TV round up:2014−15(so far)

久々にテレビ話ということで、「ここしばらくのマイ•テレビ•ライフ」を総まくりしていきたいと思います。オン•エアのタイミングから1年近く経った作品がほとんどですが(トホホ〜)、理由のひとつは「印象には残ったけど、わざわざ単体で取り上げるほどストロングな作品でもないか?」な疑問が少々付きまとい、ちょいと踏ん切りがつかなかったから。

しかし2015年に入り、傑作「Better Call Saul」を筆頭に、予想外に良くてびっくりした「Daredevil」、ご存知「Game of Thrones:Season 5」、「True Detective:Season 2」等々盛り上がる作品に出くわしてテレビ熱の温度が再び上昇。しかしそっちに飛びつく前に、ここしばらくエンジョイした作品群=2014年後半以降を整理しておこうと思った次第。

イギリスでのオン•エアあるいはストリーミングという時間軸からすると昨年発表の作品が大半=取り上げる作品が割りと多く溜まってしまったので、強引に&私的な観点からテーマを設定して、ひとつのポストで複数作について触れつつ感想他を述べていきたいと思います。海外ドラマ好きな方にとって今後の作品チェックのなんらかの指針になれば嬉しい話です。

というわけで本ポストのテーマは:「シリーズ続投の大変さ」とその逆=「継続は力なり」。取り上げるのは「Utopia:Series 2」(Channel4)、「The Fall: Series 2」(BBC2)、そして「Homeland: Season 4」(Showtime)、「Peaky Blinders: Series 2」(BBC2)の4作です。多少ネタばれが混じるかもしれませんので、取り上げる作品群の第1シリーズや前シリーズを未見の方は、スルーした方が無難かかもしれません。

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Utopia: Series 2

<盛り上がる予告編ですな〜。上手い!>

テレビ黄金時代はまだ続く……ってことで各局手を変え品を変えがんばっているわけですが、ドラマはヒットや視聴率に大きく左右される博打でもあり、ゆえに「単発ミニ•シリーズのつもりで作ったものの、放映してみたら好評だったので続投が決定」、あるいは逆に「カルトな評価は得たものの、やっぱりクセが強くて不発」というケースに大体落ち着く。
残念ながら後者の典型例になってしまったのが、ここ近年の英ドラマの中でも異彩を放っていて個人的に非常に気に入っていた「Utopia」。第2シリーズ登場の報には小躍りさせられたものの、結局ここまでで打ち切りの憂き目になってしまいました。この作品は以前当ブログでも取り上げたことがあるけれど、グラフィック•ノヴェルにまつわるコンスピラシー説を発端にかなり壮大な(荒唐無稽とも言う)国際規模の遺伝子実験計画が浮上、ふとした偶然と因果からその計画阻止に乗り出す羽目になったでこぼこグループと、彼らを追う様々な思惑を持つ連中達との攻防を描く…というのが大まかな概要。

SFっちゃSFなんだけど、未来ではなく現代を舞台に、ロボットや宇宙船ではなく人間、そして「もしかして、こういうこともあるのかも?」と思わせる近未来サイエンスという点がミソだろう。第1シリーズで好評を博したメイン•キャスト達もほぼ健在で、基本的にはサスペンス•ドラマで残酷描写もエグいものの、同時に独特なユーモアを醸すアンサンブル•キャストに再会できるだけでも嬉しかった。しかしこの第2シリーズのオープニング•エピソードで驚かされたのは、ファンが楽しみにしていたおなじみキャスト達との再会=前シリーズの終着点から新たなストーリー•ラインの始まりに繋げるという常套スタイルではなく、1話丸ごとを過去の出来事のフラッシュバックに費やしたところだった。

