Beat of My Own Drum: 98.Elliott Smith (Either/Or)


発売20周年を記念して、エリオット•スミスの傑作サード「Either/Or」が拡張版エディションとして再登場するそうです。

詳細はリリース元:Kill Rock Starsのプレス•リリースを参照いただければと思いますが、3月10日リリース予定のこの作品は①ラリー•クレイン監修の元にリマスタリングされたオリジナル•アルバム、そして②貴重なライヴ音源やボーナス•トラックを収めたディスク2から成る2枚組。楽しみです。

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Beat of My Own Drum: 97.The Necessaries


2月にザ•フィーリーズの6年ぶりの新作「In Betweenが発表される運びになりました。こちらは日本でも3月に流通するそうなので嬉しい話です&ファンの方はお楽しみに!

この朗報にちなんで、今回はフィーリーズ好きならきっと心に引っかかるであろうトラックを。ザ•ネセサリーズの編集盤アルバムから、こちら。

<オリジナルのデビュー作はサイアーから1981年に発表。この画像に映っている「Event Horizon」はファーストの内容に一部手を加えた後発盤な内容ながら、アルバム•ジャケットのデザインが実に「この時期」っぽくて捨てがたい魅力があります。かつ、フィーリーズの1枚目のジャケと地(空?)続きな印象すら>

ザ•ネセサリーズは元モダン•ラヴァーズのアーニー•ブルックスを軸とするポスト•パンク•バンドなので、フィーリーズとの音楽的なシンクロも不思議はないかもしれない。しかしこのバンド、本当の目玉はアーサー•ラッセルがキーボード他で参加していた点だろう。冒頭の彼のヴォーカル(&バッキング•コーラス)およびキーボード•プレイが実に素晴らしいこのトラックも、ついでにどうぞ。

ネセサリーズを突如脱退したアーサー•ラッセルは、しかし既にロック/ポップを越えてディスコに向かっていた。82年にはこの楽曲を発表と、この人のクリエイティヴィティは速過ぎますね。脱帽…。

<フランソワ•ケヴォーキアンのミックスでどうぞ!>

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Beat of My Own Drum: 96.The Triffids


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お知らせ:ele-king vol.19


今回は業務報告です:本日発売の紙版ele-kingの年末号に寄稿させていただいています。
興味のある方はこちらのリンクをチェックくださいませ&書店で見かけたら手に取ってみてください。巻頭取材はブライアン•イーノ、同誌のセレクトした年間ベスト作品も掲載されているそうなので、読み応えはたっぷりかと。

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ヴァイナル革命イン•ザ•UK(ってほんと?)


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某スーパーのアナログ•コーナーはこんな感じ

某スーパーのアナログ•コーナーはこんな感じ

「イギリスにおいて、アナログ盤の売り上げが初めてデジタル•ダウンロードの売り上げを上回った」――という報道が数日前にありまして。

いまや英音楽チャートには「レコード盤の売り上げカウント部門」まで別個に存在する時代。そのニュースに触れて「ヴァイナル•リヴァイヴァルはまだ続いているんだな〜」とレコード派の人間としては嬉しかったんですけど、その後のフォローアップ的な、あるいは反論めいた記事をいくつか読んでみて、ちょいと複雑な気分になった。

まずひとつは、この統計がとある時期に絞ったものである点。イギリスにおけるアナログ盤の年間売り上げはここ数年上昇が続いているので、普及•浸透度が高まっている、というのは、まあ間違いない。しかしここでニュースになっている数字はいわゆる「ブラック•フライデー」に乗っかったクリスマス商戦を軸とする時期のもので、「おじいちゃんお父さん世代へのプレゼント」としてレコードがヴォーグになっている、という風に解釈•分析することもできる。

あと、こちらにリンクする記事にも詳しく述べられているけれど、アナログ盤はまずもって単価が高い。ここで例に引かれているケイト•ブッシュのライヴ盤は、アナログだと52ポンド、デジタルだと12ポンドと、4倍以上(!)の値段格差があるそうだ。そう考えると、「売り上げ収益」と「売れたユニット(作品)数」のふたつは、どちらも数字でありながら、イコールで結びつけるのには無理が生じる。

