お知らせ:コージー・ファニ・トゥッティ回想録


というわけで、今日は業務連絡でございます。
伝説の音楽集団スロッビング・グリッスルのメンバーとしても知られるコージー・ファニ・トゥッティの自伝「アート セックス ミュージック」、こちらの日本版翻訳を担当させていただきました。スロッビング・グリッスル〜インダストリアル・ミュージックが好きな/興味のある音楽好きな方はもちろんですが、パフォーマンス・アーティストおよびミックス・メディア・アート作家として70年代から活動を続け、その一環として性風俗業界にも乗り込んだ彼女の足跡はワン・アンド・オンリー=読み応えがあります。大著ですが、本屋さん他で見かけたら、ぜひ手に取ってみていただきたいです。たくさんの部屋に続くドアが待っている本だと思います。書籍情報はこちらのリンクから確認くださいませ。

広告
カテゴリー: book, music | タグ:

お知らせ:ティーンエイジ・ファンクラブ日本ツアー2019


クリエイティブマンさんから告知ニュースレターが来ました。来年2月開催、バンド結成30周年のアニバーサリー・ツアーだそうです。
グッド・メロディを楽しみたい方はぜひ! といわけで、以下、詳細/情報をコピペします。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

Teenage Fanclub JAPAN TOUR 2019
バンド結成 30 周年! グラスゴーの至宝ティーンエイジ・ファンクラブのアニヴァーサリーツアー決定!!

東京 2019年2月4日(月) ZEPP ダイバーシティ
OPEN 18:30/ START 19:30
TICKET 1Fスタンディング¥7,800|2F指定席¥8,500(税込/別途1ドリンク)※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:9/8(土)  クリエイティブマン 03-3499-6669

名古屋 2019年2月5日(火) 名古屋クラブクアトロ
OPEN 18:30/ START 19:30
TICKET オールスタンディング¥7,800(税込/別途1ドリンク)※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:9/8(土)  名古屋クラブクアトロ 052-264-8211

大阪 2019年2月6日(水) 大阪クラブクアトロ
OPEN 18:30/ START 19:30
TICKET オールスタンディング¥7,800(税込/別途1ドリンク)※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:9/8(土)  梅田クラブクアトロ 06-6311-8111

カテゴリー: music | タグ:

日々の雑感:その3(小旅行編)


これまた数ヶ月前の話になりますが:イギリス南東部サフォークにあるウッドブリッジという町を目指し小旅行に行って参りました。

「ウッドブリッジ? 何? どこ?」と思われても当然です&別に観光地として有名な場所ではないのですが、行った主な理由はブライアン・イーノの生まれ故郷はどんなところか見てみたい、というもの(他にも動機はあったけど、そちらは後述)。自分は「純粋な休暇」というのが苦手な貧乏性な手合いらしく、ライヴを観に行くetcの動機/目的がないとすぐに滞在に飽きるのでまず遠出はしないのですが、この週末は(ライヴはなかったものの)ずっと気になっていた「イーノさんのこころのふるさとを訪ねて」をやってみたわけです。「On Land」のランドスケープってどんなものなのかな?と。

ルートは、ロンドンからイプスウィッチ、そこから1時間に2本程度のローカル線に乗り継ぐというもの。途中の路線で工事があって列車旅程に振り替えバスも混じりまして、やっとウッドブリッジに着いたのは午後3時近く。5月初夏の天気の良い週末で、宿までの道を歩くのはなかなか暑かった。

今回は、ホテル他よりももっとも安上がりな宿ということで、Airbnbを初めて利用。一般人が、留守中の自宅や自宅の空き部屋/客室、別荘etcを宿として提供する、というあのサーヴィスです。安かったのもあったけど、今回泊まったのはいわゆるハウス・ボートという、川縁に停泊した住居型のボート(屋形船、ヨット等も含む)。ウッドブリッジは河口に位置する町で、駅前にはちょっとしたマリーナもあったし、川辺に暮らす人々も多い。子供の頃に親しんだ児童文学、「たのしい川べ」だのアーサー・ランサムもの、更には「ボートの三人男」とか一時隅田川べりに暮らした影響だろうか、こういう風土風景には愛着がある。

