Beat of My Own Drum: 63.Fra Lippo Lippi

久しぶりに天気が良かった日曜、チャリティ•ショップ巡りに繰り出すことに。チャリティ•ショップは文字通り、赤十字やガン研究、動物保護etcといった慈善団体が経営するショップの名称で、古着から電気製品に家具まで、寄付された中古日用品をリサイクル再版〜その収益を母体チャリティの活動に回すスタイルのお店。地域やお店のポリシー(中にはeBay他を細かくチェックして、価値ある商品は高く値をつけるショップもある)によって違いはあるが、古本は30〜50ペンスほど、中古アナログは1ポンドくらいから出回っているので、たま〜にめっけものがあるわけです。たとえば、これはチャリティ•ショップではなくて近所の図書館が貸し出し経営の傍らやってる古本屋で見つけたんだけど、つい最近チャールズ•ミンガスの自伝(美品)を2ポンドで見つけた時は、マジに小躍りしてしまった。

ともあれ:計7店回った割に成果はゼロに等しくて疲れ果てた1日だったんだけど、「青い鳥はそこにいた」じゃないですが、この日いちばんの収穫が実は家の近所で行われていたヤード•セールだったのは皮肉というか、愉快だったというか。

ヤード•セール、すなわち「引っ越し等に伴い、民家の庭/軒先で不要品を売る」というのはここ最近人気なようで、近所でもちょくちょく自家製ポスターが電信柱だのに貼られているのを見かけてきた。うちの界隈には最近若い家族がどんどん流入してきているので、「子供が大きくなったから三輪車や乳母車、子供服等々を売る」なんてケースは多いみたい。そういや、その新たなファミリーの流入にともなってのことだろう、もうひとつ増えているのが「探し猫/探し犬」のポスターだ。ほんと、しょっちゅう見かける。引っ越し先=新天地でペットが迷ってしまい、放浪に出ちゃったんでしょうな。この近所は緑や公園が多く、鳥類やキツネだのリスがうようよしているんで、動物たちも野性が目覚めてしまうらしい。飼い主さん達には非常にお気の毒な話だな、とは思いますが。

とはいえ、ヤード•セールだと誰かがお店番しなくちゃいけないし、わざわざ袋詰めにしてチャリティ•ショップに寄付品として持ち込むのも面倒くさく、そこまでやる時間の余裕や根気のない人だったら、住宅の外に古本やDVD、食器•什器他、時にはテーブルや棚といった小型家具を家の外に置いて「ご自由にどうぞ、お持ちください」の張り紙を残しておく手もある。もちろん数日経ったらそれらの山は住人が処理しているとはいえ、イギリスはこういう、「一歩間違えればゴミ投棄」になりかねない行為(?)に対する縛りが緩いというか。そのおかげで、まだ使えるものだったら「欲しい方に持っていってもらい、新たな家/オーナーに引き取ってもらおう」の感覚は強いようだ。

この近所のヤード•セールは、祖母とおぼしき年配女性が衣類やレコード、電気スタンド、本•DVD他をこまごまと玄関前に並べ、彼女のお孫さんであろう5、6歳の少女ふたりがお店番というシステムだった。ボール紙の裏にクレヨンでたどたどしく「yard sale」と書いた手書きの看板(笑)も子供たちの力作らしく、彼女らにとっては遊び〜おままごとの一種なのだろう。いちいちおばあちゃんに「この服はいくらで売ればいいの〜? このドレスは可愛いから値段が違うの?」とかおしゃまに確認しているところも、なんとも愛らしい光景でした。

ラッキーだったのは、ちょうど彼女たちがお店を広げたタイミングで通りかかったところ。それこそ禿鷹のように(笑)いっさんにアナログの山に急降下しチェックしたところ(たぶんお客の一番手だったはず)、人気バンドの編集盤だのポール•マッカートニーだのといったポピュラーな作品に混じって、ジョン•ルーリーの「Stranger Than Paradise」サントラ(クラムド•ディスク発。B面はアルバート•アイラー曲のリアレンジ集)、フラ•リッポ•リッピのアルバム&12インチ群といった、イギリスではマイナー=あまり見かけないレコードを発見したのは嬉しい。特にフラ•リッポ•リッピは、昔好きだったんで懐かしくもあり、手を伸ばさずにいられませんでした。

一種の見張り役として様子を見守っていた隣家の女性は、当方のエキサイトぶりに接して「あら、だったら自分もレコードをチェックしとけば良かった」なんて苦笑していたけれど、子供達に値段を聞くと、「1枚50ペンス」とのことで、計2ポンドのお買い上げ〜。レジ替わりにプラスチックのコップがいくつか置いてあって、硬貨ごとに区別しながら丁寧にお金を収めていたのもまた可愛かったな。ふたりに聞いたところ、このヤード•セールの収益は「たぶん、チャリティに寄付するんだと思う」とのことでした。イギリスの子供は概してあまり物怖じしないので、話が弾んで楽しいものです。

……というなが〜い前置きになりましたが:フラ•リッポ•リッピの通算3枚目のアルバム「Songs」を通して聴いたのは、それこそ約30年ぶりだった(笑)。正気に返ると恐ろしい話で、ムンクの「叫び」みたいに悲鳴を上げたくなります。

日本では当時そこそこ話題になっていたと思うんだけど(少なくとも自分はチェックしていた)、音楽好きなイギリス人に聞いたところ、「うーん…イギリスでもヒットしていたのかもしれないけど、正直、記憶にないバンド」とのこと。ヴァージンが契約したんだから宣伝されてはいたんだろうが、大まかに言えば「シンセ•ポップ」に該当する彼らの音楽性は、その手の音楽のルーツでもあるイギリスでは同期生ライバルが多過ぎて、目立たなかったのかもしれません。シングル•カットされた「Shouldn’t Have To Be Like That」もたぶん有名&良いメランコリック•ポップなんですが、アルバムB面でこの曲に行き当たって、わーお、記憶&ノスタルジアが一挙に再来しました。

<このビデオ、たぶん当時の自分はリアル•タイムで観ていなかったと思います。ありがとうYouTube。最後のコーラスのリフレインはある意味あり得ないダメ押し(3分台にまとめるために、今ならエディットされちゃう気がする)なのだが、3:24で登場するシャウトが絶品なので許される。にしても、カメラ目線を維持し続ける「固さ」が逆に初々しくもあるヴォーカル氏、ベネディクト•カンバーバッチに似て蝶でびっくり!>

たまにありませんか、「コード進行なりサビ•メロの一なりが断片的に記憶に引っかかっていて、鼻歌で歌うこともできるのに、でも長らく『その正体は不明』な曲」って? 何もしょっちゅう思い出そうとしているわけではないにせよ、奥歯に挟まった状態が長く続いている――この曲は自分にとってのそういう曲のひとつで、「はぁ〜、これだったのね」と納得した次第。歌詞は切ないものの、朗々とロマンチックなコーラスに向けてビルド•アップしていく様は美しく、今聴いてもとてもウェルメイドなポップであります。っていうか、フューチャー•アイランズあたりがやってることなんかも、基本的にこのモダナイズと言えるのではないだろうか?

そんなわけでフラ•リッポ•リッピのバイオをちょっと調べてみたところ、この「Songs」はノルウェー外でのリリースが1986年。たぶん同郷ノルウェーの大スター:A-Haの人気もあって、スカンジ•ポップに脚光が当たった影響もあったのだろうな。なんて思っていたら、そのA-Haもつい数日前にニュー•アルバムを発表したばかりだった。妙な偶然です。

しかしもっと驚いたのは、フラ•リッポ•リッッピのオリジナル•メンバーである Rune Kristoffersenが、実はインディ•レーベル:Rune Grammofonの創設者でもある事実。このレーベルのリリースにはSupersilent、Motorpsycho 、Susanna and The Magical Orchestra等、好きな作品が色々とあるんだけど、ひょえーい、この繫がりは知らなかった。

広告

Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
カテゴリー: beat of my own drum, music タグ: パーマリンク

Beat of My Own Drum: 63.Fra Lippo Lippi への2件のフィードバック

  1. 匿名 より:

    たまに読んでますよ。


    00:35~


    かっこいい


    美しい

コメントは受け付けていません。