TV round up:Fargo(FX),Game of Thrones:SE4(HBO),Orphan Black:SE2(BBC)

久々にTVネタのポストです。もっとも、取り上げるのはいずれも現在(イギリスでの)オン•エアのタイミングがシリーズ中盤に差しかかりつつある〜折り返したドラマ。トータルな総括ではなく、ネタバレは回避!で「作品の紹介&軽いラウンドアップ/経過報告」を目指します。

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その①は、コーエン兄弟の代表作のひとつにしてアカデミー賞も受賞した映画「Fargo」(1996)を元ネタにした全10話から成るテレビ•ミニ•シリーズ:「Fargo」。タイトルもまんまだし、最初にこのドラマの情報を知った時には「映画をそのままテレビ化ってこと……??」と首を傾げたものです。

ヒット映画や人気キャラ〜有名なフランチャイズから想を得て、お茶の間のスクリーン=テレビにスピンオフするケースは珍しくはない(逆もたまにありますよね)。とはいえその多くはアニメorコミックやアクションもの、SF作品という印象が強いと思う。恐らくこれらのジャンルはヒーロー/ヒロイン主導なので、看板のキャラを軸に続編あるいは「(映画で描かれたストーリーが始まる前の)前史」といった世界を広げやすいのだろう。

たとえば割と最近の映画がらみのスピンオフとして、「Hannibal」が思い浮かぶ。タイトルからもお察しいただけるように、これはトマス•ハリスの生み出したフィクショナルなキャラ=ハンニバル•レクター博士と、彼を追うFBIの天才的プロファイラー:ウィル•グレアムとを主人公にしたテレビ•シリーズ。とはいえこのドラマは両者の初めての出会いに遡り、そこから始まる「犯罪医学系の精神科医」と「捜査官」とのプロフェッショナルな交流〜両者が関わる陰惨な殺人事件捜査とが要になっている。

<「Hannibal」シーズン1の予告編。SE2を消化し、SE3の制作も決定してるそうです>

というわけで「Hannibal」は「レクターもの」映画化の代表作であるマイケル•マンの「Manhunter」(原作は「Red Dragon」)、あるいはジョナサン•デミ「The Silence of The Lambs」――いずれもレクター博士が逮捕/投獄されてから、という設定の映画です――とはまったく異なるストーリー、および時間軸に存在していることになる。出演俳優も含め映画との関連性はゼロに近く、原作ソースに忠実というわけでもない。トマス•ハリスのフィクショナルな世界とキャラクター/基本設定にインスパイアされ、そのアイデアを現代にアップデートした、一種のパラレル•ユニヴァース作と言えるだろう。

とはいえ、それも究極のモダン•アンチ•ヒーローのひとりである「天才的食人鬼&連続殺人犯:レクター博士」というアイコン――言い換えれば、バットマンのブルース•ウェインのようにポップ•カルチャーの中に独自の神話体系を保持している強力な磁場があるからこそ可能では、という気がする。その意味でも、人間ドラマ&アンサンブル•キャストが魅力の根幹である「Fargo」のようなアート系のオリジナル作品にして見事に完結したヒューマン•ストーリー(しかも映画のタイトルからして「キャラ」ではなく「場」だし)をミニ•シリーズにまで発展させるのはちょっと意外?という印象を受けたわけです。

しかし情報をさらってみたところ、ドラマ「Fargo」もまた映画とはまったく異なるストーリー&キャラを揃えたオリジナル作と判明。映画「Fargo」を介して多くの人間に共有された米ノース•ダコタ州〜ミネソタ州の情景や地元人の気風――雪に閉ざされたスリーピーな田舎町と、フレンドリーで実直な住民達のイメージ――を契機に、コーエン兄弟〝風〟なストーリー/映像/世界観を展開していく、いわば「トリビュート•ドラマ」と言うのがもっとも近いと思う。

ちなみにコーエン兄弟もドラマの総合プロデューサーとしてクレジットされているんだけど、作品そのもののプロダクションにはまったくタッチしていないそう。なんで、このクレジットは「〝ファーゴ〟というアイデアを使うことに対する是認」程度のものなのだろう。