もちろん、この「歴史おさらい」は「Utopia計画」という不気味なコンスピラシー誕生のいきさつと「ネットワーク」なる闇の組織の怖さ、そして多くの人々が知りたがっていたジェシカ•ハイドとアービーの謎を描くものであり、ちゃんと話は繫がっている……んだけど、たまたま最初にあの回から観た人がいたら、「何が何やら?」になりかねない。その意味で非常に大胆だし、この回のストーリーが1970年代を舞台にしていて歴史上の実話も部分的に織り込まれているため、ベージュや赤茶でくすんだ色彩設計はもちろん、画面サイズまで通常のワイド•スクリーンではなく昔のテレビの比率にしてある凝りっぷりにはうならされた。しかもこの回のみ、メイン役者は「GoT」の〝You know nothing, John Snoooow〟ことイグリット役でおなじみ:ローズ•レスリーと古典的なカリスマがあって好みのトム•バークが登板と、ミーハーとしてもホクホクものっす。

さすが「Utopia」、いきなり開幕からフェイントとは痛快だ〜と感心させられたわけだけど、いかんせん:そこからのシリーズ展開は少々ガタつき気味で、回を追うごとに低速していく感が否めなかった。これはまず、インパクト大な第1話でコンスピラシーの風呂敷を広げてしまったところ、そして通常の時間軸=メイン•キャラ達の現状にスコープを戻った第2話以降、第1シリーズ後に変化した各人の状況の辻褄を合わせながらも彼らを再び結集させるためのプロット=新たな陰謀計画とその遂行のプロセス&新キャラ:アントンの謎というプロットが入り組んでいて、複雑さの重みがきつくなっていくからじゃないかと思った。

もちろんそれらのプロットの各々の筋は、個別に辿っていけば面白い。前シリーズでいったん後退したと思われたネットワークにしてもクセのある英役者で補填されているし(特にシルヴェストラ•ル•トゥーズルの貫禄演技がポイント高し〜)、グロテスクな陰謀とその目的とが徐々に明るみになってくるのはスリリング。前シリーズ以来の愛されキャラ達にも見せ場やナイスな変化がしっかりと用意されていて、健在なブラック•ユーモアと共に、彼らのインタラクションの妙にはやっぱり惹き付けられる。しかし冒頭である意味「種明かし」=発端を視聴者に見せてしまったことで、今シリーズはそのロジカルな展開を後追いし、帰結に向かっていくというドラマ運びになった。

前シリーズの面白さは、ドラマのキャラも観る側も次々にどんでん返しに放り込まれ、「次に何が起きるか?」の予想をまったく立てられない純粋なスリルにもあったと思う。ところが敵(ネットワーク)とそのやり口/背景が見えてしまった今回は観る方も探知機の精度が増して、「この設定はこう続く展開の前哨だろう」と先読みが混じってしまう。かつ、いくつかのキャラの振る舞いに彼ららしくない=納得いかない点も目について、そうした行動の心理的な背景を描ききれていない物足りなさと、プロットを面白く転がし話を引き延ばすための強引さの双方を感じたのはつらい。これはシリーズ=6話構成という半端な尺にいくつもの筋と面白そうなバックストーリーを持つキャラ達を詰め込んだせいだと思うし、エンディングはそれなりに用意されているものの、「シリーズが大団円を迎えた」との満足感よりも、むしろ「破綻しちゃったなぁ」な印象の方が強かった。

オンエア終了後、本シリーズの第3弾は作られないことが報じられた。また、デイヴィッド•フィンチャーがHBOと組んでアメリカ版を企画……とのニュースもあったのだが、結局予算の折り合いがつかなくなり、キャンセルになってしまったらしい。US版が実現したら、シリーズ1と2を凝縮して、10話くらいにまとめてくれるかな?なんて期待してもいたんだけど、今後このシリーズが新たに日の目を見ることはなさそう(カルトTVとして愛されるだろうけど)。というわけで:シリーズ2は、基本的にシリーズ1の付け足し&後日談だったことになる。それはそれでニーズがあるにせよ、いっそのこと一部の要員キャストだけを残して、まったく別のストーリーにしてしまっても良かったのではないだろうか? 色んな意味で、もったいない後味が残りました。