<宿のボートの入り口にあった「標識」がこちら>

とはいえ、Airbnbはぶっちゃければ「赤の他人の家」に泊まるシステムなので、ちょっと心配ではあった。しかし今回ラッキーだったのは、宿主のジョーさんは滞在したボートをあくまで「お客用」に使っていて、本人は近所の(地面の上に建つ)フラット暮らしで、チェックイン時に挨拶&鍵の受け渡し&滞在時の注意事項を告げられ、チェックアウト時にお別れをするまで無干渉、という非常にスムーズな流れだったこと。Airbnbに関しては、鍵のやり取りが最初の難関だし、メールで前もって色々と確認してあっても、いざ現地に到着するとトラブルが発生→宿主に連絡→でも宿主も休暇中で他の国にいたりして、時差があって電話しても話ができない……なんてことも起こる。しかしジョーさんはちゃんと迎えに来てくれたし、快適&清潔なボートだった上に、予期していなかった軽食(クロワッサン、バター、ジャム他のコンチネンタル・ブレックファスト)も用意してくれていて、好印象な初体験になった。

<宿の室(船)内はこんな感じ>

いくら副業程度の個人ビジネスではあっても、こういう風に「見ず知らずの人間を自宅に泊まらせる」というのは、案外ストレスになるのではないか?と自分は思ってしまう。トイレのシートが上がったままだとつい不快になる自分のようにみみっちい人間には、たぶん心理面でよろしくなさそう。実際、Airbnbのネガな報道として、泊まり客が勝手にパーティをやらかして住居に損害を与えた、なんてものも目にしたし。メールのやり取りだけでは、「交信している人間がどんな人物か」は分かりにくいわけで。

でもまあ、やっぱ基本は他者への、コモンセンスへの信頼ってことなんだろうな、と、実際にこのボートに泊まってみて分かった。ジョーさんはジェーン・フォンダにちょっと似の、カウンター・カルチャーの匂いが強いセクシーなおばちゃん(滞在中2回会ったけど、毎回サングラス姿でそばかすが多いところから、ちょっと前までイビザに遊びに行ってそうだな、と思ったり)で、普通の住居とは少々住み方の勝手が違うハウス・ボートの注意事項をきびきび説明してくれ、「後はあなたたちの好きにしてね」の解放的なノリ。彼女は今は悠々引退してライフ・コーチ=人生のあれこれに迷った人の相談役をやっているそうで、その意味でも人生のあれこれに慣れていて、「人間はまあ、(良くても悪くても)大体こんなものだ」という見極めがついているのだろう。ゆえに、性善説というか、「こちらがちゃんと対応すれば、相手もちゃんと対応する」のポリシーに従えるんだろうなー。

ライフ・コーチとは言っても、いわゆる「ニューエイジ系の妙なヒッピー臭さ」はなかった。別に、小型の仏像とかヒーリング用の水晶だのは置かれてなかった。娯楽としてちょっとだけ提供されていたDVDや本の中にエルモア・レナードが混じっているのを見て自分も安心した次第。それもあったし、よくよく考えれば――普通の家に寝泊まりするのとは、慣れないとちょっとだけ勝手の違うハウス・ボート(水上住居ゆえの狭さや不便さ、「建物」というカベ意識が低い点にビビる人もいるだろうし。もちろん、電力水力、簡易キッチン、ネット、携帯アンテナ、テレビといった通常/基本のアメニティはちゃんと備わってましたよー)にわざわざ泊まりたがる人間って、それだけ少し価値観がヘンなわけで。その意味では、宿そのものの性質が泊まりたがる人間をおのずと取捨選択できているのかも、と。