先ほど「ヒーロー/ヒロインの有無」について触れたけど、コーエン兄弟の作品には、いわゆる「スーパー•ヒーロー」ではないものの、実はユニークでアイコニックなキャラが充溢している。タランティーノの生み出したクセのあるキャラ達ほど、「アイコン」としてポップ•カルチャーに定着しているとは思わない。しかしバートン•フィンク(Barton Fink)、マージ•ガンダーソン(Fargo)、デュード(The Big Lebowski)、アントン•シガー(No Country For Old Men)、ルーウィン•デイヴィス(Inside Llewyn Davis)、ジョン•タトゥーロやジョン•グッドマンといった「定番俳優」etc……日本ではどうか分かりませんが、コーエン兄弟が生み出してきた/あるいは映像に転化してきたキャラ達は、そのシャープな名台詞(キメ文句ともいう)や印象的なルックスも相まって、マニアックな英米の映画ファンに愛好家が多い。

中でも「The Big Lebowski」でジェフ•ブリッジスが好演したバム=デュードについては、アメリカでは毎年「Lebowski Fest」なるイベントが各地で開催されたり、あるいはデュードの生活信条/哲学(:Dudeism)を描いた本が出版されるなど、作品を越えた独自のファン•ユニヴァースに発展している。

「Fargo」にしても、スティーヴ•ブシェーミ演じるせこいチンピラ犯罪者カール、善人から悪人に成す術も無く滑り落ちていくウィリアム•H•メイシーのジェリーなど、印象に残るキャラは多い。しかしフランセス•マクドーマンドが演じ、アカデミー主演女優賞を射止めるに至った主役キャラ=一見ごく普通の妻(かつ、母になりつつある)にして有能な、いわば刑事コロンボ型の女性捜査官:マージは「Fargo」最大のアイコンだろう(実際、1997年にはマージを主人公としたスピンオフTVシリーズのパイロットも制作されたそうだ)。

ともあれ、「Mad Men」、「Game of Thrones」、「Breaking Bad」といった世界的なヒット作が登場し、「テレビ黄金時代」とも称される昨今、オリジナル作ではなく、かつ続編というわけでもないスピンオフってどんなもの?と、コーエン兄弟好きな人間としては好奇心いっぱいで見始めたわけです。

しかしこの作品、さすがにコーエン兄弟のマニア人気だけに寄りかかるわけにはいかない……というところなのか、キャストにはなかなかナイスな役者達が登板している。もっとも目を引くところでは、メイン•キャストとしてビリー•ボブ•ソーントン(=悪役マルヴォ•ローン)とマーティン•フリーマン(=可哀想な人:レスター•ノーガード役)。カルトな重みとメインストリームなアピールの双方を備えたひねりの効いた人選と言えるし、アメリカ人役者達を撥ねつけてこのキャスティングを勝ち取ったマーティン•フリーマンについては、「Hobbit」や「Sherlock」の成功で、かの地でも認知されるようになったのだなーと感じずにいられない。

ビリー•ボブ•ソーントンは「アンジェリーナ•ジョリーの元夫」というタグが付いて回る感もあるけれど、実は広い演技の幅とオフビートな存在感はお墨付き。コーエン兄弟の作品では「The Man Who Wasn’t There」への出演、彼らがプロデュースに噛んだ「Bad Santa」がありましたっけ。ともあれ、コーエン兄弟の作品によく登場する「悪の化身」的な不気味&不可侵な存在である悪漢マルヴォを、アントン•シガー(ハビエル•バーデム)ばりに奇妙な髪型とイーヴルなカリスマとで好演している。

作品の概要は、ミネソタ州の小さな町で起きた複数の殺人事件をきっかけに、様々な思惑と犯罪の輪が波紋のようにリンクし合い、殺し屋/一般市民/警察他を巻き込みつつ、善悪や倫理の境目をぼかしながら更なる犯罪〜悪夢的シチュエーションへと発展していく……というもの。映画「Fargo」では狂言誘拐が物語の発端になっていたわけだけど、ベースになるこの入れ子型なプロットだけでも、コーエン兄弟のよく使う「キャラ達が運命の取捨選択を迫られ、アクションを起こすことで悲/喜劇がドミノ倒しのように広がっていく」モチーフを思わせるに足るだろう。