The Fall: Series 2

<この予告編、「フィナーレ」と言ってますが……まだ終わっちゃいません。シリーズ3も待機中っす>

しかし「破綻しちゃった」と言えば、ジリアン•アンダーソンが主演の犯罪ドラマ「The Fall」の第2シリーズの落ちっぷりの方がすごかった。まさに「Fall」ってとこでしょうか……という下手なシャレはさておき。このドラマは、ベルファストで起きた連続殺人事件とその犯人=ポール•スペクターを追う女性警部=ステラ•ギブソンの攻防、猫とネズミの追いかけっこを軸にしている。以前にこのシリーズの第1弾を紹介した際も、設定やプロダクションこそ興味深いものの「エンディングがいまいち」と思ったものだけど、1年以上経ってオンエアされたシリーズ2の開幕はそのエンディングから数日後、という設定だったのはちょっと奇妙な印象が残った。

いやまあ、「Game of Thrones」にしたって1年待たされるわけだし、今思えば前シリーズは捜査の大詰めで終了=そうかクリフハンガーだったんだな〜と分かるんだけども、ワン•シリーズ:全5話でそれをやるのはなかなか無理がある。というわけでこのシリーズ2を見始めて感じたのは、たぶん一挙に全10話くらいで語れる話を、大まかにSE1=「前篇」とSE2=「後編」に分けた構成なのねという点。ドラマのヒット如何で続投が決まる〜すなわち最初から大博打に出られないというテレビ界の過酷さもあるだろうけど、先述の「Utopia」同様、こういう風に①単発でも成り立ち②でもシリーズ化も可能っていう両オプションを欲張ると、観る者には消化不良が起きがちということ。と同時に、ストーリーを書く側のテンションや、そもそもの種子=アイデアが水増しされることにもなる。自分にとっての「The Fall」シリーズ2は、その典型だったかもしれない。

そう感じるのは、単発ドラマとしても成り立つように第1弾が仕組まれていたために、「残虐な性的殺人におよぶ犯人のサイコロジーと女性捜査官のダークな過去」というパラレルな構図の生むミステリーが、シリーズ1を観ていた人間には割れている点。こういうのはもうレクター博士もの=ジョナサン•デミの「The Silence of The Lambs」他が見事にやっているわけで、そうと分かればむしろ肝心のアクション=逮捕に至る追跡のスリルに重点をシフトしてもらいたいところなんだけども、いやー、シリーズ2はなかなか素性の割れないままの犯人をネチネチと追い続ける。しかも、「素性が割れない」のをいいことに、犯人が潜伏することなく新たな犯行に手を染めるのは……いくらなんでも嘘くさ過ぎる。似顔絵他の手がかりで捜査網が狭まっているにも関わらず、CCTV他に引っかかることもなしに堂々とレストランに現れたり、ストーカー行為に及ぶに至っては、「これ、冗談?」とすら感じた。

ほんと、エピソードごとに連打されるこの犯人の隠れ/逃げっぷり/運の良さはバットマン並みなのだ。これがブルース•ウェインなら、「億万長者だから二重生活も可能なんだろう」となんとなく納得できる。けど、この犯人はしがないサラリーマン家庭人という設定であり、捜査網を次々にかいくぐるだけの潤沢な資金だの逃走のための準備が常に整っているとは信じにくい。携帯電話の発信元のトレースといった要所の捜査や被害者の保護も甘くて、いつも「一歩先を越される」警察側のダメさ〜落ち度が逆にクローズアップされているように見えてしまうのは、可哀想である。

と同時に、犯人がなかなか捕まらない理由として、彼を取り巻く女性達の思惑がキーになっているのには白けた。その女性達のアイデンティティは妻/娘/愛人/元彼女と色々なんだけど、彼女達の存在は犯人の多面的な人物像を描き肉付けするための「道具」に終始している。何日か音信不通な夫に対する疑惑を不問にしてしまう妻、父につきまとう闇を愛情で掻き消してしまうイノセントな娘、「危険な男」イメージに魅了されて共犯者に仕立てられていく反抗期ギャル、昔襲われた経験があるのに死にものぐるいで抵抗しない女性……市内で女性連続殺人が続いているにも関わらず、誰もレッド•フラッグを上げない。非常に都合がいい。ネットや報道メディアへのアクセスが皆無な人間でもない限り、現実だったらそうそう上手く騙せないだろうなぁ、と感じずにいられない「ウブで浮世離れした」人達ばかりなのだ。