<天気が良かったので朝ご飯はデッキで食べれました>

ともあれ:このボートが停泊していたエリアは私有地でもあって、他の何隻かのボート暮らしの人々も「コミュニティ」を形成していてフレンドリーだった。ジョーさんのボートには自転車も2台あったけど、ロックすらかかっていなかった。土手になった川沿いは長い散歩道になっていて、散歩者(犬連れ多し!)、ジョガー、自転車に乗った人など、窓越しにしょっちゅう見かけた彼らはこちらに手を振ってくることも多し。2隻先のボートは大型で子供もふたり暮らしていて、しかも彼らは川沿いにちょっとした菜園を営んでいるらしく余剰の野菜やアヒルの卵を売っていた。滞在していた間もお父さんがデッキを塗り直したり水道線を直したり忙しそうでDIY生活というのも大変そうだなと思った。が、これはまた、食品/雑貨/修理工etcのサーヴィスや日常的なアイテムに限らず、たとえば(都会に較べると)アートに触れる機会が少ない→だったら自分の手で作ろう、演奏しようという姿勢に繫がるのかもしれない。

こののんびりしたムードは元ボヘミアン〜オルタナなライフスタイル追求者/ヒッピー系(であろう)が多そうなボート住人だけなのかな……と思っていたが、この小さな町自体にそういうグルーヴがあった。それはまあ、河口沿いで夏にはヨット遊びなどで賑わいそうな自然に恵まれた土地柄、年金生活者や控えめにお金持ちな住民のノリもあったのだろうけど、歴史も長くマーケット・タウンでもあったこの町の様々な形で残る遺産――うねうねと狭い昔ながらの小石が敷き詰められた通り、保存指定を受けている古いパブ、水辺のユニークな生態系etc――に暗黙の誇りみたいなものがあるからかもしれない。郵便局も発見。ここでイーノ一族が働いていたのかなぁ、などと想像した。

人々の生活需要に応えるショップ群はハイ・ストリートにほぼ固まっているので、30分ほど中心部を歩き回れば大体要所は把握できる。先に書いたようにマーケット・タウンだった名残りだろうかパブはやたら多く(かつてのパブは日本の旅籠みたいなもので、宿も提供していた)、3軒ほどトライしたがいずれも居心地良いオールド・スクールなノリ。駅前にはなんと映画館まであって、小さいながらも自足している印象だ。しかし久々に田舎に行って、カントリー・サイドってやっぱクルマ社会だよなあ、とも感じた。最初に到着して宿を探した際に迷って遠回りした結果道路をしばし歩いたけど、歩行者にはちょっとタフだった。道理で、川沿いの散歩道が通行人のメイン・ルートになっているわけだ。

<駅前にある映画館、リヴァーサイド>

<ナイスだったDJ氏のイヴェント。やはり海/河口なのでマリン・モチーフは多いんですね>

これといってライヴやイヴェントを期待してはいなかったが、たまたまバンク・ホリデーとぶつかっていたこともあり、週末中地元主宰のミニ・フェスティヴァルが行われていて参加したパブではガーデンでライヴ(ジャズ、フォークからエモ・ロックまでなかなか多彩)、DJセットなどが供され賑わっていた。駅前にある良いパブ(ご飯が美味しい!)、The AncorでランチタイムにDJ氏がプレイしたのをエンジョイしたけど、ツェッペリンの〝Going to California〟からスタイル・カウンシルの〝Long Hot Summer〟まで、ご機嫌なソウル〜フォーク〜ディスコな選曲だった。中でもこの曲は抜群で、目ウロコの発見でした↓


ぜひ大音量で聴いていただきたい1曲。

植物・樹木や動物の生態系も保護されているのだろうし、この町は昔から変わっていないのだろう……と思いつつ翌日の冒険に備えて休むことにしたが、夜道を抜けてボートに戻ると、おお!潮が満ちていて昼間とは雰囲気が変わっている! 日中はこのボートは「潮が引いた後の泥の中に立っている」ようなものなんだけど、夜間はちゃんと浮かんでいる。ひっきりなしに波がチャパチャパ寄せているのが聞こえる。で、このボート宿のベッドは船底に据えてあったんだけど、かすかな揺れの感覚と波の音がずっと続いて、なかなか寝付けない。それだけ周囲も圧倒的に静かで、ノイジーな都会暮らしに慣れた自分にはちょっと恐いくらい(笑)。結局ベッドではなく、ボート上部のカウチに寝ました。