基本と言えるストーリーやキャラ造型だけではなく、唐突&ショッキングな暴力描写/そのコントラストとしてのブラック•ユーモア、映像やカメラ•ワーク(特にクローズ•アップの使い方がそれっぽい!)、色彩設計や雰囲気他、「コーエン味」を踏襲する意志が随所に伺える。かつ、「Fargo」以外の作品へのオマージュ•ジョーク(ヴィジュアル、音楽、プロット、キャラ他)も毎エピソードにチラッ、チラッと挟み込まれていて、制作者側が半端ない思い入れでこの作品に取り組んでいるのを感じさせると同時に、イヤミにならない程度にコーエン兄弟好きのマニアックな心理をくすぐることにもなっている。

そうしたディテールはさておき――実は第1話を観た時点では「んー、イマイチ」というのが率直な感想だった。確かにコーエン兄弟味は感じるものの、「いかにも」な設定やキャラが次々に放り込まれていく感じで――得てしてテレビ•シリーズの第1話は「主な役どころ/設定他のイントロダクション」に重きが置かれるので、仕方ないっちゃ仕方ないけど――焦点がちと散漫で感情移入しにくいエピソードだったというか。香りのいいカレーなんだけど、実際に食べてみたらコクが足りなくて不満!というのに近い。

何より切なかったのが、意外にもマーティン•フリーマンにがっかりさせられたことだった。これはまあ、非常にイギリス的な役者である彼がアメリカの風土にどうフィットするのか?と好奇心のアンテナが常以上に高く立ってしまったこと、そして彼のハマり役であるジョン•ワトソンの印象がさんざん記憶に焼き付いてるから……っていう要素も加担している=バイアスのかかった評価かもしれないけど、「Fargo」第1話での彼の演技は「マーティン•フリーマン」のバリエーションに終始していて、新鮮さの欠如が否めなかった。

もっとも、彼のプロとしての努力は評価されている。映画「Fargo」については、スカンジナヴィア系移民の多い土地柄ゆえに発展したと言われる独特なミネソタ訛り/アクセントや言い回し(「Yeaaaah」、「You betcha!」他)がある種のギャグにもなっていて、そこをイギリス人俳優であるマーティン•フリーマンがどうこなすか?というのも観る側には興味の対象のひとつになっている。自分はミネソタ人でもなんでもないのでこの点はネット族のコメントをチェックするしかないが、その評価はおおむね「よく掴んでいる」というもの。一般的なアメリカン•アクセントの上に更にミネソタ味を加えるという課題はクリアしているようだ。

<お疲れさまです!ってことで、「Fargo」で発される「yeah」場面を集めたファン•クリップ>

**余談:昨年イギリスで高い評価を受けた「Broadchurch」の米リメイク=「Gracepoint」の予告編が公開されたけど、UK版から唯一そのまま移行したデイヴィッド•テナントのアメリカン•アクセントはぶっちゃけ「や、やばいんちゃう?(汗)」と感じました……英俳優のアメリカ映画&テレビへの進出はここんとこめざましいわけですが、「アメリカ人」を演じれる俳優は決して多くないようです。

<「Gracepoint」トレイラー。「Breaking Bad」で高い評価を受けたアナ•ガンが主役というのも話題っす>

が、マーティン•フリーマンがこれまでにさんざん演じてきたコミカルな役どころ=臆病でうだつのあがらない/そそっかしい/ややオタク気味/センシティヴ/簡単にパニックに陥る/が、実はそうした周囲からの「人畜無害な男」イメージに内面では苛立っている……というステレオタイプをなぞるごとき「Fargo」での演技は、かつての彼の出演作やキャラの焼き直し――ギャグのタイミング/間合い、身振り、表情他が脳裏に次々にフラッシュバックして仕方ないのだ――という風に(自分の目には)映った。