このドラマが冒頭から犯人を明かす構成なため、観る側には捜査する者達以上の知識/アドバンテージがある、というのは差し引くべきなのだろう。にしても彼女達が、それぞれの個性や役柄を描くというよりも、主役(のひとりである)=犯人を引き立たせるための「刺身のつま」みたいに映ってしまうのは否めない。それを納得させるべく、作者(にしてこの第2シリーズでは自ら監督まで買って出た)アラン•カビットは「犯人が魅力的な美男カウンセラーで、女性に慕われる」という設定を最大限に活用しているんだけど、それって逆に言えば「ルックスが良ければ女はメロメロになってしまい、異常行為も許される」ってロジックになってしまうのでは? どんなにイイ男だとしても、どこかおかしい〜薄気味悪いキャラだったらアンテナが察知して敬遠する、というのが大方の女性の常識的な反応だと自分は思っているので、こういうワープした考え方には……ついていけません。

かつ、シリーズ2では軽いSM場面も登場して、これまた自分にとってはバカバカしさを強める要因になっていた。犯人であるポール•スペクター役を演じるジェイミー•ドーナンは、今となっては〝クリスチャン•グレイを演じた俳優〟って肩書きの方が大きいはず。「The Fall」への起用は映画よりも前だったわけだけど、彼の現実でのセレブ度の上昇と期待に目配せしたかのようなこの描写が出て来た時は思わず吹き出さずにいられなかった――ものの、メタなギャグとしてではなく、真顔な描写だっただけに始末が悪い。そういやクリスチャン•グレイというキャラも、「美男子で大金持ちなゆえに女性主人公に何でも好き放題、虐待に近い仕打ちを重ねる(でも、文句すら言われない)」という、SMの基本ルールからズレた意味不明なファンタジーの塊らしいが。

ちなみに:自分はファン•フィクションあがりの悪書を読んで時間を無駄にしたくないので、「Fifty Shades」はまだ読んでいない(ブレット•イーストン•エリスの「American Psycho」と較べてみるってのは一興かもだけど、たぶん読まないだろうなー)。が、ストーリーの概要と文体のひどさは、こちらのユーモラスなブログ(ブログのタイトルもずばり、「あなた達が読まなくても済むように私が「50shades」を代わりに読んであげました」)が的確に要約しシャープに切り裂いてくれていて、おすすめ。読みながら笑い過ぎて、悶絶させられました。

一方で、犯人を追うもうひとりの主人公:ステラ•ギブソン捜査官の性生活も更に突っ込まれていく。「セックスにリベラルな大人の女性」という設定は前シリーズでは新鮮だったけど、バイセクシュアルなからみ、年下の部下(「Merlin」でおなじみのコリン•モーガン。警察官とは思えない美声年だけど、ステラにとって彼が「犯人の身代わり」的な存在というのはすぐ察しがつくはず)を押し倒すといった展開はジリアン•アンダーソン好きへのファン•サービス?とすら感じたし、そうした彼女の肉食性が少女期のトラウマに端を発している……との示唆は、性犯罪者である犯人もまた心に傷を負っているという設定と合わせ、安易に映る。そんな彼と彼女との潜在意識下でのパラレルを描こうという狙いは分かるし、観る側の窃視趣味を逆指摘しようとの試みは面白いとはいえ、おかげで安っぽいサイコロジーや文学への説明的な目配せ、チラつかせエロを詰め込む傾向が強過ぎなのには閉口させられた。と同時に、第1シリーズで蒔かれていた警察内部の汚職や政治的なパワー•バランス、犠牲者の家族etcといった脇プロットの種子は風に吹かれておざなりにされていて、そこもお粗末感を増していたと思う。