<ウッドブリッジに建つかなり立派な教会>

好天&窓から入って来るお日様に起こされ、散歩道を散策してみる。潮はもう引いていて、泥から顔を出す海藻や餌をついばみにきた川鳥たちがいそがしそう。タウンの中心部の端にひっそりと建つ教会は非常に趣があって美しかった。この日のメイン行事は、ストウマーケット詣で。ここにジョン・ピールのお墓がある。ウッドブリッジからイプスウィッチに戻り、別のローカル路線に乗り換えて4、5駅でストウマーケット着。スモール・タウンのウッドブリッジが華やかに思えるくらい、駅前は寂れていて窓を板で覆われたかつてのショップ他も多い。とはいえここも田舎の車社会、もしかしたら地元民のショッピング需要は駐車場付きのでかいモールか何かが満たしているのやもしれない。

車と言えば……。この日は本当に、「車があったら苦労しなかったのに!」という日だった(いやまあ、免許持ってなくて他力本願な自分が悪いんですが)。駅からジョン・ピールの眠る聖アンドリュー教会のある村:グレート・フィンバラまでは2マイル程度の距離ということで歩いたのだが、駅から少し離れると田畑/農場エリアに突入。歩行者向けの測道は雑草や穴、水たまり他であまりコンディションが良くないので狭く見通しの悪い2車線のカントリー車道を歩く羽目になり、やっぱ田舎道で車も飛ばし気味なのでピュン!と脇をかすめて通られるとなかなか恐い。昼間だったからまだマシだが、夜はまずあの道を歩く人間はいないだろう。

グーグル・マップで大体の方角の検討をつけつつ歩いていき、車道を使わずに済む&近道すべく畑の中の農道を歩いていくことにした。のだが、ガーン。徐々に携帯の電波があぶなっかしくなり、マップの確認がしにくくなってきた。しかもお日様は頭上にカンカン照りでお水を入れたペットボトルも空に近く、見渡す限りは農地でひとっこひとり・トラクターひとつ見えない。ちょっと前から膝の具合が悪かったこともあり、勾配も多く石がごろごろした農道を歩くのはだんだんきつくなってきた。それでも彼方に教会の尖塔が見えたときは、たぶんあそこにお墓がある……とほっとした。あと20分くらい歩けばあのエリアに着くだろうと思ったが、ガガーン! 農道が頼りなげに尽きていき、水路にぶつかった。

水路と言ってもしばらく暑かったので、おそらく水は大して残っていなかっただろう。しかし灌木ややぶ、雑草が生い茂っているので深さは目測をつけにくいし、溝の幅そのものは1メートルに満たないとはいえ、対岸の方が高いのでジャンプして飛び越えるしかない。これが普通の「公園の小川」とかだったら平気で跳んだと思うが、もともと運動は苦手(運動神経がマジ鈍い)なので着地地点がどうなっているか見定めにくいのには躊躇した(足を着けたら土手が崩れ落ちた、とかシャレにならん)。イギリスのミステリ小説とか事件報道でたまに目にする「畑の水路に落ちて死亡」、「骨折して救助までに数日」といったネガな想像も浮かんで来るし、膝も余計に心配になってきて、しかもネトルというチクチク刺さる植物も密生していたのでだんだん足が痛がゆくなってきた。ともあれ、逆戻りする労力を考えるとこの溝を飛び越える方が遥かにマシなのでがんばってジャンプし、なんとか対岸によじ上れました。あー、冷や汗。

ネトルの痛みはなかなか熾烈だった。最初はチクチク程度が、だんだん火にあぶられるように痛くなってくる。この葉っぱには毒素を含んだ繊毛がくっついていて、それが付着するとこの痛みが生じる。2、30分すれば自然に退くんですけど、見かけたら回避ください。