この文章の冒頭に引っ張ったニュースの見出しだけ読むと、イメージとして「そうか〜、今のイギリスではレコード買いが盛んなんだ」という印象を受けるんじゃないだろうか。しかし、それはある意味数字のマジック。グライムからポップまで幅広く、様々な新譜がレコードという媒体で購入されているのではなく、一部の高価なアイテムがマーケットを引っ張っている、というのに近いだろう。

ケイト•ブッシュの新作というの自体、そもそも「おじちゃんお父さん世代」をターゲットにした格好のギフト•アイテムだ。かつ、若者はダウンロードからストリーミングに移行している……という要素も加味すれば、いわゆる「ヴァイナル•リヴァイヴァル」はどこまでほんとなの?との疑念も湧く。いや、実際に起きているんだけど、それを主導しているのは、一部のコレクターや金銭的に余裕のある層ではないか?と。あんまり民主的には思えない。

そのイメージに輪をかけるのが、上記のリンク記事の主旨とも言える、「弱小のインディ•レーベルはアナログ•ブームの恩恵を受けていない」という側面。これはレコード•ストア•デイでも近年よく指摘されていることなんだけど、メジャー•レーベルや「二軍メジャー」に近い大手インディが人気アイテムをプッシュするせいで、旧作カタログやスター•アクトを持たない歴史の浅い/小規模のインディ勢はせっかくアナログをプレスしても売りさばきにくい、という構図があるらしい。

ぶっちゃけ、その意見には被害妄想もやや混じっているのでは?とも感じる。というのも:いくらレコード派な自分にしても「何がなんでも、すべてをアナログで持っていたい」とまでは思わないから。ヴァイナルで買って聴きたいとまで思わされる作品と、CDやストリームで充分、と判断できる作品との間にはミゾがある。そのミゾ〜分水嶺は聴き手それぞれの感性や思い入れ次第なので違いがある=曖昧でなかなか数値化しにくいわけだし、ゆえにブームに乗っかってどの作品もとりあえずアナログ盤を、とギャンブルに出るのは違うんじゃないかと。

以前、再発レーベルが「リクエストにお応えしてオーダーメイド的にプレスします」という企画をやっていて、長らく廃盤でCD化すらされていなかった、でも大好きな作品を買うことができで嬉しかったのを思い出す。その意味で、新人や若手を抱える小規模レーベルは(面倒くさいだろうけども)まず作品をリリースし、その上で「このアルバムが好きなのでアナログで買いたい」という一定数のプレッジを募り、そこで希望枚数を見極めた上でヴァイナル化する方が安全なんじゃないだろうか。日本の業界努力=レコード探検隊とか秘宝館を見習いましょう。

なーんて偉そうに書いたけど:実情は知らないので、あくまで「外野の意見」です。上記の記事を書いた方は実際にレーベル経営者なので、そっちのリアルで切実な声は無視しないでくださいね&インディ•レーベルの未来のためにも、なるべく身銭は切りたい。それ以前に、「レコード•ストア•デイ」という名称(イギリスではレコード屋は「レコード•ショップ」と呼ばれます)、そして「ブラック•フライデー」といったアメリカ的な消費/マーケティングな概念自体、イギリスではやっぱりどこか異物感があるので、もうちょっと自前でオーガニックな方向にシフト•チェンジしてくれればいいなあと。上記の記事にもあったけど、「年に1度か2度のお祭りに参加」としてではなく、もっと普通に、日常的にレコード屋に足を運んでほしい、ということです。

そんなことをつらつらと考えながら、ちょい遠いのでたま〜にしか足を運ばない大型スーパーマーケットに行ったところ、ここでもレコードが売られていた。日常的……と言えば日常的なシチュエーションなんだけど、ラックに並んでいるのは当然のごとくヒット作や評価の定まったクラシック作ばかり(ビートルズ、ツェッペリン、フリートウッド•マック、ニルヴァーナ等々)。クリスマスに向けて七面鳥だのシャンペンだのをがやがや買い物している人々や買い物カートでごった返す売り場の中で、ここだけ奇妙に「時間が止まっている」感じがあった。しかも、決して安くない(=ある程度レコード買いに慣れた人なら、まず手を出さない価格設定)。誰が買うのだ?と、疑問の方が募った。

安売りで庶民に人気の別口なスーパーのチェーンでも、ここ最近30ポンドでポータブル•ターンテーブルが売りに出されている。スピーカー内蔵型で音もしょぼいチャチなやつだけど、子供が「音が出る奇妙なプラスチックのお皿」を試しに実践してみるには、あるいは「ターンテーブルはもう手放してしまった」老年世代がレコードと再会するぶんには、充分なのかもしれない。