マーティン•フリーマン演じるレスターは、(ストーリーや設定は若干異なるものの)映画「Fargo」でウィリアム•H•メイシーが「凡人の中に潜む悪」として完璧に体現したジェリーに当たる役柄でもある。ゆえに比較するのは酷と承知しているが、自身のスペクトラムから出ることのない「マーティン•フリーマンがマーティン•フリーマンを演ってる」とも言えるここでの演技、たとえばヒュー•グラントが「Four Weddings」以降、基本的にヒュー•グラントを演じ続けている……の図がだぶってしまう。で、「他にいくらでもいるであろうテレビ界でのブレイクを求めるアメリカ人俳優達を押しのけるほどのものなのか?」という疑問が気まずく残ったわけです。

なんでまあ、第1話を見終えた時点では「今後を様子見/一時保留」ってところだったんだけど、せっかく見始めたんだからしばらく付き合ってみるか(&ビリー•ボブ•ソーントンのデモニックなキャラには惹き付けられるし、他のキャストも面白いので)……とその後のエピソードもフォローしていったところ、徐々にテレビ•シリーズとしての個性=映画にとらわれないこの作品ならではの味が形になってきて、「最後まで見続けよう」モードに切り替わっております。やっぱり、少なくとも2話は観ないといかんですね。

その「個性」という意味で、個人的にもっともポイントが高いのはアリソン•トールマン演じる第三の主役:モリー•ソルヴァーソン刑事だ。このキャラは映画でのマージ•ガンダーソンにほぼ該当する役柄なんだけど、善意の塊のような佇まいとおっとりしたオーラの奥には、ひとたび捜査にまつわる疑問や不可解なポイントにはとことんこだわり追求する、まっすぐな「正義感/倫理」が横たわっている。ただの片田舎の女性捜査官、とうっかり油断すると後で泣きを見させられる相手……ということだし、彼女の鋭い嗅覚がじりじりと、しかし的確に何層にも重ねられた嘘や陰謀をめくっていく様は各エピソードに静かなカタルシスをもたらしてくれる。

脇を固める布陣の中にも、「Breaking Bad」のソウル•〝Better call Saul!〟グッドマン役で一躍注目を集めたボブ•オデンカークのカメオ、トム•ハンクスの息子コリン•ハンクス(お父ちゃんの「実はエキセントリック」な一種のフリーク味は薄いけど、やっぱ顔は似てますね。そのトムはコーエン兄弟の「The Ladykillers」に出演したことあり)、キース•キャラダイン(さすがに老けましたが、ベテランの味で全体を締めてて素敵)、喜劇から悪人までこなす幅広さでなにげに重用されてるオリヴァー•プラットらなかなか美味しい。

<「BB」の生んだ名キャラのひとり:モラル無き弁護士ソウル•グッドマン>

<隠れ名シリーズ「Deadwood」より、伝説的カウボーイ:ワイルド•ビル•ヒコックを演じるキース•キャラダイン。この場面で渡り合うイアン•マクシェインも抜群ですな〜>

彼らほど有名ではないかもだけど、アダム•ゴールドバーグ(コーエン映画に欠かせないアイテムとも言える「ユダヤ人顔」をばっつり画面に添えてます)、爆笑シットコム「It’s Always Sunny In Philadelphia」のデニス役でおなじみなグレン•ハワートン(「〜Philadelphia」組の出世頭:チャーリー•デイに負けじ?とばかりにがんばってますが、ストレートな演技だと面白くない俳優さんなのが露呈してしまい、実は観るのがちょっとしょっぱい……)他、アンサンブル•キャストの細部へのこだわりもこれまたコーエン兄弟っぽい。

<笑えるエピソードは山ほどある「It’s Always…」ですが、デニス絡みの古典スケッチと言えばこれ。自信過剰なナルシストにしてとことんバカなデニスによる「スケコマし」テクニック講座篇>

――というわけで現時点ではシリーズ前半を消化したところですが、モリーを中心にキャラ達の個性が立ってきたことで独自の呼吸が形成されているし、次々にひねられるプロットの網と新たな事実の中で追う側/追われる側の双方がもつれ合っていく様と「続きは来週」のテレビならではのリズム〜ペース配分もいい具合にハモり始めている。このまま調子を崩さずに突き進んで欲しいものっす。