実は、あの水路に出くわすまでは、暑い初夏の日差しの下をとぼとぼ誰もいない農道を歩いていたので眠くなっていた。しかし溝越え、ネトル攻撃にあってアドレナリンが高まったからか、目指す教会までの道のりは割と早かった。教会そばのコミュニティ・ホールにはジョン・ピールを記念する青いプラークが飾られてあった。教会は小さくて「村の礼拝所」というノリだったが、まずはお墓を探す……ものの、なかなか見つからない。墓石は大体年代順で建立されている&まだ10年くらいしか経過していないので比較的新しめの墓碑を確認していったが、見当たらない。しばし途方に暮れたが、「もうここで墓地は終わりらしい」と思い込んでいた教会の裏手を回り込んだら側部にもまだお墓が並んでいて、そこでやっとお目にかかれました。

<墓石にはアンダートーンズの1節が刻まれていました(泣)>

ファンの多いジョン・ピールゆえに目印になるようなサインetcや献花、お供えもあるんじゃないか?と思っていたけど、まったく何もない普通の(という表現もヘンですが)お墓だった。とはいえ、墓石にはサポートしていたリヴァプールF.C.のシンボルがちゃっかり刻んでありましたが。ありがとうございます……としばし敬意を表して、墓石を後にした。この墓所はもちろん村自体が本当に眠ったようで、動くものと言えば誰かの家の庭に据えられた風車が風にカラカラ回転しているくらいだった。無人の町? 「トワイライト・ゾーン」の1話じゃあるまいし……。とはいえさすがにパブにはお客がいて、初夏の日差しを楽しんでいた。1杯飲んで休憩したところで(ケチらず)タクシーを呼んでもらったところ駅まで10分もかからなかった。でもまあ、これは一種の巡礼行でもあったので楽過ぎてもありがたみがないというか、道の悪さや不安、ネトルに刺されるくらいの障害はあって良かったのかなと思う。

このメイン・イヴェントが無事に終わってほっとしたが、もうひとつ、この小旅行で楽しみだったのは、MRジェイムスというイギリスの幽霊談/怪奇小説の名手もこのサフォーク/ノーフォーク圏の風土を舞台あるいはモデルにした作品を残していて、そのノリを感じてみたかったから、ということ。彼はケンブリッジ大学の古文書学の教授で、その知識や経験を反映した小説(短編がほとんど)は「考古学ホラー」というサブ・ジャンルに繫がっている。

このジャンルは、基本的にはおとぎ話のヴァリエーションと言えるゴシック・ホラーよりももうちょっと近代科学や理性が含まれているものの、でもやっぱり超自然現象は起きる……という摩訶不思議が面白い。証拠に基づいた推理をおこない化学実験etcも捜査に用いるホームズものとかもそうだけど、近代が古代を組み伏せようとする力学が底辺に働いている、というか。

考古学と言えばミイラものが浮かぶかもしれないけど、割と新しいところでもサム・ライミの「The Evil Dead」や「Drag Me to Hell」といった、「歴史的な文書やアイテム、墓場や古い屋敷の秘密や、封印されていた古代の呪いが解き放たれて恐いことが起きる」型のプロットにその遺伝子が残ってます。

MRジェイムス原作ものの映画化といえば「Casting the Runes」(1911)をもとにしたジャック・トゥルニエの古典的ホラー作品「Night of the Demon」(1957)がお薦めです。トゥルニエは40年代=RKO時代の「Cat People」や「I Walked with a Zombie」が名高いだろうけれど、10数年経った後もサスペンスの腕前は衰えていない。


イギリスのホラー映画ランキングでもよく選ばれる1本。

MRジェイムスの小説は、たぶん日本だと怪奇・幻想系短編アンソロジーに含まれている可能性が高いのではないかと思うけど、イギリスではテレビ・ドラマ化もよくされてきた。中でも秀逸(かつすごく恐い)なのが、1904年に出版した怪奇小説集「Ghost Story of an Antiquary」に収められた「Oh, Whistle, and I’ll Come to You, My Lad」のBBC版だろう。以下にコピペするのはモノクロ映像とヴェリテっぽいノリがばっちりハマって雰囲気最高!な1968年版だが、故ジョン・ハート主演で2010年にもリメイクされている。


