The Arcadia Series by William Basinski@St John at Hackney/20Mar2014

コンサートのフィナーレ、ポーズを決めるリース点チャタム(左)とシャールマーニュ•パレスタイン(右)の両雄

コンサートのフィナーレ、ポーズを決めるリース•チャタム(左)とシャールマーニュ•パレスタイン(右)の両雄

東ロンドンの各所(Café OTO、Village Underground他)を舞台に、3月12日から約1週間にわたって行われたパフォーマンス•シリーズ:「The Arcadia」。ニューヨーク発のコンポーザー/アーティスト:William Basinskiをキュレーターに迎えたこの企画、ライヴだけではなくアート展示やフィルム上映、対談イベントも交えての盛りだくさんな内容だったが、その最終日に当たるコンサートに行って参りました。

出演はCharlemagne PalestineRhys Chathamの共演/ウィリアム•バシンスキのソロ•パフォーマンス/オープニングとしてリヴァプールの俊英Ex-Easter Island Headという抜群な顔ぶれ。ほんとはこのシリーズの初日を飾ったスワンズのマイケル•ジラのソロ•ライヴにも行きたかったけど、どっちも行くほど余裕がない&ジラの教会〝説教〟ライヴ(=言うまでもなくめちゃハマります)は以前に体験済みなので、天秤にかけた結果こちらのライヴに軍配が上がりました。

クラシック音楽のバックグラウンドから登場したウィリアム•バシンスキは、25年以上のキャリアを誇る前衛メディア•アーティスト。ノレルコ製のヴィンテージなオープン•リール•テープ•デッキやラップトップをミックスしたアンビエントなループによるサウンド•スケープで知られ、特に00年代以降、その作品や活動に対する注目が高まっている。

<バシンスキの代表作「The Disintegration Loops」より>

そのキャリアを語る上で欠かせないのが、1989年に彼がウィリアムズバーグに開設したスタジオ/パフォーマンス•スペースである「Arcadia Studio」。グリニッジ•ヴィレッジ、ソーホーとNYのアーティスト達は60年代末からジプシーのように様々なエリアにクリエイティヴな小コミューンを作り、それがたとえば「現代音楽」、「CBGB」、「ノー•ウェイヴ」、「ディスコ」といったシーンの発火点にもなっていった。

しかし80年代末のマンハッタンにアーティストが創作スペースとして(安く)使えるロフトや空き家は少なく、ウィリアム•バシンスキはイースト•リヴァーを越えてブルックリン区:ウィリアムズバーグに活路を見出すことになる。彼の導きで「Arcadia」に集まったアーティストの中にはディアマンダ•ガラス、アントニー•へガティといった面々も含まれており、キャバレー/詩/パフォーマンス•アート他の様々なメディアを包括するアンダーグラウンドなアート•ハブとして機能したという。このDNAは、後のブルックリン•インディにもある程度受け継がれているのだろう。

というわけで、この「The Arcadia Series」は、いわばそのアーケイディア•スタジオの自由なスピリットをロンドンに降霊させよう……という企画。先述のマイケル•ジラのような「NYベテラン」の他にモダン•アートや実験エレクトロ界からの若手(Paul Prudence、Aki Onda、Julia Kent、Valgeir Sigurosson他)も出演し、今も続くアヴァンギャルドのショウケースと相成った。

この晩の会場は、ハックニーにある古い教会:St John-at-Hackney。ここはこれまでにも不失者他のパフォーマンスに門戸を開けてきた「音楽フレンドリー」な教会なんだけど、改築/修復を繰り返して来たものの、もともとは18世紀に建てられたそう。ゆえにゴシック教会のような荘厳さはなく、内部もステンド•グラスはひとつだけ、の割と簡素な作りで地味っちゃ地味。しかし教会に付き物な固定ベンチのない(この晩の座席は可動な椅子)エアリーな空間〜特に天井の高さには軽く感銘を受ける。2階席のギャラリーを見上げると、巨大なパイプ•オルガンが目に入る。

まずは、この晩の一番手:エックス•イースター•アイランド•ヘッド。彼らは去年初めてライヴを観て強い印象を受けたインスト•アンサンブルで、ライヒ系なガムランの反復をベースにしたミニマリズムと、ロック的なダイナミズム(聞こえ方は異質でも、使っている楽器はドラムとギター)の融合がとてもスリリングなユニットだ。

Ex-Easter island headの3人

Ex-Easter island headの3人

当人達も「今回は僕達の今年初めてのロンドンでのライヴです」とMCしていたけれど、約30分のパフォーマンスは前回彼らを観た時とはまた違う内容になっていてまたも感心させられた。特に最初に披露されたコンポジション、ギターを撫でる/かき鳴らす(このユニットは複数のソリッド•ボディなギター/ベースをテーブルに載せたまま演奏するので、通常の<ギター•プレイ>とは異なる)ことで生まれるデリケートなサウンドからビルド•アップしていく繊細な内容で、リリカルな美でいっぱいだ。