しかしまあ、こういう一種の「メタ」なドラマ作品がメインストリームのテレビ界に登場することになったんだから、時代だなとも感じる。ってのも、かなりよく出来ているとはいえ――テレビ版「Fargo」は突き詰めればファン•フィクションの一種だから。ファン•フィクションと言えばかつてはアングラなイメージがあったものだけど、ブログやソーシャル•メディア〜自主電子出版のおかげでアマチュア達にも門戸が開かれたからか、好きな作品やキャラをいじる/イマジネーションを膨らませるマニア熱というのは世界的に広がっている気がする。

もちろん、先述したようにコーエン兄弟の独自の個性とディテールへのこだわり、およびリッチなフィルモグラフィ(=パロディやオマージュのネタを「Fargo」以外からも引っ張ってこれる)があるからこそ可能なドラマだとは思う。が、たとえばウッディ•アレン、マーティン•スコシージ、デイヴィッド•リンチ等、強烈なクセを放つ監督の世界観あるいはキャラにインスパイアされた後日談/前史、あるいはカルト人気を誇る映画のモダナイズ、といった企画が今後も登場するかもしれない。そう考えると、音楽ばかりでなく映画やテレビ界も過去のリサイクル志向=レトロマニアは(ある程度)免れないみたいです。

映画「Fargo」のついでにもうひとつ:同作の(ある種の)スピンオフとも言える映画「Kumiko,The Treasure Hunter」が、先月開催されたサンダンス•ロンドン(=サンダンス•フェスティヴァルのUK版)に出品されていた。観たわけではないので詳しいことは書けないけど、あらすじは「映画『Fargo』を観て、劇中に登場する道路脇に隠された身代金の詰まったブリーフケースを探し(=宝探し)にミネソタまでやって来た孤独な日本人女性クミコを描く」というものになる。

映画「Fargo」の冒頭には、「THIS IS A TRUE STORY. The events depicted in this film took place in Minnesota in 1987(これは実話です。この映画で描かれる出来事は1987年にミネソタで起きました)」という有名な字幕が登場する(テレビ版もこのデバイスを踏襲していて、「これは2006年に起きた実話です」とのテロップが毎回出てくる)。しかしこのご丁寧な「断り書き」そのものがジョークというのが後に判明するまで、当時のジャーナリストや観客の一部はコーエン兄弟にまんまとかつがれることに。ミネソタの州道のどこかに100万ドル近いゲンナマが眠っている……というのは、さもありそうな、でも架空の「伝説」に過ぎなかったことになる。

が、この「Kumiko」という映画のもうひとつのインスピレーションになっているのは、2001年に実際に起きた事件=ノース•ダコタ州の森の中で遺体で見つかった日本人女性と、彼女にまつわる「都市伝説」だったりする。このお話、実はイギリスに来るまで自分は知らなかった――んだけど、どうも海外では話題になったニュースらしくて、「Fargo」やコーエン兄弟について話しているうちにイギリス人の知人達から「そういや、あの映画を実話だと信じ込んでブリーフケースを探しに行った日本人女性が、ファーゴで凍死したんだよ。知ってる?」と訊ねられた経験はこれまでに何度かある。

初めてその話を聞かされた時は「へえ〜、〝事実は小説より奇なり〟を地でいく、嘘みたいなほんとの話か」と思ったもの。と同時にそこはかとない「日本人への嘲笑」――我々のある種のナイーヴさや文化の育んだ独特な仕草etcというのは、英米ではいまだに「子供っぽい」と面白がられるフシがあって「ステレオタイプなジャパニーズ」ギャグのネタになってます――も感じて、正直同じ日本人女性としてはいい気はしなかった。