このドラマのロケ地はノーフォークの海辺だそうです。

滞在していたのは海辺ではなく川辺だったとはいえ、MRジェイムスが読み取った「過去」という奇妙で得体の知れないアナザー・ワールドへの入り口というのは、古い歴史のある街(彼の小説はイギリスだけではなくフランス、北欧などヨーロッパの古い街を舞台にしたものも多い)になら目を凝らせばどこかにまだ潜んでいるのかもしれない。んなわけで、散歩していて奇妙な遺跡や過去の遺物に出くわしたりしないかな……と思ってもいたけど、そんなに上手くいくわけがない。

<遺棄されたボートみたいで、これはなかなか雰囲気ありますね>

<目抜き通りで見かけた標識。狭い通りで、ここをかつて馬車やバスが通っていたというのはやや信じがたし>

<かなり古そうなパブ。現在もちゃんと操業中>

それでも、町の目抜き通りにあったチャリティ・ショップでこの本を見つけられたので満足、ということにします(ウッドブリッジにレコード店はなかったです&チャリティ・ショップでも、ちょっと目を引かれたのはフンペ・フンペのアルバムくらいでした)。最後の晩は、夜間の静かさにもちょっと慣れたのでボートのデッキで月夜を眺めてしばし過ごした。水面に映る月の光がきれいだった。

帰りはイプスウィッチで次の電車まで乗り継ぎに1時間ほどあったので、ちょっとだけ探険。大きなタウンで駅前も立派だし(フットボール場も歩いてすぐのところにあった)、イプスウィッチって大学あるんだよね、たしか……と思い出すくらい、ウッドブリッジに較べてヤングの数が多い(笑)。ここも街中に川が入っている河口に発展したエリアで、いわゆるウォーターフロント(懐かしい響きですね、なんか)にはモダンなアパートメント他がそびえているし、マリーナまであった。

<ハトの巣窟になっていたイプスウィッチの古い建物。数年後にはなくなっているんでしょうね>

たまたま通りかかったのが再開発地区だったらしく、レイヴに使えそうな廃屋だとかグラフィティも目についたし、かつて倉庫群だったと思しき建物が解体される前の隙間期間を利用して今風なカフェやギャラリーなどもあった。アート・フェスなども開かれていたようだし、地方パワーにはがんばって欲しいものです。

<ドックが貿易や商業で栄えた面影が忍ばれます>

ウッドブリッジにいた間は好天続きだったが、ロンドンに戻ったら曇天&小雨でどんよりとしていた。空気がくすんでいるんだなということに、ふと気づいた。

カテゴリー: book, film, hall of dudes, music | 2件のコメント

日々の雑感:その2


ずいぶん長いことご無沙汰していましたが、取り組んでいたプロジェクトが一段落しましたー!ということで、ほったらかしにしてあった事柄をぽつぽつポストしていこうかと。

その前にひとつだけ:アリーサ・フランクリンに心からの追悼を。自分が(イギリス人のソウル再解釈を機に)60〜70年代のソウル音楽をかじり始めたのは80年代半ば〜90年代始めだったと思うけど、モータウンやアトランティックの「レーベル大全」的なCDコンピには助けられた&勉強になった。中でもアリーサ・フランクリンはスクリッティ・ポリッティの〝Wood Beez〟やユーリズミックスとのデュエットでガキの自分でも記憶にあったのでアクセスしやすかったし、アーシーさと洗練を兼ね備えた彼女の声と音楽は現在も続く自分のアメリカ南部への興味の原点だったのかなぁと思う。そんなわけで、かっこ良過ぎなこの曲を。

今日のポストは、もう4ヶ月くらい前(!)になりますが、そこそこ近所(と言っても自転車で30分くらいかかりますが)に中古レコード屋がオープンしたので行ってきた際の話。

