で、先ほど「HBO礼賛」を書いたばかりですが、そのHBO産の『The Last of Us』は……全然ハマれなかったのでした。あーあ、残念。メディアの評価も非常に高かったし、ペドロ・パスカルとベラ・ラムジーのメインのキャストも『GoT』絡みでおなじみだし、HBOだから間違いないだろう、と思って観始めたドラマだった。さすがにHBOで、撮影やセットetcを始めとするプロダクションの質は高いし、疫病が発生してパニックが起き、逃げ出す途中で遺棄された車でびっしりのハイウェイとか、爆撃を受けて崩壊した都市の景観等々は、「世界の終わり」の想像図としてはなかなか印象的だった。生存を賭けて、武力・軍事力・暴力が威勢を振るうという図式も、現実的。 こうした作品の基本構図が把握できたところで――このドラマはゲームがベースになっているそうですが、当方はゲーム音痴なので、内容はほとんど知らずに観た――さあ、メインのキャラ=ジョエルとエリーの生き残りドラマやいかに?と乗り出したわけですが、うーん、肝心のジョエルとエリーが、今ひとつ自分には感情移入できないコンビだった。ジョエルは、ある意味、大義だけではなく、自身のトラウマを乗り越えるためにエリーを守りその旅路を助けているんだけど、そうした葛藤の内面描写が足りない。なんか、「やたらと強くて銃器の扱いに長けた、ビシバシ人を殺す傭兵」という印象が先走って、もったいない。そういう「俺は『任務』としてこれをやってるんじゃ」型のストイックな男性と、彼の言うことをきかない気が強く生存能力も高い女の子、というでこぼこコンピの設定は通常の「父&子」の生き残り劇とはちょっと違った力学を生んでいる。とはいえ、ほぼ各話で他の生存者たちとの様々な形での遭遇&交流が起き、その間にジョエルとエリーのバックストーリーも挟み込まれ……と盛りだくさんなぶん、逆に、この道中でふたりの間に「疑似親子」な絆が徐々に育まれていく過程/徐々に進展していく「積み重ね」が見えにくくなっているのが残念。 その一種のドライさというか、単純に「助けてくれてありがとう!(あなたについて行きます)」的な保護する者/保護される者の図式にすんなり収まらないのが逆に新鮮なのかもしれないけど、一方で、その「本筋」に挿入される形でサイドに登場する他の生存者たちやバックストーリーが玉石混合なのが、自分には厳しかった。ジョエルとエリーが各地で出会う人々やコミュニティは「人類が滅亡に瀕したら、人間はどうサヴァイヴするのか?」の各種シミュレーションを提示していく――のは分かるんだけど、これらのストーリーの出来/不出来の差が激しくて……。 後はまあ、ゾンビと化した人間の造型があまりに荒唐無稽で、彼らが画面に出て来るたびに――しかも、「この窮地はどう切り抜ける?」という局面でワサワサと出て来るので、プロット・デバイスじゃないか〜と感じずにいられない――せっかく「リアリズム」を重視した作品世界が崩壊するのも困りもの。走れる、素早いゾンビは、まあ「それもありか」で構わないんですけど、このドラマでは謎の寄生菌からパンデミックが起きるんで、ゾンビ人間は一種の「キノコのお化け」と化す。デザインはかなりグロテスクで、ギレルモ・デル・トロ〜ラヴクラフト系な「異界発のモンスター」。これと、「菌」に感染して人間がこうなっちゃう(=なんとなく科学的な説明)……というギャップとが、自分には激し過ぎました。これなら『マタンゴ』の方が、じわじわ迫ってきて陰湿なぶん怖いなあ、と感じずにいられなかった。 あれこれ重箱の隅をほじくりましたが、このドラマはヒットし、第2シーズンの製作も決まっている。ので、以上はあくまで「ひなくれたマイノリティ野郎」の意見だと思います。というか、自分は基本的に「ディストピア/サヴァイヴァルもの」を観過ぎなのかもしれない(ゾンビものは、特にファンではないですけども)。『28 Days Later』、『War of the World』、『World War Z』。サヴァイヴァルものでは、『Children of Men』、『The Road』、『It Comes at Night』、『Leave No Traces』(この作品は、アポカリプス系ではなく、父と娘のお話ですけども)……基本的に、SFやホラーが好きなんで、この手の映画はつい観てしまうんですよね〜。でまあ、ある意味、『The Last of Us』は、『Children of Men』にダブる面もいくつかある。で、そう考えると余計に、『Children of Men』が約110分に凝縮できた/しかもあれほど素晴らしく見事に達成していたことを、9話もかけてテレビでやったのかぁ……と感じてしまう。