続くコンポジションはムードを変えて、このバンドらしいリズミックかつパワフルな演奏で楽しませてくれた(ドラムスはもちろんギターもパーカッションのように使われる)。しかし割とオーソドックスなポリリズムの応酬はダイナミズムで引っ張っていく感じで、細やかなムーヴメントの面白さ〜アイデアという意味では前半の方が練れているとの印象を受けた。ともあれ演奏の上手さといいユニークな指向性といい素晴らしいライヴ•トリオなのは確かで、オーディエンスの受けも非常に良かった。次回のロンドン•ギグでは「12本のギターのための大アンサンブル」をプレイするそうで、これまたいいコンセプトです。

演奏を終えたEEIHをねぎらう形で、ウィリアム•バシンスキ当人がステージに現れる。ぼさぼさのロング•ヘアをアップにした髪型(遠目だと女性版ジュリアン•コープ?とすら見まごう)にタイトな黒レザーのスーツ姿とカジュアルで、「リヴァプールから来たあなた達の〝ラッズ〟に拍手を!」とキャンプにMCする姿は、抱いていたイメージとはちょっと違う(笑)。去年のAll Tomorrow’s Parties/ディアハンターのキュレーター版での彼のパフォーマンスを「あの回のベスト」と絶賛していた知人も、「ずいぶん雰囲気が変わった」とちょっと驚いている。

キャンプなノリで終始ご機嫌だったウィリアム•バシンスキ、「楽器」他のガジェットを詰め込んだランチ•ボックスを手にポーズ

キャンプなノリで終始ご機嫌だったウィリアム•バシンスキ、「楽器」他のガジェットを詰め込んだランチ•ボックスを手にポーズ

セット•チェンジ……とは言っても、バシンスキのパフォーマンスにフィーチャーされるのはテーブルの上に置かれたテープ•デッキ、ガラス壜くらいのものなので、割とすぐに第二演目のスタートとなる。しかしこの人のテープ•ループおよびデッキの操作を中心とするパフォーマンスは実にさりげないもので、どこからともなく響いてくるアンビエントなサウンド/ささやかなノイズにいつしか包まれている……というもの。「いつの間にか演奏が始まっていた」という形容が一番近いイントロだろう。

この晩披露されたのは「Vivian and Ondine」というタイトルのコンポジションからの抜粋で、これは「新たな生命の誕生を祝う」というコンセプトの作品なのだそう。イマジネーションを刺激するサウンド•スケープを徐々に積み重ねつつ、力強いビートがそこに絡むことで大きなドラマが生じる。恐らくそれは赤ちゃんの心拍音のイメージなのだろうし、聴き手の我々も教会の広い空間の中でしばし胎内に逆戻りし、音のジグソー•パズルが姿を現していくのを見守るような雰囲気があった。

にしても、神妙な顔つきでガラス壜に手を突っ込み、その中から銀色にチラチラ光るテープの切れ端を取り出し、次々に古めかしいデッキにフィードしていくバシンスキの姿は、ミュージシャンというよりはいにしえの錬金術師や薬草師が行う秘技/儀式を思わせる。たとえばサウンドという意味では、これと同様のことをラップトップでやるのも可能なのだろう。が、偶然の要素――テープはランダムに選ばれていると思う――も介入する彼のパフォーマンスはオーガニックかつ「二度と同じ音にならない」時間と空間を意識させる経験であり、「機械によるオートマチックな再生」とも言えるスタイルに科学のロジックだけではない神秘性を吹き込むシアトリカルなパフォーマンスとして、遥かに面白く思える。

椅子席はすべて埋まり、後方にはかなりの人垣が出来ている。いよいよこの晩のメイン•イベント、シャールマーニュ•パレスタイン×リース•チャタムの実に30年ぶりというライヴ•コラボレーションだ。

バシンスキが誇らしそうに「マンハッタン島からのふたりです」と紹介したように、シャールマーニュ•パレスタイン/リース•チャタムは共にニューヨークを軸とする米戦後前衛音楽の一角を成すアーティストだ。若干年上なパレスタインはテリー•ライリーらの同輩としてミニマリズムを追求し、リース•チャタムはラ•モンテ•ヤングに師事し、ライリー〜フィリップ•グラスらとも交流した仲。リース•チャタムはアート•スペース「The Kitchen」の音楽監督を務めたこともあり、後のノー•ウェイヴにも関わっている(グレン•ブランカ〜サーストン•ムーアの、いわば師匠筋)。

しかし見た目という意味では、ソフト帽にスカーフというジャン•コクトーを思わせる「ダンディ」風なイメージがトレード•マークになっている近年のリース•チャタムに較べ、ヴィジュアル•アーティストでもあるシャールマーニュ•パレスタインのステージ衣装は強烈。アジアのマーケットを思わせる賑やかな色彩プリントのシャツに赤いズボン+赤い靴、メイン楽器であるピアノやスツールの周りを(持参の)無数のぬいぐるみ(※彼の「ファミリー」だそうです)と折り紙風なデコレーションが取り囲む。この人をATPで初めて観た時も仰天させられたものだけど、天然なエキセントリック爺という意味ではR•スティーヴィー•ムーアといい勝負である。

