True Detective(HBO)

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

またもテレビねたになります:しかも前ポストの「GoT」に続き、これまた米HBO産の新作ドラマ「True Detective」の紹介。別にHBOをえこひいきしてるってわけじゃないんですけどね……ただ、本当に興奮させられた作品だし、アメリカにおける放映時のリアクションも際立ってすごかった。作品のスタイルも含めて「テレビ界のゲーム•チェンジャー」と呼ぶにふさわしい作品だと思うし――知人のひとりは「『The Wire』以来のエポック•メイキングな作品」とまで評してます――近いうちに日本でも放映が決定することを切望せずにいられない秀作!というわけで、祈りをこめつつこのユニークな作品の魅力を綴っていこうかと。キャラ他の紹介は含めますが、ネタバレは回避で進めます。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

直球な作品タイトルの通り、「True Detective」は犯罪捜査官を主人公に据えたストーリー。ジャンルとしては古今東西•映画やテレビの定番テーマのひとつとしてすっかり定着した観のある、いわゆる「刑事もの」に当たる。

当ブログでも何度か取り上げてきたように、ここのところ犯罪/刑事/探偵ものドラマは活況を呈している。中でもスカンジ•ドラマのグローバルな成功•評価は、個人的にこのジャンルに新風を吹き込むと共にレベルの底上げに結びついたんじゃないか?と思う。

しかし、どっこいアメリカも指をくわえて後塵を拝しているばかりじゃなかった……というわけで、ハイ•コンセプトでモダンな社会派刑事ドラマの草分けにして頂点のひとつ:「The Wire」を送り出したHBOだよなぁ〜と言うか、「True Detective」は高品質な内容はもちろん、テレビ•ドラマの新たな可能性を提示する野心作になった。さすがです。

この作品が放映前から熱い視線を集めたのは、その野心的かつ斬新なコンセプトゆえだろう。そのメインになるポイントは、①主演は映画俳優②基本的にワン•シーズンで完結するアンソロジー型③全エピソード(シーズン1は計8話)をひとりの脚本家が執筆&ひとりの監督が仕切る:の三つになる。

まず①に関しては、明確に「映画俳優」「テレビ俳優」と格付け•棲み分けが決まっているアメリカではかなり珍しい。テレビでの下積みを経て映画に下克上するケースも多いとはいえ、「お茶の間」イメージが貼り付くとそれを振り払うのはかなり大変で(例:ジェニファー•アニストン)、逆にいったんA級ハリウッド•スターになってしまえば彼らがテレビに戻ってくることはまずない(たぶんギャラの桁も違うんだろう)。

言い換えれば、スター街道への踏み台として、あるいは人気が落ち目になった際の保険としてのテレビ、という既成概念は強いということ。しかし「True Detective」でフロントを張る主役のルイジアナ州警捜査官2名:ラスティン•スペンサー•コール(通称ラスト)とマーティン•エリック•ハート(通称マーティ)を演じるのは、それぞれマシュー•マコノヒー、そしてウッディ•ハレルソン。どちらもばりばりの映画アクターです。

ウッディ•ハレルソンはもともとテレビからブレイクした俳優ながら、個性的なマスクとオールド•スクールにアメリカンな存在感を買われてメジャーからB級、アート/インディ映画までコンスタントに活動を続けている中堅。「No Country For Old Men」、「Zombieland」、「Rampart」(エルロイが脚本で参加)など、この人の出演作にはナイスなものがなにげに多い。

<「Rampart」より、LAPDの悪徳警官を演じるハレルソン。90年代ロサンジェルス警察で起きた署内腐敗スキャンダルに基づいた映画です>

マシュー•マコノヒーについては、正直言うと長らく自分のスコープからは外れていた俳優だったりする。最初のブレイクは「Dazed And Confused」とはいえ、カルヴァン•クライン〜ブルース•ウェバー好きする正統派な顔だちと身体がいいモデル系アクターだなぁ〜という程度の印象で、クリスチャン•ベールにつられてアホな(でも好きな)ファンタジー「Reign of Fire」を観て「おっ?実は面白いじゃん」と思わされるまでは、ぶっちゃけあまり意識していなかった。