まあ、カリカチュア/誇張にいちいち目くじら立ててちゃ海外にいてはキリがない&人種ギャグというのは得てしてジョークを飛ばす側のネタに対する浅薄な理解を露呈するもので、逆に「可哀想だね」と思ってあげるのが礼儀だとは思っている。自分だって気づかぬうちに様々なステレオタイプ観を抱えているんだろうからお互い様だし、もっと面の皮を厚くしようとは心がけているんですけどね〜。

<クリス•リリーのコメディ「Angry Boys」より、行き過ぎなステージ•ママ:ジェン•オカザキのクリップ>

<デイヴィッド•ワリアムス&マット•ルーカスのスケッチ•ショウ「Come Fly With Me」。アスカ&ナナコという日本の女学生が、彼女達のアイドルである英俳優マーティン•クルーンズの追っかけで空港に来たというクリップ>

しかし自分の感じたモヤモヤは一部のクリエイターにも共有されていたようで、頭の片隅に引っかかっていたこの「都市伝説」の真相を追った短編TVドキュメンタリー:「This Is a True Story」(2003年)に出会ったのはちょっと嬉しかった。この作品はこちらのリンクから観れるはずですが、作品は「映画(フィクション)と現実との境目を見誤って命を落とした日本人女性」として伝えられるこの「Fargo都市伝説」の表層を、彼女が実際にたどった足取りを俳優を使って一部再現しながら、実際に彼女に出会った/彼女を目撃した/彼女を知っていた人々の証言映像と共に丁寧に剥がしていく。

そこから浮かび上がるのは、①この日本人女性の死はおそらく自殺だったこと(遺書が遺されていた)②「言葉の壁」のせいで誤解が生じ、真冬なのにミニスカート姿で街をさまよっていた彼女を保護した地元警察官が曖昧に「この不思議な日本人女性は映画『Fargo』に出てきた身代金を探しにきたんじゃないか?」とこじつけたらしい……という点。①については、遺書だけではなく監督のポール•バークゼラー(イギリスを拠点にするアメリカ人作家)が日本まで飛んで生前の彼女を知っていた人間にインタヴューをとっていて、失業•不倫•失恋といった苦悩の果てに彼女が雪に閉ざされたノース•ダコタ――彼女を捨てたBFは既婚のアメリカ人で、かつて彼と共にこの地を訪れたことがあった模様――にひとり降り立ったらしいという状況が示唆される。

②に関しては日本語通訳が見つかるはずもないアメリカ北部のスモール•タウン(困った警察側は、「近いだろう」と中華レストランの中国人スタッフに頼ろうとしたくらいだった:違うって!)という状況はもちろん、手書きの地図を手に片言で何か訴える異国の女性に心を揺さぶられたものの持て余し、結果的に彼女の助けになれなかった警官側の、しかし何らかの「ストーリー(オチ)」を付することで落ち着きたい……という当たり前な人間心理の現れだろう。その推察が後に風変わりな「オフィシャル•ストーリー」としてニュース報道機関に広まってしまったのは、皮肉な話だと思う。

いったん「ニュース」になってしまうとそれは「事実」と受け止められる傾向が強いし、話が面白ければ面白いほど迅速に広まり、「ほんとに起きた話」として定着してしまうもの。しかしこの、「映画のストーリーを信じ込んで死んでしまった女性」という、ジョークになりかねないお話の背景にあるとても悲しい事実――ドキュメンタリーには地元警察の捜査結果も含まれていて、検死はこの女性はたぶん、星を眺めながらひとり森の中でお酒を飲み、凍死したというもの――は、ジョークに笑った人々の中には浮かばない。そして彼らは、「そういえば、こんな面白い話があるんだけど、知ってる?」と次々にその話を口承していくのだろう。

そうやって「伝聞のお話」を鵜吞みにするのは、自分もしょっちゅうやっているはず。この「Fargo話」にしても、日本人女性という自分のアイデンティティに直結する共感の要素が無ければ、そのまま「あははー、面白いね」と信じ込んでいたかもしれない。でも、このドキュメンタリーを観て「ニュースになったからといって、その事柄すべてが真実ではない」というマイ•セオリーを改めて肝に銘じられたのは確か。ってのも、人間って自分が好きなこととか「こうだったらいいな」と希望している情報、興味のある事柄にどうしたって自然に目が向きがちで、たとえニュースであっても、それらを完全にフラットに/ニュートラルに情報をプロセスしているわけじゃないから。映画「羅生門」じゃないですけど、同じ体験を共有した人間でも、視点次第でその感慨や評価はまちまち。で、受け手がそうであれば、同じく人間である送り手側の視点にもバイアスは若干かかっているであろう、と。