セット•アップ中のシャールマーニュ•パレスタイン。衣装も含め賑やかです

セット•アップ中のシャールマーニュ•パレスタイン。衣装も含め賑やかです

そのATPでの演奏はプリペアード•ピアノ他を軸にしたソロ•パフォーマンスだったが、今回はコラボということでどうなるだろう?と思いつつ待つ。一方のリース•チャタムは、彼の代表作と言える「Guitar Trio」のオーケストラ版(10名ほどのエレキ•ギタリストによる壮大&美しい「合奏」)しか観たことがないが、この晩はギターではなくクラリネットが準備されている。

<パレスタインのソロ演奏の模様>

<リース•チャタムの1977年作の前衛古典「Guitar Trio」>

ステージが暗くなってあれれ?と思っていると、スポットライトが二階席に移動。虚をつかれる形でパレスタイン&チャタムの両名がバルコニーに現れ、東欧〜東洋の宗教音楽を思わせるチャントのハーモニーを「ムムム……」とデュエット(というか「起伏のあるうなり声」のカウンターってのに近いけど)し始める。面白いことに、この教会のステンドグラスは遠目に眺めると「西洋的イコノグラフィ」よりも抽象的なモザイク〜曼荼羅に近い印象を受けるもので、このむしろ仏教的な始まり方も自分的には自然に響いた。

しばしの朗詠を経て、マイク片手に歌いながら両者がフロアに降りて来て、切れ目なしに演奏に着手する。パレスタインのシンプルなピアノ•コードのリフレインが響く中、その周辺をリース•チャタムがライヴ•ループさせるクラリネットのゆかしい音色の草原で覆ったかと思うと刈り取り、また新たに音の茂みを形作っていく。恐らくこのインタラクションはインプロだったのだろうけど、さすがこういうパフォーマンスのベテランな両者だけに緊張感と次々に訪れる美のスポットとのバランスは素晴らしい。

暗くてすみません(フラッシュは極力使いたくない派なので)。バルコニーにはパイプ•オルガン、そして右側に小さく写ってるのがパレスタイン&チャタム

暗くてすみません(フラッシュは極力使いたくない派なので)。バルコニーにはパイプ•オルガン、そして右側に小さく写ってるのがパレスタイン&チャタム

続いてシャールマーニュ•パレスタインがピアノから降り、椅子席エリアを突っ切って再び二階席へと消える。その間も静かなパッセージを維持していたリース•チャタムにオーディエンスの目が釘付けになるが、やがて静かに会場を満たし始めたのはパイプ•オルガン。演奏可能にメンテされたパイプ•オルガンのある教会ならではの趣向だが、奏者であるパレスタインの姿はもちろんフロアからは見えない。しかしその頭上から降ってくる美しい音に打たれたように、リース•チャタムがステージからいざり降り、跪いて音のリアクションを捧げつつ対話する姿は、目に見えない「神」という存在に対して古代から人間が抱いてきた畏敬の念と音楽――これまた目には見えない――の結びつきを感じさせるドラマチックなパフォーマンスだった。

自分は間違っても宗教的、あるいはスピリチュアルな人間ではないし(とことん俗物なので)、教会というシチュエーションの持つ記号性/意味合いにどこかしら影響されたのかもしれない。しかし、パイプ•オルガンの荘厳な響きや天の高みを目指す教会建築の意志が「雲の向こうにある何か」を指向させるのは確かだし、パレスタイン&チャタムの両者がアカデミア/ミニマリズム他の様々なトライアルを経て、複雑さよりもむしろプリミティヴな瞑想を思わせる世界に向かっているのは興味深い。と同時に、録音技術の無かった大昔には「(生の)音楽」を聴く数少ない場のひとつが教会でもあったわけで(コンサートはあっただろうが、主にサロンや宮廷や劇場が舞台。一般大衆が今の感覚で「音楽を楽しむ」ようになったのは実は割と最近の話だったりする)、そんな時代に音楽の持っていた大いなる「マジック」の片鱗をちょっと感じた場面だった。

フィナーレは、リース•チャタムが二階席に移動〜パフォーマンスの冒頭と同じくシャールマーニュ•パレスタインとマイクを挟んで向かい合い、クラリネットとチャントがハモりながらゆっくりフェード•アウトしていく「円環が閉じる」とも言うべきシンメトリカルなもので満足度が高かった。

約1時間近いパフォーマンス•ピースながら、熟練したテクニックに裏打ちされたサウンドの「即興あやとり」の妙には最初から最後まで引き込まれたし、澄んだ感性の出会いから生まれるワン•オフな共振は、時代や世代を越えたところにあるアヴァンギャルドの普遍性を感じさせもした。最後にはパレスタイン持参の「おもちゃ箱」から引っ張り出された子供向けの楽器(ぬいぐるみのボディを押すと、「プー!」「ピー!」とシンプルな音階が鳴る)で両者がユーモラスなプチ合奏を披露。「記念写真!」とばかりにステージに集合し肩を組んだ「NYアングラの雄2世代」=バシンスキ、パレスタイン&チャタムの3人がカメラマン達の前でポーズを決めるはしゃいだ姿に、大喝采が注がれたのは言うまでもない。

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Mariko Sakamoto について

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