<この立て看板は建物の裏手にありました。半地下の店舗なので正面からは見えにくいです>

ロンドンおよびイギリス全体でレコード店の数は縮小傾向にあるものの、品数やジャンルを絞ったインディのブティック系レコード・ショップ(カフェも併設されていたり、ライフスタイル度が高い)はちょこちょこ開店している。そのメッカはいまだに東ロンドンながら、南もペッカム圏を中心に少しずつ増えているのは嬉しい、が、この日行ったシガレット・レコーズというお店(この店名は、いまひとつピンときませんが:笑)はヒップでもなんでもないベッケナムというエリアの、しかも公園の中にあるベッケナム・プレイスという歴史的な建物に入っている。

かつての金持ち/貴族が暮らした邸宅だが、この公園の地所の一部も含め現在は地元自治体に活用され、建物もコミュニティ・センターやイヴェント(工芸フェア他)に作り替えられ活用されている。このレコ屋は、その地下に(おそらく一定期間中)店舗を構えている次第。

中古アナログ全般の品揃え(でも強いのはディスコ〜クラブ系)で、サクサクできるちゃんとラックに入ったものから、レコード棚に詰まっていてスパインしか見れなくて難儀なもの、クレートや段ボール箱に入ったまま床に置かれていてしゃがまないとチェックできない腰が痛くなるもの(トホホ)まで在庫数はかなりのもの。最新のホットなレコードは売っていないけど、隠れた名曲とかマニアックな音楽には出会えるお店だと思います。

<壁に飾られた7インチ。この向かって左手に大きな棚があって、チェックするのが大変で半分までで挫折しました>

ちなみにこのお店はレーベルもやっていて、かつ元々はディスコグス通販から始まって発展したらしく、ネット発→でもショップを出したい、という夢を遂に実現させたってことなんでしょうね。そういうフィジカル/コミュニティとしてのレコード店へのあこがれ&愛着みたいなものは、やや雑然としてはいるものの試聴用ターンテーブルもしっかり2台用意されたフレンドリーな店内のムードからも感じられたし、DJワークショップのフライヤー等、ハブ的な存在も目指している。オールドスクールでありつつ、そこに生じがちなエリート主義や「クレート・ディガーの巣窟」めいた暗さは低い、というか。

もちろんマニアックな手合いやヒップな若者も店内にはいたけれど、建物の上階がコミュニティ・センターで周囲は公園だけに、レコード店で滅多に見ない家族連れが顔を出すのはナイスだった。小中学生の娘や息子を連れたお父さんがノーザン・ソウルの7インチをがさごそやってたり、中年カップルが懐かしそうに青春時代のサントラを眺めていたり。彼らは実際には買わないのかもしれないけど、とかくアーティ&ヒップな繁華街や観光地に集中しがちなレコード屋ではあまり見ないフツーで「郊外」な光景に和みました。

がんばってほしいです。(ピクニックも兼ねて?)夏が終わる前に、もう1度行こうと思ってます。

カテゴリー: music

Beat of My Own Drum: 126.Richard Swift


暑いです。そんな中に、すっと悲しい訃報の冷気が流れてきました。USインディ•ロック界でユニークなポップスを作ってきたシンガー•ソングライター、リチャード•スウィフトが亡くなったそうです

ザ•シンズのツアー•メンバーとして活躍、またフォクシジェンの名作「We Are The 21st…」他プロデュース業もおこなってきた彼ですが、今ならファーザー•ジョン•ミスティ、さかのぼれば(ちょっとだけ)エリオット•スミスにも通じる彼のメロディックなセンスが好きでした。合掌。

カテゴリー: beat of my own drum, music | タグ:

お知らせ:紙エレキング Vol.22


お久しぶりです。日本も暑いそうですが、ロンドンも先週末から夏々しいです。それでも気温28℃くらいなんで、「甘い!」と怒られそうですが。

細野晴臣、ジルベルト•ジルと久々にライヴが連続したので、その模様もぼちぼち書ければいいなと思ってます。しかし色々と煮詰まっているタイミングなので、たぶんすぐに手が回りません。ダメなオレ。