特に今みたいに、ぱっと火がついてクリック•カウントが盛り上がったら広告費に繫がるネット•メディアが主体の時代では、大衆の読みたがる/即時に消化できるダイジェスト〜目を引く花火のような見出し文句に報道を寄せていく傾向はどうしたって強くなる。そんなの昔からじゃん!という意見もあるだろうけど、無邪気に信じることに対する自戒は強まった。もっとも、今の時代のプラスな点は「いや、ニュースではこう言われているけど、実際はこうだったよ」と草の根の声が意見を発せる場があり、自主的に探せばそれらにリーチできるところ。別にすべてのメディアに懐疑的になれ、とは言いません。が、「これってお話としては面白いけど、ちょっとおかしくない?」と納得できないところがあったら、自分なりのリサーチを繰り広げて多角的な視点を集めてみるのもいいかもしれません。

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またも悪いクセで長くなってしまったので、残る2題は迅速に:

「Game of Thrones」の第4シーズン。「続きを早くぅぅぅっ!」という禁断症状が出かかっていたところで、開幕してくれました「GoT」最新版。シーズンごとに視聴率がアップしているこのモンスター番組ですが、第1話はその乾きを癒すにふさわしいタイト!かつエキサイティングな新キャラ!!も登場する素晴らしい出来で、上々な滑り出し。冒頭のアニメ•クレジットに新たに加わった要素(これまであんまりフィーチャーされなかった国も出てくるので、イントロを眺めるのが更に楽しくなりました〜)もナイスだし、ファンダムはくすぐられまくりです。

とはいえキャストが多いこのドラマ、第2シーズン以降の「ストーリー•ラインが各所で同時進行的に散らばる傾向」が更に強まり、メイン•キャラ絡みだけでも少なくとも10以上のプロットをジャグルせざるを得なくなっている。たとえばあるエピソードでは好きキャラが活躍し興味深いストーリーが展開/しかし次のエピソードでは彼らがまったく登場しない……なんてケースも。なので一見展開のペースが遅く、今シリーズの主眼筋に直接絡んでこない「足踏み」プロットに対してはジリジリするファンもいる模様。また、現時点で刊行済みの原作本にドラマの内容が近づいている状況もあり、厳密には原作に含まれない要素も登場して話題になっている。

それらの意見も納得&理解できるけども、原作をフォローしていないのでストーリーの派生は気にならない&自分は好きなキャラ/思い入れの強いキャラがどのプロットにも存在するので、ドラマの「寄り道」的なエピソードもあまり気にならない。というのも、「GoT」の魅力のひとつは、悪玉とばかり思っていた人にも良い面あるいは救いがあり、またヒーロー/ヒロインもジレンマを抱え弱さや欠点、愚かさを露呈する……という点だから。ゆえに彼らがさっさと死なない限りは(死体が累々増えているシリーズなんでウェステロスの平均寿命は低そうですが)、ストーリーに付き合っていくうちに型通りの悪役あるいは善人という以上に「(いい面と悪い面の入り交じった、白黒つかない)人間」として感情移入できるようになるケースが高いのだ。