最後は、ドキュメンタリーでシメ。前者は、御大ヘルツォーク作品。1991年の雲仙岳噴火で命と落としたフランス人火山学者のカティアとモーリス夫妻を題材にした内容です。この夫妻は、『Fire of Love』というドキュメンタリー映画も公開され、高い評価を得ているんですが(こちらは、残念ながら当方は未見です)、とにかく夫妻が撮影したアーカイヴ映像の迫力と美――噴火、溶岩流、火砕流等、危険にもめげず果敢に記録されている――がすご過ぎる。これらの映像の背後には、多数の被害者がいるので「美」なんて言うのは不謹慎なんですけれども、自然が作り出す、誰にもコントロールできないパワーの顕現を捉えた映像にはただただ圧倒される。と同時に、火山に文字通り「魅せられ」、研究のために世界各地の非常にタフなエリアに向かって行った夫妻のエキセントリックなチャームを、ヘルツォークの淡々としたドイツなまりの英語が点描していく構成も、ドキュ・エッセイ的で、良かったです。
『Once Upon a Time In Northern Ireland』は、北アイルランド問題を、当事者たちの証言で綴っていく作品。IRAを描いた映画とか、そのテロ活動が絡む「アイルランド南北問題」はドラマとかでもそこそこ見てきたつもりなんだけど、このドキュ作品は、問題の近代の始まりがどこにあったかを検証した上で、それが文字通り「血で血を洗う」世代的な復讐劇に発展していった過程を時系列にほぼ沿って浮き彫りにしていく。何も知らなかった自分には、すごく勉強になった。 本作の迫力は、まず、紛争の両サイドの意見に耳を傾けているところだろう。プロテスタント側、カソリック側、元IRAメンバー、警察/軍人まで、基本的に、「自分の顔を晒して、堂々と自分の思い/自分の信念を語る」人々が登場する(顔を隠して証言したのは、元軍人のひとりだけ)。その発言や、思考に対しては、疑問を抱くこともある。だが、それらが彼らにとっての「真実」であることは観る側には否定できないし、証言者の数人は、当時の本人たちの映像や写真や報道が挿入されることで臨場感が増す。 その意味で本作は、取材を受けた者たちが「あの時に自分がやったことは、間違っていたのか、それとも?」と、自問する葛藤もエネルギーになっている。だが、彼らの真の共通点は、この「トラブルズ」で肉親や恋人、友人、自らの身体機能、コミュニティ等を失ったダメージであり、究極的には――意見や信念の食い違いはいまだにあるだろうが――「あれは起きるべきではなかった」という、悲しみだと思う。この作品にも、まだ、掬い取れていない声はあるだろう。でも、「複雑だから」と、つい尻込みしてしまう問題に光を当ててもらえたことで、自分のような人間にも、その理解のための「とっかかり」ができるのは間違いないと思う。ドキュメンタリーは、そうした「入り口」になり得る。
Bitchin Bajas/Bajascillators (Drag City) Caroline/Caroline (Rough Trade) The Drutti Column/Fidelity (Les Disques du Crépuscule/1996) Brian Eno/ForeverAndEverNoMore (Opal/UMC) Aldous Harding/Warm Chris (4AD) Horsegirl/Versions of Modern Performances (Matador) Cheri Knight/American Rituals(Freedom to Spend) Makaya McCraven/In These Times (International Anthem Recording Company) Sam Prekop & John McEntire/Sons Of (Thrill Jockey) Nala Sinephro/Space 1.8 (Warp) The Smile/A Light for Attracting Attention (XL) Spoon/Lucifer on the Sofa/Lucifer on the Moon (Matador) Whatever the Weather/Whatever the Weather (Ghostly International)
ブライアン・イーノのトークはバービカンでおこなわれたもので、滅多に「ライヴ」をやらない御仁なだけに貴重な機会!というわけで拝聴しにいきました。音楽と空間との関わりの歴史を紐解きつつ、録音音楽の誕生、スタジオ・テクノロジーがどんな風に進化し我々の生きる「空間」とインタラクトしてきたか/いるかを、スライドや様々な音源のスニペッツを使い語ってくれ、和気あいあいと楽しいレクチャーでした(デイヴィッド・バーンの本『How Music Works』みたい、という気もしたが)。
紹介された音源はロネッツ(フィル・スペクター・サウンド)からロシアの宗教音楽まで古今東西幅広かったが、モダンなプロダクションの例としてビリー・アイリッシュ、スーパーオーガニズム、フレッド・アゲインまで飛び出したのには驚いた。あと、本人がオムニコードを演奏するところを聴けたのも得した気分(笑)。「なぜ私たちは音楽が好きなのでしょう?」という根元的な問いかけへと話は発展していき、その理由のひとつは音楽が人々を繋げるからではないか、という論で落ち着いた。 それに続く形で、「この運動(=気象変動へのアウェアネス向上&アクション)にはまだみんなをひとつにする『歌』がないので、それを見つけようじゃないですか。皆さんのお知恵をください」という提案が成され、客席からはビートルズの〝Come Together〟を始め様々な声が飛んだ(イーノいわく、こういう歌はシンプルで歌いやすいものがいいのだそう。〝Baby’s On Fire〟と叫んだお客の冗談には当人も苦笑いしていました)。たしかにそう言われると、たとえばBLMとは異なり、クライメイト・チェンジの運動で連想される「歌」ってまだない。既存の歌もいいのだが、むしろこれから新たに歌が生まれるといいな、と思った。