この作品は第3シリーズの制作(オンエアは来年予定)がアナウンスされており、そこで完結するらしい。しかし第2シリーズを観ていて苛立たされたのは、作者アラン•カビットがステラ&ポールという自らが造型したキャラ2名に惚れ込み酔い過ぎてしまい、彼らと彼らの関係をあれこれいじり転がすことにフォーカスした結果、他のキャラやストーリー全体のバランス、現実性への配慮が薄れてしまったからではないかと思う。原作者や脚本家の「マイ•キャラへの思い入れ」というナルシシズムを制御し、第三者の視点を加えてトータルなドラマを作り出すのは監督の役目のひとつ。たとえば「羊たちの沈黙」や今村昌平「復讐するは我にあり」を観て連続殺人犯を一種のアンチ•ヒーローと看做すのも可能だが、彼らの非情ぶり•残酷さを容赦なく描くことで、最終的に観る側がアイデンティファイし切れない仕組みになっている。こうしたドライな距離感は作品そのもののモラルのコンパスを明示する上で重要だと思うんだけど、先述したようにこのシリーズはアラン•カビット本人が監督も担当しており、近視に歯止めが利かなかったようなのだ。

ナルシシズムと言えば、このドラマに登場するキャラ達の姓名はギター製造会社にちなんでいるのだそう(ギブソン、スペクター、マーティン等)。それを知って、余計に「そうか、ギター好きなおっさん作者のオタク趣味炸裂なのか…」と頭痛が増したもの。もしかしたら第3シリーズでは深い心理攻防戦を描いてくれるのかもしれないが、好評に応えてストーリーを水増しし引っ張り過ぎた本シリーズでこうむったダメージは自分には大きく、たぶん今後本作に付き合うことはないだろうと思っている次第。

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さんざんケナし文を書いてきたので、残る2本は継続が「吉」と出たケースを。

Homeland: Season4

<もうシーズン5のトレイラーも公開されてますが、ポストに合わせてシーズン4の予告編>

CIAとテロリストとの政治/軍事が複雑に絡んだ攻防にラヴ•ストーリーをからめたアメリカ産の「Homeland」は、これまでにゴールデン•グローブ賞他を獲得してきた人気シリーズ。とはいえ主役=CIAの戦略アナリスト:キャリー•マシスンと、イラクで捕虜となったものの、救出され英雄として帰国した(しかしテロリスト側に寝返ったとの疑惑がつきまとう)米海軍兵ニコラス•ブロディ軍曹との悲劇的な恋物語およびその「呪われた」関係が生み出す数々の波紋に焦点がシフトしていったため、エピソードを重ねるごとに第1シーズンでの緊迫したスリルが薄れていった感は否めない。

これはひとえにキャリーとブロディという複雑で多層的なキャラの放つ磁力ゆえで、それだけ観る者を惹き付ける人物像を生み出した作者、そしてクレア•デーンズ&ダミアン•ルイスの演技は評価すべきだと思う。が、彼らはいわばドラマ界のパワー•カップルであり、制作側にしてみれば「金の卵を生むガチョウ」。ゆえに第3シーズンまで引っ張って卵を生ませまくったわけだけど、ストーリーの展開がだんだんと「キャリーとブロディをどうにかして危地から脱出させ生き残らせ、両者の関係を維持させる」ための無理なものになっていき、話数を膨らませるためのサイド•ストーリー(特にブロディの家族のネタは、本筋にしっかり絡まない上に役者も下手な人達が多く、「取ってつけた」感いっぱいだった)も増えていった。

人気キャラが人気ドラマから姿を消すのは、制作側にとってそれだけ大きな決断だ、ということ。しかし、メイン•キャスト級のキャラや愛され•人気キャラを遠慮なく葬り、観る側を安心させない「GoT」のアプローチ(「次に死ぬのは誰か?」の賭けまで存在する)が大成功している風潮が届いたのか、やっとキャリー&ブロディのストーリー曲線に終止符を打ってくれた前シーズン。というわけで続くこの第4シーズンは、キャリー、ソウル•ベレンソンらコアとなるCIA側のキャラ達は健在、かつ前シリーズまでの因縁も随所で関わってくるものの、主なアクションの舞台となる土地や動乱の要因や背景、ターゲットも変わり、フレッシュな勢いを感じた。

アクションが主な見せ場となるエピソードのシークエンスも(テレビ•ドラマのプロダクションだけに限界はあるものの)なかなか見応えがあったし、派手なドンパチや爆撃だけではなく、機密漏洩や脅迫を軸とする間諜ゲームや心理的な駆け引きも盛り込まれていてバランスが良い。「キャリーとブロディ」なる重い足枷から解放されたことで、ドラマ全体が柔軟性と活気を取り戻した、というか。その意味で、「Homeland」は屋台骨や外観は変わらずとも、ペンキの塗り直しや内装を変えることでシリーズを再生させるのに成功した、と言えるかもしれない。

10月にスタートする予定のシーズン5では再びがらっと変わり、なんと初のヨーロッパ=ベルリンが舞台になるとか。制作サイドも今後は屋台骨=キャリー•マシスンに焦点を合わせ、様々なトラブルや苦悩を経ながら成長していく、彼女の生き様を追うのに専念するのかもしれない――まあ、彼女が巻き込まれるそれらのトラブルは、テロリストの追跡だったり政治陰謀の暴露だったり、ちっとも普通じゃないんですけども。ともあれ、本シリーズがこれまでに培ってきた人物関係、特にソウルとの師弟関係やピーター•クィンとの同志愛といったリッチな層を、来るべきシーズン5で果たしてどこまでドラスティックに変えるのか/変えないのか?は興味深いところです。

Peaky Blinders: Series2

<こうして改めて観てみると、やたらドラマチックでスタイリッシュな重厚さを追求したドラマですねぇ。その意味では、実は好き/嫌いがはっきり分かれる作品なのかもしれません……個人的にはばっちりフィットなんですけど>

「Peaky Blinders」は、20世紀初頭のバーミンガムに登場したギャング団と、その中核であるシェルビー一族を描くBBC産ドラマ。映画界を主な活動の場にしてきた人気俳優、キリアン•マーフィーが主役のトミー•シェルビー役に登板したことで大きな注目を集めた第1シリーズだったとはいえ、暴力や犯罪にまみれた血なまぐさいストーリーとギャング•ライフの業(ごう)をスタイリッシュな映像で描く手際も負けじと新鮮な印象を残してくれた。「Mean Streets」、「GoodFellas」、「Gang of New York」といったマーティン•スコシージ作品が好きな人なら、たぶんピンと来るドラマだろう。

というわけで続投決定は嬉しかったし、ファンを惹き付けた根本的な魅力は維持しつつ、シェルビー家の勢力発展に伴い物語のスケールも広がり……と、キャラ達の成長と作品そのものの成長が上手く噛み合う、ナイスな第2弾になっている。

開幕シリーズでは組織犯罪を一掃しようとする警察と合法組織への脱皮を図るピーキー•ブラインダーズとの衝突、およびトミーと宿敵キャンベル警部が絡む三角関係が基本の構図になっていたが、今回はピーキー•ブラインダーズが地元バーミンガムからロンドンへ進出していく過程と、政治的な陰謀が主軸になっている。ゆえに新たな抗争(ライバル•ギャング間の縄張り争い)や登場人物も増えていて、キーになる新キャラとしてトム•ハーディとノア•テイラー(どちらもロンドンのギャングの親玉。トムに関しては、60年代の有名な実在の東ロンドン出身のギャングスタ:クレイ兄弟を描いた映画「Legend」がもうじき公開で、ここでのアルフィー•ソロモンズ役は一種の「試走?」とも感じました)、シャーロット•ライリー(トム•ハーディの実生活の妻ですが、さすがに両者が画面を共にする場面はありませんのでご安心を)と、カリスマと演技力を備えた人気役者を揃えたのはポイント高し。特にトム&キリアン•マーフィの顔合わせはクリストファー•ノーラン好きとしてはたまりません♥♥だったし、登場しただけで場面を奪ってしまう存在感を放つ彼らの使い方もむしろ差し色=ゲスト的な扱いで抑制されているのも塩梅がよろしい。既に固いメイン•キャスト達のアンサンブルが奏でる主調に、彼らが要所要所でセンスのいいソロを挟む、というところでしょうか。

