Beat of My Own Drum:6. Oscars 2014

米アカデミー賞が今年もつつがなくアナウンスされました。時差もあるのでもちろん生中継を見守りはまではしませんでしたが、今年は自分好みの作品が多くノミネートされたので普段よりアンテナが立っている!感じ。結果をいそいそとチェックしました。

メジャーな賞レース=アウォード•セレモニーというのはまあ、(これは音楽賞でも映画でもテレビでも、ジャンルはなんでもいいんですけど)基本的には「業界プレイヤー達同士による〝お疲れさん〟」的肩たたき行事とでもいうのか、遅れてきた忘年会とでもいうのか、ある意味我々受け手側の意図をちゃんと反映することなく予定調和的に適度に丸〜く収まるのが基本。ビッグな権威的存在がエンタメ業界を牛耳れた過去とは異なり、ネット族が鵜の目鷹の目で徘徊し、オルタナな意見を述べるプラットフォームが存在する今の時代、そうやって「丸く収める」のはますますもってもっとも無難なオプションになってもいる。

ゆえにラディカルな番狂わせはハナから期待していない&フォローする気もほぼゼロなんだけど、普段はあまり見れない銀幕のスター達を生で拝めるオスカーには、やっぱりまだちょっとオーラが残っている。特に今年のようにいいヴィンテージの場合――主演男優賞を例にとっただけでも、クリスチャン•ベール(American Hustle)、ブルース•ダーン(Nebraska)、レオナルド•ディカプリオ(The Wolf of Wall Street)、キウェテル•イジョフォー(12 Years a Slave)、マシュー•マコノヒー(Dallas Buyers Club)と、自分的にはアウォードをあげたい人達ばっかです――は、興味も募るわけです。

というわけで、今回は個人的なアカデミー•スペシャル。まずは、助演&主演男優賞のダブル受賞となった「Dallas Buyers Club」。この作品はキャラの引っ張る映画であり、トータルな総合力という意味では他のノミネート作品に較べてちと弱い。ゆえに「「今後も繰り返し見返す」型の映画ではないけど、ジャレッド•レトとマシュー•マコノヒーの転生/変容ぶりには拍手を贈るし、時代考証にマッチしているか?は疑問だったけど作品のセンチメントにぴったりだった、この名曲のチョイスには更に拍手。

<グラムといえば「American Hustle」もボウイの「The Jean Genie」を上手く使ってました&ジェフ•リンやスティーリー•ダンなど70年代サウンドのオン•パレードでナイスでしたが、このマーク•ボランの負け犬味&センチさは余韻がちと違います>

他にも色々と見せ場のある今年のアカデミー賞だったけど、「追悼」篇で去る2月に世を去ったフィリップ•シーモア•ホフマンにトリビュートがあったのには涙。ほんと、いい俳優さんだったし、これからも貴重なバイ•プレイヤーとして活躍してくれるとばかり思ってたんで、急逝にはショックを受けました。

<フィリップ•シーモア•ホフマンの出演作には優れたものがたくさんありますが、個人的にはこの作品での彼がベストっす。映画としても、この年のベストのひとつ>

そんなわけでここしばらく意識がふぅっとフィリップ•シーモア•ホフマンに飛ぶことが多かったけど、彼の存在を最初に意識したのがキャメロン•クロウの半自伝的映画「Almost Famous」でのレスター•バングス役だったのは間違いない。

<レスター•バングスに音楽ライターの心得=「正直に、しかも容赦なく」を教わる、の図。この時期のパトリック•フュジットは、若い頃のジェフ•トウィーディーはこんな感じ?と思わせるものがあってちょっと胸がうずきます>

レスター•バングスは、70年代ロック•ジャーナリズムに大きな足跡を残したアメリカ人ライターのひとり(1982年沒)。60年代末のRolling Stone誌への寄稿を経て、Creem誌での大活躍を後に70年代半ばにニューヨークに渡り、パンク•シーンを地で生き/ロックンローラー達と対等に渡り合ったゴンゾ型ライターとしても知られる(書くだけではなく、音楽活動も行ってました)。

セックス、ドラッグ&ロックンロールで無頼なイメージが先行し、ニック•ケントといった後続パンク•ライターにも影響を与え、しかも映画にまでインスピレーションを与え……と、一部では神格化されたロック•ライターなわけだけど、昨年のルー•リードの訃報をきっかけに彼の代表的な音楽原稿を集めたアンソロジー本「Psychotic Reactions and Carburetor Dung」(レスターの友人だったグリル•マーカスが編集)を読んだところ、その神格化の所以が必ずしもイメージだけでではなく、彼の文章力にあるところが大いに納得できた。

彼の好きな音楽のすべてが好きなわけではないし、彼の意見に異論を抱くこともある。文体にしてもケルアックやバロウズといったビート文学に傾倒した人だけあってクセがあるし、ロマンチックなニヒリストのモノローグに陥ることも多々ある文章は決して読みやすいものではない。が、音楽に対する情熱、歴史への造詣と知識の深さから生まれる観察•洞察•箴言はシャープなエッジを持っていて、その切れ味は表層やプレイヤーこそ変化したものの実質は変わらない、今のロック〜ポップ•カルチャーにも有効だったりする。本質を見抜いていたってことだろう。

ルー•リードがきっかけになったのは、レスター•バングスのVUおよびルー•リードへの(愛憎まみれな)執着がとても有名なものだから。特に、1975年にCreem誌に発表されたルーとのインタヴューは文字通り「ミュージシャンとライターの真剣対決」で、ウナギのようにつかみ所のないルーという「謎」が見事に描写されている(ちなみに、NMEがルー•リード追悼号を出した!ということで久々に買ったところ、メイン記事がこのインタヴューの再録だったのにはゲンナリしました:興奮していても、やっぱ前もって中身は確かめてから買うものですな)。これを読むと、レスター•バングスってマゾだったのかしら?とすら思う――それくらい、ルー•リードのムチはトゲだらけで容赦ない。

ともあれ、フィリップ•シーモア•ホフマンの名演(実際のレスター•バングスよりも遥かにマイルドな表現に抑えていましたが)に敬意を表して、レスター•バングスがらみの音楽をいくつか。その①は、アンソロジー本のタイトルにもなっているアメリカン•ガレージのジェム:ザ•カウント•ファイヴ!

<時代とはいえ、思いっきり口パクですね。でも名曲であることに変わりなし>

その②はヴァン•モリソンの名作「Astral Weeks」。このアルバム•レヴューは、読むだけで作品を聴きたくなる磁力があります。

<わお。名曲>

VUやストゥージズといったプロト•パンク勢をいち早く支持していただけに、レスター•バングスはパンクまっさかりの頃にも引っ張りだこ。中でもリチャード•ヘル評やザ•クラッシュのツアー同行記は秀逸なんだけど、80年代の本人は音楽レヴューだけではなく、フィクションへの夢も抱いていたという。そのほとんどは残念ながら不慮のODによる死で未完に終わったわけだけど、アンソロジー本に収録された短編「Maggie May」をインスパイアした、この曲を最後に。

<ロッドのバカぶりには「勘弁してよ」と感じることもありますが、いい曲残してますよね。この映像は言うまでもなく口パクですが、それに乗じてバックをフェイセスが適当に担当&マンドリンは(もちろん弾けない)ジョン•ピールというおふざけぶりで、最後はサッカーに興じ始めるところも爽快にバカでナイス。Top of The Popsの歴史に残るクリップのひとつでしょう>

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Mariko Sakamoto について

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