続くエンジェル・バット・ダウィッドは、場内を練り歩いての派手な登場に続き、すさまじいフリー・ジャズ&ノイズ・インプロの嵐。マルチ・インストゥルメンタリストである彼女の才覚はすごいしブラック・ヒストリーをえぐる映像も興味深くお客もめっちゃ盛り上がっていたんだけど、容赦ない「怒り」のパワーに圧倒され消耗させられ、おかげでアラバスター・デプリュームを観るエネルギーがなくなってしまった。会場内のマーチャン台ではアナログ盤が飛ぶように売れていて、良いコミュニティがあるのを感じました。筆者も、トム・スキナーの「Voices of Bishara」とレーベル・ジンを購入。
〈映画、テレビ〉
ライヴもお粗末だったが、それ以上に、一度も映画館に行かなかった筆者の今年の映画歴は惨敗。「観ようかな」と思いつつ……少し経つとストリームで観れてしまうので、完全に怠惰になっています。やばいです。そんなわけで、新しめの映画は片手で数えられるほどしか観てません。今いちばん観たいのは「The Banshees of Inisherin」ですが、これもディズニー+に落ちてきたみたいなので、年末のお楽しみで観てしまうかも。
期待し過ぎたせいもあったのか、逆に滑った失望作品という意味では、たとえば「Doctor Strange in the Multiverse of Madness」(サム・ライミは好きだけど、彼のアクの強い持ち味とこれまでドクター・ストレンジが培ってきたユーモアがマッチしない)や「The Northman」(エガースの前2作が好きだったので余計に残念。カリスマのないアレクサンダー・スカルスガルドが主演というのも問題)が思い浮かぶ。
1946年に発表されたノワール小説(読んでみたい…)を元にしているんだけど、たとえばロバート・アルドリッチの「Kiss Me Deadly」みたいなダウンワード・スパイラルなノワール迷路の悪夢の感覚と、ダストボウルの貧しさとスーパーリッチの対比、トッド・ブラウニングの「Freaks」が数滴混じった感じは新鮮。これを観て、デル・トロがジム・トンプソン作品を取り上げたらどうなるだろう?と想像が盛り上がった。自分的には、ブラッドリー・クーパーがハマっていたのも意外。生理的に苦手な俳優で、(顔が出ない)ロケット以外はNGな人だったんだけど、こういう「信用できないペテン師」をやらせると光る人かも。その意味では、「Gone Girl」でベン・アフレックを一瞬見直したのと、ちょっと似ている。
年内にデル・トロの「Pinocchio」――「The Devil’s Bakbone」と「Pan’s Labyrinth」に続く三部作の最終作らしい――も絶対に観たいです。ちなみに、デル・トロはネットフリックス向けのアンソロジー・ホラー「Cabinet of Curiosities」のプロデューサーも担当(1話で監督も担当)。これは「Twilight Zone」をもっと現代的にグロくしたような(笑)、いい意味でのB級感も残すプロジェクトですが、各話の監督は個性豊かな顔ぶれだしプロダクションもなかなかの質、ラヴクラフトの翻案も2本含まれている。出来にムラはあるとはいえ、個人的にはパノス・コスマトスの「The Viewing」とジェニファー・ケントの「The Murmuring」が好きです。
テレビに関しては、今年は夏に一度ラウンドアップしてしまい、そこでハマった作品=「Better Call Saul」の最終シーズン、「We Own This City」等について書いてしまったので、あんまり収穫はない……と言いたいところですが、どっこい! 秋に観た「The Bear」がめっちゃ良かったんですよ〜〜。フランチャイズではない新作という意味でも「2022年」を感じさせるドラマで、胸にズバンと刺さりました。
できれば、あらすじとかあれこれを読む前に実際に観てハマっていただきたいので、これ以上は書きません。「The Bear」は、英ガーディアンの「Best TV series 2022」の一位になって、嬉しいです。別にそういう「裏付け」を求めてはいないんだけど、自分の好きな何かが一般レヴェルでもある程度共有されているのを知るのは、嬉しいものですな。で、この作品評は、「The Bear」が一話約30分、という構成の巧みさ――「え、これで終わっちゃうの?」という感覚が残るので、次のエピソードにすぐ手が伸びる――を指摘していてナイスなんだけど、筆者としてはもうちょっと付け加えます。