Beat of My Own Drum: 54.Joan Armatrading

フリート•フォクシーズの元メンバーだったJ•ティルマンことファーザー•ジョン•ミスティの最新作アルバム•ジャケットを眺めていて、ふとイメージ連想をきっかけに思い出し、ここのところよく聴いていたジョーン•アーマトレイディングのデビュー•アルバム「Whatever’s For Us」。

彼女に対して自分が長いこと抱いていたのは「メジャー&ポップなイギリス人女性SSW」という曖昧な印象だったんだけど、このデビュー作を聴いた時はちょっと目ウロコだった。レコーディング当時22歳だった彼女の楽曲のクオリティとアレンジの冴えはもちろんのこと、70年代英ロック産業の底力とでも言うのか、ガス•ダッジョンのプロデュースおよび音の美しさにもうならされる内容。ソウルフルな歌声と流麗なメロディに、「UK版キャロル•キング(The Cityの頃も含む)?」という思いすら浮かんだ。ガス•ダッジョンと言えば自分の好きなエルトン•ジョンの諸作(特に「Tumbleweed Connection」と「Madman Across the Water」あたり)でよく知られる人だし、マイク•チャップマンの初期名作での仕事も含め、英SSWシーンの名立役者のひとりなのかもしれないな。

しかしこの作品を聴いていてちょっと切なくなるのは、デビュー前からジョーン•アーマトレイディングの友人/作曲パートナー/アレンジャー/シンガー:いわばデュオの片割れとして苦労を共にしてきたパム•ネスターという女性アーティストが、当時のレーベルやマネージメントの思惑によりカットされてしまったという話を知ったからだ。ジョーン•アーマトレイディングを「ソロ」として売り出したかったんだろうけど、言い訳程度の短いバイオとアルバムの裏ジャケットに写真こそ使われているものの、パム•ネスターのクレジットは作詞のみ(それでも14曲中11曲が彼女の詩)に留まっている。

このアルバムの歌詞に耳を傾けていると、それぞれ西インド諸島、南米からイギリスに移民した若く多感な女の子ふたりが、ヒッピー文化や社会の違いに影響されながら新たなアイデンティティを形成していった様が窺える。その若々しい希望とフラジャイルな恐れとのブレンドは、ジョーンとパムのシスターフッドの記録でもあったんじゃないかと思う。それを「スターの影の立役者」扱いして引き裂いてしまうんだから……音楽ビジネスはシビアです。ジョーン•アーマトレイディングはこのアルバムの後=レーベル移籍後にスターとして大成したわけで、結果としてそのソロ戦略は間違っていなかったのだろう。ただ、こうした小さな悲劇と忘れられた存在はポップ•シーンの歴史のあちこちにいくらでも転がっているってことを、この柔和でメルヘンなアルバム•ジャケットに包まれた作品から感じるのは皮肉かもしれない。

広告

Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
カテゴリー: beat of my own drum, music タグ: パーマリンク