しかも00年代のメイン•フィルモグラフィには肉体派あるいは「ロムコム御用達俳優」のレッテルが付いて回り、自分的にはこれはかなりアウト。「Tropic Thunder」のようにオフ•ビートな作品もちょこちょこ混じっていたとはいえ、「もしかしたら〝女性ファンにも受けるニコラス•ケイジ〟みたいな珍しい存在になるのかも?」という酔狂な好奇心を除くと、MMにわざわざアンテナを立てる気になれなかった。

その状況が変化したのは2010年代に入ってから。この時期からの彼のキャリア曲線の進化•発展ぶりは俗に「マコネッサンス(=マシュー•マコノヒーにとってのルネッサンス)」とまで称されているけれど、フリードキン回春作(?)「Killer Joe」、「The Paperboy」、抜群な娯楽作「Magic Mike」といった具合にアート•ハウス/インディ系の個性作に立て続けに出演、主演はもちろん助演でもスクリーンを食う演技は映画好きにアピールすることになった。

そこからブレイク作「Dallas Buyers Club」、スコシージ「The Wolf of Wall Street」(スクリーン•タイムこそ短いものの、あの場面での磁力はディカプリオ以上)と話題作が続き、遂に「DBC」の演技で先日アカデミー主演男優賞を射止めたのは記憶に新しいと思う。

<新米ディカプリオを相手に、コカイン狂を熱演するマコノヒー。「American Psycho」を地でいく名コメディですな>

そんな「旬」なアクターを呼び込んだ意外性/豪華さはそれだけでも目を引くわけだけど、「True Detective」は今後も――シーズン2が発注されれば、の話ですが(これだけ話題になった作品なので確実にSE2は制作されるでしょう)――「映画俳優を起用」路線を続けていく予定だとか。

しかし既にマコノヒーがシーズン2への登板を否定しているように、②「True Detective」はシリーズごとに独立したアンソロジーであり(これは「American Horror Story」と同じスタイル)、ネットでは早くも「次に〝本物の探偵〟を射止めるキャストは誰か?」という噂や願望の声が飛び交っている。中にはブラッド•ピットが興味を示している……なんてまことしやかな報道まで漂ってます。

③に関しては、総合プロデューサーがショウランナーとして全体を統括し、脚本や監督に関してはエピソードごとに異なるスタッフが担当(ワン•シリーズ中に彼らが複数話を担当することはもちろんありますが)する……という「チーム•ワーク」が基本のテレビ•シリーズではこれまた珍しい。

この分担システムは、映画とは異なるプロダクション&公開のスタイル/時間他の物理的な負担が大きいための当然の解決策ではある。しかし「True Detective」は、8話というこの「脚本ひとり•監督ひとり」スタイルでは(おそらく)マックスな枠を活かしたじっくりしたストーリー•テリングと共に、各話ごとのムラがないソリッドな作劇とを堪能させてくれる。平たく言えば、「True Detective」は上映時間約8時間の映画として作られたドラマ、ということになるだろう。

プロデューサーのひとりであり、原案•脚本を担当したニック•ピツォラットはもともと作家という文芸畑の人で、テレビ脚本のキャリアはまだ短いという。しかし緻密なプロットと密度の濃い台詞(特にマコノヒーの確信的なモノローグの数々は、彼のテキサス訛りと相まってクラクラさせられます)は経験の浅さを感じさせない堂々たるもの。パワフルかつ個性的なスクリプトから、書き手のストーリー&キャラに対する情熱がばしばし伝わってくる。

監督は、端整で知的な仕事ぶりで高く評価されているサンダンス系な若手の星のひとり:キャリー•ジョージ•フクナガ。劇場長編はこれまでに「Sin Nombre」、「Jane Eyre」の2本だけとはいえ、この人の古典的な人間ドラマに対する理解/嗅覚、アーティでありつつ娯楽性もおさえたバランスの良さ、エモーションを喚起するデリケートな映像感覚はかなり好みです。

<キャリー•フクナガの長編第一作>

映像感覚ということでもうひとつ付け加えておきたいのが、撮影監督のアダム•アーカポー。オーストラリア人カメラマンであるこの人は豪映画界の近年の力作「Animal Kingdom」、「Snowtown」での仕事も素晴らしく、(以前当ブログで紹介したことのある)ジェーン•カンピオンのTVドラマ「Top of The Lake」でエミー賞を獲得したこれまた実力派。抑制された色調&光への感覚はもちろん、野外撮影の上手さは「True Detective」でも存分に発揮されてます。

<オーストラリア史上最悪の連続殺人事件とも言われる、「Snowtown murders」を描いた作品。ここでのワイドなランドスケープや繊細な色調の活きる映像は「True Detective」にも持ち込まれてます>

キャリー•フクナガとアダム•アーカポーについては、インディ出身のクリエイターということでテレビのタフな撮影スケジュールにも対応できる柔軟な人材、という実務的な点もポイントが高かったんじゃないかと思う。しかし本作をデジタルではなく35ミリ•フィルムで撮影した決断といい、若いスタッフ――作者ニック•ピツォラットも含め、この3人はまだ30代――が舵取りした「テレビ的発想」にとらわれない新感覚ドラマへの意欲は、主演2名から素晴らしい演技を引き出すことになっている。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

作品のおおまかな概要は、1995年に起きたとある猟奇的な殺人事件の捜査をきっかけにパートナーを組んだ刑事マーティ(ハレルソン)&ラスト(マコノヒー)のコンビが潜る様々なドラマと両者のトランスフォーメイション、そして17年後に同じエリアで起きた新たな事件とを巡るミステリーになる。

というわけで、ドラマの車輪に当たるのは「フーダニット」。なのでこれ以上のプロット紹介は避けますが、純粋な謎解き〜犯罪ドラマの基本も抑えつつ、宗教•哲学•心理学•フォークロア•性の政治学•神話•宇宙論etcが入り交じったストーリーは、サザン•ゴシック/ホラーからジェームズ•エルロイのノワールにも通じるダークかつ複雑なもの。そのチャレンジングなコンセプトと全編にちりばめられた重厚なシンボリズムは、ある意味「犯人は誰?」以上に、引用やヒント探しに目のない/深読みや「いじり」が大好きなネット〜ブロガー族達のフィーヴァーに繫がっている。

<マコノヒー演じるラスト•コールの、特徴的な南部訛り=引きずるような喋りの「クセ」とマネリスムを見事に捉えたパロディ•クリップ。ちなみにここでの尋問のテーマは「アカデミー賞候補になるまでの14年間、マシュー•マコノヒーは何をしてきたか?」で、恥ずかしいロムコムの過去が暴かれるのは笑えます>

ドラマのハンドルという意味では、「過去(1995年)のフラッシュバック」と「現在(2012年)」とがパラレルに進行していくユニークかつクレヴァーな構成で、観る側のアテンションを維持すると同時に彼らを作品の中に引き込んでいく。また、対照的な主役両名の内面およびそれぞれの生きる世界――マーティは州警察内でもトップ•クラスの捜査官&同僚から慕われ、家庭にも恵まれた夫/父親。対するラストはルイジアナ署配属から間もない「新参」で、ワーカホリックな天才肌刑事にしてニヒルな一匹狼――が、反発しながら徐々に結びつきを見出し、もつれ合っていく図式もスリリングだ。

エンジン部に当たるのは、やはりハレルソン&マコノヒー両名の演技だろう。「パートナーもの」というのはこれまたよくある設定で、古くはホームズ&ワトソン、以降もスタスキー&ハッチ、リッグス&マータフ(「Lethal Weapon」)等が人気を博してきた。マーティ&ラストもそうした「歴代名パートナー」に名を連ねてもおかしくないチームで、特にマコノヒー演じるラストの放つフリーキーなカリスマは、アンチ•ヒーローとして強烈な印象を残す。

それを受けて、どこまでも現実的な普通の男という(決して美味しくない)役どころに徹するハレルソンのサポートぶりも上手い。ちなみにハレルソン&マコノヒーは共にテキサス出身〜プライヴェートでも仲のいいマブダチだそうで、その実生活での信頼関係も「良きスパーリング•パートナー」として、両者が遠慮なく演技の翼を広げる結果に繫がった気がする。

と同時に、「True Detective」を「しょせんはマコノヒー&ハレルソンの〝ブローマンス〟劇ではないか」、「女性差別的な内容」とクサす意見もちょこっと見受けられた。確かにブローマンスを「バディもの」のバリエーションと考えれば、喜劇から犯罪ものまでダブル•アクトの大半は歴史的に男優×男優というケースが占めていて、「男女平等」をふりかざす向きには物足りないのかもしれない。

しかし、女性がきっちり描かれていない……という不満を、自分はこの作品から感じなかった。それはまあ、女性が男性の補佐役として描かれる傾向の強い現代ドラマの「慣習」に自分が慣れきっているからなのかもしれないし、イコール、それだけ自分のフェミニスト•レーダーが弱いのかもしれない。しかし女性が主役のドラマを観たいなら「The Killing」、「The Bridge」、「Homeland」、「Top of The Lake」、「Girls」等いくらだってあるんだし、本作における男性キャストはいずれも欠陥のあるキャラとして描かれている。トータルで観ればむしろ「マチズモの敗北」が残る作品だと自分は思うし、男性が観ていてもあまりすっきりしないだろう。

画面に登場する率の高い「メイン•キャスト」という意味で、女優勢があまり優遇されていない=数字で考えれば女性度が低いのは事実だ。が、ミシェル•モナハン演じるマギー(マーティの妻)の虚偽に動じない強さ/知性は観る側にモラルの指針を示すし、シリーズ全体をわたって描かれる「伝統的な(=時代遅れな)男尊主義者」マーティと、子供から大人まで様々な年代の女性達とのインタラクションは滑稽なくらいにすれ違い続ける。彼女達の残すスパイシーな噛み傷は繰り返し見返すことでしみてくるし、たとえ「True Detective」の根本がブローマンスものだったとしても、俯瞰で考えればただの「マッチョ万歳」ではなく、リアリスティックな視点も備わっているドラマ、ということ。

しかし役者達――助演級や脇役に至るまで「ハズレ」なしのキャスティングだと思います――と同じくらい、いや時に彼ら以上に雄弁なのが、メインのロケ地:ルイジアナ南部湾岸エリアの風土だろう。ルイジアナは「True Blood」での北西部、「Treme」でのニュー•オーリンズといった具合に近年のHBOドラマでよく舞台になってきたエリアではある。しかし「True Detective」で描かれるルイジアナは、工業化の発展が途中までで放り出され、パワフルな自然の力(肥沃な土壌、ハリケーンといった災害)とその意志の成すがままに残された地……というイメージ。

人為的な手の介入を無言で拒むとでも言うべきそのタフさは、湿地帯他の前史的な光景(荒涼とした美です)や廃屋、南北戦争以前の遺跡といった素晴らしいイメージ(セット•デザインも秀逸)で本作のゴシック性を高めるのに大いに貢献。その魅力を活かす空撮他も含むダイナミックな撮影はもちろん、ロケハン•チームの仕事ぶりは評価すべき。と同時に、本作のライターであるニック•ピツォラット当人がルイジアナ出身で、かの地にいまだ残る土着〜風土的な美と恐怖とを知り尽くしているというのも、このトポロジーと作劇との完璧なハーモニーに繫がった点も指摘しておこう。

しかし既にメディアの一部で報じられている「TD:シーズン2の方向は?」という憶測に対し、原作者のニック•ピツォラットはSE2向けに南カリフォルニアを舞台にしたコンスピラシー•ミステリーを執筆中で、「強い女性が登場する」とも語っている。となると女優がメインになりそうだけど、舞台がカリフォルニアに移るということはいよいよエルロイっぽいし、果たしてどこまでSE1でルイジアナがもたらした強烈なルック/ムードを再現できるのか?と興味が募る。

ちなみにそのSE2が実現すれば、脚本以外は監督もキャストも総入れ替えな、SE1とはまったく無縁なオリジナル作品が生まれることになる(はず)。映画監督がテレビに乗り出すというのは、テレビあるいは映画の流通に限定されないネット経由でオリジナル•コンテントを発する会社(Netflix他)の台頭と共にここ数年増えてきたトレンド――先述したジェーン•カンピオンの「Top of The Lake」、「House of Cards」のデイヴィッド•フィンチャー、まだパイロットだけですが期待できそうなギレルモ•デル•トロの「The Strain」、スティーヴン•ソダーバーグの「The Knick」等――だが、「True Detective」にはそのニュー•エラの素晴らしいシンボルとして、SE2でも安直なシーズン間のコネクション(例:マコノヒーのカメオ等)を避けたまま、高品質&ハイ•コンセプトを貫いてほしいもの。