その主になるアンサンブルにしても、シリーズ2発目ということで制作側も広げるキャラと抑えめに留めるキャラをきちんと見極めていて、シェルビー家の要であるトミー/ポリー/アーサーにそれぞれドラマとエモーショナルな見せ場を用意した判断は正しい。特に、前シリーズにおいてメロドラマ過ぎて自分の好みに合わなかったトミーとグレイスの禁断のロマンス(笑)のプロットについては、シャーロット•ライリー演じる強さと美貌の上流女性:メイ•カールトンが絡んだことで大いに改善されている。「東京流れ者」の渡哲也と松原智恵子ではないけど、ギャングが自分の逆の存在=清らかでジェントルな女性を憧れ慕うって心理は大いに理解できる。しかしトミーは一匹狼ではなく組の首領であり、今シリーズでも野心は広がっている。そんな彼を受け止める器量のある女性こそパートナーにふさわしいと思うし、その意味でメイの出現は大いに納得がいった。

そのグレイスを巡る私怨からトミーを執拗に追うキャンベル警部も暗躍するし、トミーが心身ともに窮地に立たされるブルータルな場面は前作より多い。「やったー!」型の爽快な勝利のカタルシスは減っている。が、それはもうひとつ進行する政治的プロットはもちろん、ロンドンのみならずアメリカにも目線を伸ばした今シリーズはスケール•アップが全体のポイントになっているから。それに較べるとマイナーな厄介事に映るようになってきたキャンベル警部との因縁は、ゆえにこのシリーズでひとつの決着をみることになった。嫉妬とコンプレックスの塊であるキャンベル警部を、時としてくどい/暑苦しいほどのバロック調な仰々しさで演じ通したサム•ニール、お疲れさまです〜。

スケール•アップとしては、シェルビー家のファミリー•トゥリーも着実に拡大。結婚による血縁の広がりや転地した家族の動向に加え、このシリーズで新たにファミリー•ビジネスに加わった若キャラは今後のドラマに大きく関与していくだろう。もともとあった「The Godfather」のコルレオーネ•ファミリーを思わせる兄弟妹/家族間の愛憎はますます複雑に枝葉を伸ばしていきそうだ――と書いたところで、このシリーズの基本音に常に悲劇が香っているところも自分の好みに合うのだな、と感じる。これはギャングやマフィアを描いたドラマの常なのかもしれないが、とどのつまりは大いなる家族の悲劇だった「The Godfather」と同様、ピーキー•ブラインダーズの未来にも、いずれ転落や破滅が待ち受けている気がしてならないのだ。

この不吉なトーンは、前シリーズから引き続いているモダンな楽曲の劇中挿入からも感じる。その思い切った判断――時代設定が今から100年近く前のいわば時代劇に、当時の音楽ではなくガレージ•ロックやモダン•ブルースを乗せるのは「アナクロニズム」と批判されても仕方ない――は、メイン•テーマであるニック•ケイヴの名曲〝Red Right Hand〟を筆頭に、今シリーズではPJハーヴェイにアークティック•モンキーズ、ザ•キルズらのノワール&ゴスな楽曲てんこもり起用に結びついている。ロック好きにはたまらない選曲、作者の音楽的な趣味が何より大きいのだろう。が、単なるギミックではなくドラマツルギーにちゃんと対応していて効果的だし、コスチューム•ドラマでありながら現代的なエッジを備えた「Peaky Blinders」の個性的な味とムードを確立するのにも強く貢献している。

そんな悲しい宿命を美しい青い目の奥に宿しながら、しかし前へと駒を進めることをやめないトミー•シェルビーはどこに向かうのか?……というわけで、この第2シリーズで足場を固めてくれた手応え十分!な「Peaky Blinders」、どこまでファミリー•サーガを刻んでくれるのかが楽しみです。

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Mariko Sakamoto について

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