ともあれ主題=今回は業務報告です:紙版エレキングの最新号が出ますが、こちらでチョビッと原稿を書かせていただいています。OPN総力特集はもちろん、アヴァン•ポップ編ではステレオラブ再検証byレティシアといった貴重なインタヴューもあるし、アフロフューチャリズム特集もパワフルです。ごわごわと固くきしむ綿のように迫って来るものとして、「トレンディなキーワード」が次から次へと飛び交う昨今、というのもあると思うんですが、それを読み解く/自分なりに解釈し消化するための手がかりがたくさん含まれている号だと思います。書店他で見かけたら、手に取ってみていただければ幸いです。

カテゴリー: book, music

Steve Reich’s Different Trains@QEH,10April/2018


お色直しされたQEH。

「Differenet Trains」演奏中の模様。

今回は久々にライヴ体験記。っていうか、もう1ヶ月以上も前の話ですが。

このコンサートは、スティーヴ•ライヒの弦楽カルテット向け作品「Differenet Trains」の初演から30周年を祝う企画イヴェントだった。クロノス•カルテットの盤でご存知の方も多いかもしれないこの作品、2年前にリヴァプールの駅で上演されたことがあり、そちらには行けなかったのでとても楽しみにしていた。

いそいそとサウスバンク•センターに向かったが、このコンサートは同施設の1つであるクィーン•エリザベス•ホール(1967年オープン)改装後のこけら落としイヴェントのひとつでもあった。外観の60年代コンクリ建築っぽさこそ変わっていないとはいえ、内部はバーのレイアウト他も変わって以前よりも通気が良い雰囲気になった印象。肝心のオーディトリアムも床•座席等がリニューアルされグレード•アップしていたし、音響も言うまでもなく素晴らしかった。

演目は、まずはザ•ナショナルのブライスのコンポジションから。ロンドン•コンテンポラリー•オーケストラのカルテットによる演奏は、アルペジオで急襲するドラマチックかつダークなトーンだ。そちらがクラシック音楽的な曲だったとしたら、続く2曲目はアトーナルな不協和音から始まり、弦のベンディング、ドローンがよく効いた現代音楽調でまた別の味わいだ。ヴァイオリンの響きも美しかったが、やはりアーサー•ラッセルを想起させるチェロのふくよかな不穏さが心地よい。

続いて、ミカ•リーヴァイのコンポジション「You Belong To Me」。映画サントラでめきめき躍進中の彼女だけれど、この曲の繊細さとイメージの豊かさは期待に違わぬ素晴らしいものだった。ダンス音楽他にも腕を伸ばしているし、今後も目が離せない才能だ。

続いてブライスのソロで「Electric Counterpoint」。アルバム版「Different Trains」のB面では、パット•メセニーが演奏したギターとテープによるコンポジションだ。寄せては返すミニマルなリフの点描、アジア風パッセージ、ハイライフ風……と徐々に変化していく様にはやはり酔わされます。

いよいよ、メインの「Differenet Trains」。カットアップされループされた人々の声が浮かんでは消える中、弦楽カルテットは張り詰めた演奏を展開していく。その人声の抑揚や響きを、ヴァイオリン他が細かくなぞってハモらせる場面には軽く痺れました。このパフォーマンスはビル•モリソンという映像作家による短編映画付きで、ヨーロッパからアメリカにかけて、列車や駅、線路を捉えた第二次大戦期の記録フィルムを用いた映像がシンクロ上映される内容だった。アイデアそのものは納得……とはいえ、音楽だけでも充分にイマジネーションが刺激されたし、作品の背景•文脈を「説明」するタイプの映像だっただけに、音楽がサントラになってしまった気がした。かつ、ナチス収容所のショッキングな映像が混じるシークエンスは、どうしてもそちらに目が行ってしまうこともあり、音楽に集中するために後半は目をつぶって聴きました。既に存在する映画にオリジナルのスコアやサントラを作る、というのは多いけれど、その逆は案外難しいのかもしれない。ともあれ、カルテットの一糸乱れぬ力演も含め、ライヒ音楽の魅力と、彼が若手に与えている影響を味わえた、良いコンサートでした。

カテゴリー: music | タグ: