Steve Reich at 80@Goldsmiths:3Oct/2016

ジェレミー•バーネット(L)、ポール•キャシディ(R)によるClapping Music

ジェレミー•バーネット(L)、ポール•キャシディ(R)によるClapping Music

Piano Phaseの独演

Piano Phaseの独演

レナード•コーエンが82歳で新作リリース!という嬉しいニュースもあったばかりですが:今月80歳の誕生日を迎えたのはアメリカン•モダンの巨匠スティーヴ•ライヒ。

ヴィクトリア朝時代に建てられたリヴァプールの古い列車駅を舞台にロンドン•コンテンポラリー•オーケストラによる「Different Trains」が上演され、お膝元ニューヨークではカーネギー•ホールでバースデー•コンサート開催、新作プレミアも間近……といった具合にイベントが続いていてますます意気盛んな印象だが、うちの近所のゴールドスミス•カレッジの音楽部が御大の誕生日を祝ってミニ•リサイタルを開催したので足を運んできた。

ゴールドスミスと言えばダミアン•ハーストやブラーのメンバー、近いところではジェイムス•ブレイクらが学んだことでポップ•カルチャー好きには名の知れた大学。最近校舎の改装も行われたようだし、キャンパスの片隅には今年初めにアート系映画館までオープンしている。しかし学生ではないので構内に足を踏み入れたことはないし、これまでもバスの車窓から眺めるばかりだった。今夜のイベントの会場になった大ホールももちろん初体験で、なんだかそれだけでもワクワクしてしまう。

定刻通りに会場に到着したら一番乗りだったので、遠慮なく最前列のシートを確保。幾何学パターンをモチーフにしたコンクリ作りのホールはシンプルな内装と板張りの床でモダンな趣きながら、ステージ後方にはパイプ•オルガンが設置されている。講義やイベントはもちろん、クラシック系のコンサート•ホールとしても機能しているのだろう。中央にはグランド•ピアノが2台、ラップトップ等の並ぶテーブルが脇に置かれているのが見える。

入場時に渡されたイヴニング•コンサートのしおりによれば、この晩の演目は「Clapping Music」(1972)、「Electric Counterpoint」(1987)、「Piano Phase」(1967)。パフォーマーはゴールドスミスの教員でもあるポール•キャシディとジェレミー•バーネットで、いずれも現代音楽系の演奏/作曲家という。たまたま知人に教えられるまでこのコンサートのことは知らなかったが、開演前には用意されたパイプ椅子席はすべて埋まり、立ち見も出るほどで驚いた。同大学の音楽学科に在籍している学生は無料で観れるから……というのもあっただろうが、老若男女に通じるライヒのカリスマはやはり大したものだ。

1曲目はタイトル通り、2人の演者が手拍子する楽曲。このシンプルそのものなパフォーマンスは3年前にもサウスバンクで体験したが、聴いている/観ているだけで感覚に目眩が生じるのはこの晩も同じだった。楽器の弾けない人間でも演じることのできる音楽であり(自分はリズム感がゼロなので試してみてもいつもトチるが)、これを小中学校の音楽教育で習えたら、リコーダーに四苦八苦するよりはるかに楽しかっただろうな、と思ってしまう。

続いて、ジェレミー•バーネットによる独演。「Electric Counterpoint」はパット•メセニーのために制作されたコンポジションで、本来はギターで演奏することを念頭に置いて書かれたもの。しかしこの晩はエレクトロニック•パーカッションとループを用いた演奏で、オクターヴや速度を変えて反復していくシンプルなメロディの重なりはまるでテクノを聴いているよう。んなわけで演奏後に同行した友人たちとしばし談義したが、そのひとりはあくまで「マニュエル•ゴッチングの『E2―E4』がハウス/テクノの始祖だろう」との主張だった。確かにあっちの方が先。

合間にゴールドスミス音楽学科教授によるミニ•レクチャー「ミニマリズムを知るために」を挟み、フィナーレはポール•キャシディによる「Piano Phase」のソロ演奏。ピアノ奏者2名がユニゾンで同じパターンを演奏し始め、徐々に一方がテンポを速め他方を引き離していくフェーズ•シフティングというテクニックで知られる作品だが、ここではひとりの奏者が右手/左手で2台のピアノを弾き分けるスタイルだった。このソロの演奏スタイルは2004年に初演されたそうで「新しく」はないそうだが、実際に生で観るとピアニストのテクニックに感嘆せざるを得ない。

この作品を聴いていると、少しずつ広がっていくリズムのズレが時に居心地の悪い不安定さをもたらし、また時に別の楽曲がふたつのパターンの中から浮かび上がったかと思えば消えていき……と、コマ送りで植物のタネが発芽し成長し朽ち、また地中のタネに帰するサイクルを眺めるような、ヒプノティックなイメージが頭に浮かんでくる。最後には再び周期が一致するシンメトリカルな構成といい、アフリカ音楽やガムランのトランス感に近いかな。ポピュラー音楽でもこうした効果を用いた楽曲はあるのだろうが、ピアノのみのストイックな演奏ゆえに、その構造とメカニズムは明快に伝わった=頭では分かる。しかし耳の錯覚とでもいうのか、聴く側の中にいやおうなく生じる奇妙な感覚のインパクトは逆に大きかった。

20分近いブレイクなしの熱演にスタンディング•オベーションと大喝采がわき起こり、コンサートは終了。スティーヴ•ライヒの作品はもちろんレコーディング音源でも聴けるわけだけど、やっぱり生で体験するのが一番だな!との思いを新たにした。たまたま我々の近くにゴールドスミス音楽学科の青年がふたり座っていて、コンサートの合間にちょっとお喋りしたのだが、トランペット専攻という若者はエレクトロも趣味でやっていると話していて、もう一方は見てくれは完全にヒップホップ小僧。こういう機会を通じて、若い世代がモダン•クラシカルや20世紀アメリカン•ミニマリズムとダイレクトにシンクロし、インスピレーションを拾っていくんだな……と思うと、それだけでもちょっと嬉しくなった。

というわけで、この晩の「Piano Phase」の演奏の模様がアップされていたのでおまけに。

広告

Mariko Sakamoto について

Hi.My name is Mariko.Welcome to my blog,thanks for reading.坂本麻里子と言います。ブログを読んでくれてありがとう。
カテゴリー: hall of dudes, music タグ: パーマリンク