元になかったので青で代用してみたところ、毒々しさが更に増した気がする。
仕上げはストーンズを模した人形(ジャケットではロウソクに見立ててある)なんだけど、これをマジパン他をこねくってまで作る創作性&気力はもう残っていなかったので、イラストの旗で代用。結果は以下の通りです。

photo

お世辞にもオリジナルのムードを再現できているとは言えないが、ケーキを取り出したところ、パブに集った友人の友達連中は「おー!」「すごい」と口々に誉めてくれた。辛党の集まったおっさんおばさんぞろいな誕生祝いの席で、たとえノベルティとはいえ、こういうケーキが出てくるのはかなり場違い。なのにみんな率先して食べてくれて、優しいですね〜。
ちなみに、イギリスでここ何年か大人気〜家庭でのお菓子作りブームの火付け役にもなったテレビ番組「The Great British Bake Off」(素人によるパン/ケーキ/クッキー他ベーキング全般の腕を競い合うコンテスト)の最新シリーズが終了して間もない時期だったので、ケーキ作りにまったく興味のない男性陣も「このスポンジはしっとりしている」「風味がいいね」とか、同番組の審判役がよく使うキャッチフレーズを言い合って笑いをとっていたのがなんともおかしかった。

その④:ルー•リード。

手術は成功という当時の報道だったので、ほんと、ショックでした……。

広告

Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
カテゴリー: book, music, TV タグ: , , , , パーマリンク