もちろん、同情の余地のない悪役もたくさん登場します。

<「テレビ史上に残る嫌われ者」?とも評されるジョフ>

<しかしこの人も相当にいけすかない>

一方で、とことんナイスで愛すべきキャラも。

<「ナイト•ウォッチ」のメイスター(=高度な教養を持つ政治顧問/教育係的存在)であるイーモン。メイスター•ルーウィンも大好きです>

<ホードー!>

<ダイアウルフ!>

そう考えると、既にSE5&6もコミッションされている「GoT」は、評価の安定したSE3で長距離ゲームへと転じ、このSE4でその手綱をがっちりコントロールするに至ったな、と感じる。もちろんそれはSE1&2のリアクション•評価次第という側面もあったんだろうし、そのシリーズ初期段階での「不安定さ」からは、既に登場したことのあるキャラがストーリー的に下克上=途中からキャスティングが変更されるというマイナーな弊害もいくつか生んでいる(あくまでマイナー……ではあるけれど、最新シーズンから登場したマイケル•ユイスマンは今のところ「WTF?」な印象。ルックスは今風で素敵な人だけども、自分にとっては「Treme」で演じたモダンなダメ男:ソニー役の印象が強過ぎて、どうにもチグハグなんですよね)。

しかし、たとえばこのSE4についてはSE2で蒔かれていた種子/伏線が芽吹く場面が意外に多かったりして、ちょっとした場面やプロットに今後のキーが隠されているんだな〜、集中して観なければ!という思いが改めて身にしみました――な〜んてことを書くのは、たまたまSE4の開始前にDVDでシーズン2を見返していたからかもしれない。けど、千年レベルの伝説から数ヶ月前の事件まで、巡り巡り続ける王座/権力争いの生む因果応報のお話とも言える「GoT」は、最新シーズンをエンジョイする→そこから再びシリーズ1から遡って振り返る→反芻していくうちに1年が過ぎて、次のシリーズを迎える……という鑑賞スタイルがマッチしそう。ってもう、バカ•ファン丸出しですけど、それくらい好き。

ともあれ:今シリーズの第7話まで消化したところですが、ペース配分はトータルでばっちりだと思うし、エモーショナルな山場もいい感じに前半/中盤に配されていて(でも、「拳突き上げレベル」のガッツ•ポーズ!なカタルシス場面はほぼ毎回登場しますよ♥)、残る3話でどうシーズン•フィナーレにふさわしい大団円にまで持って行ってくれるのかが実に楽しみ。期待してるど!……と言いつつ、今週末はアメリカのメモリアル•デイ•ウィークエンドがぶつかっていて、オンエアは一週お休みになる。早く先を観たいっていう渇望と、同時に(次シリーズは1年後までお預けになる)「終末」も水平線に見えてきた悲しみの混じる、アンビバレントな時期です。むううぅぅぅ!

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最後は、以前本ブログでも取り上げたことのある「Orphan Black」の第2シーズン。クローン人間をネタにしたSFコンスピラシー•ドラマなんだけど、オープニング•エピソードからしてアクション&急展開がてんこ盛りで、即座にドラマに引き込む手際といい役者陣のノリの良さといい絶好調です。第1シーズンは主人公:サラと彼女のクローン達が出会い、自分達の秘密〜存在意義を模索しながら共闘することで、クローン技術とその開発をバックアップする謎の企業、および30年前に行われた人体実験の存在を浮かび上がらせる……という構成だった。

その謎とその背景はまだこれからも二転三転しそう&コンスピラシーの規模も大きくなっていきそうですが、SE2にはこれまでの①企業(マネー)②医学界(サイエンス)に続いて③宗教まで絡んできて、サラを取り巻く状況とキャラ達の思惑•真意はますますこんがらがっている。そんなタフな状況をたくましい生存本能とがっちりした太腿とでかい潜りながらサヴァイヴしていくサラ&クローン達は「Kick ass」な女の子キャラとして痛快だし、少なくともメインで5役を演じ分けているタチアナ•マスラニーには目を離せないサムシングがある。

とはいえ、ヒット作だからと言ってシリーズ延長を狙い過ぎて、あまりに荒唐無稽な筋書きに飛躍しないといいなぁって思いも浮かんでいる。ってのも、どんなにストーリーが突飛でスリルに富んでて面白いとしても(それは否定しません)、自分にとっての「OB」の最大の魅力はキャラとアンサンブル•キャストの良さにあるから。そのコアにある磁力を損ねたり消耗するようなプロットでダラダラ引き延ばすよりも、キャラ達のオチがきっちりついた時点で完結!という気持ちのいいシリーズになってくれることを祈ってます。

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Mariko Sakamoto について

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