Beat of My Own Drum: 65.Propaganda

前ポストに引き続きます〜の80年代ネタ。今回は、イギリス経由で認知されたドイツのポップ•グループ:プロパガンダです。

このグループは当時、元バグルスでおなじみ:トレヴァー•ホーンを中心に1983年に発足したレーベルであるZTTの送り出す新アクトとして、日本でもアツめに紹介されていた記憶がある。ZTTと言えばアート•オブ•ノイズ、そして1枚きりの/ゆえに強烈なインパクトを残したフランキー•ゴーズ•トゥ•ハリウッド、と短期間で話題作やひねりのある斬新なヒットを生んだこともあり、自分の幼稚な耳にも届いていた。

このレーベルのコンセプト•メイカー/宣伝役として、イギリスにおける「マンチェスター(っていうかジョイ•ディヴィジョン)のご意見番」としても知られる/うざったいNME発の音楽ジャーナリスト:ポール•モーリーがインサイダー的に絡んでいて、グループ名やアーティなアイデア、ご大層なライナーノーツ等々で暗躍していたという事実は、もちろん当時はまったく知りませんでしたけども。

<「Beat Box」、「Moments In Love」、「Peter Gunn」他名曲はたくさんあるアート•オブ•ノイズですが、このビデオは今見ても音楽そのものと相まってやっぱりすごくヘン。全然お金はかかってないビデオだと思うけど、アイデアがキモっす>

<このヴァージョンはフランキーがZTTに捕獲される以前=アマチュア時代に、カルトな英産音楽番組「The Tube」で「リヴァプールの今の音」風にスポット紹介された際のナイスなパフォーマンス。最終的にリリースされたヴァージョンとの違いを聴き較べるのも一興ですが、地方のストリップ劇場の余興みたいな(笑)「何でもアリ」で芸人根性あふれる演奏がすごい。ちなみに、クリップの冒頭に登場するはしゃぎ気味な司会者デュオは若き日の故ポーラ•イェイツ&今ではスクィーズの元メンバーってよりも「Later」の司会役として知られるジュールズ•ホランドです>

<もうひとつおまけに、トレヴァー•ホーンの名を高めるきっかけになったイエスのシングル。いかにもプログレ〜な、「意味深っぽいんだけどよくよく考えると実は曖昧」な1:15あたりから始まるシークエンスの動物映像が笑えます。それ以上に、冒頭のスタジオ映像でのメンバーでの肌のテカりが気になる…メーキャップさん、汗処理は忘れずに!>

こうやって並べて聴いてみると、ZTTの美学の基本には①クラフトワーク以降のモダンさと②ポップ•ミュージックの持つ変容のパワーとドラマ性とを結びつけよう、という衝動が据わっているのを感じる。前者の象徴がアート•オブ•ノイズ、後者の象徴がフランキーだとすれば、実はその両面のジャストなバランスを達成していたのがプロパガンダじゃないか?と思う。

ユニットの起源は1982年、デュッセルドルフ発のインダストリアル•バンドとして知られるディー•クループスのメンバーだったラルフ•ドルパーが中心となってメンバーが集い、イギリスに拠点を移してZTTと契約。メンバー•チェンジを経てクローディア•ブルッケン(Vo)を看板とする男2女2の混成におさまり、シングル「Dr Mabuse」でデビュー。この曲もいいんですけど、プロパガンダが80年代UKポップの(闇の反動としての)オプティミズムに最接近した「Duel」は捨てがたし。

<おそらくプロパガンダのもっとも有名な曲だと思います。プロデュースはトレヴァー•ホーンではなく、彼の右腕と称されるスティーブン•リプトンの手によるもの。今聴いてもスパーキーにポップ!で踊り出したくなる「チューンッ!」なわけですが、このビデオのアイデア源にもなっているイントロの東洋味のリフを聴いていると、つい以下の3曲も思い起こします>

<スージー&ザ•バンシーズの1978年のヒット曲。日本盤では「香港庭園」という異国情緒漂う邦題だった気がしますが、インスピレーションには彼らが好きだった中華料理店があるんだとか。「チャプスイ(野菜炒め)」とか「チャーメン(中華焼きそば)」といった(英米に多い)広東系中華テイクアウト店のメニューでよく見かける名前が歌詞に出て来るのも、そのせいみたいです。ちなみにイギリスにおける一般的な中華のイメージというのは、①揚げ物店(フィッシュ&チップスからフライド•チキンまで)②インド料理と並ぶテイクアウト/出前の人気御三家だったりする。そういう中華のお店って、「黄河」は「Yellow River」、「金龍閣」は「Golden Dragon」……って具合に漢字が直訳されているケールが多い。そう考えると、自分の頭の中に長らくあった「香港のエキゾチックな庭園」も、実は蘭や月下美人のむせぶ香しいガーデンでもなんでもない、ただのファストフード店のことだったのかもしれません。ふははは!>

<ホラー•マスターであるジョン•カーペンターの珍妙な、しかし愛すべき一作「Big Trouble in Little China」のサントラより。カート•ラッセルの全盛期でしたね〜>

<シメはフェニックスのもっかの最新作「Bankrupt!」より。このイントロのキッチュなオリエンタル味、80年代の感覚を見事に受け継いでおります>

……というわけで話がすっかり逸れましたが:フランキー•ゴーズ•トゥ•ハリウッドの大ヒット〜現象化の煽りに揉まれてプロジェクトが遅れ、プロパガンダがオフィシャルなデビュー•アルバム「A Secret Wish」をリリースするに至ったのは1986年のこと。その意味では「ややタイミングを逸した」アルバムだったのかもしれない。が、非常によくプロデュースされた作品なのは間違いなくて、今聴いても風化しない芯が通っている。

<ZTT的な大袈裟さが全開したこのトラック、ビデオの監督は上述の「Close(To The Edit)」と同じく、ポーランド人の亡命ビデオ•アーティスト:ズビグニュー•リプチンスキ。このディケイドの音楽PVには、単に映画的なシナリオを追うだけではない、モダン•アート界とのクロスオーヴァーがちょこちょこ見受けられて面白いですね。にしてもクローディア、ケバさが昔のレディ•ガガっぽいな>

しかし、さんざん「最先端!」「モダン!」と新しぶりっこを気取りつつ、過去への目配りも忘れていないのがナイスだった。お次のクリップは、1981年にリリースされた英ポスト•パンクのカルトな珠玉(大好き!):ジョゼフKの名曲のカヴァーです。

<ジョゼフKを取り上げるセンスも素敵だけど、プロパガンダのサウンド•キャラと楽曲がちゃんとマッチしているのもお見事>

プロパガンダはその後も活動を続けるんだけど、ZTTの失速に伴い、彼らの足取りもスロー•ダウンしていった。それだけに時代の「仇花」的にとらえられがちだけど、ファッションだけではなく今も「ハッ!」と耳を奪われるサムシングがある、そういうグループだったと思います。

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Mariko Sakamoto について

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