こうした「いったん息絶えたメディアの再生」というノベルティ性は、ある程度の間は消費者の興味を惹くのだろう。けども、その新奇な魅力がいずれ薄れたところで、「音楽をレコードで聴く」といういささか面倒くさい(しかしスマホやヘッドフォンとは違う)リスニング•スタイルや美学そのものは、若い世代にどこまで定着しているものなんだろうか。この先はどうなるのかなぁ……と、なんかもやもやしながらスーパーを出て、しばし木枯らしに吹かれた。

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Beat of My Own Drum: 95.The Byrds


ちょっとした整理整頓をやっている今日このごろです。中年になるとやっぱりこう、脂肪やたるみといった身体的な累積はもちろんのこと、物質やメンタル面でも「様々な堆積」が生まれ/生じてしまう。記憶への固執というのも、そこには多く含まれていると思う。

ところが:歳をとることの良さのひとつとして気づいたのは(っていうか、そうやって自分の老いを納得させてるだけかもしれません)、「忘れたくない」としがみついていた特別な何かというのは、ザブザブ洗っても、土砂に埋もれて角が多少削られても、ちゃんと残っているものだ……と気づかされる点。ちょっと大袈裟に響くかもしれないけど、自分の血肉になっていれば忘れないんだな〜、と。

というわけでちょっと安心して、そうしたメモリーのもろもろを少しずつ解除し、空いた隙間に新たな理解や知識を埋め込んでいる次第。面白いもので、若い頃は「目に見えるもの」、すなわち好ましいと感じる様々な概念や美学を凝縮したプロダクト(たとえば香水とか。映画や音楽作品でもいい)を実際に手にし所有することでそれがひとつの自己表現になっているのだ……と思っていたもの。だけど、その背景にある概念を把握してしまえば――いくら表層やパッケージが変化しても関係ないんですよね。

そんなことを考えるきっかけになったのが、ザ•バーズ。整理整頓作業をやっている中で、20代の頃に買い、取り憑かれたように聴いたCD4枚組ボックスに行き当たり、これは処分すべきか否か?と、かなり悩んだのです。どっちの結論に至ったかはさておき、このボックスを当時の自分にとっては大枚をはたいて購入した甲斐があった!と思わせたトラックのひとつを(シングルとして発表されたので、オリジナル•アルバムには未収録)。

<何度聴いても色あせない曲です>

ザ•バーズはどの時期も愛すべき側面があるバンドなんだけど、ジーン•クラーク、デイヴィッド•クロスビー、グラム•パーソンズと、スタイル面での変化に伴いメンバーも変化し、途轍もないソングライターたちを一時的にではあれラインナップに組み込んでいた点はとてもユニークだと思う。フォーク•ロック然とした前期、カントリー〜ルーツ•ロックンロールに推移していく後期も好きだが、おそらくザ•バーズが「音楽集団」としては混沌としていた中期=「Younger Than Yesterday」と「The Notorious Byrd Brothers」の2作は、前掲のクロスビー作曲「Lady Friend」はもちろんのこと(「Triad」や「Everybody’s Been Burned」も必聴)、地味ちゃんなクリス•ヒルマンの貢献も冴えていて、やっぱり、もっとも好きな頃だったりします。

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Beat of My Own Drum: 94.Peter Blegvad


一気に冷え込んできまして、冬の到来を感じます。今朝は庭一面が霜で覆われたほど。通りに駐車されている車も、昼時近くまで窓に霜が凍りついたままだったな。

それでも日は照って青空な朝なので軽く庭掃除などしていたら、カサ、カサ、カサ…と聞き慣れない物音がする。リスか何かか?と思い様子をうかがっていると、紅葉した樹から葉がひとつ、またひとつと落ちる音だった。風はまったく吹いていないのに、静かに1枚ずつ落ちていくのはちょっと不思議な光景だった。寒さに凍ってしまい、ついにポキン!と折れていくような。明日の朝には、きっとすべての葉が落ちていることだろう。

ちょっとセンチな気分になったので、スラップ•ハッピー/ヘンリー•カウでもおなじみ:ピーター•ブレグヴァドの1990年のソロ作を聴いてしんみり。シンプルなのに、ほんと良い歌を書く人です。

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