別にネットにおける噂やハイプの波においそれと乗るつもりはないけれど、もしも一部の報道が言うようにブラッド•ピットがSE2企画に乗り気というなら、それは納得だ。彼もマコノヒー&ハレルソン同様アメリカ南部出身の俳優だし、そのマスクにはまったく惹かれないものの、出演作や彼の制作会社Plan B Entertainmentのチョイスには意欲的なものが多く、その「俳優の遊び」に済まされない歯ごたえのある作品への野心がテレビ界の新風に敏感に反応するのは理解できる。

そのブラッド•ピット絡みということでついでに言わせてもらえば、「The Assassination of Jesse James by The Coward Robert Ford」、そして「Killing Them Softly」(これもルイジアナで撮影された映画で、原作もジョージ•V•ヒギンズとご機嫌です:しかしヒギンズの映画化ならピーター•イェイツの「The Friends of Eddie Coyle」が最高峰だろう)を監督したオーストラリア発の才人アンドリュー•ドミニクが登板してくれたら嬉しい!この人は最終的にはウィンターボトムが映画化した「The Killer Inside Me」のオリジナル候補だったほどジム•トンプソン好きでもあるので(嬉)、ニック•ピツォラットのノワールな世界観にはぴったりじゃないかな〜。

<「Killing Them Softly」の予告編。この作品はリチャード•ジェンキンス(「Six Feet Under」)、ジェームズ•ガンドルフィーニ(「The Sopranos」)となにげにHBO関連のキャストが脇を固めてますね。「True Detective」についても「The Wire」、「Boardwalk Empire」といった作品からの卒業生が顔を出すのがナイスです>

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

というわけで。長々と書きましたが、その熱意の動機は一刻も早く「True Detective」が日本でも放映されることを祈る=実体験してほしい!それだけです。軽くググっただけでもすぐに割れる、この作品に対する放映時からの過剰なまでのリアクション•分析•評論(妄想も含む)だけでも、まだ観ない側には逆に「評判がうざったい」と煙たがられる類いのものではあるだろう。ゆえにむやみに前あおりするつもりはないんだけど、ネット時代のスピードと観る側の知性&ネットワーク機動力とが相まって生まれるハイプを乗り越えて観てみるだけの価値がある、面白いシリーズなのは確か。

にしても、この盛り上がりを眺めていてたまに頭を過ったのが、「もしも『Twin Peaks』が今放映されていたら、その反応はこれ以上じゃないか」ということだった。あの作品も映画監督によるテレビ•ドラマで、映像といいキャスティングといいテレビのレベルを超えていて、シンボリズム他の「エサ」もオタクの心をくすぐり熱狂させまくったもの。同作はシリーズが長引いた結果尻すぼみになったけど、そこから約25年、「True Detective」はコンサバなドラマに再び蹴りを入れた存在になるんじゃないかと思う。

最後に、ロック好きな方達を引き寄せるべく:「True Detective」で使用される音楽について触れておきます。まず、作品の音楽監督にT•ボーン•バーネットが起用されていて、コーエン兄弟作品でもおなじみの彼のインプットはそれだけでもポイントが高い。ドラマの主題歌として効果的に作品のトーンを規定するハンサム•ファミリーの「Far From Any Road」は彼のチョイスだそうで、その渋い!センスにはうならされます。

<ドラマの秀逸なオープニング•クレジット>

それ以上に、劇中に挿入される音楽も抜群だ。ザ•ブラック•エンジェルズ、13thフロア•エレヴェイターズといった「テキサス•サイケ」勢に混ざり、スリープ(!)、グラインダーマン、ルシンダ•ウィリアムス、ボスニアン•レインボウ、タウンス•ヴァン•ザント等々、ゴスペルやフォーク、カントリーからブルース、インディ•サイケまで幅広く、大胆かつブリリアントなプレイ•リストは特筆に値する。以前にもちょっと触れたけど、HBOの音楽への目配りもまた、自分がこの局発の作品に惹かれる理由のひとつなんだな〜と。

広告

Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
カテゴリー: hall of dudes, music, TV タグ: パーマリンク